表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂った世界で  作者: 桃姫
雪姫編
70/82

70話:ε


 ――この記憶が、きっと、神話に繋がると信じて……


【神話】

 神々しい輝きを放つ銀髪。それは、雪織家に流れる特有の「血」の証。

 紫が「希咲」。銀が「雪織」。二つの家は対立していた。しかし、それは、あるとき、一つになる。そんな昔話。異界の夢のような話。


 僕は、雪織昏刀(くれと)。僕には好きな人がいる。名前は、希咲静楼(しずる)。静楼の家と僕の家は対立関係にあった。静楼の家は、この地域で有名な貴族(王族)で、元々この地を治めていた僕の家を出し抜く形でで、この地を治めたから、と言う、家の事情だ。でも、家の事情なんて僕には関係ない。なんとしてでも静楼と婚姻したい。

 この地域では、僕のような十五歳で、婚姻なんて言うのは、普通のことだ。だけど、静楼の家では、二十歳に成ってからじゃないと婚姻を認めていないらしい。

 何でそんなに後からなのだろうか。それを父に聞いたところ、「あの家の子は、成長が遅く、身体が、万全になるのは十六、七らしい。だが、念には念を入れて、と言うやつだ。クソッ、何でそんな家が、この地を治めてるんだよ!」と後半、妬みを入れながら教えてくれた。

 確かに静楼は体が弱い。華奢で脆い。すぐに怪我するし、熱も出る。病気もよくするし、部屋からあまり出たがらない。日差しが苦手だし、体力もない。彼女は、「現代っ子だから」とよく分からない言い訳をする。現代とは、今のことで、今を生きる人間は、皆、仕事に忙しい。そんな中で、どんな言い訳だ、とそのとき心の中で思った。

 そんな彼女との出逢いを振り替えると、


 その出会いは単純だった。それは、或る日のこと。偶然にも僕はすれ違ったのだ。鮮やかな紫色の髪の少女と。

「あら、貴方は、銀髪なのね」

「え?」

 非常に高圧的で、上からの物言いをした少女。少女の容姿は端麗で、白雪のように白い肌と色の濃い紫の髪と瞳。その美貌に、僕は、思わず見入ってしまった。

「貴方があの、雪織家の?」

「えっ、はい。僕が雪織昏刀です」

 彼女は僕のことを知っていた。

「そう、私は希咲静楼。希咲家の跡継ぎよ」

 長い紫の髪が流麗に風で広がる。

「昏刀くん。君が、私に協力してくれることを祈るばかりね」

 彼女は、そう言って、歩いていった。道の向こうへ。――この地域で誰も入ることを許されない「氷の洞窟」に。


 氷の洞窟は、なぜか、夏場でも常に氷点下の気温で、この地域に住む人は、希咲家からの命令文で、入ることを禁じられた。理由は、ただの人が入ったら死んでしまうから、だ、そうだ。それでも彼女、静楼は、平気な顔で入って、平気な顔で出てくる。まるで、自分の部屋に入るかのような感覚で。だから、僕は、或る日、ついていった。彼女の後を。

「昏刀くん。この先は、立ち入り禁止よ。それに、貴方が入れば、数秒で凍り付いてしまうわ」

 参った、と思った。敵わない、とも思った。気配は消していたし、音も立てていなかった。だから、気づかれる道理はなかったのに、彼女は僕に気づいていた。

 その彼女は、華奢で弱くて、すぐに怪我をして、熱に浮かされ、病気になりやすい、それでもって、部屋から出たがらない、そんな彼女とは別人のようだった。

「もし、それでもついてくるというのなら、勝手にして。私は、決して、貴方を助けないわ」

 彼女の言葉。薄情とも思える言葉が、僕には、嘘にしか聞こえなかった。彼女は確かに高圧的で、高貴で、美しい。けれど、それでも、彼女は、ただの優しい少女なのだ。

「じゃあ、ね」

 静楼は、歩いていく。氷の道を。僕は、追う。その氷の道は、冷たく、なかった。

「そん、なっ……」

 静楼が声を上げた。驚愕の声。驚きすぎて、その後が言葉にならない、と言うようだった。

「どうやら、平気みたいだ」

 僕の言葉に、彼女は、おかしな顔をする。

「平気って!どうして……」

 どうして、の後の言葉は分からない。ただ、ありえないものを見る「眼」で、僕を見ている。

「ありえないわよ。【氷天奏々】は、私の家だけの……、【氷の女王】の技じゃ……」

 聞きなれない単語に僕は首を傾げたくなる。

「【氷の女王】?」

 思わず聞いてしまった。

「そうね。知らないわよね。【氷の女王】は、希咲家の中で、最強の魔法使いだと言われていた人よ」

 魔法使い。それは、ありえない。だって、それは、

「魔法なんて、御伽噺の中の物だろ?」

「いいえ。魔法は存在するわ。少なくとも【氷の女王】は、魔法が使えたの。そして、その人は、それだけではなかった。体術も、忍術も、剣術も、全てにおいて、最強だったわ」

 忍術?体術や剣術は、普通に分かるけれど、忍術と言うのは、あの……?

「忍術は、この世界にもあるわよね。ついこないだの戦争にも投入されていた力だもの」

「じゃあ、やっぱり、その【氷の女王】って人は、」

 僕の言葉を遮るように、否定の言葉を彼女が言う。

「いいえ、それは違うわ。彼女は、人体改造による後天的な忍術使いでなく、本物の忍者なのよ。まあ、私も詳しいことは分かっていないのだけれど」

 先天的な忍者?そんな存在は、いないはず。だって、忍術は、学者達が後から作った……。

「まあ、それはいいわ。でも、驚いた。貴方、本当になんなの?」

「僕は僕さ。何者でもない。ただの雪織昏刀」

 そう、僕は僕。ただの僕。雪織家の跡取りでも、希咲家の敵でもない。僕は、雪織昏刀。ただの人間だ。

「そう、ね。私もただの希咲静楼よ。家柄も、身分も、全て関係ない。ただの、一人の静楼と言う人間よ」

 彼女は、僕の手をとった。

「昏刀くん。いえ、昏刀。私と、一緒に来て」

「うん。君となら、どこまでも」

 僕と彼女は、一緒になった。二人で、「氷の洞窟」の奥へと足を踏み出す。

「この先がどうなっているかは、誰も知らないわ」

 長い長い洞窟。彼女となら短くすら感じる、その洞窟を僕は……、いや、僕らは、進む。まっすぐに。


 半日だろうか。それとも一週間。僕らは、星も月も太陽もない洞窟の中で、触覚だけを頼りに、二人で進む。

 すると、眼前に光が見える。

「出口、かしら」

「どうだろう」

 僕らは、向かった。眩しい光に向かって。


 たどり着いたのは、村。ただの村。別の、希咲とは別の人が治めている、別の地域。

「そうだ。静楼。ここでやり直そうよ。僕たちが一個人として、家を捨ててやり直そうよ」

「それはいい考えね」

 そして、僕らは、姓を捨てた。

「新しい姓はどうする?」

「そうね……。き……、きさ、おり、ゆき、きり、きりた……。桐谷。桐谷静楼と桐谷昏刀。それで、どうかしら?」

 その名前に僕は頷いた。

「いいね。じゃあ、僕らは、これからこの村で新たな生活を始めよう」


 僕が働き、静楼が家事。十分やっていけた。この村では、若い人が、皆、都に出て行ったため、僕らは、いい労力だったらしい。地主も優しく、僕らを認めてくれた。

 そして、僕は静楼の間に、子を儲けた。楼華(おうか)紫昏(しぐれ)。そう、名づけられた二人の子は、やがて、世界を革新へと導くのだが、それはまた、別の話。


 こうして、僕ら……僕と静楼の物語は終わりだ。もし、もしもだが、この記憶を、受け継ぐことがあるのなら、いや、


 ――この記憶が、きっと、神話に繋がると信じて、君に託そう。この思いを……


 ――そして、力を


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ