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23.牢のなかで(後半)


最盛期のリンクス。

彼の実力は、エルゼパルをも凌いでいたと言う。


彼の得意分野は、4~5種類の魔術を同時に緻密に操作して、物に付与したり、人に付与することだった。


なので創薬に非常に長けていた。

魔道具を作ったり、欠損した身体の一部分の代わりを作ったりもできたそうだ。


裏方ではあるが、天才的技術者・発明家といったところだ。


そして、俺の得意分野は光魔術。(治癒術と光)と、たぶん武術。

俺自身は武闘派だ。


リンクスのすごさはわかったような気になるが、今の俺は、ポンコツな俺の頭に、魔術の百科事典的検索機能がついた感じだ。


以前アロニアに教わった基礎~中級編を道しるべに、応用編とリンクスのみ知る奥義を参照することができる。


そして、牢の番がいない間の時間に、応用編、そして奥義を順々に試していった。


もちろん、魔術出力は最小限に抑えて。


それから、夜は寝ながらリンクスの半生を、その経験と感情を、幼少期から就職後まで辿っていった。


中でも面白かったのは、モノマスに来るまでの間に、山岳地帯でドラゴンに会っていることだった。


人助けとものづくりにほぼ占められたリンクスの人生の中でも、珍しく色鮮やかな冒険の一幕。


それはドラゴンと「また会う日まで」と再会を約束したにも関わらず、二度と会うことのなかった、リンクスよりも、俺にとって心に引っ掛かりを感じた出来事だった。



数日後、俺は魔法の帳を作って、衛兵に偽りの俺と部屋の様子を写して見せることにした。


一週間後、俺は魔法の帳の中で、オート剣術対戦からくり人形と防音幕を作って、剣術の腕を磨いていた。


十日後、俺は魔法の帳の中で、空間拡張技術も使い、実験室と実験助手を作り上げた。後は必要な物をオート機能で作ってもらい、俺は対戦シミュレーションで体を鍛えるだけだ。


端から見れば、(見れれば、)俺は一皮も二皮も剥けて、魔術の奇人になりつつあった。


それでも、まだ何の呼び出しもなかった。


まだ俺には残された時間があるようだ。さてと、ならば……あれを仕込んでみるか。


俺は思いつくことを行動に移していった。

作っておき、しまっておいて、備えるべき物が無数にあった。



エルフの里の光景を、また見ていた。

巨大な樹上に階段が張り巡らされ、ウロ中に扉を設けたり、枝の分かれ目に小屋を建てたりしたエルフたちの家々、それが里の様子だった。


医者の父について、家々の往診をした後、とある枝の先まで一緒に向かった。


まだ若い枝とも言えるが、その枝の上に小さな塚が立てられており、なんとそれが墓なのだという。


「樹木葬というか……風葬なのか?」


リンクスの中に潜む俺の視点で独り言をつぶやく。


肝心のリンクスも詳しくは教えてくれない。

いや、何か言いたげだが、言えないのだ。

なんでだ? ま、いっか。


幹の中心のほうから、葬列がやって来た。


「あ、昨日看取った家の者か?」


記憶に、父と一緒に看病し、最期は家族との時間を持たせ、呼ばれて静かに脈を確認した、ある患者のことが浮かんだ。


得意の創薬を行っても、徹夜までしても、父もリンクスも救えなかったその命。


力及ばず悔しかったリンクスの感情が蘇る。


俺も父ともに頭を垂れ、冥福を祈る。


「悔しいだろうがな、リンクス。俺たちがどんなに手を尽くしても、間に合わない、及ばない領域というものがあってな……俺も、非常に悔しいんだけどさ……神の手にからめとられて、お迎えの来る命がある。……誰しも寿命を持っていて、いつか来る死というものは、避けられないんだ」


今の俺は、リンクスの記憶の父に盛大にツッコミを入れる。


「じゃあ、リンクスを殺して、リンクスの身体に別の魂を移植したエルゼパルのやっていたことはどうなんだ?」


記憶の父は答えず、リンクスの幻も首をふるばかり。


ただ、リンクスの燃えるような熱量の、怒りと使命感がやって来た。


「許されることはない行為だけど……道を間違えた理由はそれなりにあって……あなたは、そんなエルゼパルを正したかった、のか?」


傍らのリンクスは力強く、うなずく。


「俺はどうしたらいいのか? いちおう、準備はしているつもりだけど……?」


リンクスは再び、力強くうなずく。


そして、彼は俺に手を差し伸ばす。

指先に乗る音符のような魔術、そして、符号。


「話せないけども、これなら、俺に伝わるかと……?」


うん、とリンクスは、にこやかにうなずいた。


パアッ、とその場が明るくなるような人のいい笑顔。

ああ、このスマイルが、彼特有の人をたらしこむ笑顔か……と思うと同時に、俺はハッとした。


そして、リンクスの手に乗っていた符号は、エルフ特有の音階だ。

まるで暗号の解読に近いのだが、エルフの伝統音楽の音階は、古代文字の語順にルーツを持っており、1音ずつに古代文字の1つ1つが呼応するのだ。


リンクスが俺にかけた契約魔法のおかげで、俺はリンクスの知識を辿ることができるようになって、この音も、調べれば、正しく文字に結びつけられる。


ただ、元が曲というか音階だから、俺の中でその答えは、音魔術、としてでしか認識できない。


文法も認識もぶっ飛び過ぎてて、なんかの曲の一節を覚える形でしか、認識できない。


はじめての思考体系って、だいたいそんなような、ざっくりとした輪郭と、ごく一部のやけに色鮮やかな断片でしか把握できないって感じだけど、これもそういった類いのものだった。



突然、牢の解錠される音に、慌てて目を開けると。


「怜樹!」


人影が飛び込んできた。

寝ていた俺の首をかき抱くようにして。


「おっふ……!」


胸に大きな柔らかいものが当たる。

ミラビリス。


「怜樹?」


「あ……思い出した……」


「何を……?」


「女体の輪郭に沿って覚えるようにって補足をしてもらっていたんだっけか……?」


バシン。


「このスケベが!」


なぜか頬をはたかれた。

痛いじゃないか?


「あ、顔を赤くしながらも反論もなしとは……さては本当にこの者は姉様にゾッコンで……?」


「怜樹がそんなわけ……」


小さくつぶやくアロニア。

あれ、なんでこんな地下深くにアロニアが?


「お兄ちゃんってそんな」


なぜセラフもいる?


「……わけあるか。納得」


いや、それでいいんかーい!


なぜか顔ぶれが揃っている。


「怜樹、お待たせ。保釈だ」


にこりと微笑むミラビリス、同じく嬉しそうなアロニア、落ち着きはらったセラフ。


逆に俺の口から出たのは、困ったような、


「え? 保釈?」


との疑問だった。


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