魔王は耐えすぎた
村人たちは皆一様に黙り、袖を引いていたミレーヌの手も離れる。
暗に私が人族ではないと言ったのだ、勘の良い者ならば私が魔族であると気付いただろう。
「何熱くなってんの? そういうのまじだせぇよ?」
「貴様はここで殺してやる。私は自分の発言に責任を持てる男だ、確実にここで殺してやるぞ」
責任を持てない発言をしてミレーヌに罵られるのも悪くないがな。
今日は夕方までに帰ると伝えておきながら夜更け過ぎに帰り、お仕置きとして家から閉め出されるのだ。私は凍えるような寒さのなか、「お許しください」と何度も懇願しても家には入れてもらえず、全裸で震えながら夜が明けるのを待つ……たまらんな。
「はっ上等よ? 俺はね、大勇者にも負けねぇぐらいの能力を持ってんだわ。貴族様のお抱えだからって調子乗ってると痛すぎる目をみんよ」
「ふふ、その手に持つささやかな魔力剣がお前の力だと言うならば、既に片腹がねじれきれんばかりに痛んでいるが」
ヒデは苦々しい顔表情を隠しもせずにこちらを睨んでいる。
言葉の応酬ではひとまず私の勝ちだろう。
「いやいや、これはこの前死んだ馬鹿の能力を拝借したのよ。そんでこれは――」
そう言った瞬間、勇者の姿が消える。
それは高速移動したというわけではなく、まさにその場から消えさったように見えた。
「ぬっ」
その直後、腹部に猛烈な痛みを感じる。
それがヒデの攻撃だというのはわかった。だがその方法がわからない。
奴は一体何をした。
「俺は人の能力を真似する能力なんだわ。これは透明になる能力を持っているやつの真似。あと本当に片腹ねじりきっておいてやったよ」
自身の隠すべき能力をべらべらと喋るとは、やはりこの者は救いようがないほど愚かだ。しかしなるほど、勇者のなかには姿を消すことが出来る者がいるのか。勇者どもを根絶やしにする際には十分注意しようではないか。
「能力が猿真似とは情けないことだな。だが猿並の知能しかないお前には、お似合いの能力でもある」
やはり愛のない痛みは快感にはならんな。ミレーヌの発する暴言には人を想う心がある。だからこそ心地よく、私のお粗末様を熱くさせる。だがこの男にそのような心はない。
「……何余裕ぶってんの?」
「真実余裕があるのだ。今この場でミレーヌとの挙式をあげようかと考えているのだが、どうだ貴様も参加するか? ミレーヌに渡す花束を摘んでこさせてやるぞ。貴様の汚れた手で摘んだ花など、ミレーヌに触らせることはできんがな」
無礼には無礼でもって返すのが、こういう輩にはよく効くと副官の鬼族の者がよく言っていた。
だからこれは、ご主人様を調教するなどとふざけたことを抜かしたことに対する返礼だ。
「馬っ鹿じゃねーの?」
私の肩が衣服ごと吹き飛ばされ左腕が地面に落ちる。姿を消した勇者が何らかの能力を使い、私の腕を切りとばしたのだ。
肩の深いところまで失い体の均衡が変わりよろけてしまう。自動で発動する治癒魔術が出血を止めるが、さすがに痛みはある。だがこれしきの痛みでは私のを止めることはできない。
私は最強の魔王ショスピエール・フラッパー、例え心臓を貫かれ頭を潰されようとも死ぬことはないのだ。私を殺せるぬはミレーヌのみ。ミレーヌが私の死を望まぬ限り、私が死ぬこと決してない。
「豚ぁぁぁあ!(ピエール様ぁぁあ!)」
「ぬっふぅーんっ!」
ミレーヌの悲鳴が私の股間を打つ。左腕の痛みなど忘れてしまうような凄まじい快感であった。
ミレーヌよ、男の戦いに口をはさまないでくれ。眼前にいるヒデが私に快楽をもたらしたのだと錯覚し、混乱した心がヒデを愛してしまったらどうするのだ。
「膝が笑ってるじゃん、やせ我慢してたのかー? 言っとくけど簡単には殺さねぇよ」
簡単には殺さないならば腕を奪うのは悪手ではないか。私が人族であったらとうに死んでいるだけの傷を負っているというのに。特にこの腹の傷、内臓をも抉っているではないか。
それに膝が笑っているのはミレーヌが罵ってくれたからだ。
「仲間を殺す悪辣さに加え、いたぶるのが趣味の変態か。救えぬ奴よ」
「豚も男に攻められて喜ぶ変態じゃない!(お願いもうやめてください!)」
肩から下を失ったことで焼けるような痛みを感じていた。
だが耐えられない痛みでも、死ぬほどの痛みでもない。それ以上に、私の後ろから叫ばれたミレーヌの罵倒が気持ちよすぎて痛みなど吹き飛んでいく。これでは私が痛みに耐えている意味がなくなってしまう、むしろミレーヌの為に耐えているのだと考えると、この痛みすら快感に変わってくる。
「み、ミレーヌ……下がっていろ」
いかん、考えれば考えるほど射精してしまいそうだ。戦いの最中に種を放つなど、物笑いの種にもならない。
「誰に命令をしているのよ豚っ! 帰ったら男娼のようにあつかってあげるわ!(私のためならばおやめくださいピエール様っ! あなたが傷つくなんて私には耐えられません!)」
調教に続き開発までしてくださるのですね。恐くはあります、恐くはありますがご主人様が望むならば、それは私の望みでもあります。
「いやいや、俺のかっこいいところ見てってよミレーヌちゃん。すぐにこの副官をバラバラにしてやっからさ」
「図に乗るな下種。ミレーヌの与えられた心の痛み、その痛みの一欠片だけでも共有したいがためにあえて攻撃を受けてやっているのだ。ミレーヌの心の痛みはこの程度ではないとは理解しているが、こうでもしなくては気が済まぬのだ」
気持ち良くなってきているのでこれ以上はまずいがな。
「うわー本当に変態なのかよ。でも無抵抗の人間を壊すのって楽しいから好きだし、いいよ付き合うよ。段々興奮してきちゃったし、ミレーヌちゃんにもそれなりの痛みは与えるのもありかもな、どんな汚い言葉をはくんだろうね!」
最後の一言。
その一言は、実現することのない未来ではあった。だがミレーヌを傷付けようという発想そのものが到底許せるものではなかった。
「ほらほら、次は目かな、耳かな、頭かなー!」
完全に消えた勇者を肉眼で探すことは、最強の魔王である私でも不可能であった。
「先程も言ったが、少々図に乗り過ぎではないか?」
だが、それは魔術を使わなければの話だ。
旋風を起こし、泥の混ざった雪融け水を巻き上げると一ヶ所だけ不自然に浮き上がる場所を見つけられる。そんな面倒な事をせずとも、よく見れば足跡まで地面に残っていることに気付き、思わず笑みがこぼれてしまう。
どうやら私は自分が思っている以上に冷静さを欠いていたようだ。
「所詮猿真似の能力。持った力に胡座をかいているようでは猿のままよな」
透明なままだがはっきりと居場所をさらしている勇者へ風の刃を飛ばす。何もないはずの空間から血が流れ、可視化した腕が地面へと落下する。
「うぇい?」
自分が斬られたということが理解できないのか、透明化を解いてその場に立ち尽くしている勇者。
「なんで腕がぁぁあ!?」
「無様だな勇者ヒデ」
ヒデは泥まみれになった腕を拾い上げ、頭を振り乱して喚きちらしている。
人を痛めつけるのは好きだが、自身の痛みに対しては弱いか。人を傷付けぬように生き、自身が受ける痛みに耐え続けてきたミレーヌとは対極に位置する男だ。
「――なーんて回復魔法を使える奴の真似もできるんだわー」
失ったはずであったヒデの腕が再生していく。
落ちた腕は形を失い、赤い血となりぬかるんだ地面へと吸われていった。
だがそれも驚くに値することではない。
私も含め、治癒魔術を使う者などこの世には腐るほどいる。
そしてその程度の再生能力など、私の力の前では無力と言っていい。
「ならばその治癒力を上回る――」
「いつまでイチャついてるのよ!(やめてください!)」
ミレーヌが私の前へと飛び出す。それと同時に罵倒が快感の嵐となって私に襲いかかり、意識がどこかへと連れ去られてしまいそうになる。体の痛みも完全に快感とすげ替わっており、なんとか立っているような状態だ。
『争いはなにも生みません。もうこんなことはやめてください』
「いやーそう言われても、売られた喧嘩は買わなきゃ駄目っしょ。それに少しは夫を応援してよ」
私とヒデの間で交互にダイアリーを見せる様を見ていると、そんな場合ではないとわかっているが子供がだだをこねているようで愛しくなってしまう。相手が前魔王だったならばここまでの余裕は持てなかっただろう。それほどまでに眼前にいる勇者ヒデは弱いのだ。
だがそんな余裕が最悪の結果を招くことになる。
『憎しみ合い、争い合う以外にも解決方法はあるはずです。まずは話し合いをしましょう』
「ミレーヌ、それではお前が――」
妻になり、この男に一生を捧げなければいけないのだぞ。そう言おうとしたころでヒデが口をはさむ。
「あーもうなんか面倒くさくなったわ」
「えっ」
何が起きたのか分からなかった。
私の目の前にいるミレーヌの背から、紫色の剣が飛び出してくるのが見える。それはまるで時の流れが遅れているかのように、ゆっくりと突き出されてきた。
ヒデの手に握られている紫色の剣がミレーヌの体を貫き、貫いた切っ先からミレーヌの血が私の頬にかかる。
「ヤッてから殺るつもりだったけどもういいや。こういう面倒な女って、面倒だから面倒臭いんだよねー」
ヒデは剣をミレーヌから引き抜き、その剣を後ろへと投げ捨てた。
「ミレーヌ!!」




