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第八話『あっというより早く』

「じゃあ、燃やすのは最後の手段な!」


 なんでだよ、捨てとけよその考えを!


 そう思ったブランクだったが、今はウィルに構うだけ無駄だと判断した。


(なめくじなら、動きは遅いのか? それならこのまま放っておいても──)


 そこで、ブランクはハッとした。隣にいる人物のおかしな状況に、疑問が湧いて出る。


「え。ウィル、何それ」


「お?」


 ブランクに言われて、ウィルはようやく気付いたようだった。


「うわっ、オイラ光ってるぞ!」


「え、今気付いたの!?」


「なんか明るいなーとは思ってた!」


 ウィルの体は、それそのものが女王個体のように、全身が発光していた。それはブランクがスカーフに発光バクテリアをこすりつけた時──いや、それ以上に光っており、暗闇の中でぺかーっと光るその姿は、どこか間抜けでシュールだ。


「一体どこでそんなくっ付けたの?」「聞かないでくれ……」


 何の気なくトラウマを突っついたようで、心底嫌そうな顔をするウィル。ブランクは推察して、ウィルのここに至るまでのおおよその顛末を、脳内で補完する。


 あの抜け穴から落ちたウィルは、きっとなす術もなく落下していったのだろう。完全無欠に思えるウィルだが、補助系統の魔術は扱えず、重力という自然の力には、きっと抗えない。まかり間違えば、それがウィルの人生に幕を引く岐路となったかもしれない。


 だが幸運にもウィルは助かった。落下の衝撃の全てを女王個体の柔らかな体が受け止めて。発光バクテリアは、恐らくその時に付着したのだろう。そして休息を邪魔された女王個体が、ウィルを獲物として追いかけ回していた。


(大筋としてはこんなとこかな。ウィルって変に悪運強いし。でも──)


 仮に一つでも失敗をしてあそこで死んでいたなら、どれだけ間抜けな話なのかと思わざるを得ない。それにまんまと乗っかりそうになった自分への恥ずかしさも相まって、ブランクは、冷たいはずの窟内の温度が一気に上がったように感じた。


「じゃあ──戦う意味もないし、逃げる?」「うんそうしよう!」


 自分の提案を食い気味に、首のもげそうなほど激しく頷く銀髪のその少年の姿を見ながら、ブランクはあることに気がついた。


「あれ? ウィル、ペンダントは!?」


 いつもウィルが肌身離さずつけてるペンダントが、どこにもないのだ。


「え? ない?」

「ない? じゃないよッ、大切なものでしょ!」


 ウィルのペンダント。それは、ウィルの出生の手がかりとなるものだ。お互い孤児であると思っているブランクとウィルであるが、ウィルの持つペンダントの中には、おそらくは実の父と思しき、瓜二つの銀髪の親子の姿を模した写し絵がある。


 大理石のテラスや広い草原に青く映える美しい山脈など、探せば手がかりはたくさんある。そんな大切なものをなくしたというのに、ウィルは「まあいいじゃん」と気楽に返してくる。しかし、ブランクは気づいてしまった。


「もしかして、あの目に引っかかってるペンダントって──」「わー、わー! 見なかったことにしよっ、なっ!」


 なめくじの目に引っかかった──いや、厳密にはチェーンが切れて粘液でくっついているだけなのだが、そのペンダントには、よくよく見れば、瑠璃色の宝玉が嵌っていた。


「……ウィル?」


「ごめん! でも、なめくじだけは無理なんだよぉ!」


 しらーっと刺さる視線を受けて、なおもウィルはブランクへと泣きついた。


「ちょっとウィル、しっかりしてよ! 両親に会うんでしょ!」


「いや、だって、オイラは──」


 ウィルが言いかけたところで、ブランクは風切り音に気がついた。それはブランクの腹部を的確に狙い、とっさに構えた剣に、火花を噴かせる。


(コイツ──早いッ!)


 それだけじゃない。苔や草を食むと思っていたはずの長い舌が、獲物を狙うために進化を遂げて鞭のように伸び、その舌先に並ぶ歯は、ヤスリのように固く鋭利であった。その舌は回帰と同時に発光バクテリアを撒き散らし、それが二人の体に飛沫する。


「うわっ、汚い!」

「……即効性の毒とか酸じゃなくてよかった」


 感情的な反応をするウィルと、理性的に反応するブランク。唾液が混ざっているのだから、毒や消化液でもおかしくないと思ったが、ブランクは、さらりとした発光バクテリアを指先ですり合わせ、腰のベルトに擦り付ける。


(粘りがあるのは体表だけなのか。やっぱり基本構造はなめくじに近いみたいだ)


 しかし油断はできない。今まさに強制進化を遂げた部位による攻撃を受けたからだ。唾液だって、遅効性の毒の可能性もある。何よりも恐ろしいのは、人一人を丸呑みにせんとする巨大な口である。うかうかしていたら、何もかも後手に回るかもしれない。


「ウィルが、本当になめくじが苦手なんだって分かった」


「だ、だろ! なら、早く逃げ」「だから──」


 ブランクは、ウィルの言葉を押さえつけ、言った。


「あとは僕に任せて」


「……え?」


 唖然とするウィルを背に、ブランクは巨大なめくじへと立ち向かった。


「守りたまえ固めたまえ、パスク・ア・ビット・ハリアスク──」

「ブランク無理だって。オイラならまだしも、攻撃魔術が使えないお前じゃ」「だまって」


 そうだ。ブランクは分かっている。前回のゴゲラとの戦いだって、ウィルやジャン、二人の手助けがあってこそだ。けれど、今回だって譲れないものがある。大熊との戦いはメルの命を、今回は──いわばウィルの人生における、ルーツである。


 ウィルがウィルとしてあることの意味。それを探るための足がかりとなる、大切なものがあのペンダントなのだ。本人がそれをどう思っていようとも、あるかないかで言えば、ある方が良いに決まっている。


「ペンダントならいいよぉ。オイラ、親なんてキョーミないし……」


 それをむざむざと捨てさせては、きっとこれから先の人生で、自分はウィルと心の底から笑い合うことはできない。この時を──あの時をと、後悔し続ける。ウィルだって、この先しっかりと教養を身に付ければ、考え方が変わるかもしれない。


「プロテマ」


 だから譲れない。ブランクは、ゴゲラと同等の大きさを持つ巨大なめくじに、悠然と立ち向かった。友の大切なものを守るために。


「ウィルは帰ってていいよ。ダザンを探してきて」


「ブランク!」


 駆け出した後ろから聞こえる友の声に、ブランクは憤りを感じていた。


 情けない、という気持ちよりも、どちらかと言えば苛立ちの色が濃かった。自分は両親について何も知らない。手がかりもない。それに引きかえウィルは、剣術をとっても攻撃魔術をとっても、家族のことだって、どれも自分より恵まれているのだ。


(そうだ。羨ましいんだ、僕は……)


 意固地になる、自分の理由が分かってしまった。


 そして、それを平気な顔して捨て去ると言うのだから、恵まれた立場にいながらウィルは何を言っているんだ、という怒りが、ブランクの中に渦巻いていたのだ。


(僕って、ウィルのために、なんて言いながら、ほんといやなやつだ……)


 蓋だけ綺麗に磨いたって、一度(ひとたび)中を開ければ黒く煤けて濁っていて、そんな思いが自分にあることが、ひどく嫌になる。ブランクはそう思いながら、女王個体の舌を弾き飛ばしては、ペンダントまであと一押しというところまで差し迫った。すると、


「ブランクぅー!」「あっ──?」


 突然、腹部に痛烈な痛みが走る。それはブランクのベルトをズレて腹部へ深く突き刺さり、噴き出た脂汗と痛みとが本能に強く訴えかけ、後退を余儀なくさせる。腹部に穴のないことを、手のひらでさすって確認したブランクは、一歩、二歩と、強く地面を蹴って大きく距離を取る。そんなブランクを嘲笑うように、なめくじは体をよじらせた。


(プロテマが無かったら絶対やられてた……! 何にやられた?)


 呼吸が乱れ、心臓が早鐘を打つ。ややもすれば、腹を突き破らんとする一撃を放ったのは、なめくじの口から伸びてきた腕と、その先にある剣。


(コイツ──食べた生き物を再現できるのか!)


 女王個体の口から吐き出されたのは、スライム状のガルフ。それらしい形だけはしているが、そこに骨や毛などない。剣は刃こぼれして錆びてこそいるが、まだまだ現役でありそうだった。


(口の中に粘度がないのは、コイツらを作るのに使ってるんだ! くそっ、あと少しだったのに!)


 せっかく肉薄したというのに、瑠璃色の宝石はまた遠くへいってしまった。有効と見るや否や、調子を良くして手勢を吐いて増やす女王個体に、二度目の接敵が可能であるかは(はなは)だ疑問である。やはりと言うべきか、どうにも後手に回ってしまったのだと、分かりやすく目に見える窮地の形に、ブランクは、ひどく焦りを覚えていた。


(せめて邪魔なコイツらを減らせれば、なんとかなるのに……!)


 歯を鳴らしても変わらない状況に、ブランクが見えない攻略の糸口に攻めあぐねていると、その後ろから「ブランク!」と全く突然、銀髪の少年に名前を呼ばれた。


「なに、ウィル。今忙しいんだけ、ど────」


 手伝わないなら邪魔しないで。そう思って振り返ったブランクは、危うく目が飛び出るかと思った。それだけのものを見た。


「これでどうだっ、これならなめくじは見なくていい!」


 オイラって天才だ、と続けるウィルの目には、スカーフがキツく結ばれていた。遮光性の高いそれは──そう、ただの目隠しだ。これ以上こんな情けない姿を見るのは嫌だと思ったブランクは「ねえ、ウィル」と切に嘆願する。


「お願いだから考え直してよ。それは──ほんっとに、ただのバカだよ!」


 ブランクの言葉を受けて、ウィルは「なんでだ!」と憤りをみせた。


「達人は心の目で見るんだぞっ、知らないのか!?」


 しゅっしゅっと口にしながら、ウィルは自慢の拳を振るう。明後日の方向に放たれるそれは、ブランクの不安をこれでもかと焚きつけた。


「あのねウィル。今は遊んでる場合じゃ──わっ!」


 なめくじの舌が飛ぶと、話している場合ですらなくなる。鍔迫り合う剣がキチキチと悲鳴をあげると、ブランクは、ヤスリのようなその舌先を、心底憎たらしく思った。


(コイツ、執拗に腹を狙ってくる……弱点を理解してるのか?)


 それとも本能か。いずれにせよ、ブランクの手が埋まれば、模倣のガルフ軍団が、どちゃどちゃと足音を鳴らしながら、ブランクたちへと迫っていく。


(ヤバい、どんどん不利になる)


 ウィルはこんなだし、と思った時だった。


「おっ、こっちか! くらえ魔弾(ガドム)!」


「わっ、バカ!」


 大気を唸らせる紫紺の弾丸は、ブランクの顔付近を掠めて、直線上にいたガルフの群れの頭を、少しの遠慮も見せずに全て消し飛ばしていった。もしもそれが自分の頭ならと思ったブランクは、ゾッとしてウィルを睨みつける。


「当たったらどーすんのさ!」


「まだまだ修行が甘いな……」

「聞いてないし!」


 視界が失せれば聴力も消えるのか、とブランクは苛立った。


(でも──)


 その一撃がもたらす成果は計り知れず、ガルフらしきスライム状の何匹かは、その役割と魂を解放されていた。


(やっぱりウィルは強い。これを上手く使えれば、あるいは──あっ)


 思い立ったブランクは、なめくじの舌を蹴り上げると、その怯んだ隙を見て、急ぎウィルの背後に立った。


「わっ、なめくじ!」


「ばかっ、僕だよ! 僕がリードするから、とりあえず『魔弾(ガドム)』を撃って!」


 おお、賢いなと舌を巻くウィルの姿は、まるで酔っ払ったジャンの相手をしてるようだとブランクに思わせた。


 そうして二人が力を合わせれば、向かうところ敵なしであった。


「おらおらぁ! 魔弾、魔弾、魔弾ぅ!」


「わあ、すごいよウィル!」


 やっぱりウィルは天才だ、とブランクは思った。


 通常、無詠唱魔術は、成功率が極端に低い。成功率が低い上にその効果にもムラができることがしばしばある。ましてや──それが連続して成功するなど、魔法剣泣かせもいいとこだ。しかし、


(結構ガルフの数も減った。このまま女王個体を狙って倒せれば──)


 ブランクが、そう思い、ペンダントを避けて女王個体の腹部を狙った時だった。


「そうだろぉ! ちなみにオイラはこんなこともできるんだぞ!」


「え、ちょっとウィル、何を──」


 言い終えるよりも早く──ブランクの胸に(よぎ)った不安は放たれた。


火弾(カロ)!」


 紫紺の光弾に、紅蓮の火球が付き従った。それは、あまりに運が悪く。模倣ガルフの傍を通り過ぎると、翡翠色の女王へと向かっていき、次の瞬間────紅蓮が視界を支配した。

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