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突然の誘拐事件と殺し屋

「この街で色々と分かったことがある」


 俺は隣を歩くアシュタロトに日本語で話しかけた。その方が異世界の連中に盗み聞きをされても問題ないと判断してのことだ。酒場で得た情報を俺はアシュタロトに伝える。


「一際高い丘の上、そこにでっかい建物があっただろ?あれは教会のようだ」


「教会?」


「あぁそうだ。教会だ」


 日本の先遣隊が持ち帰ってきた情報の中に、宗教について記されているものもあった。俺は異世界に来る前にそれを覚えている。内容は次の通りだ。

タウル・ゼムスでは特殊な多神教を国教としていた。それは唯一無二の絶対なる最上の神が存在し、その下に有象無象の神々が存在するという変わったものだった。最上の神は決して只人のいる現世には姿を見せない。あくまでも有象無象の神々を通して我々の意志を伝えてくれる、だとか。だから礼拝や祭事の類いは地上に降り立った有象無象の神々に対して行われているらしい。言ってしまえば、雇用主、仲介業者、下請け企業みたいな関係図を形成している宗教なのだ。

 まぁそんな宗教関連の話はどうでもいい。俺は話を続けた。


「あの教会にいる神父、魔法を使うらしい」


「神父が魔法使い?」


「そうだ。それで調べて分かったことがあるんだけどなぁ………」


俺は少し言い淀む。正直、俺自身もまだ信じたくない。いや、信じたところでどうしようもないだろう。


「この街の神父が使う魔法、それは―――――時を止める魔法だ」


「時を、止める?」


案の定アシュタロトが首を傾げている。その反応に俺は深々と溜め息を吐いた。これは街を調査している最中に偶然聴き入れた情報だ。街の隅にある廃墟の中で怪しい連中の会話に聴き耳を立てた時に聞いた。まさかと思って情報のクロスチェックを行うことにしたが、どうやらこの街の住人にとって周知の事実らしい。本人に直接確認したかったが教会も教会で一般人は立入禁止で、特別な行事でもない限り面会すら叶わないみたいだった。


「てめぇは何か知ってるか?時間に干渉する魔法について」


「Yes。時間に干渉する魔法は次元支配・操作系統の魔法に該当する」


「次元支配・操作ねぇ。それってこっちの世界じゃ当たり前に存在するのか?」


自分で話していても最高に馬鹿らしくなってきた。正直身の毛がよだつ。

次元の支配?操作?そんなものが当たり前にできるであれば、もはや日本はおろか国際連合加盟国が総出で攻めても勝つことは不可能だろう。想像し得る最悪のシチュエーションだ。


「それについて私は情報を扱っていない」


「あぁそうか、なら別に良い」


アシュタロトは魔法に関する知識を搭載しているが、それ以外については皆無に等しいのは知っていた。しかし本当に魔法だけとは………。俺は額に手を当てながら再び溜め息を吐いた。


「いずれにせよ、敵に回すのは厄介だ。街での滞在中は教会には関わらないようにするか」


「Yes、ロードぉ………」


「あー、あとそれから他にも厄介事があるんだ」


俺は人差し指を立てて、くるくると回した。集めた情報を頭の中で整理しながら1つずつ口に出す。


「街の中には教会の神父以外に審問官がいて、心を読む魔法を使うらしい。こいつと出くわすのも色々とまずい。それから街の裏稼業で盗賊集団がいるらしい。偶然にも一味の下っ端要員と出会ったんだが、俺たちは狙わねぇように言っておいた。あと、どうやらこの街を根城にしている殺し屋がいるそうだ」


「殺し屋?ロードと同じ?」


アシュタロトが反応して俺の方を向く。俺は彼女の頭を撫でながら抑えつけた。


「前見て歩け。まぁ素のポテンシャルで俺より強い奴はいないさ。自慢じゃないが一国の全軍を相手にしても勝てる自信ある。街の殺し屋程度にそこまで警戒しなくて良いだろう」




 俺たちは表通りから出て人気の少ない道にやって来た。俺は足を止めて、アシュタロトに最後の忠告をする。


「あと、この街にはガキの失踪事件が多発しているらしい。ここから手分けして探すからよ、てめぇも気を付けろよ」


「Yes、ロードぉ………」


「デルザルガとかいうガキも(さら)われていなけりゃ良いんだけどなぁ」


なんて、そんなことを呟きながら俺はアシュタロトと別れる。

 しかし別れた矢先だ。指にはめていたOWの指輪が淡く光る。応答の合図だ。俺は指輪に向かって話しかけた。


「どうした?」


さっき別れたばかりなのに一体何があったって言うんだ。まさかアクシデントが発生したなんてことは無いだろう。俺はアシュタロトの返答を待った。


『ロードぉ………』


「んぁ?どうした?」


声が途切れ途切れだ。別に電波が悪くなって聴こえない、なんてことは無いはずだ。


『ロード、さっき言っていた人たち』


「あぁ?どれだ?要警戒人物が多すぎて分かんねぇよ。この街、不審者犯罪者のバーゲンセール状態なんだから。で、誰のことを言ってるんだ?」


『人攫い―――――』


「人攫い?なんだ?てめぇ、もしかして人攫いの連中と出くわしたのか。不運だったな」


『―――――と思しき人たちに攫われている』


「……………現在進行形?」


『Yes、ロードぉ………』


 思考が停止する。その間、3秒。身動きが止まり、固まったままの状態そこからすぐに復活する。そして俺の中で一気に感情が溢れ出した。俺は指輪に向かって大声を張り上げた。


「何やってんだてめぇぇぇ!どうして抵抗しなかった!?曲がりなりにも兵器なんだろ!?」


『命令が無かったから』


「命令されなきゃ自衛防衛もできねぇのか!?」


『Yes』


「だぁぁぁぁぁちくしょう!!!」


 これは俺が悪いのか?そんな疑問が頭の中を過った。確かにアシュタロトの機能について多くを知らなかった点は俺に非があるだろう。加えて人攫いの話題を直前に話しておきながらすぐ後に別行動をしてしまったこともいただけない。なんだったら効率面を重視してアシュタロトを宿屋で待機させなかったことが俺の最たる落ち度だろう。

 だが今は反省会などやっている暇はない。アシュタロトが何者かに攫われてしまった、この事実だけに思考を割かねばならない。

二手に分かれてから1分弱。2人で街を歩いている間は俺たちを着け狙う気配や監視の目は無かった。つまり俺と別れた後にアシュタロトは連れ去られたのだ。手際の良さ、そのスピード。噂に聞く失踪事件の主犯格による仕業の可能性が高い。


「あぁクソが!」


 アシュタロトは実にポンコツだ。命令が無ければ戦闘をしない。自分の為に戦うという感性が圧倒的に欠如しているのだ。なるほど、これでは異世界の連中も兵器としての運用を辞めるだろうな。誰かに言われなきゃ何もしないって、もしかしたら人口知能にすら劣るかもしれない。5歳児のガキでも抵抗くらいするだろうに。


「本当にふざけんな!ガキ1人探すはずが2人探す手間に羽目になるとはなぁ!」


 俺は苦言を垂れ流しながら街を駆け巡った。あまり人目につくのも厄介だと考え、できるだけ人通りの少ない道を走る。アシュタロトを攫った犯人の特徴は指輪の通信で聴取済だ。3人組の男で、その内の1人は上下白の服を着ている赤髪の男だそうだ。他2人はお揃いのグリーンの服を着ているらしい。本当なら現在地も教えて欲しかったが、アシュタロトにこの街の土地勘なんてあるはずもない。


「こっちか」


 仕方なく俺は“予測”することにした。もし俺が誘拐犯だったら………。3人組でガキ1人を攫うとするなら………。あの場所付近から逃走経路を確保しつつ、ガキ1人抱えて連れ去るとするなら………。

可能性に可能性を足していき、無数の結果を導き出していく。その中から自分が相手の立場で最も選択するであろう、可能性の一番高い選択肢へと絞っていく。


「こっちだな」


俺は建物と建物の間の狭い通路に入った。そして中ほどで跳び上がり、壁を蹴り上げる。


「よっと」


建物の両方の壁を交互に蹴り上げて、そのまま屋根の上に着地した。屋根の上なら人目にもつかず、加えて目的地までのルートをショートカットすることだってできる。

 俺は走り続けた。屋根から屋根に飛び移り、時には路地に張り出された店舗用のテントに飛び乗り、できるだけスピードを落とさずに走り続けた。再び建物の壁を蹴り上げて屋根の上を走る。

そうして走ること数十秒、俺は遂に見つけた。3人組の男だ。白の上下で赤髪の男と、緑色の服の男が2人。


「見つけた………」


彼らは建物が立ち並ぶ狭くて暗い通路を歩いていた。俺はそれをすぐ上の屋上から見下ろしている。こんな夕暮れ時の時間にわざわざ人気の無い道を選ぶ理由は無い。何もやましいことが無ければ―――――。

 気掛かりなのは、アシュタロトの姿が無いことだ。他人の空似か?いや、それでもアシュタロトが教えてくれた条件と見事に一致している。俺は耳を凝らして彼らの会話を聴き盗んだ。男たちの会話が、微かに俺の耳に届いてくる。


「いやぁそれにしても楽勝だったっスね!」


「あぁそうだな!あの銀色の髪の幼女はきっと高く売れるぞぉ。なんか“ロード”“ロード”って呟いてたけど、見た目が良いから大丈夫だろ!」


 有罪確定。もはや弁論の余地無し。俺は屋上の地面を踏み込んで、彼らの頭上に躍り出た。そのまま建物の側面を走るように壁を蹴り続ける。落下の勢いと、俺の蹴りの強さが合わさることで、移動速度は次第に増していく。


「あ?なんか上から変な音が―――――」


赤髪の男が気付いて見上げようとする。だが、すべてが遅い。俺は3人の側に静かに着地をした。そして彼らに向かってゆっくりとした口調で尋ねる。


「人攫いだな?ついさっき銀色長髪の可愛いガキを誘拐しただろ?」


「あぁ!?誰だてめぇ!どこから来やがった!」


緑の男その1が俺に対して睨みを利かせながら噛みついてくる。俺は静かに腰からナイフを抜いた。


「逃げ足の速さを(たた)えて俺の質問に答えたら見逃してやる。あのガキをどこにやった?」


「黙って死ね!」


緑の男その1がそう言って殴りかかってきたので、俺は彼の首を切った。頸動脈が切断されるのはもちろん気管にまで達する為、噴き出す血が肺に溜まっていって溺死する。彼はもう助からないだろう。


「ひ、ひいぃぃぃぃぃ!!!」


残りの2人が怯え始めた。どうやらこの惨状に恐怖を覚えるくらいにはマシな感性をお持ちらしい。俺は緑の男その2に向かって改めて尋ねた。


「銀髪のガキを攫っただろ?」


「は、はい!はい!攫いましたあぁぁぁ!」


今度は素直に答えてくれた。俺は質問を続ける。


「そのガキは今どこにいる?」


「もう売り手に引き渡しましたあぁぁぁ!」


「いや手際良過ぎじゃねえか」


俺は思わず突っ込んでしまった。この短時間でガキを攫ってバイヤ―に引き渡すとか、もはや誘拐のプロじゃねえか。いやプロか。俺は大きな溜め息を吐いて肩を落とした。


「おい、シラミ未満のゲロカス野郎」


俺は緑の男その2の右手を斬り落としてから見逃した。そして今度は赤髪の男の方に詰め寄り、コイツの首元にナイフを当てて軽く押し込んだ。

男の目には俺が殺したお仲間の姿が映っているだろう。切断された頸動脈から血が壊れた噴水の水みたいに噴き出し、口からは溢れ出る血が止まることなく流れ続ける。気管にまで達している傷は、失血死か溺死か、そのどちらかの死を選ばざるを得ない状況へと追い込んだ。そんな正気が削れそうな光景を目にすれば、大抵の人間は恐怖に怯えるものだ。


「はっはぁいいいいいい!」


男はもはや冷静な判断ができていなかった。どうやら見かけに寄らず肝の小さい奴のようだ。俺はその恐怖を煽るように彼の耳元で囁いた。


「ガキは今誰の下にいる?名前と、そいつの容姿の特徴を言え」


人を脅す時の声色を使って問いただす。心が壊れる寸前の状態でこれをされれば、拷問の特訓でも受けていない限り何でも話してしまう。信頼と実績のある()()()は、見かけ倒しの彼には充分通用した。


「イ、イサーウェだ!イサーウェって女に引き渡した!オレンジ色の長い髪で、めっちゃ美人でめっちゃエロい身体してる!」


「エロさはどうでもいいんだよ」


「ひいぃいいぃぃぃぃぃぃ!すぃませぇぇぇぇん!」


俺はナイフをさらに首へ食い込ませた。滲む血が徐々に多くなり、いよいよ刃が皮を裂いて肉に入ろうとしている。


「服装とか、持ち物とか。そういうのを教えろ」


「は、はいぃぃ!く、首にぴったり巻き付いた赤い首飾りをしていて、デカいつばの付いた帽子を被っていて、じゃらじゃらと邪魔くさいガラス細工をたくさん縫い付けた黒いマントで身体を覆ってますぅぅぅ!」


ずいぶんと具体的な情報じゃねぇか。怯えながらこうも情報提供してくれるのは、素直に感心する。この赤髪の男、本当に外見と中身がまったく違うな。


「OK。情報ありがとう。役に立った礼に、お前には―――――」


「ゆ、許してもらえるんですか!?」


「さっきの奴と同じように片手だけで許してやる。ほらさっさと言え。右手と左手、どっちが良い?」


淡い希望にすがったせいか、男の顔はみるみるうちに老け込んで、絶望一色となった。悲しいかな、今日が彼の人生の終着点だったという訳だ。


「い………」


「い?」


「嫌だぁぁぁぁ!!!」


「あっそ」


俺は呆れながら男の両手を斬り落とした。ちゃんと右手か左手か選んでくれれば、こんなことはしなかったのに。己の手を失った喪失感からか呆然と立ち尽くす男を尻目に、

俺はナイフに付着した血を拭いながら狭く暗い通路を出た。

 さて。目標はイサーウェとかいう女だ。

まだ夕暮れ時で、日の光りが完全に消えた訳ではない。だがオレンジ色に輝く空は、ある程度のタイムリミットを告げていた。


「夜になると厄介だな………」


夜は完全に地元住民のホームだ。今日来たばかりの俺はアウェイでしかない。夜闇に紛れられてしまえば、土地勘の無い俺でも未来予測に限界が出てくる。日が落ちる前に………。俺は走る脚に力を込めて、一気に加速した。






 俺は人通りの盛んな大広間へと出た。道の奥がどんどん開けていって、喧騒が包む人の群衆が目に入った。青果や肉、雑貨といった日用品が並ぶ街の市場のようだ。規模から見て恐らくクレイヴェード最大の市場なのだろう。そう思わせるほどの賑わいだった。

とは言っても、時刻は既に日暮れ前だ。店仕舞いを始める姿もちらほら見える。今この場で盛んな連中は、むしろ夜こそ本番と言わんばかりの陽気な奴らなのだろう。キャンディと思しき菓子を店頭に並べていた店が撤退すると、その空いたスペースに今度は酒を売る店がテントを急いで張って、店構えを始めた。こうして徐々に市場は夜の顔を変わっていく。

 俺も世界中を巡っていた時に各地の市場を目にしたことがあった。思い出した記憶と目の前の景色を見比べると、世界が変わっても人の本質は変わらないのかもしれない。そんな風に思える。既に酔いが回って歌い騒ぎだす若い衆。幼い子どもを連れて、片手で布袋いっぱいに詰め込まれたパンを担いでいる母親。大道芸で金銭を稼いでいるのか、ジャグリングと玉乗りを披露する曲芸師。大の大人たちが肩を組んで笑い合い、あるいは胸倉を掴んで怒鳴り合う。様々な人たちが様々な振る舞いを見せている。1人1人が見せる瞬間が混然して1つの大きなうねりのようになっていた。


「これはまたすげぇ賑わいだな………」


あまりの熱気に思わず気圧されてしまう。だが悠長にもしていられない。俺はアシュタロトを売り捌こうとしている馬鹿な女をすぐにでも見つけなければならないのだ。


「アシュタロト、今どこにいる?」


俺は指輪に話しかけた。


『不明。現在地はずっと分からないまま』


「なんでもいいんだ、情報さえあればてめぇの居場所を突き止められる。何かないのか?」


アシュタロトは少し考え込むと、思い出したかのようにポツリと呟いた。


『………喧騒』


「喧騒?」


『さっき、たくさんの人の声が聞えてきた』


「なるほどね。情報ありがとよ」


俺は不敵な笑みを浮かべて迷いもなく走り出した。今日、街の中で祭りのような行事があるとは聞いていない。位置や、距離、時間からして、アシュタロトが聞いた“喧騒”は市場の可能性が高い。

俺は人混みで溢れかえっている市場のど真ん中を走り抜けた。ここまで探しても見つからないなら、俺と反対側にいてもおかしくないはずだ。自分の判断を信じて加速し続ける。

 その刹那、さっきまで俺がいた場所を何者かが通過した。まるで俺の背中を追うようかのに。歩くだけもやっとの人混みの中だ。あらゆる方向から耳に刺さるほどの賑わいを見せる市場。そんな熱気に満ちた群衆の中を、俺は針の穴を縫うように駆け抜けていた。

そんな俺の背後を追いかける謎の影。感じ取ることができるわずかな殺気。俺の勘違いでなければ市場に入ってから後方に迫って来ている。

殺し屋か?俺は真っ先に疑った。殺気というのは人によって異なる傾向がある。一般人はひどく真っすぐで純粋なものだ。人を殺したことが無い者特有の清廉潔白さがよく伝わる。

半グレや裏社会に身を堕とした連中の殺気は汚い。これもすぐに分かる。殺気を向けられた瞬間に、胃酸が逆流するような気持ち悪さがあるからだ。

軍人なんかは冷徹で冷ややかなものだ。まるで獅子が鼠を狩る間際の如く、その殺気を向けられると悪寒を感じてしまう。

 対して、殺し屋の殺気とはとても静けさがある。なんというか、湖の畔で漂う微風みたいな感じ。ただしその微風からは、明確に対象を仕留めるという意志が見え隠れしていた。

そんな訳で、俺には殺気で相手が何者なのかをだいたい把握できるのだ。だからこそ分かった。俺の後をつけている者、そいつは間違いなく殺し屋であると。


「チッ、どうしてこのタイミングで………」


俺は苛立ちのあまり舌打ちをした。今、俺はアシュタロトを見つける為に人攫いの女を探さなくてはいけない。それなのにこの状況で殺し屋に狙われるのはダブルブッキングが過ぎるだろう。


「まさかこの街を根城にしている例の殺し屋か?おいおいふざけるなよ、なんで俺が狙われなくちゃいけねぇんだ?」


たまらず愚痴を零した。流石に周囲に人が多いこの状況では一暴れもできない。

巻くか?しかし大勢の人だかりの中を縦横無尽に走っている俺に、殺し屋は一定の距離を保ったまま追尾し続けている。かなりの手練れだろう。俺のことを易々と見逃してくれるとは思わなかった。アシュタロトを追えば、いずれ殺し屋に追いつかれる。殺し屋を相手にしていれば、アシュタロトを追えなくなるかもしれない。


「………はぁ。仕方ねぇな」


 俺はさらに加速した。周りの奴らは俺が駆け抜けたことにすら気付かないだろう。一陣の風が過ぎ去った、その程度にしか感じないほどに。そして案の定、俺の加速に殺し屋も気付いてたようだ。

よし、狙い通り。俺はそのまま市場を突き抜けて暗い路地裏へと飛び込んだ。加速の勢いをつけたまま壁を蹴り上げて空中で待機をする。身を翻して下方を警戒したままダガーナイフを手に取った。ワイヤーを伸ばして時を待つ。

 俺はアシュタロトは諦めない、殺し屋も対処する。それが俺の出した答えだった。俺は壁に向かってダガーナイフを投げた。建物と建物の間、そのわずかな隙間にダガーナイフが絶妙な角度で入り込んでいく。俺がワイヤーを引っ張ると、ピンと張った状態になった。単なるワイヤートラップだ。ワイヤーを張って、獲物を待ち構える。ただそれだけ。尾行の能力から殺し屋の力量を測り、どのタイミングでどの地点を通過するのか未来予測をすればいい。そうすれば簡単に相手を捕まえることができる訳だ。


「きゃっ!」


瞬間、小さな悲鳴が耳に入った。子どものような、女の子のような、高音の可愛らしい声。どうやらトラップにかかったようだ。姿を現して地面に伏せている。

しかし俺の見間違いでなければ、ワイヤーに引っかかる直前まで姿が消えていた。ワイヤーから伝わる確かな手応えとは裏腹に誰の姿もない状況に、俺も流石に自分の目を疑った。それでも今は、こうして目の前で正体を露わにしている。落下した時に発したと思しき物音と同時に、小さな身体が現われ出たのだ。恐らく魔法を使ったのだろう。自身を透明化にするステルス系の魔法、それなら納得できる。


「くっ………!」


「まさかこんなガキが殺し屋とはな。恐れ入ったよ」


 俺は地面に着地すると悲鳴の主に銃を向けて、不敵な笑みを浮かべながらご尊顔を拝んだ。

殺し屋が顔を上げる。俺はそいつの姿をまじまじと見つめた。女だ。見た目ならアシュタロトよりも幼く見えるだろう。明るい茶色のショートヘアは癖毛が強いのか、天然パーマになっている。その髪から覗く、ネコ科のような耳。トゥーリアとはまた違う種族の獣人なのだろう。顔は小さく、きめ細かな肌をしている。大きな釣り目には赤いアイシャドーを入れていて、そこだけ大人びている。服装は和服を思わせるようなもので、身軽に動けるように上は袖がなく、下は太股の途中までしかないスカートになっていた。

 一言で言えばガキだ。ガキの殺し屋。南スーダンでは冷酷な少年兵を相手にしたことがあるが、それと目つきが似ている。齢幼くして闇を知る者の目だ。

俺は可愛い殺し屋の額に銃を突きつけた。

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