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狂った世界で  作者: 桃姫
鈴蘭編
62/82

62話:回想Ⅰ

Scene爛

 可憐と言う言葉の意味を、皆さんは知っているでしょうか。一般的な意味合いとして、「守ってあげたくなる」や「可愛らしい」と言う意味です。私は、この言葉がぴったり当てはまる、ある男の子を知っています。男の子に「可憐」と言う表現は、些か失礼かと思いますが、しっくり来るから不思議なのです。

 彼と私が、離れ離れになってから数年……、三年か四年。彼が、十二歳で、私が、十八の頃の出来事です。

 そうですね。あの日は、よく晴れた日でした。


【回想Ⅰ】

 私は、秋だというのに、とても暑い、その日差しに負けて、木陰で、自動販売機で買ったスポーツドリンクを、汗で失った水分を一気に取り戻すかのように呷ります。唇の端から零れることも気にせずに、水分を取ります。

 都心から少し離れただけで建物は少なくなり、かといって緑も少ない住宅街ばかりが広がっています。

 建物が少ないので、デパートやスーパーで涼むわけにも行かず、自然も少ないので、熱気を凌ぐには、その辺の街路樹の下のベンチで涼むしかないのです。

 あまりの暑さに、秋だというのに、衣替えで指定された学校指定のセーターは脱ぎ、シャツのボタンもいつもより多めに開け、バタバタと片手で顔元を仰ぎ、もう片手でヒラヒラとスカートを上げ下げして風を少しでも送ります。随分とだらしなく、はしたない格好だったでしょう。しかし、まあ、あたりには誰もいませんでしたし、誰かいたとしても大して気にはしませんでした。

 あのときの心境を、私は、「かったるい」と表現するのが一番でしょう。私の家は、この都心から少し離れた場所にある孤児院です。後に聞いた話によると、私の両親は、家柄のいい身分だったそうですが、二人とも、許婚との婚約を破棄して婚約したそうで、両親に勘当されてしまったそうです。そして、生まれた私を、育てていくことができず、幼い私を孤児院に預けたそうです。

 まあ、このときは、そんなことは知らずに、ボーっと生きていたのですが。そんな折、はしたない格好の私に、一人の少年が声をかけてきます。年のころは、十二から十三。まだ、思春期真っ只中の様子の少年ですが、その年に似合わず、冷たい眼をしていました。だから、でしょうか。

「何かようかな?君、さっきから私を見てるよね?」

 そんなことを尋ねてしまったのは。

「いや、何で、そんなに露出してるんだろう、と思ってな」

 年に似合わない落ち着いた口調は、私よりも年上ではないか、と思ってしまうほどでした。

「随分とマセていますね」

「別に、あんたの露出に興味があったわけじゃないさ。でも、あんた、気に入った。俺と一緒に来ないか?」

 随分と横暴で、乱暴で、雑な口調で誘われたと思う。でも、これが、彼の本来の口調と違うことは、すぐに分かりました。孤児院の子供が、見栄を張っているときとまったく一緒でしたから。

「じゃあ、ついていってみようかな」

 私は、そのとき気分で決めました。彼についていくということを。さほど、重要とは考えていなかったのです。

「どこに向かってるの?」

「どこって、まあ、そうだな。秘密基地ってところかな」

 秘密基地と言う言葉で、このときの私は、ちゃちな掘っ立て小屋を想像していました。ですが、想像を絶するというのは、こう言う時のことばなのだと知りました。

 電車を何本か乗り継いで辿り着いたのは、普通のビルでした。廃ビルではなく、都心の一等地に建つ、普通のビル。

「ここは、俺の秘密基地。俺たち、組織の秘密基地だ」

 はったりかと思いました。でも、違った。普通に入っていく少年と後に続く私。警備員は居らず、受付にも人はいませんでした。

「おい、帰ったぜ」

 少年は、八人の青年に声をかけます。

「お?大将が女連れとは珍しいな」

 坊主頭の筋骨隆々な青年は、ふざけた調子でそう言った。

「おい、からかうな。俺は、コイツが気に入って連れてきただけだ。別に俺の女じゃねぇよ」

 ふざけあう九人をよそ目に、私は、唖然としていた。

「ああ、紹介がまだだったな。俺は、雨月謳。そして左から、倉持元治。この坊主が大石総司朗。で、コイツが北島新十郎。そのロン毛は、波條王司。そっちの挙動不審なのが鉄島留依。そこの馬鹿が郡上右治。ツンツン頭が長谷場仁。黒いのが厳島令太」

「え?あ、私は、不知火(しらぬい)(らん)です」

「ふ~ん、爛か」

 少年……謳くんは、私のことをそう呼び捨てた。

「よろしくな~不知火ちゃん!」

「よろしく、頼むぜ!新人!」

 なんでしょう、この状況。と言うのが、私が抱いた印象でしたが、すぐに別の印象で上書きされます。

「えっと、ここは、一体?」

「ここは、こそ泥集団だぜ」

 ツンツン頭の長谷場さんがサングラスを上げながら言っています。

「こそ泥?」

「そっ、こそ泥だよ、僕らは。まあ、横暴な金持ちや無意味に貯蓄する政治家、ヤクザなんかから金を巻き上げているわけだけど」

 髪を櫛で解きながら波條さんが、キメ顔でいいます。

「いいんですか?犯罪じゃ……」

「ああ~。まあ、犯罪なんだけどね。僕らは、皆、育った環境が環境だから」

 とそこで、わざとらしく声を潜めるのが鉄島さん。そして、皆の過去をこっそり語ってくれるのが、倉持さん。

「僕は捨て子だし、総司朗は家の修行が厳しくて。北島は、虐待。王司先輩は、背中にタバコやら何やら当てられたらしく、それを隠すために髪を伸ばしたし。鉄島君は、学校で集団イジメにあっていたらしい。郡上は、まあ、馬鹿だからね、騙されたんだよ、政治家にさ。長谷場も厳島も勘違いから不良に絡まれて、な。大将も、そんな感じで、若くしてあんな捻くれた坊ちゃんに……」

 私の頭には、暴力や虐待、いじめ、家庭問題などの言葉がグルグル回ってしまっていました。ですが、まあ、彼は、そんな問題は比でないほどの重大な問題から逃げて、ここへ来たことをまだ知りませんでした。

「まっ、だからかな。俺たちは、自然と集まったんだよ。それで、大将を中心に、あくどい奴等から金を巻き上げてたんだよ。俺たちの件になんもしてくれなかった法的組織やヤクザなんかを相手にな」

 なるほどと、納得していた自分がいたことを、今思い返しても不思議に思います。

「ちなみにお金は?」

 私の問いに答えたのは、謳くん。

「そこ」

 彼が指差す先には、乱雑に詰まれた紙の束が……って、紙幣!と驚いたことを鮮明に覚えています。

「え?いえ、え?あ、あれって、いくらぐらい」

「さあ、知らね。百万ぐらいじゃねぇの」

 と謳くんは言っていましたが、あれは、少なくともその二十倍はあるほどの量でした。いえ、二千万がどの位の量かも分からないので、もっとあるのかもしれないですが……。

「まあ、巻き上げるだけ巻き上げて、実際、使い道とか考えてなかったな」

 皆さん、口々にそう言います。

「えっと、じゃあ」

 そこで私は、提案をします。それは、私にとってとても都合のいい、自分勝手な提案。なのに、

「全国の孤児院に寄付、と言うのはダメでしょうか……。私は、孤児院の育ちでして」

 いえ、まあ、この頃は「今でも孤児院のお世話になっていて」のはずなのですが。

「おお、いいね。さしずめ、平成の怪盗キッ」

「待て待て、キッドは平成の存在だろ」

「じゃあ、ルパン?」

「いや、それもない。つーかあれはただ盗むだけだろ。俺たちは、奪ったのを配るんだから、」

 などと八人で話し合っています。謳くんは話についていけず、少しオロオロしているようにも見えます。

「鼠小僧でいいのでは?」

 私の言葉に、皆さん、シーンとします。沈黙が続いてから、

「おお!それいいな!」

 とドワッと盛り上がります。

「じゃあさ、じゃあさっ!僕らにチーム名をつけないかい?」

 波條さんの興奮気味の声。

「そうだな……チーム【鼠達の晩餐】」

 無口な厳島さんが提案をしますが……、今思い出しても、あの名前はないと思いますね。

「じゃあ、【大鴉(レイブン)の啄み】」

 二連続の厳島さん。そして、三度目の正直。

「では、【血の走狗】ではどうだろう」

 そこで、ぴたっと当てはまったのです。私たち全員に。

「おお~、たまにはいい名前出すじゃん!」

「偶には、と言うのは失礼だろ」

 皆さんで盛り上がり、そして、十人組の組織、【血の走狗】ができたのでした。


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