70話:ε
――この記憶が、きっと、神話に繋がると信じて……
【神話】
神々しい輝きを放つ銀髪。それは、雪織家に流れる特有の「血」の証。
紫が「希咲」。銀が「雪織」。二つの家は対立していた。しかし、それは、あるとき、一つになる。そんな昔話。異界の夢のような話。
僕は、雪織昏刀。僕には好きな人がいる。名前は、希咲静楼。静楼の家と僕の家は対立関係にあった。静楼の家は、この地域で有名な貴族(王族)で、元々この地を治めていた僕の家を出し抜く形でで、この地を治めたから、と言う、家の事情だ。でも、家の事情なんて僕には関係ない。なんとしてでも静楼と婚姻したい。
この地域では、僕のような十五歳で、婚姻なんて言うのは、普通のことだ。だけど、静楼の家では、二十歳に成ってからじゃないと婚姻を認めていないらしい。
何でそんなに後からなのだろうか。それを父に聞いたところ、「あの家の子は、成長が遅く、身体が、万全になるのは十六、七らしい。だが、念には念を入れて、と言うやつだ。クソッ、何でそんな家が、この地を治めてるんだよ!」と後半、妬みを入れながら教えてくれた。
確かに静楼は体が弱い。華奢で脆い。すぐに怪我するし、熱も出る。病気もよくするし、部屋からあまり出たがらない。日差しが苦手だし、体力もない。彼女は、「現代っ子だから」とよく分からない言い訳をする。現代とは、今のことで、今を生きる人間は、皆、仕事に忙しい。そんな中で、どんな言い訳だ、とそのとき心の中で思った。
そんな彼女との出逢いを振り替えると、
その出会いは単純だった。それは、或る日のこと。偶然にも僕はすれ違ったのだ。鮮やかな紫色の髪の少女と。
「あら、貴方は、銀髪なのね」
「え?」
非常に高圧的で、上からの物言いをした少女。少女の容姿は端麗で、白雪のように白い肌と色の濃い紫の髪と瞳。その美貌に、僕は、思わず見入ってしまった。
「貴方があの、雪織家の?」
「えっ、はい。僕が雪織昏刀です」
彼女は僕のことを知っていた。
「そう、私は希咲静楼。希咲家の跡継ぎよ」
長い紫の髪が流麗に風で広がる。
「昏刀くん。君が、私に協力してくれることを祈るばかりね」
彼女は、そう言って、歩いていった。道の向こうへ。――この地域で誰も入ることを許されない「氷の洞窟」に。
氷の洞窟は、なぜか、夏場でも常に氷点下の気温で、この地域に住む人は、希咲家からの命令文で、入ることを禁じられた。理由は、ただの人が入ったら死んでしまうから、だ、そうだ。それでも彼女、静楼は、平気な顔で入って、平気な顔で出てくる。まるで、自分の部屋に入るかのような感覚で。だから、僕は、或る日、ついていった。彼女の後を。
「昏刀くん。この先は、立ち入り禁止よ。それに、貴方が入れば、数秒で凍り付いてしまうわ」
参った、と思った。敵わない、とも思った。気配は消していたし、音も立てていなかった。だから、気づかれる道理はなかったのに、彼女は僕に気づいていた。
その彼女は、華奢で弱くて、すぐに怪我をして、熱に浮かされ、病気になりやすい、それでもって、部屋から出たがらない、そんな彼女とは別人のようだった。
「もし、それでもついてくるというのなら、勝手にして。私は、決して、貴方を助けないわ」
彼女の言葉。薄情とも思える言葉が、僕には、嘘にしか聞こえなかった。彼女は確かに高圧的で、高貴で、美しい。けれど、それでも、彼女は、ただの優しい少女なのだ。
「じゃあ、ね」
静楼は、歩いていく。氷の道を。僕は、追う。その氷の道は、冷たく、なかった。
「そん、なっ……」
静楼が声を上げた。驚愕の声。驚きすぎて、その後が言葉にならない、と言うようだった。
「どうやら、平気みたいだ」
僕の言葉に、彼女は、おかしな顔をする。
「平気って!どうして……」
どうして、の後の言葉は分からない。ただ、ありえないものを見る「眼」で、僕を見ている。
「ありえないわよ。【氷天奏々】は、私の家だけの……、【氷の女王】の技じゃ……」
聞きなれない単語に僕は首を傾げたくなる。
「【氷の女王】?」
思わず聞いてしまった。
「そうね。知らないわよね。【氷の女王】は、希咲家の中で、最強の魔法使いだと言われていた人よ」
魔法使い。それは、ありえない。だって、それは、
「魔法なんて、御伽噺の中の物だろ?」
「いいえ。魔法は存在するわ。少なくとも【氷の女王】は、魔法が使えたの。そして、その人は、それだけではなかった。体術も、忍術も、剣術も、全てにおいて、最強だったわ」
忍術?体術や剣術は、普通に分かるけれど、忍術と言うのは、あの……?
「忍術は、この世界にもあるわよね。ついこないだの戦争にも投入されていた力だもの」
「じゃあ、やっぱり、その【氷の女王】って人は、」
僕の言葉を遮るように、否定の言葉を彼女が言う。
「いいえ、それは違うわ。彼女は、人体改造による後天的な忍術使いでなく、本物の忍者なのよ。まあ、私も詳しいことは分かっていないのだけれど」
先天的な忍者?そんな存在は、いないはず。だって、忍術は、学者達が後から作った……。
「まあ、それはいいわ。でも、驚いた。貴方、本当になんなの?」
「僕は僕さ。何者でもない。ただの雪織昏刀」
そう、僕は僕。ただの僕。雪織家の跡取りでも、希咲家の敵でもない。僕は、雪織昏刀。ただの人間だ。
「そう、ね。私もただの希咲静楼よ。家柄も、身分も、全て関係ない。ただの、一人の静楼と言う人間よ」
彼女は、僕の手をとった。
「昏刀くん。いえ、昏刀。私と、一緒に来て」
「うん。君となら、どこまでも」
僕と彼女は、一緒になった。二人で、「氷の洞窟」の奥へと足を踏み出す。
「この先がどうなっているかは、誰も知らないわ」
長い長い洞窟。彼女となら短くすら感じる、その洞窟を僕は……、いや、僕らは、進む。まっすぐに。
半日だろうか。それとも一週間。僕らは、星も月も太陽もない洞窟の中で、触覚だけを頼りに、二人で進む。
すると、眼前に光が見える。
「出口、かしら」
「どうだろう」
僕らは、向かった。眩しい光に向かって。
たどり着いたのは、村。ただの村。別の、希咲とは別の人が治めている、別の地域。
「そうだ。静楼。ここでやり直そうよ。僕たちが一個人として、家を捨ててやり直そうよ」
「それはいい考えね」
そして、僕らは、姓を捨てた。
「新しい姓はどうする?」
「そうね……。き……、きさ、おり、ゆき、きり、きりた……。桐谷。桐谷静楼と桐谷昏刀。それで、どうかしら?」
その名前に僕は頷いた。
「いいね。じゃあ、僕らは、これからこの村で新たな生活を始めよう」
僕が働き、静楼が家事。十分やっていけた。この村では、若い人が、皆、都に出て行ったため、僕らは、いい労力だったらしい。地主も優しく、僕らを認めてくれた。
そして、僕は静楼の間に、子を儲けた。楼華と紫昏。そう、名づけられた二人の子は、やがて、世界を革新へと導くのだが、それはまた、別の話。
こうして、僕ら……僕と静楼の物語は終わりだ。もし、もしもだが、この記憶を、受け継ぐことがあるのなら、いや、
――この記憶が、きっと、神話に繋がると信じて、君に託そう。この思いを……
――そして、力を




