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求婚⁉

シュルク伯の夜会にはその後エリクから贈られたドレスを着て出席をした。エリクからのドレスも同じ店から届けられたのだが、ベッケラートが選んだものとは正反対のものだった。あの紫のドレスはドロテーの奥に眠る姿を表に出すものだったが、エリクが選んだのは若い娘が着るに相応しい美しく清楚な雰囲気のものだった。それはそれでとても良く似合い無難なものだ。しかしその洞察力は経験の違いだろう。ベッケラートのドレスが嫌な訳では無かったが逆に違う自分になりそうで怖い感じがしたのだ。心に湧きあがる何かを無理やり押し込めて蓋をした。それは気づいたらいけないものだし、嫌悪するものだ。


(いずれにしても早く見つけてもとの平穏な暮らしに戻りたいものだわ・・・)

 

 ドロテーは口元に当てた扇子の下で溜息をついた。

周りを見渡せば流石に貴重な宝石の競売前のお披露目とあって金持ちの宮廷貴族に富豪や豪商・・・品物が期待通りだったら値はかなりつりあがるだろう。

 早くそれがティアナへの贈物として良いのか確認したいが主催者側はまだ公開を引き伸ばしていた。期待を煽っているのだろう。

 ドロテーに寄って来る男達を断るのにも嫌気がさしていた所に、また後ろから声をかけられたのだった。


「ドロテー?ああ、やっぱり」


 ドロテーは振向き驚きのあまり扇子を落としてしまった。

目の前のその男は華やかな衣装を着て自分が一番だというような顔をしていた。そしてその口元が意地悪く微笑んでいる。

「驚いたな。まさか僕を追って来たの?まったくこまるなぁ。君みたいな地方の貧乏貴族がよく此処に入れたね?此処は帝都の伯爵家だよ。君がおいそれと入れる場所じゃないんだよ。それとも誰かに連れて来てもらったの?そんな訳ないか」

 ドロテーは真っ青になりながら震える声で聞き返した。


「アーベル・・・あなたこそ・・どうして此処にいるの・・・」

「知らなかったとか言うんじゃないだろうね?僕の妻はコーエン伯爵家の一人娘だよ」

 ドロテーとは身分が違うんだと言いたいようだった。

 アーベルはドロテーと同郷で彼の家は、貴族といっても名ばかりだったが商売が成功し、その地方では裕福な家だった。

ドロテーはその近所で一番の美人で沢山の申し込みがあったがその中にアーベルもいた。その当時彼は女の子の間では大人気だった。そのアーベルはあの手この手とドロテーを口説き落とし婚約までこぎつけたのだった。


そしてあっさり破局―――


アーベルが宮廷貴族の令嬢に乗り換えたからだった。

その令嬢がどこの誰かなんて知らなかった。コーエン家は不幸な事故で先代一家が娘一人を残して亡くなっていた。だから今は祖父母とその娘だけだったから事実上アーベルが当主のようなものだった。そこを狙ったのだろうがドロテーはそんな事情などどうでも良かった。手酷く振られてもう二度と恋なんてするものかと誓っただけだ。


 そんなに昔のことでは無いからその時傷付いた心が悲鳴をあげる。最初はアーベルが破談の理由として言った自分の欠点を嘆き、事情が分かれば次にこんな男に心をゆるした愚かな自分を責めた。その元凶が目の前にいるのだ。今ばかりはいつもの強気ではいられなかった。


 アーベルは何か思いついたのか、ほくそ笑んだ。

「ドロテー・・・やっぱり君はとても綺麗だね。益々魅力的になって・・・」

「ば、馬鹿を言わないで・・・あなた前言ったこと忘れたの?・・・痩せっぽちとか何とか散々言ったじゃない・・・な、何を今更・・・」

「あれは仕方が無かったんだよ。伯爵令嬢に結婚を迫られて逆らえず言わされたんだよ。でも彼女、退屈でね・・・どう?僕とまた付き合わない?贅沢をさせてあげるよ」

 一歩一歩とドロテーとの差を縮めながらアーベルは囁いた。ドロテーはこの場から逃げたいのに足が動かなかった。

「よ、寄らないでちょうだい」

 その時、目の前に誰かの腕が二人の間を遮ったのだった。


「オレの連れに何か用でも?」


 いきなり現れたその男をアーベルは睨んだ。ドロテーの知り合いなら身分などたかがしれていると思ったからだ。

「邪魔をするな!彼女と話しをしているのは僕だ!」


 男はおや?という顔をしてドロテーに向って肩をすくめた。その様子がおかしくてドロテーの緊張が少し溶けたようだった。助けに入ったのはエリクだ。一緒には行かなかったが遅れてやって来たのだ。

 そして足元に落としたドロテーの扇子を拾う人物がいた。ベッケラートだ。拾い上げるとそれをくるりと回してニヤリと笑って言った。


「坊や、貴族に喧嘩をふっかける時はちゃんと相手を見るんだな。まあーオレはともかく・・・エリク、おまえって意外と顔売れてないんだな?」

 エリクは又、まいったなぁーと言って肩をすくめた。

 再びいきなり現れて失礼な物言いをする男にアーベルは憤慨した。


「で?おまえ。オレのドロテーに何か用か?」


 ベッケラートのその言葉にエリクが直ぐ反応した。

「ちょっと待って下さい!公爵!オレのドロテーって、いつから彼女は貴方のものになったのですか!勝手に決めないでください!」


 アーベルはぎょっとした。今この失礼な男のことを〝公爵〟と呼んだように聞こえた。まさかと思っているところに周りも騒ぎ出した。小声の噂話どころでは無かった。ドロテーを庇う二人のうちの一人はベルツ伯爵家の次男だと言うのだ。コーエンと同じ伯爵と言っても天と地の差ほどある名門中の名門。そしてもう一人は三大公爵家筆頭のベッケラート公爵本人というのだった。

 アーベルの方こそ真っ青になって震えだした。


「公爵、勝手にドロテーをオレのもの呼ばわりしないで下さい!彼女が迷惑でしょう」

「煩いなあー。じゃあ、おまえのって言いたいのかい?」

 二人の会話を聞いたアーベルは、なんだそういうことかと思った。そして少し気を取り直して腹いせに唸るように言った。

「なんだ・・・ドロテー、君って愛人だった訳か・・・有力な後ろ盾がいて良かったね」

 その言葉に周りもざわめいた。この場所で愛人呼ばわりするこの男の常識を疑うが、女性にとってそんな話しが出ること自体不名誉ことは確かだった。


 ドロテーは更に青くなった。今日は最悪な日と思うしかない。明日からの社交場ではエリクとベッケラートが愛人を取り合っていたとか言われるのだろう。ドロテーは自分が宮廷に上がれない地方の田舎貴族で良かったと思った。普通だったらお嫁に行けなくなるぐらい不名誉な醜聞だ。というか身元が分かったら地方も中央も関係無いだろうが・・・


(もっと悪いかも・・・私、ティアナ様の侍女だった・・・最悪・・・)


 城仕えの侍女が貴族の目に留まり運良く妻の一人として迎えられる事もあるが、身分的に愛人という位置に収まる例が多いのだ。それは退屈な貴族達にとっていい話題を提供するようなものだった。

 しかしベッケラートが弄んでいた扇子を手に打ち付けて鳴らした。その音は響き渡り一瞬にして辺りが静まり返った。そしてその扇子でアーベルの顎をすくい上げた。


「今、なんて言った?なあ坊や。誰が誰の愛人だって?」


 その声は低く、深い青の瞳は更に濃く怒りに揺れていた。

「いまなーオレは彼女に一生懸命求婚しているわけよ。そんな安っぽい関係みたいに言われるとなあー心外どころかオレに対する言いがかりってわけかい?喧嘩なら受けるぞ」

 アーベルは見るからに、ガクガクと震えだした。貴族と喧嘩するときは相手を見てしろと言われた。その通りだ。自分より遥かに身分の高いベッケラートを怒らせて只で済むわけが無いのは馬鹿でも分かる事だ。アーベルはその場にへたり込んでしまった。


 そしてハッキリ〝求婚〟とまで宣言したのを聞いて唖然としたのはエリクばかりでは無かった。その場が一斉に騒ぎ出したのだった。ベッケラートは以前有名な恋愛の誘惑者だったが今まで誰にも求婚をしたことは無かったのだ。それが今ハッキリと宣言したのだから騒がない方がおかしいだろう。悲鳴をあげながら倒れる貴婦人達が続出した。

 ドロテーも青くなっているどころでは無かった。更に収拾のつかない事態になってしまたからだ。今は怒りでワナワナと震えていた。


「先生!」


 こういう場所では〝先生〟では無く〝公爵〟と呼ぶべきなのだが頭にきて使い分けるどころじゃなかった。

 ベッケラートはのろのろと振向いた。

「先生!なんてこと言ってくれたのですか?だいたい―きゃっ」

 ベッケラートは突然、喋るドロテーの口を手で塞ぎ、彼女を抱きかかえて全力疾走でその場から連れ出した。そして休憩などに使われる客室に逃げ込んだのだった。

 もがく間もなく開放されたドロテーは状況が把握出来なくて少し呆然としたが、直ぐに立ち直った。そしてベッケラートを、きっと睨むと言った。

「先生!どうしてこんなに話しをややこしくするのですか!」

「どうしてって言っても・・・」


 ドロテーの勢いにベッケラートはたじろいだ。自分でも何でこうなったか信じられなかった。ドロテーに言い寄っている奴が気に入らなかったのは確かだ。その上彼女の様子がおかしくて何だか頭に血がのぼってしまった。ドロテーを贅沢と引き換えに簡単に愛を売る女のような言い方をされて怒りが頂点にきたのだった。何を言ったのか覚えているが何故そう言ってしまったのか理解に苦しむ。


(やっぱり笑って誤魔化せないだろうな・・・)


 と思いつつ笑ってみた。

 すると睨んでいたドロテーは呆れたようにだが笑った。

「先生って、子供の頃、何か言う前に数をかぞえなさいって言われませんでした?」

「え?ああ」

「やっぱり!先生の教育係って大変だったでしょうね?それにしてもアーベルのあの顔ったら、いい気味!ほんと胸がすっとしたわ!」


 ドロテーはそう言うと楽しそうに笑い出したのだった。ベッケラートはその笑顔に迂闊にも魅入ってしまった。ドロテーが見せる顔は定まらず不調和を奏でる。ある時は如才無い侍女だったり、ある時は戦いを挑む戦士の瞳をしたり、又ある時は男を惑わす麗人かと思えば無邪気な子供のようでもある。自分になびかないのがいっそう興味をそそるし面白いとベッケラートは思った。それにしてもさっきの男との関係が気になってきた。


「ところでさっきのいけ好かねえ奴は何もんだい?」

「アーベル?あの人は私の元婚約者です」

「なんだって!婚約者!」

「はい。あっさりと伯爵令嬢に乗り換えられましたけれどね」

 ドロテーは詳しく言うつもりは無かったが、ベッケラートは彼女の様子でだいたいの察しはついた。出世欲にかられた男が使うよくある話しだ。

「はっ!あの男も馬鹿だな。こんな良い女を逃すなんてな。オレだったら絶対に逃さない」

「先生!もうその話題は結構です!その場しのぎの戯言に付き合うつもりはありませんから。この騒ぎの収拾をどうするか考えるだけでも頭が痛いのに――えっ!ちょっ、ちょっとまっ・・」


 くどくど言うドロテーが可愛らしくてベッケラートは思わずその文句を言う唇を口づけで塞いでしまった。ドロテーは驚いて大きく瞳を見開いた。抵抗しようにも前と違って今回はしっかり抱きすくめられてしまって払いどけられない。叩こうにも両手はベッケラートの片手で簡単に押さえ込まれていた。


(足!足があった!)


ドロテーは思いっきりベッケラートの足を蹴飛ばした。しかし彼は一瞬顔を歪めただけで口づけを解かないまま長椅子に倒れ込んだ。そしてその自由だったドロテーの足も自分の膝で封じ込めてしまったのだ。こうなったら手も足も出せない。ドロテーはされるままだ。しかしその道で有名だっただけはある。巧みな口づけに流石のドロテーも大人しくなってしまった。

 それを感じたベッケラートは瞑っていた目を薄っすらと開けて様子を窺った。彼女は怒っているせいかそれとも恥じらいなのか分からないが頬を赤く染めていた。それがまた欲情をそそる。頭の中では止めろと警笛が鳴っていた。いつもなら同意していないこんな行為でも自分の手管でどうとでも出来るが彼女にはそうしたくなかった。溢れる感情を無理やり押さえ込むとドロテーを開放して自分は立ち上がった。そして乱れる呼吸を整える。ドロテーも同じく呼吸が乱れ肩で息をしていた。


 気まずい雰囲気がその場を支配し始めた時、入り口の扉が開いた。その扉を開いたのはエリクだったが、彼は脇に控えると先に入って来たのはレギナルトだ。

 レギナルトはこのお披露目会の報告をドロテーから受けたが、自分も見てみようと思ったのだった。しかし到着してみれば会場内は騒然としていた。

「ベッケラートお前、結婚するのか?外はその話しで持ちきりだか?」

 もういつの間にかそういう話になっているようだった。

 ドロテーはよろめく足を踏ん張って立ち上がった。

「いいえ!皆様の聞き間違えでございます!公爵はそのような事はおっしゃっておりません!もしくはその場の戯言でございます」

 ドロテーはそう強く言ってベッケラートを睨んだ。


 二人の様子をレギナルトは交互に見てベッケラートに視線を定めた。

「いずれにしても自分で収拾つけるだろう?」

「ああ、もちろんだ」

 その答えにエリクが驚いた。

「公爵!もちろんだって言われてもどうするのですか!もう遊びだとか賭けとか言っている場合でも無いですよ!」


(遊びに賭け?)

 

ドロテーはエリクのその言葉に、はっとした。この二人の急な接近の理由に思い当たったのだ。それはそれで腹が立つが、何だか心の奥がズキリと痛んだ。

 エリクのその追求にベッケラートは答えていた。

「ああもうそんなもの無しだ。無し!真珠なんかくれてやるからおまえは手を引け」

「おまえはって!公爵!」

「お前達、いい加減にしろ!私がいるのを忘れているだろう?まったくお前達ときたら。ベッケラート!分かっているな?」

 レギナルトは違えれば容赦しないと言うように再度確認をした。エリクから聞けば渦中の相手がドロテーだという。彼女はティアナの大事な友だ。それをもし泣かせるような事になるなら許すわけにはいかない。ティアナも同じく心を痛めるだろうからだ。


 結局お披露目どころでは無くなった広間から未公開の宝石を皇子の希望でその部屋に運んでもらったのだった。シュルク伯はもう上機嫌だった。皇子と公爵どちらにしても高値で買ってくれるだろうからだ。

 伯爵は恭しくそれを隠していた布を取るとレギナルトの前に置いた。その紅玉は首飾りに加工されていたがその中央に紅く輝く石は今までに無い大きさだった。大きな分表面を細かく削って加工してあるので輝きが強く素晴らしい出来だ。

「如何でしょうか?私共では〝女神の口づけ〟と名付けました」

 本当にその宝石は麗しい女神のようだった。レギナルトはそれを手に取った。

「確かに素晴らしい。これほどのものは私の記憶する中にも無いな」

 レギナルトは結構気に入ったようだった。ベッケラートも次に手に取って見た。噂は大げさでは無かったようだが・・・


(しかし・・・これはどちらかと言うと・・・)


 返事は後ほどすると言ってシュルク伯を下がらせると、レギナルトは早速ドロテーの意見を聞いた。ドロテーは浮かない顔をしている。

「皇子、残念ですがちょっと違いますね。素晴らしいのには間違い無いでしょうしあの真珠の簪にも匹敵するでしょうけれど・・・・ティアナ様の雰囲気では無いです」

 ドロテーは先日から色々と高価なものを見て回ったが何かしっくりこなかった。中途半端だからかもと思っていたが今最高のものを見てハッキリした。この路線は違うのだ。確かにその宝石は美しくティアナも喜ぶに違い無いが必要と思わないだろう。そんな感じだったら皇子の求めているものはもっと違うと思うのだ。

 レギナルトは少し考えていたが諦めたように溜息をついた。

「そうだな。ドロテー、お前の意見は確かだろう。先日のあの贈物はティアナがとても喜んでくれた。私が嫉妬するぐらい嬉しそうに毎日眺めている・・・笑うしかないな。銀貨一枚で釣りがくるようなもので彼女は喜ぶのだからな・・・」

 皇子のその言葉にドロテーは、あっと思った。


(私って馬鹿!そうよ!やっぱり初めの勘が正解だったのよ!もうっ!こんな簡単なことだったのに!)


 ある事に閃いたドロテーは、ティアナの姿を思い出して微笑んでいる皇子に言った。

「皇子!私、贈物の見当がつきました。それを準備いたしますのでもう少しお時間を下さいませ。絶対にご期待にそえると思いますから」

 そしてにっこりと微笑んだ。ドロテーがそこまで言うのにレギナルトが疑う事は無い。晴れやかな顔をして楽しみに待つと答えたのだった。


〝ざまあ〟の回でした。エリクとベッケラートがドロテーを庇うこのシーンは大好きです!特にベッケラートの権力チラつかせる感じはウキウキします!もっとやれ――って思いましたが相手が小者過ぎて盛り上がりませんでした。残念です。

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