17話:吸血鬼
これは、良介が教室で話してきた話だ。
「吸血鬼って知ってるか?」
「吸血鬼?」
話程度には 聞いたことがある。そもそも施設は、そう言ったものの研究のためにも使われていた。
吸血鬼とは、一般に牙があり、人から血を吸うことで様々な力を行使するといわれている。例えば血を吸った相手を屍徒、グールと呼ばれる存在にすることや、蝙蝠に変化すること。そのほかにも、金縛りや誘惑、魅了などの力があるらしい。
「その吸血鬼が、近頃出るらしいんだよ」
「どこに?」
俺の疑問に良介は声を潜めた。
「どこって、ここに決まってるだろ」
ここって、この学園か?流石に馬鹿馬鹿しい。
「その吸血鬼は、黒い髪で金色の瞳をしてるらしいんだよ」
あ?黒髪で金眼だと?そういえば、夜の見回りで見た奴もそうだった気がするぞ?
「何でも、その吸血鬼は、この学園に潜む、『怪物』達を退治してるらしい。その怪物達は、おかしな『眼』を持ってるとか。どこの二次創作だよって感じだろ?中二全開の」
怪物。「眼」。この二つの単語に心当たりがありすぎる。まさかとは思うが、俺たち、つまり異能を、狩る異能使いがいるってか?そうだとしたら、【機関】、だろうな……。
【機関】とは、【異能力者倒滅異能力者総合機関】などと長ったらしい正式名称の組織である。構成メンバーが七人と言う極少数のくせに、その七人があまりにも強いため、異能力者は、その存在を危惧しているという。
「吸血鬼、ねぇ」
俺は呟いたと共に、【夜】の眼を思い出す。
それは、俺が施設にいた頃の話だ。ある少年が実験を受けていた。酷く危険なものだ。密室で周りの強固なガラスで囲まれており、そこから俺や科学者は見ていた。
少年は、落ちてくる刃物を躱し、落下物を避け、熱に耐え、寒さに耐えていた。だが、その少年には、何も起きなかった。ただ、すばしっこい子供だった。だから、科学者は言った。
「これは、欠陥品だ。殺せ」
その酷く冷たい言葉が放たれた瞬間、大質量の天井が落下してきた。時刻は、朝から始まり、もう夜になった頃だったか。
周りの科学者が欠伸をしていたのを覚えている。そして、少年は、天井に潰された。
はずだった。だが、天井に皹が入る。そして、天井が、強固なガラスが、壊れた。
「これは、どう言うことだ!」
科学者の声を尻目に、俺は、捕らえていた。少年の目が、「金色」に光っていたことを。眩く光っていたことを。濁りの無い純粋な金の輝きが、眼に焼きついた。
「くっ、あれを押さえろ!」
その言葉を放った頃には、少年はどこかに去っていた。
その「眼」の名称は、【夜】の眼。保持者の身体能力を「夜」の間だけ跳ね上げる。それは個人差もあるが、およそ十二倍。もはや、「怪物」と言われても仕方ない。
「お前は、吸血鬼って信じる?」
良介に聞いてみた。
「う~ん、そうだな~。美人な吸血鬼ならいて欲しいと願ってるぜ。だから、いるに一票」
「へぇ~、信じるのか」
意外だった。普通の人間は、異能を否定的に見る傾向にある。それも科学に通じれば通じるほど。良介が頭いいとは思わないが、少なくとも、この学園に入学できるだけの学力はあるのだ。
「そういう雨月はどうなんだよ」
良介の問いに、俺は答える。
「吸血鬼に近い存在ならいるんじゃねぇか?いや、吸血鬼がいてもおかしくはないが」
異能が溢れ出したこの世界に常識は無い。非常識ではなく、無常識だ。
「へぇ、そんなもんか。しっかし、誰に話してもあんま信じねぇんで、信じるやつがいてくれたのはうれしいがな」
別にお前が流している噂じゃあるまいし、と思うと同時に、やはり皆信じないのだな、と思った。
「吸血鬼ってのには、いろんな逸話があるけどな。あれのどの位が真実なのか、って、前に話してた馬鹿がいてな」
「へぇ、なかなかに興味深い話じゃねぇか」
良介が反応した。良介はわりとこう言う話が好きらしい。
「いや、なあに、単なる与太話さ。第五鬼人種とか言う存在がいるとか言う、与太話」
俺の小声に「うん?」と首を傾げた。
「いや、何でもねぇよ」
そこで俺と良介の話は終了した。




