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魔王は気付いてしまう

「――っ!」


 ミレーヌが小さな悲鳴をあげ、口を両手で隠している。

 数々の死を間近で見てきた私と違い、人の死を忌避するミレーヌには信じられぬ光景なのだろう。


 だがこれが人族の本質だ。人族とは自身の利害の為にならば容易く同族や仲間を殺すものなのだ。ただこの男、勇者ヒデはその中でも常軌を逸している。


「な、何を……」


 引き抜かれる紫色の剣と、それに引っ張られるように前のめりに倒れる村長が、雪解け水でぬかるんだ地面に倒れる。


「あれを送っちゃったらミレーヌちゃんが死ぬことになるじゃんよー。はぁー面倒くさぁ、したらさミレーヌちゃん、死ぬ前にセックスしとこう? そこの村長だった奴の家でいいからさ。あ、でも俺は勇者だから王様に言えばなんとかなるかもしんないよ……まぁとりあえず三発四発しとこっか!?」


 こちらへと無警戒に歩いてくる勇者ヒデ。

 その顔には同族を殺したことに対する忌避感はおろか、罪悪感すら微塵も感じられない。この男は同族を殺すことに慣れているのだろう。


「ミレーヌに近付くな。事情を話せ、なぜお前は村長を殺した」

「もう面倒臭いなぁ……この馬鹿さぁ、ミレーヌちゃんが書いた文章を切り取って『私が死のうとも、王へと剣を向ける』っていう部分だけを送ったのよ。そんなん送られたら反乱だーって騒がれちゃうっしょ? んで、それを書いたのもミレーヌちゃんだってしっかり書き足しちゃってるから、ミレーヌちゃんはもう死刑確実、風前の灯領主なんだわ。これでわかった? ドゥーユーアンダースタン?」


 やはりこの豚は食えぬ奴だったな。

 だがそれが謀反の証拠となるかは別だ。この国の王のことだ、そんな一文でも動く可能性は大いにあるが、それは過ぎたこと。今問題なのは眼前で笑っている勇者ヒデである。


「かはっ……ひ、ヒデ様の命令通りに……したのに……」


 死んだと思っていた村長が血を吐きながら呻き、それだけを言い痙攣しはじめた。

 最期の言葉恨み言とは、この醜い豚には相応しい幕引きであると言えよう。


「あらら、まだ生きてたの。意外としぶといのねー」


 今度こそ死んだであろう村長の首を切り離すと、再びこちらを見る勇者。

 仲間を殺したあとだとは思えぬ不気味な笑みをたたえ、その不気味な笑いを私の後ろにいるミレーヌへと向けている。


 どうやら私は眼中にとどめられていないようだ。


「やはり人間とは醜いものだな。貴様が村長を殺す理由が私には皆目見当もつかぬ。話の流れから察するに、村長を唆し、ミレーヌを嵌めるよう動かしたのは貴様ではなかったのか?」

「あー、説教ならいらないから。勇者として召喚されたときも、小うるせーおっさん勇者達が和を乱すなとか説教してきたから、全員殺してやったんだぜ――あんたも死にたいの?」


 勇者同士でも小競り合いがあったのか。つくづく人族というのは愚かな生き物だ。

 弱き者を叩いて何になるというのだ。


 強き私だからこそ、弱きミレーヌに叩かれ悦びを覚えるというのに……。


「それに俺はもうミレーヌちゃんを犯すことしか頭にないんだわ。つーことで急いで抱きたいから、この家を使わせてもらいまーす。元副官さんは、特別に見ててもいいけどどうする?」


 殺そう。


 そう思ったところで、ふと村人たちの様子がおかしい事に気付く。

 村長が殺されたというのに、皆悲しむ素振りも恐怖に怯えた顔も見せずに笑っている。


「貴様らは何故笑っている」


 人間というのはこうも醜い生き物なのか。

 この村長は栄誉ある死でも、真っ当な戦いの上での敗北でもなく、ただ利用されて『仲間』に殺されたのだというのに、この者たちはどうして笑っていられるのか。


 これが身を挺してまでミレーヌが守ろうとしている者の姿なのか。

 それではあまりにも……。


「……貴様らは何をしにここへ来たのだ」


 村人は誰一人として語らず、ただ不愉快な笑みを浮かべている。


「さっきも言ったと思うけど、こいつらはミレーヌちゃんに不満を持っているやつらだよ。その口の悪さと圧政に苦しんでるから、代わりに勇者である俺に領主をやってくれーって頼んできたんだ」

「ほう……」


 この者達には人を見る目と言うものが無いようだ。ならばそんな目は無いに等しい、不要だろう。全てくり抜き燃やしてくれよう。


「なんか反論ある人いるー? いるなら手をあげてくださーい。その手を斬ってあげますよー」


 勇者の言葉に村人はおどけて怖がる振りをしていた。


「こんな何も出来ない小娘が領主だというのが間違ってんだ!」

「勇者様ならこの村を発展させてくださる!」

「無能で口汚い領主に命令されて生きていくのはまっぴらごめんだ! 俺たちゃ奴隷じゃないってんだよ!」

「先々代の領主様が亡くなった途端に正体を現したんだ! 先代だった両親もどうせお前が殺してるんだろ!」


 散々な言いようである。

 ミレーヌがどれほどこの村や領地の為に自分を殺してきたかをこの者たちはわからぬのだ――いや理解しようとすらしていないのだ。


「……」


 ミレーヌを見れば俯きただ堪えている。顔が揺れて見えるのは、笑顔を作ろうとしているからだろう。


「おいおい、ミレーヌちゃんは俺の夜専用の妻になるんだからあんま酷いこといわないでー」


 再び笑う村人達。

 やはりこいつらは狂っている。

 罪なき小娘をさらし上げ、それを笑っているのだから。


「そもそも貴様ら領民風情が領主を選ぶなどあってはならぬことだが……一つ問おう。口が悪いというだけでミレーヌが貴様らに不利益になるようなことを何かしたのか」


 村人たちは顔を見合わせ、せせら笑っている。

 不愉快この上ないが、今はミレーヌの為に耐えてやろう。


 だが私の問いに答えたの勇者ヒデであった。


「あー民主主義ってやつよ元副官さん。あんたが今更どうこう言っても変わらない、多数決で決めるのが『平等』なの。俺はね、この村の人達に『平等』を与えることを約束しているんだ」


 村人たちは笑い、何故か勇者を褒め称えている。


「貴様の言う平等の先には、ミレーヌの死があったのではないか……それのどこが平等だと――」

「税の徴収に加えて年貢だぞ!? この三年で一体何人が飢え死にしたと思ってやがるんだ!」


 私が話し終わる前に、一人の村人が声を荒げて言葉を遮る。


「その癖村長は丸々太ってやがるし、この性悪姫は俺たちを罵るばかりだ!」

「無駄な事を貴重な紙に書いている暇があるなら、その紙を買う金をこっちにまわせってんだよ!」


 それは異常な光景であった。


 私がここに来る前の記録を見れば分かる。

 ミレーヌは頼る者もなく、一人でこの領地を背負い、守ってきたのだ。


 本来人族の貴族とは、報酬や見返りを貰う事を恥とし、かつ努力や苦労を嫌うものである。だがその貴族であるミレーヌが今までどれほどの努力と苦労をして、領地の発展に心血注いできたことか。

 年頃の娘でありながら遊びの一つもろくにせず、金のかかる茶会も舞踏会の誘いも全て断っていた。その誘いがシズタニアの罠だった可能性もあったが、ミレーヌはそうと考えず、「節制」だと言いただ屋敷にこもって仕事をしていたのだぞ。


 そんなミレーヌが見せた遊びと言えば、雪を踏むという児戯にも等しく、娯楽とも言えぬ行いだ。


「本気で言っているのだな……ならば貴様らと話すことは何もない」


 これ以上この者達に口を動かさせると、いたずらにミレーヌを傷付けるだけである。今すぐにこの者たちの口を噤んでやらなければなるまい。これ以上ミレーヌを傷付けぬために。


「貴様らは、皆殺しだ――」

「っ!」


 前に出ようとする私の袖をミレーヌが引く。だがその力はいつもよりも弱々しいもので、顔を俯かせ金色の髪で隠しており窺えない。


 ミレーヌは静かにペンを動かし、ダイアリーに文字を書いていく。


『私が勇者様の妻となれば全ては丸くおさまります。私が死罪とならぬ道があるならば、私が生きていてもいいのなら、私が汚したラヴュロンス家の汚名をそそぐため、自分の罪を償うために生きていきます』


 勇者が王に言えば罪は許されるという話を信じているのか。

 その上で領地の安寧を望むとは、どこまでも純粋で、どこまでも愚かな娘なのか。


「ミレーヌ……お前の罪とはなんだ。長きを共に過ごしたわけでもない私でも、お前が償う罪など何処にもないと断言できるのだぞ」


 ミレーヌはこの期におよんでも、無理矢理に作った笑みを浮かべている。


 何故お前は笑っていられるのだ。

 言葉を発せず黙っているのは何故だ。体が震えているのは寒さのせいではないだろうに。

 お前は私が倒れた時に泣いていた。何故ひとのためにしか涙を使わぬのだ。


「あーごちゃごちゃ言わないの。ミレーヌちゃんは俺と一つになりたいって言ってるんだからさー、そうでしょ?」


 ミレーヌは震える手でダイアリーに、『はい』とだけ書く。

 それが嘘だとわからぬ馬鹿はいない。言わせたヒデもそれが嘘だとはわかっているはずだ。


「んじゃミレーヌちゃんは俺の妻になるってことで決まりね! ムラムラしてっからさ、早速口でしてもらおっかな。どうも殺しをしたあとって治まんないんだよねー。村人の皆さんも見たい人は見に来ていいよ。自分たちを苦しめた領主様の恥ずかしいところ見たいでしょ?」


 村民たちの耳障りな歓声を意識して無視し、勇者ヒデが進もうとするのを手を伸ばし制止する。

 この男はミレーヌに近付けていい男ではない。


「ミレーヌには触れるなと私は言ったはずだが」


 ミレーヌは私の袖を引くが、もう止まれそうにない。この激情を暴力以外で心から洗い流す術を私は持たぬのだ。


「はぁ……面倒くさ」

「ミレーヌは私の妻となる女だ、貴様の様な糞にも劣る下種がミレーヌに触ることを私は断じて許さん!」

「はぇっ!?」


 蠅?


 後ろから聞こえたミレーヌの驚く声は、僅かにお粗末様を刺激するものであった。

 今のが蠅と言われたのか、はえと叫んだのかで話は変わってくる。「お前は(ヒデ)にたかる蠅だ」、そう言ってもらえたならば、私はこの場で昇天してしまうだろう。


「あぁそういうことか! あんたミレーヌちゃん惚れてたんだ!」

「そうだ、私はミレーヌを心より愛している。ミレーヌの為ならば死することも喜ぼう」


 出来ることならばミレーヌの手でじわりじわりと殺していただきたい……そうか、私はもうここまで心を調教されてしまっているのだな。最強の魔王であった私が、か弱き一人の娘に殺されたいとまで願う程愛してしまっていたのだな。


「ミレーヌちゃんきつい顔してっからね、こういう女を逆に調教するのって燃えるよね」


 愚かな。私は調教される側だ。


「でも悪いねー、この性悪はもう俺のもんなんだわ。あんたの代わりに俺ががっつり調教しておいてやっからさ、安心して帰っていいよ」

「性悪、だと?」


 今、ミレーヌを指して性悪と言ったのか。

 以前も村の子供がそう言っており、先程も村人が言っていたな。


「だってそうっしょ。口をひらけば罵詈雑言よ? 村の皆だってそう思うよなー」


 村人たちのなかには否定する者はなく、ただ同意の声を上げていた。


 ミレーヌが今どんな顔をしているかは見なくともわかる。困ったような顔をして、ただ笑っているはずだ。今もまだ笑える余裕があるかはわからないが、笑おうという努力をしてしまっているはずだ。


 口を開けばまたひとを傷つけてしまうと思い、表面だけでも人を不快にさせぬようにと、心を凍てつかせながらも笑おうとしているのだ。


 ミレーヌは人を不快にさせることを極端に恐れている。それはミレーヌの心が優しき故なのだろう。だが目つきの鋭さと口の悪さから、その笑顔の本当の意味を知ろうとする者はいない。


 笑う事で自分を守り、他者を傷付けぬように立ち回る。そんな生き方は褒められたものではないのかもしれない。だがそれこそがミレーヌの美点であり、本当の姿なのだ。その全てを愛してこそのミレーヌの下僕(おっと)であると私は確信している。


「性悪だと……ふざけたことを抜かすではないか。貴様らにはミレーヌの心の声が聴こえぬか、他者を思い遣り、領民を慈しむ心の声が。敬わぬどころか後ろ指をさす愚かな村民のためであっても、ミレーヌは心を砕き自分を犠牲にすることも厭わずに生きてきたのだぞ」


 ミレーヌの言葉の裏には常に優しさが隠れていた。発する言葉の裏には、確かな慈しみが隠れているのだ。


「ミレーヌの心の声が……美しき心の声が貴様らには届かぬかっ!!」


 体は焼けるように熱く、心は凍るほどに冷たい。

 これ程の怒りは千人の勇者に襲われた時ですら感じはしなかったものだ。


「あ、あの小娘のどこが美しいんだ!」

「汚れた心は死神の生まれ変わりか何かだからに違いねぇよ!」


 心無い言葉を受け、無意識のうちに空を見上げれば、そこには見ただけで空気が澄んでいるとわかる青い空が広がっている。

 ミレーヌは、この空よりも遥に美しい心を持っていると私は知っている。


 言ってしまえばミレーヌこそが異端であり、人族の中の異物であり、常軌を逸した存在なのだ。

 そして人族の貴族として生まれてしまった不幸を、この娘は気付いていない。そしてひとのため、家名のために流す涙はあっても、自分のために流す涙を笑顔に隠す。


 真に汚れた心を持つのは人族だというのに、ミレーヌはそれを理解しようとせず、愚直なまでに自身を傷付け続けている。


「村長の家に何度も行ってたのも、村長と組んで俺らから年貢を多くだまし取るためだったんだ! 俺たちはそれを勇者様から聞いているんだぞ!」

「貴様らに何がわかる――」

「豚が知ったような口をきくな……(いけませんピエール様……)」


 見ろ、ミレーヌの発する暴言の裏には、人を思い遣る言葉が必ず隠れている。それがこの者達には届いていないのか。


「ミレーヌが行き倒れの私に何と声をかけたか、お前たちは想像することもできないだろう。得体も知れぬ私をミレーヌは怪しむのではなく、心配をし介抱したのだぞ……」


 勇者ヒデがミレーヌと村長をダシにして村民の人心を掌握していたのは確かだ。

 だがそうなるまえからミレーヌは、村民達から心無い言葉を投げつけられていたのだろう。


「私が間違っていたようだ」


 私の怒りはとうに限界を超えていた。

 ミレーヌは許さぬだろうが、ここにいる者の全てを殺してしまわなければ、とてもではないが気が収まらぬ。例え勇者に騙されていたのだとしても、私はここに集まった村民達を許せそうにはない。


「私が間違っていたと認めよう。ミレーヌのような美しき心を持った者がいるならば、この世界は魔族も人族もない、分け隔てることなく一つになることができる――そう私は考えていた。だがそれは甘い認識であり、勘違いであったと認めよう。やはり貴様ら人族は全て滅ぶべきなのだっ!」

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