後日談 2.軍人と令嬢
「――……この絵本、私と貴方の事だそうよ」
「……何?」
突如として切り出された話を怪訝そうに聞きながら、勇は絵本を手に取って読み始めた。
読み終わる頃になって、勇は信じ難いと言いたげな顔をしてカトレアを見る。
「これが俺達の事だって? 確かに細部は似てるが……」
「作者の名前は見た?」
カトレアにそう言われて、勇は作者の名前に目を落とす。
そこには知り合いの絵本作家の名前が書かれていた。
カトレアが出資を決めて、援助している絵本作家の名前だ。
知り合いの名前を見て、勇は見たまま固まった。
そんな勇にカトレアは言う。
「噂の出所を調べていったら彼に辿り着いたわ。彼はよっぽど貴方の物語が好きな様ね」
「……あんの……っ!」
つまり、作者自身が勇とカトレアの物語である事を示唆し、噂となって流れていたそうだ。
つい昨日まで神代領を離れていた勇にとっては、青天の霹靂である。
全体の話の流れは違えど、細部に似ている設定がある所が変に説得力がある。
恐らく、作者自身もそのまま書く訳には行かずに、ぼかして書いたつもりなのだろう。
尤も、その作者自身が実在の人物が居る事を示唆したのでは、ぼかした意味もないが。
勇は勝手に絵本にされた怒りで、手に力が入り破きそうになっている。
カトレアは、そっと勇の手に手を重ねて言った。
「スカーレットがこの絵本をかなり気に入ってるわ。破かないで」
「ぐっ……」
本好きのクロエではなく、活発に動き回る方のスカーレットが気に入ってると言われると余計に破けない。
勇はうっかり破かない様にカトレアに絵本を返した。
絵本の表紙を撫でながらカトレアは言う。
「スカーレットに聞かれたわ。絵本のお姫様はお母様? って」
「……何て答えたんだ」
「勿論、違うと答えたわ」
カトレアらしく、嘘がなく、容赦もない答えに勇は苦笑した。
そして、ふと思いつきカトレアに尋ねる。
「異世界の軍人の方は?」
「……そういえば、そっちについては何も聞かれなかったわ」
「……。そうか……」
スカーレットが興味を持ったのは、お姫様の正体だけだったと知り、
絵本の内容は承服しかねないものの、娘に興味を持たれなかった事に勇はがっくりと肩を落とした。
そんな勇を見て、カトレアはふと笑う。
「異世界の軍人は貴方だって、確信が合ったんでしょうね。子供達にとって貴方は誇らしい父親で英雄だもの」
そう言われるとがっかりとした気持ちが少し和らぐ。
とは言え、絵本の中の軍人だと思われるのは複雑だ。
「……俺はそんなに気障じゃないぞ」
絵本の中の軍人を指して言うと、カトレアはじっと勇の顔を見た。
「そうね。だから、スカーレットに私達は愛し合ってるんでしょう? と聞かれても、そうだと思うと答えたわ」
まるで何かを要求するかの様な目をして言われて、勇は少し身を引く。
それでも尚、カトレアは無言でじっと勇を見つめている。
カトレアにじっと見つめられながら、勇は目を泳がせて逃げる手立てを考えた。
しかし、カトレアにしっかりと手を握られていて、逃げる事が出来ない。
その手を振り切って狸寝入りする事を考えた瞬間。
「イサム、愛してるわ」
淡々としながらも熱の篭った目で見つめられながらカトレアに言われて、
勇は完全に逃げ道を無くした。
「……あー、あー……」
それでも尚、言葉にする事が憚られて、勇は顔を真っ赤にさせて
譫言の様に、一言目を繰り返し言っている。
「愛してる」
早く言えとばかりに、カトレアは要求する言葉だけをもう一度言った。
そして。
「あー! 愛してる! これ以上は勘弁してくれ!!」
そう一気に捲し立てて、勇はベッドに潜り込んだ。
頭から毛布を被る勇を見下ろして、カトレアは話しかける。
「本当に何年経っても慣れないのね……」
「俺は気障じゃないって言っただろ!」
毛布の下から、そう抗議する勇にカトレアはそっと被さって言う。
「だから余計に聞きたいのだけど」
「……」
子供に対する愛情を表現するのは得意なのに、妻であるカトレアに対してはいつまで経っても奥手な勇。
だからこそ、余計に愛の言葉を聞きたい。
だって、滅多なことでは言われないなら尚のこと、それはおざなりな言葉ではなく心からの言葉だと信じれるから。
すると、勇はもぞもぞと毛布から出てきて、黙ってカトレアに口付けをした。
不意打ちに驚いて目を見開くカトレア。
暫くの間、口付けを繰り返した後、勇は気まずそうにして言った。
「……寝るぞ」
仏頂面で言う勇に、カトレアは嬉しそうに微笑んだ。
「……ふふっ。えぇ。おやすみなさい」
「……おやすみ」
そうして、二人は手を繋いで眠りについた。
二人で歩んできた一四年間と、これから先の未来を夢に見ながら――
神代夫妻の絵本 完