15話:七つの夜の少女
Scene七夜黒羽
わたしが、教室を出ようとしたとき丁度、ドアが開きました。そして、そのまま、入ってきた男子生徒とぶつかってしまったのです。
「悪い。大丈夫か?」
その声は、甘い声でした。わたしは、彼を見ます。
長めの黒い髪の毛。少し鋭い眼はどこか寂しげな雰囲気を帯びている。長身で、痩せ身だけれど、不健康ではなく、健康的に痩せている感じがする男子生徒。
一目惚れ。その表現が一番適切だった。今まで、言い寄ってくる人はたくさんいましたが、どの人も、自分に自身しかないような男の人でした。でも彼は、何故か、悲壮感漂う自分を嫌っているような「眼」をした人です。その「眼」に惹かれた。
「あ、ご、ごめんなさい……」
わたしは、たどたどしい声になってしまった。語尾も小さくなった気がする。
彼を見ているどドキドキしてしまう。
「いや、こっちこそ、ぶつかって悪いな。怪我とかしてないよな」
優しい。そう思った。
「だ、大丈夫、です……」
途切れ途切れの声で答えた。ドキドキしっぱなしで、彼から眼が離せられない。
「そうか、なら安心した」
心配してもらえた。そのことで胸の内がいっぱいだった。
「あ、あ、あの、うちのクラスに、何か……?」
一応、聞くべきことを聞いてみた。
「人探しだ」
彼の言葉に、わたしは思わず目を丸くしてしまう。
「人探し、ですか?誰を?」
彼のような人がどんな人を探しているのか興味を持った。
「えっと、七夜黒羽って娘を探してるんだが」
彼が何を言っているのか分からなかった。
「ん、何か?」
彼の言葉で我に返り、首を傾げる。そして、彼の顔をじっと見る。やっぱり、前にあったことはないはず。
「あ、あの、何で、わた……七夜さんを探してるんですか?」
わたしは聞いてみた。
「あ?何でって、まあ、廿楽に頼まれたからだけど?」
廿楽、どこかで聞いたことのある名前。誰の名前だったんだろう。しばらくして、一人の顔が頭に浮かぶ。
「廿楽……、生徒会長さんですか?」
わたしの質問に、彼は、
「ああ、そうだけど、それが何か?」
と答えた。
とりあえず、教室の前で長々と話すのは迷惑でしょうし、階段の踊り場に移動しましょう。
「とりあえず、こちらで」
わたしは、彼の袖元を軽く引いて、階段の踊り場にやってきました。話を再開します。
「あの、生徒会長さんとはどういった関係なんです?」
彼はわたしの質問に、心底不思議そうな顔をした。そんなに意外な質問だっただろうか?でも、気になった。
「ただの知り合いだよ。廿楽のやつが、生徒会に入れだの、来ない新入生を連れて来いだの、うっさいんだよ」
生徒会に、入れ……つまり、彼は、
「え、生徒会に入られるんですか?」
わたしの心が高鳴るのを感じながら、聞いた。すると、彼は、溜息交じりに言った。
「あいつ、結局、俺を生徒会に無理矢理入れた上に、来るように説得してこいって無理矢理七夜黒羽に会いに来させられるし……。まっ、お前に会えたからいいか」
えっ。わたしに会えたからいいかって……。それは、生徒会長からの厄介ごとの報酬に値するほどの価値がわたしにあるということなの?
「えっ……。そ、そうですか……」
わたしは嬉しすぎて、顔が熱くなるのを感じて、俯いてしまう。
(ど、どうしよ。わたし、きっと今、顔真っ赤だよ)
「それで、七夜黒羽はどこにいるんだ?」
彼の言葉に、わたしは、少し考えた。今、わたしのことを言うか言わないか。
「えっと、」
結局、わたしは、彼に言うことにした。
「あの、わたしが七夜黒羽です。その……」
そして、彼に聞いてみる。
「お名前を……。お名前を教えてください!」
思わず、緊張で声が大きくなってしまった。
「俺は、雨月謳だ。雨が降るの雨に、月夜の月で『あまつき』。英雄を謳うの謳うで『ウタイ』だ」
雨月謳、綺麗な名前だなぁ~。思わず、一瞬、「眼」が開いてしまった気がした。今が夜じゃないのが幸いだったみたい。わたしは彼の名前に抱いた感想を素直に吐露した。
「綺麗な名前ですね……」
彼は少し、困ったような顔をしていた。
「それで、七夜、お前に聞きたいんだが」
七夜、と呼ばれて、嬉しいと同時に、欲求が生まれる。彼にもっと自分を近い存在としてみて欲しい。
「黒羽。黒羽でいいです。黒羽って呼んでください」
わたしの言葉に、謳さんは虚を突かれたような顔をして、
「じゃあ、黒羽。何で生徒会に来てなかったんだ?」
そう言った。「黒羽」と彼の口から呼ばれたことで心が一杯になる。
「……」
「どうした黒羽?」
「……」
「おい、黒羽?」
不意に謳さんに呼ばれた気がして、我に返る。すると、目の前に謳さんの顔があった。
「ふぇっ……、きゃっ!」
わたしは、思わず、半歩下がってしまった。自分で階段の踊り場に連れてきたのに、ここがどこかも忘れて。
「危ねぇ!」
謳さんの声が聞こえたと思ったら、手を勢いよく引かれた。
――ドサッ
そんな音とともに、わたしは何か固いけれど床ほどではない温かいものに着地した。
「きゃ」
思わず声がでてしまった。
「大丈夫だったか?」
「ふぇ?」
下から聞こえた声に驚いて、そちらを見る。やはり謳さんだ。
「あっ、えっとその、ごめんなさい」
そう言って立ち上がろうとして、バランスを崩す。
「え?えっ?ええっ?」
そして、気がついたら、謳さんに抱き寄せられていた。な、何が置きたんだろうか?
謳さんは、わたしを床に座らせると、立ち上がり、手を差し伸べてくれた。
「大丈夫か?」
「えっ、は、はい」
わたしは恐る恐るその手を握る。謳さんはわたしを引っ張り上げた。
「それで、黒羽?何でお前は、生徒会に来てなかったんだ?」
謳さんは話を再開した。
「え、えと、わたし、その、あまり行く気が起きなくて……」
と言うより、無理矢理推薦され、無理矢理入れられたのに行く気は起きない。
「そうだったのか。じゃあ、これからもこないのか?」
彼の言葉に、慌てて首を振った。
「行きます。生徒会、絶対に行きます!」
勝手な推薦で決まったけれど、彼がいるなら、話は別。わたしは、快く生徒会に行くことを決めた。




