魔王の成長は著しく
村長の家へと向かう道中に受けた村人からの視線は、決して歓迎するようなものではなかった。特にミレーヌに対しては聞こえよがしに罵る者までいる。私はその無礼者達を何度も殺そうとしたのだが、ミレーヌに袖を引っ張られ止められてしまう。ミレーヌは困ったような顔をし、ただ笑っているだけであった。
私はその苦しそうな笑顔を見るたびに胸が締め付けられ、どうにも腑に落ちず、何故殺さぬのかとミレーヌに問う。民は蔑にして良いものではないのは確かだが、限度というものがあるだろうと。
「知ったような口をきく前に、自分の汚い下の口でも舐めて綺麗にしていなさい(人が死ぬのは、とても悲しいことなのですよ。私は悲しいのが嫌いです)」
ミレーヌはそれだけしか答えず。鋭い目つきで私の腰を砕き、再び村長の家へと向かい歩きはじめた。
――――
「よくぞおいでになりました、領主様。今日はまたどういった御用件で。税は払っておりますのでぇ……もしや年貢の件でございますかな?」
領主様という言葉に引っ掛かりを感じる。どこかミレーヌを小馬鹿にしたような声音だと私には感じられた。この小太りな男が村長だと言っていたが、どうも臭う。
『この領地で私が生きていけるのは、この村の、そして村長様のお陰だとはわかっています。苦しい事もわかりますが、今年の分の年貢がまだ払われていないのはどういうことか、一度説明願えますでしょうか』
「はぁ、これは申し訳ない。用意はしておりましたが、領主様の仰る数には麦の生産が届かず。どうしたものかと村の者達と相談していたところでございます」
その割にはこの男は肥えているようだが。
年貢とは、戦争に際したときに使うため、一時的に蓄えておく食料のことである。この管理を領民に任せておくと全て金に換えてしまうか、食べてしまう。なので領主がこれを預かり有事の際に役立てるのだ。
これは人族に限らず、フエの辺境区でも行われている政策である。
『そうでしたか。でしたらこれからは一報だけでもいただけると助かります。私にも出来る事があるかもしれないので』
「いえいえ、なにせ領主様は『一人』でいらっしゃいますからな。政務もさぞ大変でしょう。お手を煩わせるわけにはいかぬと思っておったのです」
ならば最初からそう伝えておけばよかったではないか。
『そうでしたか。それと収める数は去年よりも減らしたはずなのですが、それでも辛かったでしょうか』
「麦以外にも今年は不作でございます。先の戦争で徴収されてしまったこともありまして、どうにも捻出できそうになかったのです」
「……」
臭い。どうもこの男は胡散臭い。先程からご主人様……いや、ミレーヌに対して敬意が感じられない。領主に対してこの態度。私がミレーヌならば、ここに至るまで男の首を三度は飛ばしているだろう。
『そうですか』
ミレーヌは輝く金色の髪で、自身の顔を隠す様に俯く。
すぐに気を取り直したのか、すらすらと紙に何事かを書いている。言葉は喋らず文を使って会話をする。不便なことだろうに。
「……」
その姿は人族にしておくには勿体無い美しさだ。そう思い見惚れてしまい、踵の尖った靴で尻を踏んでほしいと強く願ってしまった。
ふと我に返り村長の言っていた言葉を思い出す。
「ミレーヌは『一人』ではない。私が副官としてついている」
驚いた顔でこちらを見るミレーヌ。
どうした、早く暴言を吐いてくれ。余計な事を私は言ったのだぞ。
「おやおや、見慣れぬ顔だったのでいつ紹介してくださるのかと待っていましたが、副官様でしたか。そうでしたか、そうでしたか。また副官とは面白い。領主様は戦争でもなさるおつもりですかな? 魔族との戦争は休戦中、はて一体どこと争うのやら」
ミレーヌはびくりと体を跳ねさせ、首を横へと振る。
余計な事を言ったつもりではあったが、何かまずいことを言ってしまったようだ。
「フエの魔王が討たれたのです。この地はしばらくもしない間に落ち着くことでしょう。ですが魔王を失ったことでフエは混乱を極めております、そこへこの様な得体の知れぬ男を『副官』として招くとは……ミレーヌ様は王国に叛意がおありですかな? 混乱に乗じて――」
なるほど、失言だったな。これはもう暴言込みでの身体的お仕置きをしていただく他あるまい。
『その様な意図はありません。私は王に忠誠を誓い、この地を任されているのです。例え私が死のうとも、王へと剣を向けることはありません』
にやりと笑う村長。不愉快な面だ。私のご主人様を困らせて笑っているのが尚のこと許せん。
「それはそれは、それはそうですよね。いやー私はてっきり領主様が呪いのせいでおかしくなったのかっ……があ!?」
「随分と肥えているが、これだけ油がのっているなら火を付ければ暖としてしばらくは役に立ちそうだな。今日は特に冷える、このままではミレーヌ様が風邪をひかれてしまう。どうだ、一つここで暖炉の代わりをしてくれぬか」
村長の顎を、口が開いたまま掴む。もう片方の手には炎を出し、それを村長へと近づける。
「あがががが、ああ! あああ!」
「男色の趣味まであるとは見上げた変態ね!(おやめくださいピエール様!)」
「んぅぅ! ふぅー……落ち着けぇピエールぅ……今はだめだぁ……」
ミレーヌの言葉の暴力が股間へと響き、お粗末様がご立派様へと姿を変えようとしていた。
自身に冷静さを取り戻させるため、言い聞かせるように独り言をつぶやき落ち着かせるが、お粗末様に残った痺れは中々しずまろうとしない。
「ミレーヌ様、何故止めるのですか」
しかし危うく出てしまうところであったな。
なんて完璧な女なのだ。容姿が美しいだけではなく、暴言の味わいも深い。
『私の為を思っての行動だとはわかります。ですが、暴力で物事を解決しようとするのはおやめください。私はそれを望みません。彼らはみな、大切な領民なのですから』
口で言ってもわからぬ愚か者もいる。だがミレーヌがそう言うのであるならば、それに従おう。
「お、お前、何をしたか分かっているのか……」
「黙れ」
私は今それどころではないのだ。
ご主人様からいただいた暴言の余韻を楽しみたいのだ。
『申し訳ございます。何卒今のことは』
そこまで書いているのが見えたが、それを書き切る前に村長が立ち上がる。
「ふ、ふん今回のことは当然水に流しますよ、領主様のには逆らえませんからな」
『重ね重ね申し訳ありません』
「それよりも、先程書いていましたな、王国に叛意はないと。その書いていた物をお渡しいただければ、それを勇者様へと渡し、国王の元へとお届けします。そうすればもう、いらぬ誤解も解けましょう。どうでしょうか」
ご主人様の、普段は鋭く尖った目が柔和なものになっている。目を凝らさないと、こういう目になるのか。
『ありがとうございます。こちらの無礼を許してくれた上に、まさかそこまでしてくださるとは』
いやらしい笑いを見せる村長。私にはどう見ても罠にしか感じられない。だがこの男が罠を仕掛けたという決定的な証拠はない。それに領主に対してあるまじき横柄で不遜な態度と、勇者と繋がりがあるという話が、私の思考を乱す。
「貴様は勇者と縁があるのか」
「大勇者様とは違いますが、この村に立ち寄った勇者様の何人かとは懇意にさせていただいております。それが何か」
ご主人様は再び俯き、何も書かずに黙っている。これは何かを知っているが、その話題には触れたくないということだろう。
「いや、確認しただけだ」
「左様でございますか」
どうにもこの村長の態度は気に食わぬ。
これがご主人様であれば私のお粗末様は喜びに震え……わ、私は、私は一体いつからミレーヌをご主人様と?
――――
『次は簡易要塞です。歩いていきましょう』
「何を言うか」
ミレーヌを抱き上げようと屈んだところで強い殺気を感じる。
これは明確な殺意だ、私を殺そうという気を隠しもしていない。
振り返ると紫色に輝く剣が眼前へと迫っていた。
「魔力剣か」
その剣の柄を手で掴み、事も無げに地面へと投げ捨てる。この程度の刃で私が殺せると思っていたのだろうか。これがミレーヌの投げたものなら股間で受け止めたところだ。
「しかし――」
ミレーヌの前で刃を出したという点は見逃せぬ。
この場にいるのが私だけならば、ただ殺すだけで済ませてやった。だがミレーヌの前で刃を抜くというのは、お粗末様を見せつけるも同義。断じて許せるものではない。ご主人様ににお粗末様を見せてよいのは私だけだ!
「何用だ」
投げつけた剣を踏み割り、剣の飛んできた方向、あぜ道の先からこちらへと歩いてくる男を睨む。
「ただの人さらいかと思ったら意外と手練れかー?」
軽薄そうな男はへらへらと笑いながら近づいてくる。
なんだその濁った小便の様なくすんだ髪色は、ミレーヌの金色に輝く絹のような髪とは大違いだな。
「貴様は誰だ。何故私に殺意を向ける」
「お兄さん、それは俺っちのセリフっしょーお兄さんこそ誰だよ。デブの家に来てみたら、憎くて可愛いミレーヌちゃんが知らないお兄さんが誘拐してるんだもん、そりゃ剣も投げるっしょ」
聞きなれぬ言葉を挿むのは、異国の者ということか。まさか、勇者――いやしかし、それならばこの顔を見れば気付きそうなものだが。
「んで、何してんの? 誘拐? レイプ? レイプなら俺もまぜてよ」
不愉快な男だ。何を言っているかは分からないが、ミレーヌを侮辱しているのは伝わった。何故ならばミレーヌが俺の袖を強く引っ張っているからだ。
「ミレーヌ様、この者と面識が?」
「誰が人間様の言葉を喋っていいと言ったの……(はい、ですが……)」
ぶひひぶひひひ(申し訳ありません)
「相変わらず顔に似合わない激しい罵りっぷりっじゃんよ。ますます犯したくなったわ。ねぇ、ミレーヌちゃん一回だけでいいからヤラせてよ。ヤルってわかる? セックスのこと、ってわかんねーか。あー……子供作らせてくれってこと、どうわか!?」
鬱陶しい男だ。何者だか知らぬがここで殺してしまおう。
「かずちゃん何してんのよ、まーた農民いじり?」
「しゅんやんまじいいとこに来たわ。ミレーヌちゃん見っけたよ」
「おっ、まじだ。もしかしてワンチャン?」
「あるある、このお兄さん殺してワンチャンキメちゃお。ひでちゃんにバレたらヤバいけど、まぁ余裕っしょ」
もう一人黒髪の男が増えた。その男は村の小屋から出てきたように見えたが、この村の者ではなさそうだ。
「貴様らは何者だ。まず名を名乗るのが礼儀というものだろう」
「な? まじうけんべ、このお兄さん」
「あ、これは面白いやつだわ」
ニヤニヤと笑ってはいるが、一向に名乗るつもりはないようだ。だが当然私も名乗るつもりはない。礼を欠く相手に、こちらも礼を欠くことで同じ舞台にのぼるのは不本意だが、どのみちこの者達はここで死ぬ。構うまい。
『帰ってください。あなたたちと話すことはありません』
「あっ、またそういう感じ。他の村人には優しいのに、俺たちには冷たいよね」
「村人にも言葉は冷たいけどな」
何が面白いのか耳障りな声で笑う男達。
「不愉快だな」
思った事を口にする。
ミレーヌは暴力を嫌うが、このような下劣な者どもを暴力無しで正すことは不可能だと私は確信している。そしてこのような者達は死ですら修正できないということも。
「は? 今誰に言った? ねぇねぇ、誰に言ったのお兄さん」
目を細めて顔を近づけるのは、最初に魔力剣を投げてきた小便色の髪の男。この男なりに威嚇しているつもりなのだろうが、その姿があまりにも滑稽だったので思わず笑ってしまう。
「なに笑ってんの?」
「失敬、貴様の顔が以前見た道化師その物だったのでな」
伝わったのか伝わっていないのか、男は道化師の顔真似をしたまま動かない。僅かに眉が動いているので、死んでいるわけではなさそうだ。
「あのさー俺ら勇者なんだわ、その口のきき方は勇者としてちょっと見逃せないわなー」
なるほど、こいつらも勇者だったのか。
こんな奴等がいたかは記憶にないが、私はこんな下種どもに負けたのだな。
「ほう、勇者とは力のない女を力ずくで犯そうとする下種のことをさす言葉だったのか」
「はぁ、あのさぁ……調子乗んなって言ってんだよっ!」
不意に放たれた男の拳をかわし、二人を視界におさめられるだけの距離をとる。
後ろにミレーヌがいることを確認して魔力を高める。
「ふふ、話し合いではなく力で解決をはかるか。いいぞ小便色の勇者よ、貴様のような老廃物は特別にこの私が掃除してやろう――」
その言葉を言い切った瞬間、自身の世界を広げる一つの可能性を閃く。
ご主人様の聖水をかけてもらえないだろうか、と。




