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連鎖性死後救済―Judgement Days―  作者: 諸星回路


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12/12

神隠

 本当に、何気ない一日の始まりだった。僕だけを置いてけぼりにして。

「じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃーい!」

 家を出てすぐに立ち止まる。振り返ると閉じていく扉の奥でアンナさんが少しだけ見えた。小さく手を振る姿はすぐ見えなくなって、寂しげな風が制服の襟に触れる。今日は手首耐久対決はしないみたいだ。

 今日も世界はいつも通り回っていた。天気は快晴、少しずつ家を出ていく学生やサラリーマンも何の気もなしに、あくびをこぼして学校や駅に向かっていく。

 昨日のファンタジーな出来事の形跡は残っていない。夢報者、再起の間、光の龍。どれも非日常的で、目を疑う光景ばかりだった。だが、この世界の人々にとっては日常のことなのかもしれない。全国ニュースにもならないのだろう。

 セトと話がしたい。馴染み深い前世の空気感で誰かと話をしたかった。この世界を流れる空気はまだ息苦しい。

 左手に〈精神〉を溜めて、セトの家のチャイムを鳴らす。

 ぴんぽーん。………。

 ぴんぽーん。…………。

 ぴんぽーんぴんぽーん。……………。

 ぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽーん。……………………。

 ―――返事がない。

「セト…?」

 玄関扉を引く。鍵がかかっていて入れない。庭へと進み、大開口に額をつける。明かりのない部屋に、彼好みの漫画やプロテインの袋が散乱していた。布団も敷かれっぱなしにしてある。そこに、セトの姿はない。

 彼が僕より早く家を出るとは考えにくい。朝練がいつもより早いとしても彼なら事前に言ってくれる。そもそも彼は誰かが起こさないと昼まで起きない人間だ。その誰かに該当するのも現状僕しかいない。となれば――。

「まさか…帰ってきていない…?」

 日常は戻りきっていなかった。

 昨日の襲撃現場に向かった。セトが倒れていたあの場所へ。

 出鼻はすぐにくじかれた。現場手前の曲がり角に規制線が張られていた。どうやら夢報者のいた直線道路が丸ごと封鎖されているようだった。

 道路には昨日見た地獄絵図がそのままの形で残されている。立ち上る闇は綺麗に取り除かれているが、黒くえぐり取られた家々が並び立ってその惨さを語っていた。

「少年よ」

 見知らぬ声に背後を取られ、振り向くと同時に自分の首を押さえた。

「すまない、警戒させる意図はなかった。君は昨晩倒れていた少年だな?」

 紺生地のスーツの上に季違いな厚手のトレンチコートを羽織る。整った顔立ちにそぐわない濃い顎髭を持ち、而立は過ぎているように思えた。短く切った前髪から、きつく刺すようなまなざしが下ろされる。

 だが僕の警戒はわりあい早く解けた。

「そう、ですけど…。あなたは誰なのですか?」

「失礼した。私はしがない刑事だ」

 男は胸ポケットから警察手帳を取り出して見せた。すぐにしまったために顔写真くらいしか確認できなかったが、どうやら本物らしい。声の届く範囲に別の警察官が二人立っていたが、顔色一つ変えなかった。

「昨晩よりこの現場を調査している。倒れた君を発見し、家族に引き渡したのも私だ」

「あなたが…」

 急いで恩人に対して大きくお辞儀をした。

「助けてくださりありがとうございます!」

「ああ。元気なようで何よりだ。君と話がしたい。何かこの惨事について知っているのではないか」

 応えない理由もなく、僕は正直にありのままを話した。セトを助けようと家を出た時から、再起の間での寝覚者との会話、復活した後に放った光の龍までのこと。それと、僕が戻ってきた理由を。

「セトが家に帰っていないみたいなんです…!彼がどこにいるか知りませんか!」

「単刀直入に言おう。私たち警察は一晩かけて被害状況の確認をした。居住者と避難者の照合なども既に完了している。そこで唯一行方が掴めなかったのが、君の友人、神奈セトだ」

「そんな…」

 行方不明。他人から、それも警察からその事実を突きつけられたくはなかった。

「…もしかしたら…夢報者に攫われたとか…!」

「無い」

 即答される。

「君は寝覚者という存在を理解していない。元来より神の遣いとしての使命を遂行するため、並の夢報者ならば片手で制圧できるほどの〈精神〉を所与のものとしている。たとえ単身で逃走できたとして、誘拐をする余地までは生まれまい」

 まるで寝覚者のことをわかりきっている口ぶりで刑事は言う。経験から得られた断言なのだろう、僕が言い返せるはずもない。

 でも、それならばセトは今どこにいるのか。

「当然に、私たちはご友人の安否確認に努める。君は普段の生活に戻ってくれ」

 随分な無茶を言う。セトがいないのにとても普段の生活など送れるはずがない。

 探しに行こう。警察が一市民のためだけに懸命に捜索しているとは思えなかった。僕が今から探し回っても無駄にはならないだろう。

 セトのことなら誰よりも知っているつもりだ。彼との思い出はいくらでもある。彼との思い出の場所だってたくさんある。たくさん……。

 違う。一つもない。まだ、この町には。

 小さい頃によく通った駄菓子屋、キャッチボールした公園、秘密基地。それらすべてがこの町、この世界のものではない。思い出の殆どが前世に残ったまま。

 爽田町の全貌を知っているわけでもない。僕はこの世界に来てから家と学校の往復を繰り返すのみで、そこから外れる余裕もなかった。必要もなかった。それで最低限の生活が出来ていたのだから。

 探しに行く見当がない。彼の行きそうな場所――例えばバッティングセンターなどがこの町か近くにあるのだろうか。知らない。

 まずはこの町の全体像を把握するために地図を探そう。家にあるのだろうか。知らない。

 …本屋に行けば地図は売られているはず。本屋はどこにあるのだろうか。知らない。

 ……そうだ、スマホ――――持っていないんだ。この世界では。

 …………。

 もう一度、彼の家に行こう。もしかしたら隠れていただけで、何食わぬ顔で家の中から出てくるかもしれない。そんな、虚しい現実逃避だけが最終的に足を動かした。

「待て、少年。要件がもう一つある」

 ようやく動き出した足を、刑事は呼び止めた。

「まずは情報提供に感謝したい。昨晩の襲撃は目撃者が少なく、ようやく詳細を把握できた。ありがとう。その上で疑問を飛ばすが、なぜ君はさっき“異変に気づいた直後の家の中での話”を飛ばして話した」

 今。この瞬間に。刑事の言葉から猛毒を嗅ぎ取った。

 そう、僕はセトを探しに家を出て以降のことしか正直に話していない。

「…特に理由はないです」

「そうか。実は近隣住民の情報を調べる中で、実態と書面に小さな差異を発見した。君が一週間ほど前に爽田町に越してきたばかりの独居であるのは書面にあった。ただし実態は女性との同居だと、訪問した際に知った。君の家に住まうアンナという女性、彼女と君との関係を教えてはもらえないか」

 余裕のない傷心に塗られていく毒物。相手をしていたのが刑事という運命を恨んだ。

構いたくない。なるべく自然に、いなすように答えた。

「アンナさんは遠くからきた家族です」

 足早にその場を去った。

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