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連鎖性死後救済―Judgement Days―  作者: 諸星回路


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5/12

弁当

「ヘーイ!焼きそばパァン!」

 食堂の先着十人限定特大ボリュームウルトラデリシャス焼きそばパン(定価二六〇円)を掲げてセトはやってきた。

 中央棟二階のベンチで僕らは合流する。中高一貫によるものなのか校則が緩く、教室を出て、中学高校関係なく一緒に昼食を取ることが許されていた。

「ついにゲット出来たんだね!」

 彼はベンチに座ってもまだ嬉しそうに焼きそばパンを掲げていた。転入したその日から先着十人(中略)パンに目をつけていたらしく、どうにかして十人に入りたいのだと昼食の度に聞かされていた。そんな念願が叶ったわけで嬉しいのはわかるのだけど…

「この焼きそばパァンはなぁ……証明なのよ」

「しょ…証明…?」

 なんだか様子がおかしい。

「俺がこの学校のトップテンを勝ち取ったってこと、その証☆明。チャイムが鳴った瞬間に動き出す反射神経、教室から食堂までの最短ルートを導き出す計算力、それでいながら不測の事態があっても即座に乗り越える対応力、そして一瞬の緩みもなく走り切る脚力。そんな総合力が評価されてこの焼きそばパン(トロフィー)を手に入れたってわけよ。俺が、な」

 柄にもなく何か知的っぽいことを言っている。

「今回は九位に終わったが、明日こそ一位になってみせるぜ」

 一位でも九位でも同じパンの中身は変わらないのでは?とは思うが言っても無駄だろう。

「…頑張ってね!」

 彼の夢を心から応援するつもりだ。面白いし。

「さーて。名残惜しいが今日の栄光とはここでおさらばだ」

 セトが焼きそばパンのビニールを剥がす。僕も遅れて弁当箱のファスナーを引いた。

「今日もアンナさんに作ってもらったのか?」セトの視線が弁当箱に向く。

「うん。なんでも出来ちゃうから」

 アンナさんにお弁当を作ってもらうのはこれで三回目になる。彼女は普段の料理もさることながらお弁当作りも一流であった。今日も舌を唸らせるお弁当が出てくるに………。

「…………」

 ファスナーの奥を覗いて動きが止まる。並びに思考も止まる。

「まったく、立派なご身分じゃねえの。料理が得意な少し年上の女性と一つ屋根の下なんて男たちの夢だぞ?」

 セトが何か言っているが気にしている場合ではなかった。誰にもまだ気づかれていない。まだ今ならこれを隠す(・・)方法があるはず。

「お前はまだ自覚が足りん。母親とは訳が違うんだぜ」

 思考をフル回転させようとするも、内心かなり動揺していて上手く考えがまとまらない。

「なんなら違いのわかる男である俺がその弁当を食ってやってもいい。全身の筋肉を使ってその幸せを表現してみせてやるよ」

 どうすればいいのか。創造力を使えばなんとかなるのだろうか。でも今の頭じゃ何の想像もできない…。

「おーい、さっきから何固まってんだ。なんか変なもんでも入ってたのか?」

 とかなんとか悩んでいるうちにセトの視線がファスナーの先を捉えた。妨げようもなく、はっきりと見られた。すぐに彼の顔がにんまりする。

「ははーん。恥ずかしいんだな?」

「恥ずかしくなんかないよっ…!……もう…アンナさんったら……」

 周りの目を気にしながら、ケースで覆い隠しながら、ゆっくりとお弁当を取り出す。蓋が透明になっていて中身が丸見えなのだが、堂々と顔を出しているのがピンク色したハートマークだった。白いご飯の上に桜でんぶが乗せてあり、偶然と呼ぶにはあまりにも奇跡的で見事なハート型が作り出されていた。

 今朝、アンナさんから弁当を受け取ったときの彼女の発言を思い出す。

「私の努力の結晶、たーんとめしあがってねっ!」

 遅効性の魔法だったらしい。今になって直撃した僕の心がとろとろに溶かされていく。まだ口にしていないのに既に美味しい。

「こりゃ立派な愛妻弁当だなあ?俺が食っていいもんじゃねーなこのヤロー!」

「からかわないでよ…」

「いいじゃねーの。嬉しいんだろ?」

「…そう……だけど…」

 当然に嬉しい。誰かからの想いをはっきりとした形で受け取るというのは、古の時代からラブレターというものがあるように人間の心に深く突き刺さるものだ。目の前にあるのはこれぞまさしくラブベントーと呼ぶべき代物である。ラブベントー、なのである。嬉しいに決まっている。

 ただ、やはりとてつもなく恥ずかしい。中学高校を繋いでいる通路にいることもあって、周りに人は少なくない。道ゆく生徒の目線がこの弁当に向いてしまった暁には……恥ずかしさのあまり爆散するしかないだろう。とはいえこのままケースで隠すにも限界がある。

 かくなる上は――逃げよう。この状況下から逃げ出そう。

「ちょっと…走ってきていい?」

「なんでだよ。食えよ」

「このお弁当を誰かに見られたくない…。でも…掻き込むなんてしたくない…。ゆっくり味わいたい……なんならもう少しこの形を崩さずとっておきたい…」

 ラブレターと違ってラブベントーは保存がきかないのが難点であると強く思う。冷凍庫でも創造しようかな。

「贅沢なヤローだなあ。仕方ねえ、待ってろ」

 セトはどこからともなく光り輝く野球ボールを取り出す。肩を軽く回すとボールを天井へと投げつけた。どこにぶつかるでもなくボールは空中で破裂し、放射状の光となって僕らの座っているベンチをとり囲んだ。あっという間に外からの視線を遮る光のカーテンが出来上がった。

「ほら。幸せはじっくり噛み締めろよ」

「うう…お言葉に甘えます…」

 二人で手を合わせ、お弁当に箸を入れる。ご飯は後回しにしておかずを先に食べていった。卵焼き、ウインナー、ハンバーグ。どれを食べても舌がうねり、思わず宇宙に飛び立ちそうになったが「一人の世界に行くなよ」とセトに発射を阻止された。

 おかずが全て無くなり、惜しみながらご飯に口をつける。炊き立てでもないのに甘い湯気が口いっぱいに広がっていく。幸せの味だ。でも桜でんぶは少しあまじょっぱかった。

「ハートのお味はどうよ?」

「なんだか、あまあまな新婚生活って感じの味がしたかな」

「…お前たまに恥ずかしげもなくとんでもないこと言うよな」

「え?」

 ハートを食べ終えると光のカーテンが萎み、再び野球ボールとしてセトの手中に収まる。そのまま天井スレスレに投げつけて手遊びし始めた。

「ほんと、創造力って便利だよなあ」

 彼は呟く。

「セトはこの力好きそう」

「大好物だな、特にプロの身体になれるってのは気分いいぜ。この前投げた時には百六十とか出せてふんぞり返ったわ。俺強打者で売ってたのに」

「すごいね…」

「二刀流も夢じゃねーな。夢じゃないってか、もう野球部員の殆どが二刀流出来るんだけどな」

 冗談を言うような口ぶりだったがおそらく事実なのだろう。

 少し前に野球部の練習風景を覗いたことがあった。とても学生の部活とは思えない屈強な生徒ばかりだったのが記憶に強く残っている。身長が百八十弱あり筋肉もしっかり付いているセトが、彼らに囲われるととても小さく見えて唖然としてしまった。

「爽田中高って結構強豪校だったりするの?」

「そいつが違うっぽいんだよ。部活結構緩くてな、通常練習もコテコテにはやってねえ。そのくせして〈肉体〉改造したデカぶつばっかだから感覚狂うぜ」

 だが――。

 突如、彼の目つきが変わる。

「身体が出来上がってても頭がついていってねえ。ほぼ見掛け倒しでトロい。〈肉体〉がどれだけプロ級だろうと、頭だけはアマチュアのまんまだから瞬発力とか判断力とかでボロが出る。場外に飛ばせるパワーがあんのにバットを振っても振っても当たらねえ。ピッチャーもプロ級の腕を持っちまってるから余計打てねえ。だから生まれたての俺なんかでも肩を並べるくらいは出来ちまうのさ」

 的を得た考察だった。長い間野球を続けていたからこそ、今の野球部に足りていないものをこの短期間のうちに気づけている。今度のセトはなんだか本当に賢く見える。

「肩を並べりゃ、あとはそいつら以上に練習して追い越す。実力があればついてくる奴は出てくる。そんでやる気ある奴ら集めて鍛えて、いつかこの学校を野球強豪校にしてやるよ」

 圧倒されてしまった。まだわからないことの方が多いはずなのに、彼はこの世界でもう目標を見つけている。彼の目は遥か未来を見据えていた。

 セトならきっとその夢を現実にするだろう。彼に手を引かれたい人は沢山出てくるだろう。なにせ僕もそんな彼の意気に惹かれているのだから。

「応援するよ!今日も部活ファイトだよっ!」

「んや今日はサボる」

 普段のセトに戻る。

「今のやる気はどこへ行ったの」

「違うんだよ、クラスの奴に遊びに誘われてさ。そっちも大事だろ?」

 まあ言い分もわかる。僕らはまだこの世界に拠り所がない。家族も、ここにはいないのだから。だから差し出された手には応じて、少しずつ交流関係を広げていくべきだった。

「…そっか。どこ行くの?」

「そいつん家。俺らと同じ住宅街に住んでるらしい」

「へえ…。じゃあ家からすぐ行けるね」

「そーだな。ま、なんか片付けしたいとかですぐには来るなって言われたけどな。一回家帰って着替えてから行ってくる予定。――そうだ、そーゆうことだから今日は一緒に帰れるぜ」

「えっ!?ほんとっ!?」

 思わず声が跳ねた。あまりにもわかりやすく感情の乗った声になってしまっていた。

「そいつはさっさと帰るらしいから、俺らは二人でのんびり帰ろーぜ」

 理由まで聞いてはっきり嘘でないとわかると、さらに跳ねた声で「うんっ!」と答えてしまった。

 セトとは普段一緒に帰っていない。部活の終わる時間が遅くまちまちなのだ。しかも部員と帰りを共にすることが殆どで、僕がその輪に入るわけにもいかない。

 行きは二人、帰りは一人。学校から家まで二十分。帰りの天気はいつも曇りで、とても静かだった。

 でも、今日の天気は雷雨。うるさい雷鳴が轟く一日、だから今日はいい日だ。


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