過去の残穢
好きなラッパーの最強リリックを聴いても、気分が上がらなくて、ただカーステレオから雑音を流していた。彼が「ラップはもう良いの?」と気遣って聞いてくれるけど、今はそんな気分じゃなかった。
「レイラはさ、恋愛したことあるの?」
彼が俺に向けている愛情は、恋愛感情からではないとわかっている。けれど、俺はいまいち恋愛というものがよくわかんないから、そう断言もできなかった。答えを求めるように彼に尋ねたが、
「僕は恋愛はしたことないよ」
ときっぱりと断言した後で、妙に微笑んだ。やっぱり俺には恋愛感情を向けてない。そう思うと、何だか胸が苦しくなった。
「恋愛って、何なんだろうね」
俺はそう呟いて、窓の外を眺めた。まるで道端に落ちている答えを探すかのように。
「イルはさ、自分よりも相手のが大事だと思ったことはある?」
その問いかけに俺は頭をひねらせて過去のことを思い返していた。
「うーん……」
「僕はないよ。自己中だから」
そう割り切ったように悪びれもせずに淡々と言う彼の、ちょっぴり裏の顔を覗けたようで気分が高鳴った。
「俺は彼女がいたことがあるんだ。すげぇ可愛かったし、体の相性も良かった。だけど、殺しちゃった」
俺のどうしようもない性のせいで。
「だから、俺も恋愛はしたことないんだろうね。だって、自分よりも相手のが大事だったら殺せないもん」
その時感じた、息が詰まるような罪悪感や自分の性へ対する無力感がフラッシュバックしてきて、また胸がずしんと痛む。
「殺したくはなかったんじゃないの?」
ザクッとその胸の痛みを治療するようにメスを入れられている気分だ。
「あぁ、できればずっと一緒にいたかった……」
俺はポロッと涙を流すのように本音を零していた。
「きっと、イルのその胸の痛みが、彼女を愛していた証明だよ」
もう捨て去ったと思っていた、過去の残穢が俺を嘲笑っている。その言葉は亡霊達を呼び起こしたようだった。
「俺には痛みしか残ってないな」
それが何とも虚しくて、俺ってこんなにもなんにもない人間だったんだと、悲しくて笑ってしまった。
「僕が傍にいるよ」
心臓が強く跳ねた。まるで直接握られて揺さぶられたかのように。
「ふふっ、まだまだ首輪は外せそうにないね!」
なんにもない俺だからこそ、傍にいて寄り添ってくれる人間にどうしようもなく縋ってしまう。例え、そいつが俺を利用しているだけだとしても。




