17.渓流のほとりで
「いいね」付いてるのに気づきました。ありがとうございます!!
旅の続きがはじまった。
御者台には相変わらずミラビリスが座ることが多かったが、騎士見習いの2人にも時々交代するようになった。
俺とアロニアは基本的に周囲の警戒をしているが、けっこう手持ち無沙汰な時もある。
セラフと俺は、アロニアにこの世界の常識のようなものを講義として受けていた。
それから、お互いに魔法や身体の鍛練、料理の手伝いである。
道の様子がまたかなり変わってきた。
「断崖絶壁の谷と、速い流れの川だなあ」
「うん、王都までは、こうやって険しいところもあるから、天然の要害になるんだ」
「攻めづらく、守りやすいか……」
俺とミラビリスの関係は、また付かず離れず、でもそれなりに口を利く、という感じになった。
ミラビリスは、俺から渡した銀のかんざしを、堂々と髪に挿している。
「かんざし? 銀だから魔除けになるよね」
アロニアに聞かれた時、ミラビリスはそう答えていたが、俺は気が気でなかった。
ミラビリスも「誰にもらったか」は口にしない。
ただ、相変わらず、俺だけにウインクしてきたりと、アピールは続けていて、何とも気恥ずかしい。
「じゃあ、そろそろ目的の宿だ」
その日の宿は、断崖をくり貫いて造られた洞窟の宿であった。
「ここではちゃんと換気してから火を使ってくれよな」
ミラビリスと宿屋の女将は知り合いのようだった。
「今回も連れが多いね。騎士団もどんどん増えて盛況ねえ」
「戦闘職以外にも人手は要るんだよ」
「ほう、そうすると今回は支援者の輸送なんだねえ」
「まあそういうところさ」
「ところで、宿の厨房を手伝える人材はいるかい?」
「いるよ……。アロニアさえ良ければ」
女将は機嫌が良くなったようだ。
「えっ、嬢ちゃん、料理できるのかい!?」
「おいらは錬金術師志望で、調理人の志望ではないんだが……いちおうこの集団の調理担当を勤めております、アロニアです。で、こっちの男が第一助手、こっちの娘が第二助手……」
「アロニア? 良いのか?」
俺は驚いてアロニアに尋ねた。
いつものアロニアなら嫌がりそうなのに、と思ったからだ。
「ん? こういうのは、手を挙げておくと、宿代をまけてもらえるんだよ? 挙げない手はないってことさ……」
「なるほど」
女将は俺とセラフを見た。
「では、アロニアさんだけ借りさせていただこう。ミラビリスさんよ、宿代は一人分まけておくよ」
「もしアロニアの腕が良かったら子どもの分もまけてくれ」
「大した自信だな……考えておく」
各自部屋に入って、ゆっくりくつろぐ。
野営でないのも気が楽だ。
ただし慣れてしまったので、意識の外でも索敵をかけ、不穏な気配(主に殺気)がないかを探っておく。
特に探知に引っかかる怪しい気配は今のところないが……廊下にミラビリスが佇んでいる……。
俺の部屋に早めの夜這いをかけるのか逡巡しているのか?
はあ。
でも、彼女の姿は程なくしてなくなった。
部屋に戻ったらしい。
珍しくこの宿にはお風呂があると聞いていたので、準備をして、一っ風呂浴びに行く。
アロニアを働かせても、ミラビリスが入りたがった風呂……と考えられる格上の宿の設備にうなりながら、本日の湯を堪能する。
浴槽も、岩をくりぬいて造られ、どうやら魔道具で川の水を加熱しているらしい。
湯が流れ出す穴の上部に触れると、カパッと音がして、岩の一部がゆっくりと突き出してきた。
「ほほう、魔道具の操作盤に当たる部分か」
勉強になるな。
魔石が中央にはめられており、魔力を充填させている。
そして、魔法陣をたどると、押しボタンにあたる部分が2つあり、そこに触れることで、加温と冷却を選択できるらしい。
「うんうん、俺の読解能力も伸びていて何よりだ。面白いなあ……」
ん、更衣室から誰か入ってきたな。
他の宿泊客だろうか。
慌てて岩の一部を引っ込めさせ、壁に埋めた。
「み、ミラビリス!?」
「えっ……? 怜樹殿……!?」
どうやら向こうも俺がいるのは予想外だったらしい。
俺は慌てて、以前使った「霧の魔法」を呼び出した。
「す、すまない...…これで見えなくするから...…見逃してくれ……」
しかし、ミラビリスは無言でまごついていて、少し経った後に、ジャブジャブと浴槽に入ってきた。
俺は出ようとしていたが、ミラビリスの手が俺に伸び……。
俺はその手を振りほどきながら、走って脱衣所に向かった。
こんな時にどういう魔法を使えばいいかわからない。
俺は、結界を複数、張り出し……。
結果的に、この時、同一の魔法の同時展開に成功してしまった。
ただ、仲間であり、憎からざる仲のミラビリスにそれを使ったことは……果たして正解だったのかどうか。
昔の俺だったら流されてしまったかもしれない。
でも、今の俺は……相手も自分も傷つくことを厭わない。
もう、後悔したくはないんだ。
俺が俺の決断を下すのに。
◆
(ミラビリス視点)
「ふは! ははははっ!」
体よく怜樹に断られてしまった我は、浴場で笑うしかなかった。
「あなたがその気なら……!」
惚れてしまったのだ、しょうがない。
地の果てまでも追いかけてみせる。
◆
アロニアの腕はやはり確かだったのか、翌朝の精算時には、セラフの分の宿泊代までまけてもらった。
「ほれ、これはお昼用のお弁当だよ」
「ありがとうございます! 女将さんもお元気で!」
「ミラビリスさんたちも、ご活躍を祈ってるよ!」
街道をさらに川の下流側に進む。
そう、徐々に標高が下がっているのだ。
頭上遥か高くにあった稜線もだいぶ低くなり、山の勾配も緩くなっている。
誰かが上から狙っていたら大変だ。
矢は届かないかもしれないが、魔力なら届くかもしれない。
「怜樹……そこまで心配は要らないよ……。あそこから狙えるとすれば、王国お抱え魔術師のレベルだ……」
これはフラグか?
「そうなのか? じゃあ気にしないでいようっと」
特に気配も感じなかった。
でも俺の勘がざわつく。
何かが来る。
「何かが来る……」
「あっ!」
もう一人、前方に索敵をかけていたアロニアが短く叫んだ。
「怜樹、気づいた? 前方で馬車が襲われている!」
前にいるの?
俺がおかしいと思ったのは後ろなんだけど……?
何かに見られていると思って動くべきか……?
「うむ、盗賊だな」
ミラビリスも前方の異変を注視している。
「皆、救援に向かうぞ!」
「「「おう!」」」
「怜樹よ、どうした?」
ミラビリスが、俺の様子をいぶかしんで聞いた。
「俺、今回は支援にまわっていいですか?」
「ああ、かまわないよ」
ミラビリスがウインクした。
「見習いたちの剣も上達しているからな」




