18.盗賊狩り(前編)
馬車が横倒しにされ、馬たちは血の海の中でもがいている。
手負いの護衛の冒険者が、まだ一人戦っている。
残りの者はすでに倒れている。
「トメス、ネシリ!」
ミラビリスがハンドサインで指示を飛ばす。
敵に作戦を読ませない策なのだろう。
馬車には盗賊たちが群がり、女性を何人か連れ出し、衣服を剥いでいるところのようだ。
見習い騎士のトメスとネシリが駆け出し、左右から、手近な賊の者に襲いかかった。
アロニアは魔法の火矢を放ち、奥のほうの盗賊を次々と射貫いている。
だから一番目立っている。
すごい……!
「アロニア、援護感謝する。怜樹、助けられるか?」
見惚れていると、ミラビリスに呼び止められた。
俺は無言で深くうなずいた。
探索をかけつつ生存反応を探る。
冒険者たちはまだ息があるようだ。
しかし、時間の問題だ。急がねば。
アロニアたちに賊への対応を任せているため、俺のやることは地味だ。
まとめてヒールをかけたい。
だが効果範囲がわからない。
探索でどのような傷を負ったかをスキャン解析する。
近くに倒れている者たちはまとめてだ。
ヒールも同じくらいの範囲でやれれば良いのだが。
「ヒール!」
おお、俺の割にはなかなかの威力・効果範囲だ。
「なんと、あれはエリアハイヒールではないか? しかも詠唱省略だと?」
誰かが言っているが、気にせず助ける。
よし、だいたいコツを掴んできたぞ。
魔力の残りも心配いらない。
「ヒール!」
かなり終わったか……?
「ああ、助かった」
「うわ、生き返った……」
「治癒術すげえ」
治療された護衛たちは、口々にそう言って、起き上がろうとしている。
ミラビリスが声をかける。
「皆さま、血を失っていますので、まだご安静に……」
護衛の冒険者がミラビリスに言い返す。
「いや、あの盗賊、ヒムスっていう懸賞首で、アジトが近くにあるんだよ。下手に誰かを逃すと、アジトから増援が来ちまう」
「アジトがあるのか?」
「だから誰か腕の立つ者を送り込めればいいんだが」
「当てはいるぞ」
ミラビリスは俺を見た。
「治癒術師ごときに目をやるとは! はは! 確かに目の保養だな! はは!」
ちょっとバカにされている。
困ったな。
「おや、ミラビリス叔母様ではないですか!」
ミラビリスは馬車から出てきた少女に目を留めた。
「おや……」
ミラビリスと少女に皆の目が釘付けになる。
特に先ほどの護衛の冒険者はポカンと口を開けて、呆然としている。
「感動の再会のところ、邪魔して申し訳ないが」
アロニアが口を挟む。
「ここにいた盗賊はみんな捕縛したが……まだアジトがあるっていうなら急いだほうがいいんではと思う」
「ええ……実は、姪の影武者のほうが連れ去られたみたいで、助けてあげてほしい」
「影武者!?」
「くそったれ! あっちが囮だったのか! ちきしょう、見間違えたぞ!」
「だがアジトの場所は吐かねえぞ!」
今度は、縛られた盗賊が毒を吐く。
「ほう、じゃあ、アロニアさんお手製の自白ポーションでも飲んでもらおうか?」
「きさま……!」
アロニアの自白剤は効きそうだな。
盗賊がかわいそうに思えるくらいだ。
はて……?
「ああ、なるほど、西の山の中腹に3人の生体反応がある」
「くそっ、生き物の探知ができるのかっ」
悔しがる賊。
「おい、そこの治癒術師、俺たちのアジトを暴いたらタダじゃおかねえぞ?」
「あぁん? 盗賊は冒険者ギルドに差し出せば、こっちの金にはなるんだけど? 殺されたいのかい?」
「きさまに俺たちの傷なんて付けられるのか? おい治癒術師さんよ」
強がりの賊もいる。
「ああ、その気になればな」
舐められているんだけどな。
相手にする気も起きない……。でも、言われるがままの臆病な仮面は、もう脱ぎ捨てたはずだ。
「怜樹、パーティーの3人でアジトに向かってくれないか? こっちは我々がまとめられると思う」
ミラビリスが声をかけてきた。
「じゃあ、俺たちはアジトに行く。ミラビリス、ここを頼む」
アロニアとセラフが俺についてきた。
「怜樹、アジトの場所がわかるの?」
「アロニアお姉ちゃんの『じはくポーション』はもういらない?」
「うん、大丈夫。こっちだよ」
俺の心に何かが引っかかっていた。
先ほどのミラビリスの言葉。
馬車から出てきた少女が「本物」で、影武者役の「偽物」がアジトに囚われていると。
それは本当だろうか?
「なあアロニア……これから救い出すのは、影武者じゃなくて、本人のほうかもしれない……」
「そうか? ならば一層、急がねばな」
アロニアは眉ひとつ動かさずに、冷静なままだ。
相手が誰であろうと彼女は変わらない。
影武者って普通、使い捨てにするつもりで雇わないのか?
ミラビリスの甘さはよく知っているつもりだが、ただのそっくりさんなわけがない。
何か事情がある?
まあ俺には関係ないか。
「風魔法を使うぞ。怜樹、セラフもつかまれ」
「おう!」
背中から強く押されて、走るのが楽だ。
「乗るぞ!」
「えっ?」
まさか、風に……?
こういう時こそ、詠唱してくれれば、どんな魔法を使うかわかるので良いのだが……それは同時に敵にも知られると言うことだ。
隠す意味はあるのだ。
「おおっ!」
ふわり、と強い浮遊感が襲った。
「と、飛ぶ!」
面白い!
バランスを崩しながらも、どうにか飛んでいる。
いつかアロニアが言っていた、風で飛ぶ魔法か、これは。
感心しながら言っていたが、アロニアの魔力の流れをたどると、随分、飛ぶのに集中力を使っているようである。
さすがに索敵する余裕はないか……。
俺は投げやり気味に、周囲に再び索敵を張る。
いつもの連携の流れに近い。
淡々とやる。
すると。
「おや?」
何かが引っかかった。
魔道具と人間が山の上にわざわざいる。
怪しさ満点だな。
たぶん俺が「何かが来る」と感じていた違和感の正体だ。
「ライトアロー!」
心の中で叫びながら、俺は指先をパチンと鳴らした。
完全無詠唱。ほぼ光速で。
光の矢が瞬時に標的に襲いかかる。
「見えた」と思った瞬間に、山の上の人間よりも怪しげに感じた魔道具をまず射ぬく。
第2矢も瞬時に山の上の人間の腕を貫く。
さすがに心臓を狙う精度はなかったか。
だが相手はひっくり返り、戦意を喪失したのか、動かなかった。
「はあ……」
思わずため息をつく。
「怜樹! 何その技は!?」
「光速の光の矢だ」
「はあ……空間系と光の魔法のハイブリッドね……」
アロニアがなぜか嘆息している。
セラフがアロニアの肩から身を乗り出した。
「すごい! さっき言ってたあの山の上に届いたよ!」
「え、まじ?」
王国お抱え魔術師のレベルってことか。
つまり、俺を狙ってた怪しい奴って……。
心当たりがありすぎる。
なんで俺なんかを追っているんだ、ちくしょう。
俺の落胆した顔を見たのか、珍しくアロニアが俺をほめた。
「怜樹、おまえのマルチキャストと異種魔法の重ねがけはすごいよ」
「え?」
「めったに言わないけど、言っておいたからな!」
おい、ちょっと圧を感じるぞ。
アロニアに裏の意図はないと思うが。
「アジトとやらでも存分に使ってみてくれ。たぶん助かる」
「ああ。洞窟じゃ火気厳禁だからな」
「アジトは洞窟内なのか?」
「そうと決まっているさ」
見られている、という圧がなくなった気がするな……。
さっき撃ち落としたからなのかな……。




