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黒煙の暗殺者~日本政府による異界侵攻奇譚~  作者: 透明度の高いホルモン焼き
蔓延る光と闇~The light and darkness thrive in this town~
33/34

祭りに向けた密かな交渉

 イサーウェを殺してから―――――正確には殺せたかどうか怪しいところだが、あの日から時間も経過して、早くも1週間が経っていた。レーシアは順調な毎日を送っているらしく、舞台上で女優としての活躍を増やしていった。それに加えて俺が契約を取ってきた単独公演は、彼女の知名度を上げるのに大きく貢献した。酒場だけでなく様々な場所で彼女の歌が聴く者たちを魅了していったのだ。医療院では医師や病人たちを癒し、勉学を旨とする教論所の子どもたちには歌うことの楽しさを教えた。果ては広場でアカペラを披露した時は通りすがりの人たちの足を止めさせ、観光客からも絶賛の声や拍手をもらい大成功を収めた。

 こうしてレーシアは劇場ティフィレーゼムだけでなく、クレイヴェード全体でその名を広げていった。お金に困って自分自身を売ろうとしていた貧困の少女はもうそこにはいない。どこまでもストイックに、そして清く正しく芸の道を極めようとする1人の女優へと成長していた。


「1週間でここまで成長するとはな………」


 俺は感心して思わず呟いた。空いた時間を利用してレーシアが出ている舞台に顔を出した。まだ主役を貰えていないが、それでも彼女の存在感は初めて見た時よりも一層増している。これなら主演女優もそう遠くないだろう。


「どうです?ゼッゼレ殿。彼女の歌唱力と演技力、それから将来性を見据えれば、当然の価値かと思いますよ」


俺は隣で一緒に舞台を観覧している1人の男に声をかけた。

 彼の名はゼッゼレ・アルベルガリア。細身で風が吹けば倒れてしまいそうな出で立ちだが、歳は俺よりも上の気品ある男性。本日の俺の商談相手だ。


「ふむ。確かにあの子は他の脇役の子たちと比べると輝いてるね」


自慢の髭なのか、ゼッゼレは髭を指でいじりながら話す。赤茶色の髪を油でオールバックにセットし、赤茶色の髭をムスタッシュみたいに綺麗に整えている。服は民族衣装とタキシードを足して2で割ったような衣服をきっちりと着込んでいる。この国における権威ある正装だ。これを着ている者はそれなりの富豪か地位のある者であることの証明となる。見栄えは英国紳士と言っても過言ではないだろう。


「だけど、主役陣と比べるとまだ見劣りするね」


ゼッゼレは冷たい声でそう言った。それに対して俺は軽く微笑んで答える。


「だからこその将来性です。今後の成長を考慮すれば、コネクションの意味で彼女との繋がりを持っていた方がそちらにとっても得利があるはずです」


「その見方もかねがね………ただ今回の件は失敗が許されないんだ。それは分かってるね?」


「重々承知しております」


「デルタベガスくん。君の意見も一考する価値はあるが、そう簡単に進言を通すことは難しい。これだけでは判断するにはいささか早計だ」


「でしょうね。ゼッゼレ殿には熟考して頂いて結構です」


 舞台の演目が終了する。役者たちが手を振り、観客は盛大に拍手で彼らを称えた。俺とゼッゼレも周囲に続いて手を叩く。


「さて、ゼッゼレ殿。そろそろ場所を変えましょうか。まだ話し足りないこともありますから」


「そうしようか。私の屋敷に来ると良い。ちょうどティフィレーゼムから近いんだ。私はいつも徒歩でここに訪れている」


「護衛もつけずに、ですか?」


「無粋というものだ。そんなことをすれば特待席に案内されてしまうだろう。私はね、一観衆として楽しみたいのだよ」


「なるほど、これは失礼致しました」


俺はゼッゼレの前に立って手を広げ、出口の方へと促した。


「それでは今日は私が護衛の役目を致しましょう。ささ、足元にお気をつけて」


俺の唐突な振る舞いに、一瞬きょとんとした表情で固まるゼッゼレ。だがすぐに表情を崩して笑い声を上げた。


「はっはっは!君も粋なことをするものだ。かの人攫い、カルクァークの頭目を倒したという実力だ。護衛にしておくにはもったいないだろうな」


そう言ってゼッゼレは俺の肩を軽く叩いて出口へと向かった。俺がイサーウェを倒したことは自警団を通じて街中に広まっていた。死体が現物であった訳ではないが、アイツが召喚したドラゴンの亡骸だけでも状況証拠となり、また俺の腕っぷしの実力も認められる要因となったのだ。


「是非とも君の話も聞きたいものだ」


「退屈なものですよ。語るに足りませんよ?」


「それは私が決めることだ。君みたいな男がつまらないはずがない。これは長年色々な只人を見てきた私の勘だよ」


「仰る通りですね」


俺はゼッゼレに聞こえないように小さく溜め息を吐いた。

 ゼッゼレ・アルベルガリア。

彼の父親はクレイヴェードに古くからいる商工財務管理委員の一人息子である。商工財務管理委員、通称“商財管”とでも呼ぼう。つまりは街でも有力な税理士、司法書士みたいな立場だ。ゼッゼレ自身も父親の跡を継いでおり、今ではクレイヴェードでも指折りの権力者であった。

 そんな彼と出会ったのは、俺が飛び込み営業で街中を走り回った時のことだ。天文に関心のあった彼に俺は軌道力学を用いて星の軌道の計算方法を教えた。それが功を奏して仲良くなり、こうして2人きりで話すことが出来るようになったのだ。

ゼッゼレはクレイヴェードの各地とのコネクションを持っている。それは教会も例外ではなかった。俺は教会に直接足を踏み込んで詮索する機会を作る為に、ある特大プロジェクトについてゼッゼレと話し合っていた。

 ティフィレーゼムから徒歩10分で辿り着いたのは、なんともゴシック風味のある立派な御屋敷だった。フランスのアヴィニョン教皇庁を彷彿させて、もっとこじんまりとさせたミニサイズの石造りとなっている。それでも充分大きく威厳のある建物だ。


「さあ、どうぞ。デルタベガス君は初めて見るかな?」


「はい。耳朶(じび)には触れておりましたが、とても荘厳な外観の邸第ですね。予想をはるかに越えていて驚いています」


俺は柵状の門の前で屋敷を見上げながら、隣に並び立っているゼッゼレに向けて褒め称えた。心からそう思っている訳ではないが、お膳立てしてやるくらいの意気は俺にだってある。


「私だ。門を開けてくれ」


 ゼッゼレが門に向かって言葉を発した。目の前には誰もいないはずだが、まるで何者かに話しかけるように口を開いた。すると、門が独りでに開扉された。地面を引きずる跡は無く、静かにゆっくりと外開きに動く。


「これは、魔法………?」


「その通りだよ。うちの使用人は魔法の才を持った者が多くてね。最近はこの街も物騒だから、施錠も魔法で済ませているんだ。さて、立ち話もなんだから屋敷に入ろうか」


「はい。分かりました」


ゼッゼレに促されるまま俺は屋敷へと足を踏み入れた。門から一直線に伸びる石畳の上を歩き、玄関扉の前までやって来る。扉は木目のはっきりとした暗い色の分厚いもので、今俺が隠し持っている銃では貫通させるのも難しいほどだ。門の前で誰かに語りかけていたゼッゼレは、今度は玄関扉の前に立って両手を2回叩いた。


「デルタベガス君、少し離れなさい」


ゼッゼレが俺に後ろへと下がるように顎で示した。俺はすぐに意図を理解して、黙って玄関から距離を置いた。この時俺は扉から何か異変を感じ取っていた。そして俺の予想は当たり、まるで岩みたいに頑丈に閉じた重厚な扉が、途端に小刻みに震え始める。震えはどんどん大きくなっていき、一瞬止まったかと思うと、勢い良く扉が開いた。


「ほぅ………これは凄い」


 俺は感嘆の溜め息を吐いた。これまで魔法となると、炎を操るとか、ドラゴンを召喚するとか、相手の心を読むとか、用途に困る法具だとか、俺にしてみれば正直微妙なものばかりだった。魔法が実生活に結びついている感じが見当たらず、文明の利器としての必要性に遅れを取っているのでは?そう考えることもあった。

 しかし今こうして“鍵”の役割を魔法が担う様を見せつけられて、俺の中で魔法に対する価値観が大きく変わった。

鍵、施錠―――――つまりはセキュリティ。棒状のものからカードキー、暗証番号の入力や生態認証など、“鍵”は時代と共に様々な形へと進化していっている。進化した今でなお、古くから伝わる南京錠といった鍵もまた有用性を示している。現代においてもセキュリティの面で鍵は多様性を以って発展しているのだ。

 そこに魔法という道具(ツール)が入り込むと、さらに複雑化は進んでいく。例えば俺がこの屋敷へと侵入することになった場合、果たして俺はこの正体不明のセキュリティを突破できるだろうか?ゼッゼレほどの地位と名誉、富を築いている人物でさえこの有り様だ。

これが国の頂点たる国王だったらどうだ?城なのか宮殿なのか、それは分からない。だが魔法がありふれた世界で、要人警護に魔法を使わないというのはあり得ない話だろう。

 俺はわずかばかりに口角を上げるように笑みを浮かべた。そしてゼッゼレに向き直って口を開いた。


「もし宜しければ、後ほど扉の開閉を担当されている使用人との対話の時間を頂いてもよろしいですか?」


「ん?別に構わないけど、まさかこの魔法に関心があるのかね?」


「はい。愚見ながら、魔法とは神秘の宝庫と解釈しております。是非ともその詳細について交流したく思料致します」


「はっはっはっは、君も勉強熱心な男だ」


ゼッゼレは大きな声で笑っていた。何がそんなにおかしいのだろうか、俺には検討もつかない。だがこんな場所で一々問い詰めるには時間が惜しく、俺は先に屋敷の中へと入って行った彼の後ろに続いた。

 使用人に通された部屋は、非常に豪華なインテリアで装っていた。主人は着替えをされてからお見えになります、少々お待ちくださいませ、と使用人に言われて俺は椅子に座って待っていた。椅子はアンティーク調に見えるオシャレに飾られたアームチェアで、しっかりとした造りになっている。背もたれにはクッションが埋め込まれて、木枠の部分には緻密な彫刻が施されている。目の前の大きなテーブルもまた椅子と同じ木材が使用されていて、丈夫で優美な出来である。

 俺は部屋を見渡した。殺し屋性分で、つい癖で様相の細部に気を配ってしまう。一通り部屋の中を目に留めて、それから俺は壁にかけられた一枚の絵に焦点を合わせた。

豪華な額縁に納められた油彩画のような絵。縦の長さだけでも俺の身長ほどはあるだろう。


「1人は………ゼッゼレ、それから彼の両親。あと1人は誰だ?」


俺は小さな声で呟いた。絵には4人の只人が描かれている。椅子に座る女性と、彼女の側に立つ少年。そして椅子の後ろに立つ男性と、その隣にもう1人、まるで神父のような白い服を身にまとった男が立っていた。


「やぁ、待たせたね」


ゼッゼレが着替えを終えて部屋に入って来た。俺はすぐに目線を彼に移し、営業用の笑みを顔に貼り付けた。


「それではプロジェクトについて話を始めようか」


「ええ、そうしましょう」


ゼッゼレは俺と対面するようにテーブル奥の大きな椅子へと腰を下ろした。

 俺とゼッゼレ、テーブルを挟んで対面する2人。しばらく沈黙が続いているが、お互い口火を切ろうとしない。視線は逸らさずに真っすぐな眼差しで睨み合う。壁にかけられた振り子時計の音だけが部屋に妙に響いている。


「……………さて」


最初に口を開いたのはゼッゼレの方だった。俺は無表情のまま、ほんのわずかだけ目を伏せた。


「世間話もいらないだろう、つまらない御託もここでは必要無い」


「仰る通りです」


「さあ、ビジネスの話をしようか」


そう言ってゼッゼレは脚を組み、その上で両手を握りしめた。背もたれに身を預ける彼には、街の代表の1人としての風格が溢れ出ていた。俺はゼッゼレとは対極的に身を乗り出すように膝に腕を突き、猫背の姿勢を取る。

 一介の流離人(さすらいびと)と街の有力者。だがこのテーブルの上で、それらの身分も肩書きも通用しない。必要なものは具眼。“ビジネス”の場においては結果がものを言う。例え相手が何者であろうとも、ここが異世界であろうともこの鉄則に変わりは無かった。


「私が今回指揮を執らせてもらう()()()の一大プロジェクト、絶対に失敗は許されない。君もその辺は分かっているだろう?デルタベガス君」


「はい。重々承知しております」


「教会で行われる催しは、その中でも特に気を配らなければならない」


「えぇ、存じております。クレイヴェードの領主様はもちろん、他地を()ろしめす領主の方々もお越しになります。選定十二侯もお見えになるだとか………」


「その通りだ。錚々(そうそう)たる顔ぶれだよ。だからこそ、荘厳な装いで折り目正しい催し物にするべきだと私は考えている」


「素晴らしいお考えかと存じます」


俺は深々と頭を下げた。相手を敬っての行為ではない。これは子どもじみた挑発だ、それもタチの悪いものである。

 祝誕祭。キリストの復活祭や降誕祭とはまた異なるようで、灰像正教会が行う信仰を再認識させる為に始まった祭らしい。舞踊の鑑賞に正餐礼拝と、その中身は半ば宗教的シンボルも形骸化した日本のクリスマスみたいになっていた。なんともイベント重視の行事に見えるがそれもそのはずである。灰像正教会がタウル・ゼムスの国教となってからまだ歴史が浅く、完全に国土全域に根付いたとは言い切れない。現に地方では灰像正教会のやり方を好まず、地元の風土や風習に沿った先祖由来の信仰を守っているそうだ。

 傍から見れば呆れて言葉も出ないような実態。これを手放しに馬鹿に出来ないのが困ったものだ。俺がいた世界でも宗教同士が反発し、例え同じ宗教でも宗派が異なれば血が流れる。世界が異なろうとも、信仰の辿る道は似たり寄ったりなのだろう。

 さて。

そんな灰像正教会の祝誕祭が5週間後に迫っていた。街を挙げて行われる祭とあって、その中心に立つ諸々は責任感に身を蝕まれていた。クレイヴェードは芸術を象徴とする街、そんなプレッシャーが彼らを襲う。国のあちこちからお偉いさんが足を運んで参加すると考えれば、その重責は俺でも理解できた。

 当日は様々なイベントが街の各所で執り行われる予定だ。ティフィレーゼムもその日はすべての演目を中止して、代わりに普段なら予算の都合で絶対にやらないであろうミュージカルを盛大にするそうだ。レーシアもその準備で忙しいと言っていた。


「灰像正教会の関係者も揃って顔を出す。私は教会のオンゲルマン神父と古い付き合いだ。彼からの推薦で、私が主催者に抜擢されたんだ。分かるかい?私が最高責任者だ。私が首を縦に振れば皆が同じように縦に振る。言い換えれば、皆の行動に対する評価はそのまま私の評価に直結するのだよ」


「はい、存じております」


「それを君………教会で開かれる大切な催しの候補に“リサイタル”を推すと言うのかね?それも、まだ芸者として弱輩のレーシアとかいう女優に任せてみては、と………私を前にしてそんなことを口にするのかね?」


「まったくその通りでございます」


俺は淡々とした態度でゼッゼレの問いに答えた。ゼッゼレもゼッゼレで、話すに連れて俺を気圧するような口調になっている。けれども決して怒鳴るような感じではなく、静かに落ち着いた雰囲気で言葉尻を強くしてきた。


「さぁ、見るんだ。私の目を、見るんだ。そしてもう一度答えるんだ。今、君が発した言葉にはそれ相応の責任が問われる。それを理解した上もう一度答えるんだ。“君は本気で彼女独りで歌わせる気なのか?それも教会という神聖で格式ある場所で、しかも多方面に及ぶ重鎮たちの前で歌わせるのか?”………どうだ、答えるんだ」


「今ゼッゼレ殿が仰った内容に相違ありません。このデルタベガス・アルフェガス、僭越ながらティフィレーゼムの女優レーシア・オーストラを推薦し、教会での単独リサイタルを祝誕祭のトリを飾る最大の催しとして貴方様に進言致します」


ゼッゼレはこれでもかと俺に対して凄んでみせて、眼力だけでも威圧してくるのが分かった。それに対して俺も不敵な笑みを浮かべながら丁寧な振る舞いを見せつけながら言い返した。

 俺が企てている思惑………それはレーシアを祝誕祭の重要なイベントでもある教会での催しで、堂々とリサイタルさせてやることだ。これを成功に収めれば彼女は飛躍的に成長するだろう。そして俺も祭の間に隙を見て、教会を隅々まで調べるつもりでいた。だからこそ、この計画を進める上でゼッゼレの協力は必要不可欠。どうやっても彼を味方に引きずり込む必要があった。

 さぁて、俺の交渉術の腕の見せどころだ。

交渉において最も気にするべき重要なポイントはたったの2つ。それは“理論”と“感情”だ。理論がどれだけ正しくても、相手に対する心象が悪ければ話が通じない。

逆に好印象であればあるほど、例え理論が誤っていたとしても相手が納得してしまう場合もある。そういうタイプの人間は詐欺に気を付けた方が良いだろう。

ともあれ、理論と感情の両側面において理解と共感を同時に獲得できれば交渉は勝利で終えることができる。

 かつてヒトラーは己のプロパガンダの為に必要な努力は惜しまなかったらしい。注意すべきは“言葉”、観察すべきは“仕草”。相手の心理を手玉に取る必要はない。相手が常に自分の方が優位にいると錯覚させてしまえば良いのだ。


「レーシアには奉献歌を歌わせるつもりです。サピトリエ・シュットラの作曲した『ボルフファンの隣に』が祝誕祭の場に最適かと思われます」


 俺はゼッゼレから目を離すことなく、はっきりとした口調で話した。ゼッゼレの姿勢は椅子に深々と腰かけて背もたれに寄りかかっている。現状では俺に対して警戒心を持っているのだろう。駄目押しに脚を組んでいるのがその証拠だ。人間は相手の話を聞き入れようとすると、自然と前のめりになる。今の時点ではまだゼッゼレの心は俺を許していないようだ。


「まさか君は彼女を独りに歌わせるつもりなのか?」


ゼッゼレが淡々としたゆっくりと話す。まだ余裕があるのだろう。


「それは確かに良い案かもしれない。私も歌や舞踏の類は好きだよ、その為にわざわざティフィレーゼムに通っているんだ。神聖な教会という場で大道芸を披露するよりかはマシと言えるだろう。だが―――――」


「“レーシア”という未熟な一介の女優にその重役を任せるのは不安だ、ということですよね?」


「………その通りだ」


ゼッゼレは顎を触りながら口元を結んだ。一見すると俺が彼の言葉を無理に遮ったように思えるだろう。だがここで場の主導権を握らなければ、この先ぐだぐだと会話が間延びして結局破綻で終わってしまう。だから早々に俺の発言力を強める必要があった。


「まずはこちらをご覧下さい」


俺はそう言って手元の資料をテーブルの上に差し出すように置いた。貴重な白半紙を何十枚も贅沢に使って綴じられた重厚な資料。ゼッゼレはそれを少し眺めると、警戒しながらも手に取る。


「これは?」


「署名簿でございます。レーシアに対する理解を得られている方々にご協力頂きました」


俺は笑みを浮かべながらゼッゼレに資料に目を通すよう促す。ゼッゼレは一度溜め息を吐くと、すぐに資料を読み始めた。そこには、この1週間でレーシアがクレイヴェードの各地を回り、見知った者たちの名が書き綴られていた。彼女の歌に心動かされた者、彼女を純粋に応援する者、彼女を慕う者………。彼らの助力がここで身を結んだのだ。

 もちろんそれだけではない。俺が飛び込み営業をかけて仲良くなった連中からも署名を頂き、ネームバリューを有効的に活用させてもらった。そしてそれは実際に効果をもたらす。


「これはっ!?ピスエルガ議長の名前があるぞ………!?」


 餌に喰い付いた。俺は静かに微笑み、心の中で不敵に笑った。ゼッゼレがその行の氏名欄を何度も読み直している。だが書かれている文字に偽りはないだろう、彼自身もその筆跡には見覚えがあるはずだ。

 ピスエルガ・タナントゥル、このクレイヴェードの施政執行の最高管理人。言わば街の市長という訳だ。領主から直々に任命されるこの地位の人間がレーシアを推しているともなれば、ゼッゼレも平静を装うのは無理だろう。他にもこの街の著名人たちにはできるだけ声をかけていた。門前払いにされたり、アポイントがどうしても取れないことも多かったが、それでも議長クラスの署名を手に入れられたのは大きい。


「デルタベガス君。君は一体いつの間に議長と顔見知りに?」


「ピスエルガ議長は街中央の公園をよく散歩されます。ちょうどその頃にレーシアが歌唱披露をしているところを見かけたそうです。あとは私が占いを会得していることに関心を持たれまして………それから仲良くさせて頂いてます」


「そうか、議長は占いが好きなのか。しかし君は夜空の星の動きについてかなり詳しかったが、まさか占いにも精通していたとはね」


「はい。(たしなむ)む程度には」


 ゼッゼレが組んでいた脚を解いた。そして右腕を膝の上に乗せて身を乗り出してくる。どうやら徐々に心の扉を開いて来ているようだ。この調子なら交渉で組み伏せるのも時間の問題だ。


「やはり占いとなると、星の配置から未来を読み解くのかね?」


「いえ、私の占いは占星術によるものではございません。私は相手方の顔を見ることによって性格や嗜好、果ては運勢まで計ってしまうのです。例えば………」


そこで一度言葉を区切ると、俺はじっとゼッゼレの顔を見つめた。彼も思わず身を仰け反り、表情に緊張が走る。俺はしばらく黙り込んだ後、軽く笑みを浮かべて優しい声で口を開いた。


「例えばゼッゼレ殿は実直で勤勉家。非常に聡明で冷静であるが故に理路整然とした判断を下すことができる。しかしその反面で自分がもたらした結果に自信が持てず、後ろめたさを感じることもある………と、この一瞬で貴方様を占った限りではこのような結果がでました。如何ですか?」


「ふ、ふむ………す、すごいじゃないか」


図星、と言わんばかりの顔でゼッゼレは驚きの表情を見せながら溜め息を漏らす。まぁこんなのは占いでも何でもない。相手の仕草や言動から心理を分析する、ただのメンタリズムだ。占いと呼ぶにはデタラメが過ぎるが、ハッタリをかますには効果的だろう。

 さて、ここからは押して押して押しまくる。俺は聴き取りやすいようにはっきりとした口調で、それでいて流暢に素早く話した。


「レーシアの歌を実際にご覧になられてどうでしたか?劇場でも話をしましたが、彼女は将来に期待の持てる有望な女優です。彼女のなによりの武器である“歌”を教会で披露することで、ご参加下さる来賓の皆様もきっと満足してくださることでしょう」


「ふむ。確かに彼女の歌声は良かった。ついさっきのことではあるが、今だに耳に残っているよ、彼女の洗練された清らかな歌が………」


ゼッゼレは目を瞑り、しばし感慨に浸る。俺はその間ただ黙って静かに彼の言葉を待った。次にゼッゼレが口を開いて発せられる物言いが果たして何なのか?それを俺は警戒しなければならない。


「そうだな………」


ゼッゼレが口を開いてゆっくりと話し始めた。俺は笑みを浮かべながらも警戒心は緩めない。


「君の言い分は理解した。この資料の重みも理解した。レーシアという女優の素質も理解した。―――――しかしまだ理解できない点がある」


「………と、言いますと?」


「なぜ、レーシア(彼女)なんだ?ティフィレーゼムには他にも優れた役者がいるだろう。そこでなぜ君は彼女独りだけを選んだんだ?」


ゼッゼレは再び椅子の背もたれに寄りかかりながら俺に尋ねてきた。

 当然の疑問。ここでの交渉で当初から想定されていた質問だ。それは俺が彼女をスポンサーとなって自分が金儲けをしているからだ!―――――なんて素直に言える訳が無い。利己的な理由であるのは百も承知だ。だがビジネスとは誰もが己の利益獲得の為に働いている。純粋な奉仕の精神で仕事をしている人など地球上の絶滅危惧種より少ないだろう。

 だからこそ理由付けが必要なのだ。もっともらしい、相手が納得するような理由を。


「もちろん。ちゃんとした理由はありますよ」


俺は下心を一切見せずに笑顔を振りまいた。そして人差し指を立てて、俺は言い聞かせるように言った。


「広告税です」


「広告税?」


ゼッゼレが思わず反応してしまう。俺はその瞬間の変化を見逃さなかった。まぶたがわずかに開き、資料を持っている手にほんの少しだけ力が入っている。つま先がちょっとだけ跳ねた。これらは俺に自分の心理を悟られまいと全身に力を入れていた結果が招いたこと。警戒をしていたからこそ、思考と感情の機微を無意識下で露呈させてしまったのだ。

俺はここぞとばかりに捲し立てた。


「はい。商工財務管理委員のゼッゼレ殿であれば広告税は当然ご存知ですよね」


「もちろん知っているよ。クレイヴェードでは広告主が該当する広告活動を第三者に向けて行うに当たって、当該広告の媒体となるものに対して課せられる税だ。今回の祝誕祭においても当然広告税は発生する」


「その広告税は広告塔となる人物に対しても課税されますよね?」


「その通りだよ。妙に詳しいね、デルタベガス君。君はもしかして税務処理に携わったことがあるのか?」


「ゼッゼレ殿とお会いするに当たって、写本贈呈会館で調べました。さて、ここからが本題です」


俺は背筋をピンと伸ばして両手を合わせた。ゼッゼレは今、自分の得意分野の話をされて気を良くしている。ここらで彼の不安を解消する材料を投入してやろう。


「レーシアのみを起用するのであれば、広告税はかかりません。その為のレーシア・オーストラ、その為の単独リサイタルなのです!」


 ゼッゼレは目を丸くした。今頃彼の頭の中では、俺がこれまで話してきた内容がパズルのピースの如く組み立てられていってるだろう。俺は言葉を続けた。


「レーシアは既に街中で独自に公演を繰り返してきました。それにより、もはや彼女は街の住人たちにとって周知の存在となっているのです。そこで考えてみてください。レーシアが祝誕祭の項目として教会で歌うことが決まれば、彼女自身がそのことを周囲に吹聴することでしょう。先ほどお渡しした署名簿をもう一度ご覧下さい。少なくともこの名簿に記されている方々の耳には届くのです。それも広告宣伝をせずとも!なぜなら今の彼女にはそれだけの情報発信力と行動範囲、そして何よりも人脈を持っているからなのです!」


ここで俺は立ち上がる。ラストスパートだ、ここで決める。


「確かに彼女よりも歌の上手い者はいるでしょう、確かに複数人で歌わせた方が華があるでしょう!しかし広告費に加えて税金までも考慮すると頭が痛くなります。現状でも十分に実力と容姿を兼ね備えた彼女が単独で歌を披露する分には、その心配をする必要がなくなるのです!しかも幸運なことに、彼女のファンの中にブトゥロイという建装屋を取り仕切る者がいます。彼とは酒場で出会いました。今回の一件、もしゼッゼレ殿が前向きに検討して下さるのであれば、彼は祝誕祭の準備に必要な資材を提供すると申しておりました!これ以上に優れた条件は他にはございません!如何でしょうか、ゼッゼレ殿!」


俺は身を屈めてゼッゼレに顔を近づけた。彼は俺の勢いに気圧されているが、それでも彼の口元を見れば答えは分かった。わずかに口角を上げて、小さく笑っている。どうやら俺の勝利は決まったようだ。

 俺は一旦ゼッゼレから距離を離した。目線は合わせたまま、ゆっくりと椅子に戻り腰を下ろした。なんとも歪な表情だ。ゼッゼレは口元は微笑んだまま、目元は俺を睨みつけている。だがすぐにその顔も普段通りへと戻った。それは彼が心を決めたことの表れであった。


「―――――ふむ。伝わったよ、君の熱意」


ゼッゼレは観念したと言わんばかりの大きな溜め息を吐いて目を伏せる。そして手にしていた資料をテーブルに置いた。脚を組み直して、ぼんやりとした目つきで空を見つめる。


「今すぐに決めるという訳にはいかない。けれども今回の君の提案は、私の方で前向きに検討させてもらうとしよう」


凛とした眼差しに、ピンと伸ばした背筋。真っすぐ見つめてくる彼の目つきは、多くを語らずとも結果を物語っていた。どうやら俺の想いは確かに彼に届いたようだ。


「ありがとうございます」


俺は深々と頭を下げた。異世界(こちら)の只人の間では、(こうべ)を垂れる行為が敬服や感服を意味しないことは分かっている。それでも俺は思わず身体が動いてしまった。

 これでやっと教会に入り込むチケットを手に入れた。異邦人であり、クレイヴェードに辿り着いてから日も浅い俺にとって、堂内に侵入するだけの理由が無かったのだ。そもそもこの国の教会は一般人が容易に立ち入れるような場所ではなく、今回の祝誕祭のような特別な行事でもなければ敷地に足を踏み入れることすら許されていなかった。

 だからこそ理由付けが必要だった。祝誕祭でのリサイタル、これほど理に適った動機は他に無いだろう。こうして俺はレーシアのマネージャーとして、堂々と敷居を(また)ぐことができると言う訳だ。


「いやしかし、それにしても………」


 ゼッゼレがなにか含みを持った笑みを顔に浮かべながら口を開いた。まだ何か企んでいるのか?しかし彼の表情は嘲笑っている様子でもない。むしろ俺に向けられたその視線は、どこか微笑ましいと言いたげな様子である。


「なにかありましたか?」


「大したことではないよ。ただ、君も健気な男だなと思ってね」


「私が………健気………?」


予想もしていなかった彼の言葉に、俺は思わず本心を露わにしそうになった。危ない危ない………。普段敵を捉える時の、“殺戮兵器”としての顔をゼッゼレに向けてしまうところだった。一般人はこれに耐えられないだろうし、これまで積み上げた信頼にヒビが入りかねなかっただろう。

 いやそれにしても健気とはどういう意味か。これまでの俺とのやり取りの一体どこにそんな献身的要素を見出したのか。ゼッゼレが突如発した言葉によって、頭の中は混乱による思考の渋滞が起きてしまう。今の俺は柄にもなく開いた口が塞がらずに呆けてしまっていた。


「つまらないことをお訊きしますが、私が“健気”とはどういった意味合いから来ているのでしょうか?」


疑問を解消する為に俺は直球でゼッゼレに質問を投げかけた。


「別に大した意味ではないよ。ただね、デルタベガス君。君がレーシアという1人の女性の為にここまで尽力し、私を説き伏せるまでに至るとは、余程彼女に入れ込んでいるんだろうなぁと思ったのさ」


「私が、レーシアに………?」


「だってそうだろう?いくら利害の一致がある相手であろうとも、その人の為に街中を駆け巡ったり、こうして多くの助力を仰いだりするのは、それだけ君が彼女(レーシア)に期待しているからだ。そうでなければここまでの原動力は生まれないよ」


「そう、なんですかね………」


俺は自分でも腑に落ちない様子で、曖昧な返事をした。頭を掻きながら小さく微笑んで反応を誤魔化す。

俺がレーシアに期待をしている?

本当にそうなのか?

俺はただ自分が利益を得られる為にアイツを利用しているだけ。別にそれ以上でもそれ以下でもない………はず。まさか自分でも知らぬ間に俺は変わってしまっているのだろうか。単に金儲けという手段だけでなく、レーシアが立派な女優になれることを期待してしまっているのだろうか。

………いや。俺と言う人間がそんな情を抱くはずがない。抱く訳がない。

 俺は胸に手を当てて、自分に言い聞かせた。


「さて。話は変わるが―――――」


 閑話休題、ゼッゼレは一拍して話題を変えだした。先ほどまでの笑みは顔から消えて、再び真剣な表情へと戻る。


「デルタベガス君、もしも君が祝誕祭で教会を訪れるようなことがあれば、その時に気を付けてもらいたいことがあるんだ」


「はい。何でしょうか?」


ゼッゼレは俺がもう教会に行くことを前提に話を進めている。まだ今回の案件が正式に決まった訳でもないのに、彼の中では既に決定事項のようだ。


「気を付けてもらいたいこと、それはね―――――あまり詮索しないことだよ」


「………と、仰いますと?」


俺は怪訝な目をゼッゼレに向けた。今の彼の言い方には含みがある、俺はそれを聞き逃さなかった。


「そのままの意味だ。教会の従事者、そして教会そのものに対して、君が深く知り得ようとする真似はしないように………そう私は言っているんだ」


「知られては不味いものでもあるのでしょうか?」


「それを知る必要すらないんだよ、君にはね」


ゼッゼレはそう言って、これ以上は語らないという素振りを見せた。口を手で隠すように覆っている。彼から得られる情報はもう無いだろう、俺は観念して追及を諦めた。


「分かりました、詮索の類いは致しません。肝に銘じておきます」


「あぁ、そうしてくれ」


俺は言いようのない懐疑の想いを胸の内に隠したまま、この場は話を切り上げることにした。

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