20話 演説
壇上に登るルイスを見て、ナルニアレイ軍務大臣は舞台袖の奥から、黙って紅茶で唇を濡らす。ナルニアレイの知る限り、ルイス=アドレルトという男は英雄になれなければなれないで、それでいいと割り切る男だと思っていた。
少なくとも、ナルニアレイが知る限りはそうだった。
英雄として扱われないと知り、悲しんでもそれをどうにかしてやろうと、そんな考えを抱く男ではなかったはずだ。
だから王都を囲うように魔物が現れた時、対処にあたるから自分を勇者として公表しろと、脅迫まがいの交渉をしてきたのはかなり驚いた。
彼の中で、何が変わったのだろうか。
誰が一体、彼を変えたのだろうか。
それとも、ナルニアレイがルイスを知らなかっただけだろうか。
ナルニアレイは元々、ルイスを勇者として公表する事には賛成だった。だから魔物の脅威を払うためという口実を得たのは、二十六室を説得する良い材料となった。ダブルシックスの侵攻を食い止めた男が、彼らの鼓舞になるはずがないと。
実際それでも反発があったのは、半魔に対する迫害心というものだろう。
だが元々ルイスを英雄として扱う事に反対していたレガリア王、そしてヴォルビオッサ商業大臣が二人とも賛成に回ったのが一番大きかった。
王と三人の宰相、それと二十六室から十四名。
その同意を得てルイス=アドレルトは『赫月の勇者』として民の前に初めて姿を表した。
「緊張しているようですね」
ふと声がして、目を向けるとヴォルビオッサ商業大臣がいた。
「無理もないだろう、こんな民草の前に姿を表すのは初めての事なのだからな」
勇者が魔界に旅立つ時も、ルイスは民の前に出る事はできなかった。
その時は、半魔なのだから仕方ないですよ、そうルイスは言っていた。
だから民が勇者に半魔が選ばれた事を知るのは、これが初めてだ。
「既にスペード治定大臣が大衆にサクラを仕込んでくれていますから、暴動になるような事はないでしょうが、それでも混乱は避けられなかったようですね」
ヴォルビオッサが言うように、勇者として紹介されたルイスを見て、民は混乱しているようだった。その何人かは、懐疑的な視線を向けている。戦功内容について話されても、その混乱が続いているようだった。
「極秘任務にあたっていた、というのは少し無理がありますかね?」
「さあ、それは民が受け取る事だ」
半魔という理由で、王政すら迫害し半魔を英雄と扱わなかった。こんな事が民に知れれば、それはそれで大きな問題となる。見て見ぬ振りをするからこそ世界が回るのであって、王政が表立って迫害をするなどあってはならない。
だからこそ保身のための、『嘘の極秘任務』であったが、それについてはルイスの了承も得ている。それくらいなら仕方ない、迫害を無くすためにはその程度の事、受け入れるしかありません。
そう語ったルイスに、ナルニアレイの心は深く沈んだ。
迫害を無くす。
そんな事ができるはずがない。
それはルイスとて理解しているはずだろう。それでもその夢を語るのは、きっと彼を突き動かすことがあったからだ。
ノヴァ。
もしかすれば、彼が?
「なんにせよ、敵が多くなりそうなことを進んでする男とは思わなかったな」
「それについては同意です、ナルニアレイ殿」
自分に晒される向かい風に、抵抗することは多少あれど、その根元から変えようなんて事をするはずがない。それが王政上層部の見解だった。しかしそれに真っ向から立ち向かおうとするルイスの姿は、誰もが見慣れない光景だ。
「ヴォルビオッサ殿はどう考える? 彼の夢見る世界は可能と思うか?」
「半魔が迫害されない世界ですか? それは無理でしょう。どれだけ文明が進んでも、集団が存在し、そこに優劣がある限り決して差別や迫害はなくなりません」
そうだろうな。
ナルニアレイは何も応えずにただ頷きだけを残す。
その一方で、ヴォルビオッサは話しを続けた。
「自分なら、そうですね……半魔を虐げるのではなく、守るべき弱者として扱うように世界を変えます。憐れみもまた決めつけによる迫害ではありますが、それでも半魔が犠牲になる事は少なくなる。俺は、そう考えていますよ」
それもそれで、かなり難しいことだろう。
迫害を無くすよりは簡単なことだろうが、それでもそれを達成するまでには途方もない時間がかかる。
「だがルイスの目標とする世界は、対等なのだろうな」
「そうですね、俺なら諦めます。コストがかかりすぎますから。そこに利が無いと俺は動きません」
そこに利が無いと、それはつまり、ヴォルビオッサがルイスを英雄として公表することに利かあると考えたのだろうか。
いったどういったことが?
「ヴォルビオッサ殿。つまりルイスを英雄として扱う事、それに利があると?」
「もちろんです。交渉内容にクロード領での教師生活を続けるともありましたが、それを抜きにしても半魔の犠牲を無くそうという目的を持った彼であれば、十二分に利益を生んでくれます」
目的の有無だけで、それほどルイスの価値が変わるのか。
それについて疑問だったが、話を割らずに聞き続ける。
「ルイスが勇者になった理由は、ガイリックを守るためだったのだと思います。つまり英雄になるというのは副産物的な、いわゆるオマケ程度の価値しかなかったはずです。英雄となり、本人が迫害されないようになる、そういった権利です」
あくまでオマケ。
だからこそ、ルイスを英雄として扱わずとも問題はないと判断していた。
「ですが今のルイスは“半魔の自分”を、英雄として扱う事に意味があると思っている。それならば、半魔を英雄扱いするデメリットより、ルイスを英雄として扱うメリットが大きくなる。俺はそう判断しました」
「…………」
「俺の友人にルイスを英雄扱いする事で、また新たな半魔の犠牲を生むのではないかと危惧している者もおります。勇者になれる力を持つのですから、半魔を虐げるのではなく、戦争の道具にして使いつぶそう、そんな考えを持つ者まで現れるかもしれない」
それについてはナルニアレイも理解しているし、実際昔はそういった意見が出たこともあったという。魔人化を体得する術を復活させ、半魔だけを敵地に送り込み、無差別の殺戮を繰り広げるだけの兵器にする。
その戦術的価値は侮れない。
「まぁそうだな、半魔を敵の街中で魔人化させれば、それだけで大打撃を与える事ができる。魔人化を五十パーセント以上できるとなればなおさらだ」
「ではやはり、ダブルシックスは……」
「ああ、魔人化をコントロールする術を持っていると思った方が良い」
ジューナ、メリッサ、そして少年兵達。人型の敵と会敵したもの達の意見をすり合わせ、その上でそれが何なのかを導き出した結果、やはり彼らは五十パーセント以上魔人化する術を持っている、そう結論付けた。
しかも、ただの人間でさえ。
現れたダブルシックスの戦闘員四人の内、三人は人間だった。
にもかかわらず、少年兵羅刹のように魔人化を使えている。
どういった理屈かは分からないが、警戒レベルを上げ続けなければならない。
それを踏まえた上で、ナルニアレイは話を続ける。
「俺個人としてはルイスを英雄として扱ってやりたいという気持ちがあるのは事実だ。しかし、その影響を考えるとすんなり首を縦には振れん」
「自分としては、いまだにルイスを英雄扱いするのかには懐疑的です。ですが俺の中ではルイスを英雄として扱う事、そしてもう一度約束を破り彼を英雄扱いしないこと。その二つを考えれば収支が合うのは前者だった、というだけのことです」
他にかかる影響を考えねばならないナルニアレイよりも、ただ実利についてのみ考えるヴォルビオッサの方が、簡単に答えを出せるのだろう。
「そうだな。理由なんてその程度の事が良いのだろう」
「ええ、それでも彼を英雄として扱うべきではないという者がいるのなら、それ以上の理由が必要なんでしょう。もっとも、それをルイスが受け入れるかどうかはわかりませんがね」
交渉をしてきてまで、この道を選んだルイスだ。
そんな事を言っても、彼がどんな答えをだすのか目に見えている。
「受け入れないだろうな」
「まぁ、そうですよね」
ため息をつき、ナルニアレイはまた檀上を見つめた。
××××
ルイスの姿を見てどよめきが走った民衆は、戦功内容を述べられていた間も、常にその動揺を隠さなかった。
なぜ半魔が。
やはり勇者は九人いたのか。
極秘任務とはなにか。
それよりもあの巨人を?
だが奴の半分は、街を壊した魔物だろう。
そんな言葉が飛び交い、民衆は一時的に機能を麻痺させ爆発寸前とまでいこうとした。
『——静まれ』
魔石を通して拡張した低い声が会場をこだまし、喧騒慌ただしかった民衆は声を殺して一斉に声の主であるレガリア国王に目を向けた。
『二週間前に大聖祭で余の言葉を聞いた者もいよう。だがそれでももう一度だけ言っておく、だから心して聞け』
檀上の中央に鎮座していた王はゆっくりと立ち上がり、そして民衆を見下ろした。
『余が大聖祭会場で申したように、貴様等には今考えるという選択肢が与えられておる。この半魔の勇者を英雄として認めるもよし、蔑むもよし、それは各々で考えよ。だが一つ覚えておけ、余は、そして王政は、この者を英雄として認める。それに異を唱える者は、その覚悟も同時にしておくことだ』
短いながらも言いたい事は言い切っただろうレガリア王の言葉を聞いて、ガイリックは隣に居たルイスへ顔を近づける。
「脅しじゃね? アレ」
「そう言うな」
しかしガイリックの言う通り、民衆もレガリアの言葉をどう捉えていいのか迷っているようだった。先ほどまで勇者が現れるたびに起きていた歓声も、今はすっかり冷え込んでしまっている。
数人拍手を送る者がいるが、恐らくあれは仕込みだろう。
それに流され何人かも拍手を送るが、それも疎らだった。
「ルイス、お前からも何か言ってやれ」
不意に拡張魔石を手渡してきたレガリアが、そんな事を言い出した。
台本にはそんな事は書いていなかったが、多分これはアドリブだろう。
だが、そう。
ルイスにも民衆へ言いたい事があった。
「ありがとうございます、レガリア王」
拡張魔石を受け取ったルイスは礼を言った後一歩前に出る。そして様々な視線を向けてくる人々へ向けて、ゆっくりと口を開いた。
「紹介にあずかりました、ルイス=アドレルトです。アナタ達の前に姿を表すのは、極秘任務の事もあり、四年前の魔界遠征時を含めて今回が初めてです」
そしてルイスは、息を吸い民衆に向き合う。
「私は、半魔への迫害を無くすために今ここに立っています」
その言葉を言い終えると、民衆にどよめきが走った。
半魔への迫害。
エルドリア王国で最も根深い問題へ、この場で言及する事。
その意味を理解できないほど、民衆も馬鹿ではないらしい。
「半魔を嫌う人もいるでしょう。たが、それでも一人の半魔として言わせてもらいます。半魔への迫害を止めてくれ、なんてこの場で言っても何も変わらないでしょう。好いてくれなくていいし、別に嫌いのままでもいい」
これまで自分達を虐げていた者達から、好かれたいなんて思えない。
それは半魔であるならば、皆が思っている事だ。
「私達だって別に人間が好きじゃない、人間なんて嫌いだ。それでも、そんな人間の中には愛すべき人が居たし、守るべき大切な人達が大勢いた。だから私はそんな人達を護るために勇者になった。大切な人を失わないように力を付けた」
最初は、ガイリックを護るためだった。
だけど今この場に立つのは、愛する生徒とそして一人の友のため。
人間達にも、大切な人は何人も居る。
嫌いな人が居て、好きな人が居る。
「この中にも半魔に被害を受けた人もいると思う、だけど……だからって」
ふと、あの街で会った少女を思い出す。
親思いの、小さな女の子を。
「理不尽に奪うなよ」
少なくともあの子は、殺されるような事をしていなかったはずだ。
それどころか、これまで殺されてきた半魔達は、皆後悔にまみれて死んでいった。
「何もしていない半魔から奪うなよ、俺達半魔がただ幸せに生きたいという願いを、勝手な理由で奪わないでくれよ。正当な理由があっても受け入れられないのに、不当に奪われるだけなんて耐えられない」
ルイスの演説に、民衆は誰一人として声を出さない。
ただ、耳を傾けるだけだった。
「好きになってくれなんて言わない、嫌いのままでもかまわない。だけど、せめて俺達から奪わないでくれ。理不尽に奪わないでくれ。生まれながらに何も持っていない俺達から、勝手な理由で命までも奪わないでくれ」
好きでこんな肌を手に入れたんじゃない。
皆、人のように生きたかった。
けどそれを、どれだけ妬んでも変わらない。
ならもう、せめて奪わないでくれ。
「私からは以上だ」
ただでさえ少なかった拍手がより一層減り、そんな中でルイスの演説は終わった。
何年もかかった帰還の言葉。
その凱旋は、あまりにも静寂で。
そしてエルドリア王国に刻まれた、一ページでもあった。




