俺らの初デート
彼との休日の過ごし方は専ら、サブスク映画をみてチルすることだ。お散歩の時間以外はほとんど家から出ない。そんな休日を過ごしていたある日、彼が映画チケットを二枚見せてきた。
「イル、映画好きだったよね?同僚から貰ったんだ。一緒に行かない?」
これは映画館デートに誘う時の誘い文句だと咄嗟に気づいて、俺は胸を躍らせながら二つ返事で首を縦に振った。
「レイラがデートに誘ってくれるなんて珍しいね」
調子に乗って彼氏面して、彼の肩を組むように引き寄せた。
「いや、これはたまたま、会社の同僚が……」
なんて照れて小声で言い訳してんのも可愛らしい。
「チケットの入手経路なんてどーでもいいの。ただ、レイラが俺を誘ってくれたことが嬉しいの」
そう妖艶に指先で彼の身体を触って「俺以外の選択肢なんかなかったよね?」と誘導するように熱視線で語りかけた。
「僕には、友達がいないから……」
彼は戸惑うように情けない顔して、俯き加減にそう話した。
「ふふっ、いなくていいよ。ご主人様には俺だけがいれば良い。ねぇ、そうでしょ?」
そう彼に縋るように甘えた声で話した。
「そうだね、イル。僕には君さえいればいい」
彼は俺の頭を撫でて、カフェラテのように甘い言葉を俺に飲み込ませた。
郊外の小さな映画館。誰も寄り付かないそのボロ映画館に俺たちは足を踏み入れた。
「何だか緊張するね!」
彼は浮かれ調子でチケットをもぎってもらう。その行為を見るだけで目を輝かせているようだ。
「そうだね。だって俺らの初デートだもん」
そう言って彼の頭をポンポンと撫でると、彼は目を丸くして驚いた。
「散々、二人でお散歩したじゃん……」
彼は口を尖らせながら訂正するようにそう言うけど、
「あれは犬としてね、今日は一人の男として見て」
と俺は格好付けたくて彼を口説きたくてそう言った。それを聞くと彼は頬を赤らめる。
「わかったよ。今日だけは彼氏でいて良いよ」
彼はそう言いながら、さりげなく俺の腕を抱いて目線を逸らす。そんな彼が俺はいちいち可愛かった。
映画は殺人鬼が刑務所から出所するところから始まった。時代遅れな服装で街中を歩いてターゲットを探していく。そして標的にされたのは郊外の一軒家。愛し合う二人とその娘の三人家族だった。二人の愛し合って交合うシーンが画面いっぱいに映し出される。俺はそのシーンに生唾を飲み込んで見入ってしまって、思わず彼の手を握った。彼はそんな俺の方を覗き込んで、暗がりの中ふっと微笑んだ。次のシーンでは三人で料理をして、それを家族みんなで仲睦まじそうに食べるところ。そんな幸福なシーンで頬が緩んだのもつかの間、殺人鬼が入ってきて男を冷酷に切り裂く。それを見て逃げ惑う女を押さえ付けて、紐で括ってゆっくりと嬲るように弱らせていく。まだ視界を奪わずに、女の目の前で残された小さい子を滅多刺しにして殺していく。まるでそれを楽しむかのように。俺はそれを見て、酷く吐き気がした。普段なら人間が死ぬ映画は大好きなのに。
「イル、大丈夫?」
映画をエンドロールまで見た後、俺はトイレに駆け込んで胃液を吐いていた。
「ごめん、大丈夫だから……」
彼に心配かけまいとそんなことを強がりで言ったが、気持ち悪さは変わらなくてずっと吐き続けていた。
「すごい、胸糞映画だったね」
彼はきっと俺に気を使って、その映画を酷評した。けれどその言葉は俺に酷く刺さった。だって、彼が評する胸糞行為をしてる殺人鬼は、俺自身なんだもん。
「あははっ!ご主人様ぁ、拳銃持ってる?」
俺はトイレの壁に寄りかかって座って、薄目で彼の方を見つめた。
「持ってるけど……」
戸惑うような彼の声。そんなのは無視して、嘲笑いながら愉快な狂った声を出した。
「俺のことを撃ち抜いてよ。とーっても死にたい気分なの!」
「イル……」
「俺、自分の罪がやっとわかったの!俺みたいなのは生きてちゃいけないって、やっとわかった」
彼が殺してくれないから、罪悪感で自分を殺すしかなかった。あの映画のシーンのように脳内で自分を滅多刺しにしていた。
「……イルがいなきゃ僕はまた一人ぼっちだ」
彼は慎重に言葉を紡ぐようにそう言った。だが、決して「生きていい」とは言ってくれなかった。
「俺、人生を一からやり直したい」
「そうだね」
ゲロ吐いて号泣して鼻水垂らした汚い俺の顔を、彼は優しくそう言いながらトイレットペーパーで拭いてくれた。
「そして、何の罪もない俺でまたご主人様と出会いたい」
「僕も、何度転生してもイルとまた出会いたい」
そう彼は俺のことを抱きしめてくれた。その優しさが嬉しくて涙が止まらなくなったが、彼はそんな俺を見て微笑んでくれた。




