22.牢のなかで(前半)
俺はエルフのおっさんと向かい合わせで座っていた。
その顔には見覚えはなかったが、なぜか、リンクスの父かな? そういう気がした。
若くはない。実の父くらいの壮年のおっさんだ。あれ? 変じゃないかな……エルフはゆっくり歳を取るから、このおっさんは祖父か曾祖父くらいの年齢では……?
でも記憶の破片が、「これが私の父なんだ」と訴えかけてくる。
なんだ、けっこう歳食ってからの子どもだったのかよ……と内心で思ってみると、「いや血のつながりはない。でも、私を育ててくれた父なんだ」と返ってくる。
リンクスの懐かしいような、もう自分は会えないから少し切ないような気持ちがほんのりと俺に移ってくる。
そりゃそうか、リンクスの身体はここにあるんだから。
また、見える場面が変わる。
おや、さっきのおっさんが白衣を着て、寝台に横たわった患者にヒールをかけていて……。終わったら、身体を起こさせて、「どう? 気分は」と聞いている。
やっていることはいっぱしの医者だな……と思ったら、「そう、父は立派な医者だった」と答えがあった。
へえ、エルフの里の医者かね。
「聞いた話だが、私の母が産気付いて、私を産み落としてくれたのが父の医院だった」
リンクスを取り上げてくれて、育ててくれたのか。
「残念ながら、母は訳あって、すでに瀕死の状態だったそうで、すぐ亡くなってしまった」
それは、なんとまあ……。
お気の毒に。
「父は私を愛情いっぱいに育ててくれた。実はハーフエルフというのが忌み嫌われていると知ったのは、相当後だった。多感な時期に、父は私を偏見からも守ってくれていた」
忌み嫌われていると知って、医者を継がずに人里へ来たの?
「医術は手伝っていたけど、向いてもいたけど、私のやりたいことが別にあったからだよ」
ほう……。
また、場面が変わった。
今度は何かな?
今度は何も見えない。
ただ声が聞こえる。
リンクスと話しているのは誰か?
まさか……俺はその声に聞き覚えがある。
思わず背筋がぞわりとした。
何……リンクスのやつ、エルゼパルと真剣に討論してやがる。
おまえは、そんなに強い意思があったんだな。
なんで見えないんだ?
見えたら便利なのに。
リンクスからの答えもなく、ただただ、彼の考える正義、彼の信念が伝わってきて、体が熱くなる。
こんな熱い男だったんか……。
そして、場面が変わったらしく、俺はリンクスとエルゼパルの最期の会話と、魔術でやり合う音を聞いた。
また死ぬ苦痛を味わう……と思ったところに、リンクスの熱い想念がどっと押し寄せる。
「俺は死ぬつもりはなかった。エルゼパルに殺されることはわかったが、彼は私を殺しきれず、私の魂を封印したにとどまった」
今聞いているこれは……。
「念のために用意しておいた、身体への記憶だ」
では、ここにあるのは俺の意思で、リンクスの意思はなく、記憶だけがあると?
「そうだ、残念だが、私はあなたを動かせない。しかも伝えられる記憶には制限もある」
ふむ。
「エルゼパルに関する映像記憶は提供できないのだ」
それは何となくわかった。
じゃあ、俺に高度な魔術をいくつか教えてくれないか?
「その時期が来たとは思っている。私の身体を受け継いだ魂が、邪悪なものではないとはわかったからね」
少しエロいけどね。
「そんなものは大した影響にはならない」
じゃあ、教えてくれ。
「少し縛りがある……」
かまわない、さあ。
「では私との契約を……」
そこで意識が途切れた。
◆
俺はガバリと起き上がった。
目に入ったのは、岩壁むき出しの、寒々しい牢獄。
そうだ、俺は捕らえられた。
スキャンしてもわかる。
ここは城の地下深くにある、死刑囚の牢獄だ。
さて……。困った。
さっきのリアルな夢の最後が思い出せない。
リンクスが出てきたやけに生々しい夢。
いやアレは夢ではない……。
リンクスの身体と俺の魂の会話だ。
それは、いつかあったらいいなと思っていた嬉しいハプニングだ。
だが、最後の「契約」ってなんだったんだよ……?
何の条件があったのかわかんないって、ヤバくない?
消されたのか?
まあ、いいや。
どうせ記憶の一部がないとか、魔術は簡単には教えてくれない、とかだろうから。
さてと……。
ここを脱出する魔術はあるかな?
俺は記憶の回廊を探り当てる。
まるで脳内のマンガのページをパラパラとめくるように。
ある。
リンクスはちゃんと俺に残してくれていた。
ちょっと癖のある形で。やったぞ!
しかも即時発動できる。
おう、これは便利だ!
でも、今は、そのタイミングではない。
少し冷静になる。
食料と水、このどちらもここにはないけど、俺は岩から両方ともに生成できる。……らしい。
「どうやってやるんだ?」
途切れてしまっている、身体中の魔術経絡を、まずはつなげればいいらしい。
いや、どうにかつながってはいるんだっけな?
細くなりすぎちゃったんだっけ?
使っていないところがある。
そうなのか? ああ、これか!
それはリンクスの記憶が教えてくれる。
そうか、太くして通りをよくすればいいのか。
そうか、そうか。でも、長くかかりそうだった。
俺は、ここで時間が欲しい。
なら。
と俺は深く息を吸う。
俺のしがない時間稼ぎを許してくれますか、運命の神様さんよ?
俺は上を向く。
◆
「なあ。弟よ」
ミラビリスはイライラしていた。
目の前の高級そうな机を蹴り飛ばしてやりたいくらいだった。
「姉さん、これは」
「必要なことだった、とでも言いたそうな顔だな」
「そうさ」
「我はそんなことなんて求めてない! 我は怜樹となら、添い遂げたいくらい、彼に惚れているのに!」
「な、なんと! 姉さんは奴にだまされているぞ!?」
弟の額には汗の粒が浮き出ていた。
「だまされれば良かったのだが、あいにく、だましているのは我のほうでね、彼を良いように安く使ってしまっている……」
「姉さんの体は安くなんてない!」
「いや払った賃金は不当に低いくらいさ。あれが元モノリスの魔術師だって言うなら、桁がひとつ足りない」
弟の冷や汗がさらに噴き出てきた。
「あれがモノリスの……?」
今ごろ脱獄しててもおかしくない。でも、衛兵はピンピンしている奴を牢の中で見た、と先ほども報告している。
あえて逃げていない?
姉さんのためなら、この罰も甘んじて受けようと言うのか?
それが本当だとしたら……変態だ。
姉さんの真価を本当にわかっている、ただの変態だ。




