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第七話『ヌメっと光るアイツ』

 焚き火をしていた拠点へと戻ると、ブランクは、珍しく目を丸くしたダザンに迎えられた。


「コイツは驚いた。水を汲んで来いとは言ったが、まさかその服ですすった水を使って料理をしようというのか?」


「んなわけないでしょ!」


 息も絶え絶えで、すっかりバテたブランクの、精一杯のツッコミだった。


この人はいちいち皮肉を言わないと済まないのか! という憤りを心の内に秘め、ひとまずはと、ずぶ濡れになった少女をダザンに診てもらう。


「ふむ。任されたからには診てやるが、お前は早く水を汲み直してこい」


「わ、分かったよ……」


 ダザンに促されるがまま水を汲みに戻ったブランクは、バケツを手に、再び川へ赴いた。


「えっ」


 すると今度は本当に悲鳴のようなものが聞こえた。今度は気のせいなどではない。背筋にゾクゾクと走る何かを感じたブランクは、急ぎ水を汲み直し、来た道を往復した。


(重たいな……)


 人一人を背負って歩いた道のりを再び歩くとなると、マシだマシだと思えどもその労力は降り積もるばかりであり、ろくに疲れも取れやしない。早く帰りたいのに、水バケツが足を引っ張る。


 けれどまた誰かの助けになれたのだ。ブランクは、そう心を踊らせながら、拠点に戻った。そうしてフラフラと足の棒になるような思いをして戻ってきたというのに、意外すぎる光景に、ブランクは目を疑った。


「──帰るぞ」


「へ?」


 あまりに予想外な出来事に、ブランクは、間抜けな声を上げた。


「ここではどうしようもない。ワシの家に戻る」


 荷物を纏めるダザン。先ほどの少女は毛布に包まれて、焚き火の後処理をすれば今すぐに帰れそうである。


「いや、水は?」


「なんだそれは。捨てておけ」


「や──」


 ブランクの、堪忍袋の緒が切れる。


「やってられるかあッ!」────などとは口が裂けても言えない。お願いする立場であるブランクには、何も言えない。水入りの金物バケツを叩きつけたい気持ちをなんとか抑えて、ブランクは、怒りを糧に育った笑顔を仮面のように貼り付けると、心の中で切れそうだった緒を結びつけて、せかせかと帰り支度を始めた。


「なんだ、ウィルのやつはどこに行ったんだ」


 いやアンタが掘れって言ったんだろ、とは言えず、ブランクは「探してくるよ」と不自然にニコニコしながら、青筋立てて、真新しい横穴へと向かっていった。


「待て」

「ん?」


 突然呼び止められて、首根っこを掴まれるような気持ちにされたブランク。迅る気持ちとダザンとの会話を忌避する気持ちとが相まって「何?」と少し棘のある言い方になる。


「持っていけ」

「え?」


 放り投げられたのは巻物だ。いかにも高価な装丁のされたそれはズッシリ重く、ブランクの心の中に、疑問の雨を降らせた。


竜皮紙(りゅうひし)をあつらえたスクロールだ。もしものために取っておけ」


 スクロール。それは術式を記した紙に、封印された魔術のこと。古くは東の果てにある国で利用されている符術を参考にしたとされており、多量の魔力を持つ竜たちの皮を使うことで、魔術を使えない人間でも魔術を使うことができるという優れものだ。それも、無詠唱で。


 しかし竜皮紙自体があまりに高価で、半端な貴族なら買うことを躊躇うほどだ。それだけにそんなものが今まさに手元にある事実は、ブランクに大きくいたずらな混乱を招いていた。


「え、もらっていいの?」


 ブランクが、そうやって期待を込めた瞳でいう。


「──バカを言うな。使ったら五万ネッカだ」


 ブランクは、顎が外れるかと思った。ご、ご、ご? と耳を疑う。しかし、ダザンの顔色は変わらない。


「五万ネッカって──家が五軒も建つじゃないか!」


 別荘でも作る気!? と正気を疑えば、ダザンは肩をすくめる。


「使わなければいいだけの話だろう」


「んな……!?」


 渡しておいてそれはなんだという気持ちがブランクに湧いた。しかし、


「だがいいか、よく覚えておけ。金は何かを守るためにある。それは命だったり、譲れないものだったり。少なくとも、お前に死んでほしくないやつらがいるはずだがな」


 そう言われてハッと浮かんだのは、ジャンやウィル、そしてメルの顔だ。メルとは、この仕事が終わったら花畑で遊ぶ約束をしている。


「い……一応受け取っとく」


 約束を果たせないかもしれない。あの無垢な笑顔を曇らせるなんて、男としてはあってはならないと思ったブランクは、スクロールをそっと懐にしまった。


「まあ、お前が死ぬまでコキ使われてくれても構わんがね」


 ブランクは、スクロールを叩きつけたい気持ちを足裏に込めて、ずんずんと怒りに任せて地面を蹴り付けると、ダザンに背中を向けて歩きだした。


 ウィルの掘った横穴は暗く狭い。最低限ツルハシを振り回せる範囲に、ブライト光石が薄ぼんやりと先まで続いてる。


(いや、ほんとどこ行ったんだろ。まさかずっと掘ってたの?)


 一応、ツルハシにはプロテマの魔術がかかっていた。しかしそんなものは、とっくに時間切れである。泣きつく──姿は想像に難いが、少なくとも、ブランクが川へ向かった二度目には、拠点へ戻ってきていても、おかしくないはずなのである。


(迷子──いや、こんな一本道の横穴で、まさかね)


 ブランクがそう思った矢先。おかしなことに、突然目の前に壁が現れた。


「あれ? 行き止まり……?」


 そんなはずはない。ここに来るまでに、ウィルとはち会っていないのだから。ブランクがそう思って床に手をつき、一歩前へと手を運ぶと、


「は?」


 壁面にある、ブライト光石の欠片が映し出さない暗闇の中に、それはあった。底抜けの穴。ブランクの手は、まるで引きずり込まれるかのようにその中へと(いざな)われ、体全体がぐるりとひっくり返った。重心を崩した体は、容易に奈落の底へ向かって、真っ逆さまに落ちていく。


 ──ヤバい。ヤバいヤバいヤバい。この穴、どこまで続いてるんだ!


 そう思ったブランクは、ひとまず自分がすべきことをハッと思い出し、生存本能の教えに従いながら、口を開いた。


「守りたまえ固めたまえパスク・ア・ビット・ハリアスク──」


 まるで早口言葉のように詠唱をしたブランク。眼下には明かりがあり、地面はすぐそこだ。


(しりぞ)けろ、プロテマ!」


 そうして安心を得たところで、ブランクは、ブライト光石が観衆のように並ぶ、すり鉢状の大空洞を見た。人の手の入らないここでは、鍾乳石にすら発光バクテリアが付着し、奇跡とも呼べる美しさがあった。


「すっご……」


 感動も束の間に、ブランクの体は地面へ叩きつけられ、プロテマがその衝撃のほとんどを殺した。ブランクの体はゴムボールのように吹き飛び、近くにあった鍾乳石へとぶつかった。


「いてて……」


 図らずも鍾乳石をその体でへし折ったブランクは、未だ情報の整理できていない頭の中で、ひとまずと自分の落ちてきた天井を見上げた。


「うわっ、結構高いなあ……」


 見上げると爪一枚に見える大きさの穴が、ちょこんと空洞の真ん中にある。ブライト光石にブラッシュアップされたその穴は、まるでステージの入り口のようだ。そこから戻ることは一目に難しく、ブランクは別の道を探すことを余儀なく強いられる。


「と、そうだ! ウィルは!?」


 本来の目的を思い出したブランクは、周囲を見回し、観察する。この近辺は光源に困らず、痕跡探しにはうってつけだった。あれだけの高所から落ちてくるのだから、何の準備もなしに落ちれば、ひとたまりもないだろう。しかし幸か不幸か、今のところ人の叩きつけられたような血痕や、肉塊らしきものは見当たらない。どうやら最悪の状況は回避できていたようで、ひとまずはと、ブランクは胸を撫で下ろした。


(でも──ウィルはどこに行ったんだろう)


 姿が見えないのは相変わらずで、根本的な解決にはなっていない。せめてここにいたことだけでも分かればと痕跡探しを続けるブランクは、ここで妙なことに気がついた。


「なんだ、これ?」


 発光バクテリアが数多くいるこの場では、光石を擦ればそれが付着する。それ自体は別段おかしくないのだが、ブランクが疑問を抱いたのは、その量である。落ち着いて見てみれば、床面にはおびただしいほどの発光バクテリアがいた。それは、そこが光石だとかは関係なく引きずられたように伸びていて、一筆書きにずっと進めばそれはまるで光の川のようだった。


(こんなの、初めて見たぞ。本でもこんな特徴は聞いたことがない)


 物珍しさに息を呑んだ直後、ブランクはハッとした。


(待てよ。この引きずったような痕が、本当に引きずられてたんだとしたら──)


 ブランクはゾッとした。大人が一人横になっても埋まらないその痕跡は、超大型の生物がいる証左である。もしそんなものに出くわしたら、いや、もしウィルが出くわしているのだとしたら──。


「ウィルは、この先にいるのかも」


 危険が伴うものの、ブランクは、心に決めた。ウィルの姿がここにない以上、その親友の少年は、その巨大生物にとっくに丸呑みにされたか、落下の衝撃をなんとか回避して、今も逃げ続けているかのどちらかだ。当然前者と後者ならブランクが信じたいのは後者で、蛇のような生き物に丸呑みされた親友の妄想を、頭を振り切って消し飛ばし、光の這跡を辿って歩き出した。


 洞窟の中は思いの(ほか)歩きやすく、発光した一本道は、迷いようもなくブランクを導いた。


「ひっくしッ!」


 唯一の欠点は、日の差さない窟内は、温かさに欠けるというところだろう。水でずぶ濡れになって冷えたブランクの体は寒さに応え、ブルブルとその身を震え縮こまらせた。


「うぅ〜……どこまで続いてるんだ、これ」


 早くも弱音を吐き出したブランクは、気慰みに「ウィルー!」と名前を呼ぶ。窟内に反響するブランクの声は、その迅る気持ちを煽るように残響音をこだまさせた。


「うわっ、これって──」


 視界の端に捉えたのは獣の牙や爪、そして新鮮な毛だ。まだ新しいそれは地面にまばらに散らばり、魔物の存在をほのめかせる。


(この毛の感じ──たぶんガルフだ。そうだよ、彼らは元々洞窟に住んでるんだから、ここにいてもおかしくないじゃないか!)


 目に見える危機を知ればブランクに焦りが生まれた。


「ウィルぅー!!」


 ウィル、ウィル、ウィル──と呼びかけが少し遅れて帰ってくる。


「わっ! この……!」


 そしてその声に反応するのはコウモリばかりだった。ブランクは、自分に襲いかかるそのコウモリたちを、腰に差してる短剣で追い払った。しかしコウモリたちはまるでケタケタと嘲笑うような声で飛び去っていき、ブランクの神経をこれでもかと逆撫でしていった。


「ふ、ふふ……いいよ、やってやろうじゃんか!」


 ブランクは首に巻いていた木綿のスカーフを一枚手に取ると、近くにあった小枝のように細長い鍾乳石をへし折って、それに巻き付けた。それから床の発光バクテリアをスカーフに擦り付けると、さながら松明のようなものを作り上げて、窟内の上部の視認性を上げた。


「さあいつでも来い!」


 そうやって準備を整えると徒労に終わることは珍しくない。ブランクのせっかくの努力も虚しく、コウモリたちはそれ以降、ブランクを襲うことはしなかった。


「腹立つぅ〜……まあ、襲ってこないならいっか」


 そうして順調に洞窟内を進んでいくと、冷えていたブランクの体も温まってきた。偶然か必然か、道は登り一辺倒であり、それは落ちた場所から戻ろうとするウィルの意思のようなものが感じ取られ、ウィルの生存率を裏付ける理由になった。


 希望が芽生えれば足取りも軽くなる。ブランクは、鼻歌でも歌いたい気持ちを抑えながら、先へ先へと歩を進めていった。


「ん? 行き止まり……?」


 気持ちも乗ってきたところで、ブランクは光の痕跡が、突然目の前で途切れていることに気がついた。しかし風鳴りから察するに洞窟はまだ先が続いてるようで、けれど地上も近く、その少し広い空洞には、わずかながら地上の光が少し差し込んでいる。床面は、薄ぼんやりと全容を掴めばまるで蓮根のように穴ぼこで、痕跡の終わり方としては穴にも続かない様に、奇妙だな、と警戒心を増して、痕跡の終わりへ向けて、首を伸ばし、眺め見た。すると、


「──ブランク、上ッ!」


「え? ウィル──」


 どこからともなく聞こえたウィルの声と共に、ブランクの腹部に強烈な一撃が見舞われる。それは銀色の髪をなびかせながらブランクの腹に突き刺さり、呼吸の自由を瞬間的に奪った。そうしてむせながら、ブランクが「何すんのさ!」と琥珀色の目を潤ませて、目の前の少年に目くじらを立てた時だった。


 ────どちゃ。


 そんな怖気(おぞけ)の走る音が聞こえたかと思うと、ブランクが先ほどまでいた場所に、光の塊が降っていた。それはブランクが弾みで落とした鍾乳石を体で叩き潰すと、発光バクテリアを落下衝で飛散させ、柔らかな肉で衝撃を押し殺し、ぷるぷると芋虫のように体をよじらせた。


 その時、ブランクの脳裏にある書記が思い浮かんだ。西の賢者の物語に現れた、いわゆる発光バクテリアの女王個体のようなものである。それは突然変異のように一定周期で現れて、ある宿主に寄生すると、バクテリアを繁殖させながらばら撒き、種の繁栄に力添えをするという。元々繁殖力が強くないバクテリアの数が多いのは、これに起因するらしかった。


 そして、その宿主は死ぬまでバクテリアを繁殖させるためだけに肥大化するという。


「ま、また見ちゃった。き、気持ち悪い……」


 思わず、ウィルが顔を背けながらそう言う。ブランクも同意見だった。


 その発光バクテリアの女王個体は、薄ぼんやりと発光バクテリア特有の、翡翠色の輝きを身に纏っており、幻想的な色味と相反するその姿は、醜怪(しゅうかい)な見た目をしていた。


「あ、あ、あれ、ヒルだよなぁ? 血を吸うやつ!」


 ウィルがそう言うものだから、ブランクは首をもたげたその生物を、しっかり観察する。


「なめくじだね。伸びた目があって、牙じゃなくて、舌が歯になってた」


 確信はないが、それを裏付けるような仮説もある。なめくじは単細胞生物であり、水分を吸収して膨らむ、いわば湿気の倉庫である。発光バクテリアも生物ゆえに水分を含んでおり、それらを格納するような進化を、強制的にさせられたのだろう。


(でも──相手がなめくじなら、やりようがある)


 ブランクは、頭の中で戦術を固めた。


 なめくじは単細胞生物である。弱いのは過剰な水分の摂取や、乾燥である。塩が弱い、とはよく聞くが、自分よりも大きい相手ならばそれは焼け石に水だろう。下手をすれば、あのなめくじの目に引っかかった装飾品の持ち主のように、命を失いかねないのだから、慎重にいくべきだ。ブランクは、作戦の要であるウィルに声をかけた。


「ウィル、攻撃魔術で水属性か風属性、使える?」


 ブランクがそう尋ねると、ウィルは二つ返事に「無理」と答える。


「オイラはあいつをもう見たくないんだ! あっ、広範囲なら燃やすとかできるぞ!」


 ウィルの提案に、ブランクはぎょっとした。


「絶対ダメ! 発光バクテリアは可燃性が高いんだから!」


 発光バクテリアは熱を受けると、爆発する性質を持っている。それこそ爆薬の材料としてたびたび用いられるほどだ。そんなものに火属性魔術を使えば、爆裂魔術に早変わりするのは火を見るよりも明らかである。

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