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それぞれの贈物

 その次の日は珍しい客もやってきた。ドロテーの様子を窺いにきたハーロルトだ。ティアナが心配してよこしたようだった。もちろんハーロルトは本当の理由は知っている。ティアナの心配はドロテーが元気かどうかだから彼女に会えば済む用事だった。


 エリクが外から帰って来ると中からドロテーの軽やかな笑い声が聞こえてきた。それと男の声だ。急いで声のする部屋に行ってみるとその相手はハーロルトだった。今までそんな風に見て無かったから気が付かなかったが二人はかなり親密な感じだ。

「ハーロルト!どうしたんだ?」

「ああエリク、勤めご苦労。彼女に用があっただけだからもう帰るよ。ドロテーごちそうさま。美味しかったよ。毎日君の淹れるお茶を飲んでいたから当たり前になっていたけれどやっぱり一番美味しいな。早く任務を遂行して帰って来てくれるのを待っているから」

「あら?珍しい。ハーロルト様でもお世辞を言うのですね」

「酷いな、ドロテー。私は正直な気持ちを口にしただけで・・・」


 ドロテーの切り替えしてくる言葉にハーロルトはいつも振り回されて返事に困ってしまう。そんな彼をドロテーはまたからかうように追い詰めるのだ。いつもの事だがエリクにしては何故か面白くなかった。やっぱり違った感じに見えてしようがないのだ。

 そしてハーロルトが去ろうとしたところでドロテーが彼を呼び止めた。

「ハーロルト様、ちょっと」

 そう言いながらハーロルトにかがめと手招きして何か耳打ちをした。

 自分の目の前で内緒話をされ、堅物のハーロルトがそれを嬉しそうに聞いているのを見るとエリクは腹が立ってきた。

「なんの話しをしている訳?」


 ドロテーはエリクのそんな問いかけは無視だった。手をふって笑顔でハーロルトを送り出していた。ハーロルトに耳打ちしたのは別に内緒話するような内容では無かった。ティアナが好きそうなお茶がある店があったのでその場所と銘柄を教えただけだった。昨日の自分が言った件でエリクが顔色を変えているのが面白かったのだ。女なら誰でも自分に好意を持つと思っているやからは一番嫌いなのだ。ドロテーはいい気味だと思った。


 それから昼すぎにドロテーは庭先で雪かきをしていると次は厄介な人物が訪れて来た。その人物は非常識にも馬に騎乗したまま庭に侵入して来たのだ。馬上を見上げればやっぱりと思うしかなかった。レギナルト皇子だ。

 続いてベッケラートとヤンも往診からちょうど帰って来て皇子と出くわした。門扉で下馬する様子も無くドカドカ中に進入する者を追いかけるように帰宅したのだった。

 レギナルトは馬から下りると被っていたフードを後ろへやった。皇子は防寒用の外套を着ているが変装のつもりか地味目の装いで、皇族の印である宝玉の環も外していた。


「皇子のお忍びの格好って初めて見ましたけれど・・・意外といいですね。あっ、これは独り言です!話しかけてませーん」

 レギナルトは呆れたように小さく息を吐いた。

「ドロテー、状況を聞きに来た」

「え?皇子がわざわざでございますか?」

「だいたいドロテー、出て行ったまま何の連絡も無いとはどういう事だ」

「宿をベッケラート先生の所に変わったと報告は致しましたわ。それから報告する内容が無かったから仕方ないと思いますけれど?簡単な仕事ではございませんもの。皇子も十分お分かりでございましょう?皇子だって手を焼いたものなんですからね。それでもご心配なら毎日ご報告いたしましょうか?」


 次から次へと言葉を並べるドロテーのいつもの口調にレギナルトは黙ってしまった。言っても何倍にも返ってくるからだ。レギナルトは苦笑いを浮かべながら言った。

「ドロテー、お前の言いたい事はよく分かった。ではまだという訳だな?」

「はいそうですね。近辺の店にはピンと来るものは無かったですけど、近々街で市が立ちますからそれを次に見るつもりです」

 二人のやりとりを後ろで見ていたヤンは、隣で同じく面白くなさそうに見ているベッケラートに話しかけた。


「先生、ドロテーさんって凄いですね。あの皇子とあんな風に話すなんて・・・俺なんかいつも皇子が近くにいるだけで緊張してしまうのに」

 ヤンの言う通りだ。しかも皇子がそれを苦笑いとは言っても、笑って聞くなんて目を疑うしかない。ドロテーが好みと言ったレギナルトを改めて観察して見た。そして無意識に自分と比べているのに気が付いたのだった。しかしある意味若い娘なら、ぼーとしてもおかしく無いレギナルトに、真正面から物怖じせず対応しているドロテーには正直驚いた。しかも主導権は彼女にあるようだ。


「皇子、お帰りの途中にですね、良い物がありますから是非買ってください。可愛い鉢に植えられた珍しい小さな木なんですけど、室内栽培用みたいで冬なのに緑色していますの。ティアナ様が絶対に喜びますから。あ、それはそうとお金はお持ちですか?」

 否、と答えるレギナルトにドロテーが銀貨を一枚握らせた。

「これだけか?」

「皇子、いいですか。買うのは一つだけですよ。一つだけ可愛く包んで貰って下さい。絶対沢山買ったら駄目ですからね!その方がティアナ様は喜ばれます」

 レギナルトは最初不服そうだったがドロテーの言い切り宣言に微笑んだ。

「分かった。お前の言うことに間違いは無いだろう。では吉報を待つ」

 そう言うとレギナルトは機嫌良く帰って行ったのだった。


 ドロテーは見送りながら呟いて笑った。

「皇子って可愛いわ」

「はあーあいつがか?」

 聞き捨てなら無いとばかりにベッケラートが反論した。

「ふふっ、先生もそうやってむきになると可愛いですよ」

 ベッケラートは未だかつて女性から可愛いなどと言われた事も無く唖然としてしまった。

 結局女たらしで名を馳せる二人だったがドロテーに振り回されているようだ。



~皇子宮~


 レギナルトはドロテーから言われた通りにその鉢植えを一つだけ買って帰った。銀貨一枚で釣りまでくるような品物など買ったこともなければ当然贈ったことも無い。本当にこれでティアナが喜ぶのだろうかと心配だった。手の中の包みを改めて見る。

「・・・・ドロテーが言うのだから大丈夫だと思うが・・・」


 レギナルトは心もとなくそう呟くとティアナの部屋の扉を開いた。

 奥に視線を向けるとティアナは微笑みながら走りよって来る。いつもの事だった。自分の訪れを心待ちにしている証拠だ。忙しく合えない日もある。周りに知り合いもいなければ友人もいない彼女にとって昔から比べると本当に狭い世界だろう。寂しい思いをさせていると思うが今は更にドロテーもいないからもっと寂しいだろう。それでもティアナは微笑みを絶やす事は無いのだ。彼女は何も要求はしないし我が儘も言わない。だから何一つ自分が叶えてやるものも無くそれが返って不安になる。ティアナは本当に此処にいて・・・自分といて幸せなのだろうかと・・・・


「皇子、おかえりなさい」


 レギナルトはティアナの声に、はっとした。彼女が間近に来て自分を見上げていたのだ。可愛らしく首を傾げて返事を待っている。

 返事の代わりにレギナルトはティアナの唇に軽く口づけた。そして持っていた物を手渡した。それは可愛らしい包み紙に包まれて中身は見えなかったが、見掛けの大きさよりかなり重かった。贈物をするとティアナは決まって少し困ったような顔を一瞬する。以前聞いたらいつも申し訳ないと思うそうだ。まったく困ってしまう。彼女に何かしたいと思う気持ちは日々増していくのにそれが空回りしてしまうのだ。


 ティアナは渡された贈物が重たいので卓上に置き包みを開け始めた。

これもいつもの事だ。そして微笑んで礼を言う。

嫌がってはいないが特別嬉しそうでも無いのが分かる。

 レギナルトはそんな考え事をしながら近くの椅子に腰掛けてティアナの作業を見守った。

 包みが開いた時、ティアナが声を上げた。それを見つめる瑠璃色の瞳が輝いたのだ。そして振向いた彼女の笑顔は最近では一番の笑顔だった。


「皇子!ありがとうございます!とっても可愛い!大事に育てますね」

「あ・・ああ・・・」

 レギナルトの方が驚いてしまった。これほど喜ぶとは思わなかったのだ。ティアナは早速日当たりの良い場所を求めて嬉しそうに鉢植えを持って部屋を歩きだした。しかもそれに話しかけている。レギナルトは何だかその鉢植えに嫉妬しそうだった。


(しかし・・・流石ドロテーだ。期待十分だな・・・)

 

レギナルトは早くティアナのもっと喜ぶ顔を見たいものだと密かに微笑んだ。

 それから数日して街に市が立ったが目ぼしい物は見つからなかった。ドロテーは少し焦っていた既に城を出てから一週間になろうとしていたのだ。そんな時、朗報がベッケラートよりもたらされた。


「いい話を聞き込んだぞ!シュルク伯が先日手に入れた紅玉を競売にかけるそうだ。奴のところの鉱山でかなりの物が出たと噂を前々から聞いていたが、それがやっとお目見えするらしい。見てみる価値はありそうだと思うが?」

「それは真珠より価値がありますか?」

「さあな。噂だけ大げさなのか見てみないことには何とも言えないが、競売前にお披露目の夜会があるらしいからまずはそれで下見したらいい」

「そうですね。今は色々見るべきですし・・・それに行ってみるわ」

「そう言うと思って招待状は貰ってきてある。一緒に行こう」

 ベッケラートは招待状をチラつかせてニッと笑った。


「ちょっと待った!オレも一緒に行く!オレはドロテーの護衛なんだからさ」

 間を置かずエリクは言ったが、ドロテーはベッケラートの手から招待状をさっと取り上げるとにっこり笑った。

「お二人とも結構です!あなた達と一緒に行ったら目立って大変ですもの。先生、招待状、どうもありがとうございました。では準備があるので失礼致します」

 ドロテーはそう言うと、さっさと行ってしまった。誰もが喜ぶ宮廷屈指の貴公子の同伴を断る女性がいるとは・・・振られた男達は顔を見合わせて肩をすくめるしかなかった。


 ドロテーは夜会服など必要がなかったから持っていない。必要経費として取り敢えず用意しようかと思っていたところにその一式が届けられたのだった。それも今一番人気のドレス店からだ。こんな事をするのはあの二人のどちらかだろう。

「買いに行く手間が省けたからいいけど・・・はあー何これ!」

 広げてみた紫色したドレスは細身のうえ肩がまるだしで胸からしか布が無かった。とてもこんなもの着れたものでは無い。これだと嫌な背の高さや細さを強調するからだ。

 駄目だと箱に直しかけた時、部屋の扉を叩く音がした。


「どうだい?ドレス気に入ったかい?」

 ベッケラートの声だ。

「お気遣いありがとうございました!でもとても着こなせませんからお返ししますわ!」

「はははっ、そんなこと無いって。絶対似合うって、オレを信じろ!」

「無理です!私は自分を知っています。ひょろひょろと背が高くって胸も無いから、こんなのを着たら笑い者です!」

「そうかな?自分を分かってないな。そんなに誰もが羨む体形なのによ」


 誰もが羨むとか初めて言われてドロテーは驚いた。以前ある男からこの体形を悪く言われて傷付いたことがあった。本当だろうか?違っていたとしても頑固なベッケラートは結果を見るまで扉の前から離れないだろう。ドロテーはしかたなくそれを着てみた。

 返事が無いまま扉の向こうでは衣擦れの音が聞こえてきた。着替えているのだろう。ベッケラートは頃合を見計らって扉を開けた。すると質素な部屋には不釣合いな美女がそこにいた。長い手足を強調する細身の流れるような線を描く紫のドレスはドロテーを美しく飾っている。誰もが羨むと言ったベッケラートの言葉通りに素晴らしく、本人も驚いたように鏡を見ているところだった。


 ベッケラートはその後ろに回りこむと、背中を覆う琥珀色の髪を結い上げるようにすくい上げた。束縛からもれた一束が片方の肩に落ちる。ドロテーはまるで呪縛にでもかかったように動けなかった。ベッケラートの瞳が鏡越しにドロテーの瞳をとらえて離さないからだ。彼の深い海の色をした瞳が細められた。

「ほら・・・言った通りだろう?それに髪を上げるといっそう首から肩にかけての線が際立つ・・・そしてこのなめらかな肌を引き立てる・・・」


 ベッケラートは耳元で囁きながら空いた手でドロテーの顎から首筋を撫で下ろした。

 ドロテーは更に呼吸さえも支配されたかのように息を止めてしまった。何もかも止まりそうなのに鼓動だけが大きく跳ねている。

そしてベッケラートの口元が軽く微笑んだかと思うと、いきなりドロテーの唇に重ねられたのだった。その突然の行為にドロテーの呪縛は解け、ベッケラートを振り払い逃れた。

 ベッケラートも我に返った。ドロテーの予想以上の魅力的な姿にすっかり自制心を無くしていたのだ。自分でも呆れてしまった。


(嘘だろう?女を知らない若造じゃあるまいし・・・いったいどうしたんだ?)


 ドロテーを見れば気丈な彼女も流石に気が動転している様子だ。いつも平然としているか怒っているかの顔が、頬を上気させ見開いた瞳が不安気に揺れている。そんな感じも新鮮で何とも言えない気分になってきた。

 ベッケラートは今まで本気になったことは無い。いつも遊び半分なのだ。だいたい男を知らない若い娘に手は出さない主義だったが今回はなんとなく始めてしまった。


(・・・まさか本気になったんじゃないだろうな?ははっ・・まさかな・・・そりゃあ気が強くって美人で気が利くって言っても今までだって腐る程いただろうが・・・)


 ベッケラートは自分の考えに呆れながらドロテーを再び見た。彼女の切り替えも立ち直りも早い。しゃんと背筋を伸ばして部屋の扉を開けて立っていた。出て行けと言っているのだろう。その髪の色より少し明るめの琥珀色の瞳が、怒りに強く輝いている。

 ベッケラートは残念そうに肩をすくめると出て行った。


 その扉を閉めた途端、ドロテーはへなへなと床に座り込んでしまった。しかもその顔は真赤に染まっていた。別に口づけが初めてだった訳でも無いし、今までも強引に迫ってくる男もいたのだ。しかしそんな過去など綺麗さっぱり消えてしまうかのようなベッケラートの手管にまるで抵抗出来なかった。なんとか追い出すまで気を強く持ったが気を抜いた途端こうなってしまったのだった。


皇子も〝はた迷惑な魅力〟と称されていたがベッケラートは〝危険な魅力〟だとドロテーは思う。でも自分でも気が付かなかった良さに気付いてくれていたと思うと何だか嬉しかった。また鏡を覗き込んで見ると知らない自分が映っていた。しかしその自分の後ろにいたベッケラートの姿を思い出すと、再びドキリと鼓動が跳ねた。肌にそっとすべるように触れた長い指が頭から消えないのだ。


「ああ――っもう!悔しい!もう絶対負けないから!」


 ドロテーはそう叫ぶとドレスを脱いだ。何に負けないと思ったのか自分でも意味が分からなかったがとにかくそう心に誓ったのだった。


レギナルトに銀貨を持たせた前後のやり取りを見ると・・・ドロテーが皇子のおかんに見えてきました(笑)そして言いつけを守る良い子の皇子ですね。もうそんなイメージしか浮かばなくなってしまいました。ごめん!皇子!

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