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魔王、村へ。

 私がミレーヌに拾われてから十日が過ぎた。


 私はまだ何処へと行くあてもなく、行くつもりもなく、ミレーヌの屋敷で世話になっている。そう、私は当初の目論見通り、ミレーヌの世話になることに成功したのだ。

 私は不可能を可能とする男、最強の魔王ショスピエール・フラッパー、私にできぬ事などありはしない。


 この十日の間、ミレーヌとは良き関係を築くことにも成功し、緊張なく話せるだけの間柄となった。つまり順調にミレーヌの豚として飼育されているわけである。


 ミレーヌはこの辺りを治める爵位持ちだという事を知った。両親は隠居を理由に、まだ十八歳と幼いミレーヌにその爵位を譲り、この地を去ったそうだ。


 人族の風習や習慣などは知らぬが、そういった場合、まずは婿を探してやるのが親の役目ではないのか。ましてやまだ乳の臭いもとれぬような小娘に、国境線、つまりは我が国フエとの戦でも要となる地を任せるとは。


 寿命が魔族よりも短いとはいえ、我慢がきかぬにも過ぎるのではないのか。だがミレーヌは両親に対する恨み言は一切漏らさず、ただ困ったように笑うだけであった。


「今日は国境沿いの村の視察と、簡易要塞の現状把握の日だ。急げよ、もたもたしていては日が傾いてしまうぞ」


 私は気付けばミレーヌの副官の様な仕事をしていた。命を救われた恩、それとこの小さな身には余る、大きすぎる責を任されている事への同情。そして一握りの下心からだ。


「随分偉くなったわね。女の用意を待てぬ豚なんて、豚以下よ(はい、遅くなって申し訳ありません。お化粧にはまだ慣れなくて)」

「くふぅぅ!」


 白状しよう。自分の心には嘘はつけない。

 私はミレーヌの暴言を受けるために仕事を手伝っているのだ。つまり下心が全てである。


『ごめんなさい、つい喋ってしまって。いつも不快な想いをさせてしまって申し訳ございません』

「よ、よいのだ。私は存外ミレーヌの声が気に入っている。不快な想いなどするものか、遠慮なくしゃべるといい」


 ミレーヌはその白い顔を真っ赤に塗り替え、もじもじとしながらドレスのスカート部分を握っている。


「どうかしたか」


 もっとその声を聞かせてほしい。もっと私を罵ってくれ。まさかそのスカートをめくり、「口だけで下着を脱がせ」などと命令してくださるのだろうか。


 魔王を襲名してからの百年という長き時の中で、私を叱れる者は一人もいなかった。例外として鬼人族の副官がそうであったが、それでも何十年に一度だ。完璧すぎる上に失敗はなく、魔族の最上位に位置する私を叱れる者はない。そしていつしか叱られ罵られることを望む、被虐嗜好な体になってしまっていたのだ。


 そんな私にこの少女は、憩いと癒しと暴言をあたえてくれる。私を叱ってくれる唯一無二の存在。これは……この気持ちは愛なのかもしれん。私はこの人族の娘に恋慕の情を抱いているのかもしれない。


『ピエール様はお優しいのですね』


 流れる様な金の髪が一カ所だけ跳ねてしまっている。それを魔力の帯た手で撫でさすり、自然な姿へと戻してやる。


「水の魔術と火の魔術を同時に使う事で蒸気が発生する。これを利用すれば寝癖など……どうだ鏡を見てみろ」


 ミレーヌはどういう訳か私の服――ミレーヌの父親が使っていたという正装――の袖を摘まみ、俯いて動かなくなってしまった。ミレーヌは目が悪いので、夜中に廊下を移動する際はこの様にすることもあるが、ここは私室なのでその必要はないはずだ。ではどうしたというのか。


「ゴミの分際で気安く触らないでくださるかしら……あなたの精にまみれた手で触れられたら、望まぬ子を妊娠してしまうでしょう?(ピエール様、嫁入り前の女に触れるのはいけないことなんですよ……でも、嬉しいです。は、はしたない女だとは思わないでくださいね?)」


 これこれ、出掛けようというのに私を骨抜きにしてどうするのだミレーヌよ。足腰が震えてしまって歩けないではないか。



 ――――



 寒村、そこはそんな言葉がぴたりとはまる村であった。

 季節柄仕方ないとはいえ、葉の枯れた山がこの村の薄ら寒さをより際立てている。


 顔だけではなく、胸元まで赤く染めながら抵抗するミレーヌを抱き上げ、飛行魔術で飛んできたのはそんな寂れた村であった。途中ミレーヌから暴言の嵐をくらい墜落するところであったが、なんとか無事に辿りつくことができた。仮に墜落したところでミレーヌには傷一つつけず、私が肉布団となって守るつもりではあったが。


 飛行魔術を使わずとも徒歩でもそうかかる距離ではなかったが、ミレーヌの性奴隷……ではなく副官として働いている以上、自身の能力は余すことなく発揮せねばならない。ミレーヌの性奴隷……ではなく私は副官なのだ、履きつぶして底のなくなった靴のように、どうか擦り切れるまで酷使してほしい。


「着いたぞミレーヌ」

「ゴミにしては良い働きね。奴隷に格上げしてあげるわ(空を飛べる日がくるなんて夢の様です。それにピエール様にずっと抱かれてしまいました……)」

「有り難き幸せ」


 自然と感謝してしまい、膝まで折ってしまった。

 その様を意外そうな顔で見つめるミレーヌ。しまった、素がでてしまったか。


『ピエール様は不思議な方ですね』


 嬉しそうに笑うミレーヌは素直に美しいと思うが、どこか物足りない。

 そこは筆談ではなく言葉にしてほしかったぞ。



 ――――



 それから村長が住むという家へと向かう。

 道中すれ違った村民たちには覇気も活気もなく、誰もが疲れた顔をしていた。特に私を見ると皆避ける様に姿を隠す。角は消しているはずなので、おかしなところはないはずだ。何か理由があるのだろうか。


 だが私の横を歩いているのがミレーヌだとわかると、途端に喜色を顔に浮かべる者もいた。


「ミレーヌはこの村で人気があるようではないか」


 何気ない一言であった。思った事を口にした、それだけだ。だがミレーヌの表情は芳しくなく、浮かぬ顔をしていた。


「……」

「あ、性悪姫だ!」

「こら、やめなさい……」


 子供がミレーヌを指さしそう叫ぶ。親であろう女がその口を手で塞ぎ、明らかな愛想笑いをこちらへ向ける。親の見せる愛想笑いには棘があり、私の気分を害させるには十分なものであった。


 なるほどそういうことか。


「あの親子、殺してよいのだな?」

「出しゃばりななのはその股間についた粗末な物だけにしないさい!(やめてください、これは私が悪いのです!)」


「おっふ……あぁふっ、不意打ちは、不意打ちはらめっ……!」


 すまぬミレーヌ、今のは効きすぎたので言葉が返せそうにない。しばらくこのまま、しゃがませてくれ。


『この口のせいで私は酷い暴言を村人たちに向かって吐いてしまいました。ですのでこれは当然の報いなのです』


 なるほど理解した。だがもうしばし待て、私のお粗末様が偉いことになっているのだ。


「……ふぅ。ふむ、そういうことか。だからと言って殺さぬ理由にはならぬと思うがな」

『村民に罪はありません。彼らは必死に生きています。そして彼らのおかげで、私も生きていけるのです』


 卑屈過ぎる気もするが、概ね同意できる内容だ。民が海となり国を支え、王は国という船の舵を取る。その海がなくなれば、船は動かなくなってしまう。それはフエでも同じことであり、王としての心構えとして必要なものだ。


 それを領主の身で弁えているとは、やはりミレーヌは聡い女よ。


「ミレーヌ様がそう言うのならば仕方あるまい、従おうではないか」


 私としたことが自然と「様」を付けてしまっていた。どうやら気付かぬ間に心の奥まで支配されつつあるようだ。だが決して不快ではない、快か不快かで言えば大いに快感だ。


 それに私は今副官という立場にある。「様」をつけてもなんらおかしいことはない。むしろ付け放題なのだ。


『気分を害してしまいましたよね。申し訳ございません。次からは私一人で来ますので、どうかお許しください』


 やはり卑屈が過ぎるな。領主だというならば、その口から出る言葉の一割でもいい、不遜さを出してみたらどうなのだ。


「よい、気にするな。ミレーヌは悪くない、それを私は理解している。お前が気に病むことなど何一つもないのだ。それにその立派な心構え、尊敬に値するぞ」

『ありがとうございます。ですが殆どがおじい様の受け売りなのです。おじい様は立派な方でした。私もおじい様の様になりたいのです』

「そうか。ならばミレーヌに至らぬものがあるならば私が補佐しよう。人には役割がある。ミレーヌ、お前は自分が出来る事をやればいい、足りぬ部分は私に任せておけ」


 ミレーヌは鋭い目付きで上目遣いに私を見上げる。

 そんなミレーヌからまだかまだかと暴言を待つ私は何者なのだろうか――。


「ゴミクズ、余計な事を喋る暇があるなら、その舌で私の高貴な足をお舐めなさいな(ピエール様はお優しすぎます。どうして私なんかの為にそんな……)」



 私はご主人様の奴隷でございましたね。お許しになるならば、喜んで舐めさせていただきとうございます。

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