問題児
人は、見えているものだけを信じる。
誰かに称えられる者を英雄と呼び、
誰かに嫌われる者を悪人だと決めつける。
では。
誰にも知られず、
誰にも理解されず、
それでも何かを守り続けている者がいたとして。
その存在は、いったい何と呼ばれるのだろうか。
王国最高峰、アークレイス魔法学園。
未来の英雄たちが集うその場所で、
一人の少年だけが嫌われていた。
無口で、無愛想で、協調性もない問題児。
誰も彼を理解しない。
彼もまた、何も語らない。
だが学園では時折、
説明のつかない出来事が起きる。
消える禁術。
夜の結界異常。
記録に残らない侵入者。
そして、誰にも知られないまま終わっている“何か”。
それでも翌朝になれば、
何事もなかったように授業は始まる。
まるで最初から、
何も起きていなかったかのように。
これは、英雄の物語ではない。
誰にも知られず、
誰にも語られないまま消えていく、
ある少年の記録である。
朝。
アークレイス魔法学園。
王国中の才能が集まる名門校。
貴族。
騎士の子息。
商会の跡取り。
将来を期待された若者たちが学ぶ場所だった。
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訓練場では実技授業が始まろうとしていた。
生徒たちは既に整列している。
だが、一人だけ姿がない。
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「また来てないのか」
男子生徒が呆れたように言う。
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「どうせレオンだろ」
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「本当にやる気ないよな」
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周囲から失笑が漏れる。
誰も驚かない。
いつものことだった。
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その時。
訓練場の門が開いた。
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黒髪の少年が歩いてくる。
眠そうな目。
無表情。
制服も少し乱れている。
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レオン・クロイツ。
学園で最も評判の悪い生徒だった。
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「レオン!!」
バルト教官の怒鳴り声が響く。
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「また遅刻か!」
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レオンは立ち止まる。
数秒考える。
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「……はい」
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「はいじゃない!」
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「すみません」
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声に感情がない。
反省しているようにも見えない。
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生徒たちが苦笑する。
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「ほらな」
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「感じ悪いんだよ」
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「謝る気ないだろ」
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レオンは何も言わない。
言い返しもしない。
ただ黙って列の最後尾へ向かった。
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前列にはアルフォンス・レイヴンが立っている。
学年首席。
貴族。
教師たちの期待を一身に背負う優等生だった。
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アルフォンスは振り返る。
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「今度は何をしていた?」
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レオンは少し考えた。
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「……寝てた」
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周囲から笑いが起きる。
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「正直だな」
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「救いようがない」
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アルフォンスは鼻で笑った。
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「落第しないのが不思議だ」
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レオンは返事をしなかった。
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本当は寝ていない。
夜明け近くまで学園外の森にいた。
だが説明しても誰も信じない。
だから言わない。
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「よし!」
バルト教官が声を張る。
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「本日は魔力制御訓練を行う!」
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生徒たちが魔法陣を展開する。
色とりどりの光が訓練場を照らした。
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レオンも手を上げる。
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だが。
魔法陣は出ない。
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数秒。
沈黙。
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「おいおい」
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「また失敗か?」
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「本当に魔法学園の生徒か?」
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小さな笑い声。
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レオンは静かに手を下ろした。
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「レオン!」
バルト教官が額を押さえる。
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「最低限の制御くらいできるようになれ!」
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「……はい」
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周囲から呆れた視線が飛ぶ。
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しかし。
誰も知らない。
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レオンは魔法陣を出さなかったのではない。
出せなかったのでもない。
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出さなかった。
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この学園にいる教師たちですら理解できないほどの魔法を扱えるから。
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見せる理由がなかった。
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授業が進む。
時間が過ぎる。
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その時だった。
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レオンの視線が学園の外へ向いた。
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遠く。
森の方角。
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誰にも分からないほど微かな違和感。
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レオンだけが気付く。
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(結界が揺れた)
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ほんの一瞬。
まるで誰かが触れたように。
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レオンの表情がわずかに変わる。
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だが誰も見ていない。
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「次!」
バルト教官が叫ぶ。
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「二人一組で訓練だ!」
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生徒たちが移動を始める。
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その隙に。
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レオンの姿が消えた。
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「ん?」
近くの生徒が首を傾げる。
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「今、あいついたよな?」
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「知らん」
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誰も気にしない。
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どうせサボったのだろう。
そう思った。
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学園の裏手。
人気のない石畳の通路。
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レオンは一人で歩いていた。
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その先。
誰も立ち入らない古い結界塔。
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壁面に黒い亀裂が走っている。
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「……」
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レオンは近付く。
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亀裂の奥。
暗闇。
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そして。
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赤い瞳が開いた。
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人間ではない。
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魔族。
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本来なら学園へ侵入できない存在。
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だが何者かが結界へ干渉している。
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魔族が笑う。
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『見つけたぞ』
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レオンはため息を吐いた。
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面倒そうに。
本当に面倒そうに。
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そして小さく呟く。
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「授業中なんだけどな……」
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次の瞬間。
空気が変わった。
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魔族の笑みが消える。
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本能が告げる。
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目の前にいるのは人間ではない。
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災厄だと。
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レオンは静かに前へ出た。
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誰にも知られない戦いが始まる。




