13話 救世主
逸材。
それも常軌を逸するほどの。
大聖祭本戦を偵察していたデイビーの報告に、この小娘の名前は無かった。
だが、ありえるのか。
これほどまでの魔力を持つ者がいるなんて。
ただの人間の、はずだ。
「ロメオ!」
「ああ、分かってる!」
右腕を上げるフリーシェの魔法に耐えるため、メディックとロメオは魔力を高めた。
「ファイアーボール!」
初期魔法。
魔弾に属性を付与しただけの低位な、初心者や見習い、それどころか兵士以外であっても使う事ができる程度の魔法。最下層の魔法であり、攻撃力などたかが知れている。戦闘ではなく日常生活に使うような、そんな魔法。
にもかかわらず、その炎球はありえない規模だった。
「ケッ! この程度!」
炎球を拳の風圧で消し飛ばしたロメオは、そのまま一直線にフリーシェへと向かう。
「ファイアーボール!」
突進する巨漢、それに対抗するなら低位の魔法では足りない。
だが、再びフリーシェが放ったのは同じ初期魔法だった。
(なるほど)
高い魔力を持ちつつも、それを使うようになったのはつい最近。初心者だからこそ、あれほどの才能を持ちながら本戦に出場できなかったのだと、メディックは一目で見抜いた。
それならば、いくらでも簡単に捕らえられる。
「ファイアーランス!」
だが、
炎球の陰に隠れて、フリーシェの体はロメオの懐に潜り込んでいた。
ファイアーボールを風圧で消し飛ばしたロメオの腹に、炎の槍が突き刺さる。魔力を炎に変え、それを推進力として放つ低位の魔法。だが規格外の魔力が、それを大魔法へと豹変させていた。
「グンヌゥ!」
皮膚を貫かれてはいないが、それでも炎槍を受けてロメオは後ろに下がる。
足を引きずった跡が地面に残り、十メートル押された所で槍が消滅した。
「いいねぇ、この子最高じゃないか!」
思わず笑みが零れたメディックは、そのまま魔力を体内で練り上げる。
「女と戦う趣味はないけど、コレなら別だ」
そう言ってメディックが一歩進むと、フリーシェの標的も変わった。
魔法の発動には繊細な魔力のコントロールが必要になる。考えなしに魔力を込めても鋭さは生まれず、ただ力押しの魔法しか発動しない。なにより魔力の消費量が莫大なものになってしまう。
リリックが、ガイリックから教わっていた事だ。
「はぁ……はぁ……!」
既に肩で息をし、絶え絶えな呼吸になっていたフリーシェだったが、それでもメイアを、アイニールを、リリックを、守り通すために魔力を込める。
無理に魔法を発動させたせいで、体にある魔力の半分以上を消費していた。
それでも、アイニールがしたように。
フリーシェも命を削る覚悟を決める。
「ファイアーボール!」
メディックに向けて放った魔法。
フリーシェの持つ膨大な魔力を込めた魔法は間違いなくメディックへ当たる軌道だった。
「フェーズワン――」
呟くような、小さな声だった。
それが死の宣告であると、フリーシェは気付けない。
人生の経験値も、戦闘の経験値もないのだ。
そんな彼にとって、死というものはどこか遠い。
だが、そんな彼でも理解できた。
どうあっても、勝てないのだと。
「——魔人化六〇パーセント」
姿の変わったメディックが、炎を裂いて現れた。
××××
魔人化。
そもそも魔人化とはエルフと人間のハーフや、魔物と人間のハーフにしか使えない力だ。
人間であればどうやっても使えないその力は、百パーセントを発揮すれば勇者の力をしのぐともいわれている。しかしその魔人化であってもそのレベルまで使うのは不可能だと言われていた。
例えばリリック=ワーグナーの限界はどう多く見積もっても二〇パーセントを超えない。超えないというよりは超えられない。例えその数値を超えて力を得ても、自我を失って命を落とす。
魔物の魂を埋め込まれた羅刹もまた同じように魔人化を使えるが、それでも十パーセントが限界で、十五パーセントを発動した羅刹・ドルトムント戦では自我を失い、まるで狂人のようになっていた。
百パーセントを使えば勇者を超えられる力を得られるとしても、そもそも百パーセントどころかその半分である五十パーセントすら発揮できないのだ。
歴代最強とも言われているルイスでさえ、魔人化を使えば二十パーセントで自我を失う。
だからこそ、ダブルシックスの使う六〇パーセントという魔人化の数値はありえない事だった。どうあってもルイスより二回り以上若いメディックが、使いこなせる数値ではないのだ。
にも関わらず、フリーシェの目前に立つメディックの姿は、まるで魔人そのものだった。
先ほどまであれだけ強かったのに、まだその上がある。
直観的に、フリーシェはそう理解した。
「うーん、やっぱり魔人化は良いね。それで、もう終わりかな?」
恵比須顔を崩さずに問うメディックに、フリーシェは冷や汗をかいた。
防御すらしていなかった。
フリーシェの全開であるはずの魔法なのに、火傷を負わせる事すらできなかった。
「クッ……!」
脚の力が抜け落ち、フリーシェはその場に膝をつく。
後遺症。
魔法を無理に発動した反動が、フリーシェを襲っていた。
もう魔力をうまく練ることすらできず、せいぜい後一度が限界。
追い詰められた。
「終わりみたいだね、じゃあ――」
その瞬間。
メディックが拳を握りフリーシェの腹を打ち抜こうとしたが、メイアが割って入りその攻撃を受け止めた。
「メイアお姉ちゃん!」
衝撃によってメイアごと吹き飛ばされたフリーシェは、大慌てでメイアを抱き起す。
するとメイアの横腹が、さきほどの攻撃でえぐり取られている事に気付いた。
とめどなく血が溢れ、それに伴って内臓が見えている。
「ご、ごめんね。フリーシェ……」
「メイアお姉ちゃん!」
意識を失ったメイアに呼びかけるも、返事はない。
目を閉じて動かない。
「あちゃぁ、割って入るとかないでしょ」
残念そうに笑うメディックは、言いながら片手で頭をかく。
「まぁ別にいいかな、その子弱そうだし」
フリーシェは動けなかった。
恐怖ではない、ただ体が動かなかった。動かす事ができなかった。
そんなフリーシェの目前を一つの陰が通り過ぎ、メディックの顔に蹴りを打ち込む。
「こいヅらに触るんじゃねえ!」
血を吐きながら、折れた手足を引きずりながら。
それでもリリックは立ち向かっていた。
「手ぇだしたら、てめぇを殺してやる!」
「殺すだって? 無理無理」
淡々とした様子のまま打ち出されたメディックの拳は、目にもとまらぬ速さでリリックの腹を打ち抜いた。
吹き飛ばされ、再び闘技場の壁に体を打ち付け、今度こそ動かなくなる。
もうフリーシェを残して誰も居ない。
ドルトムントも、羅刹も、リリーも、ジェームズも、バイエルンも。
アイニールも、メイアも、リリックも。
誰一人として立てなかった。
今度こそ終わり。
増援もない。
通常時でさえ手を付けられなかった敵が、さらに強化されていた。
勝てるはずがない。
それでも、フリーシェは――、
××××
棘で作った柵の残骸に背を預けていたアイニールは、メディックの拳に打ち抜かれるリリックを眺める事しかできなかった。
命の限界。
それを削ったアイニールの体は、何をしようとも動かなかった。
声を出す事も、身をよじる事もできない。
闘技場に残っているのは敵だけで、他には誰もいなかった。
助けは来ない。
誰一人として。
黒いゴーレムが少年兵達を呑もうとしている。
いずれフリーシェやメイアやリリック、そして自分も飲み込まれて連れ去られるのだろう。そうなればルイスはどう思うのだろうか。
きっと悲しむだろう。
そして、二度と会う事はできないだろう。
(……嫌だ)
動けないアイニールの体に、涙がぽたぽたと零れ落ちる。
死にたくない。
離れ離れになりたくない。
皆と、もっと一緒に居たい。
「さてと、面倒だしリリックを殺してくるよ」
その言葉を聞き、アイニールは目を見開いた。
殺す?
リリックを?
「だ……め……」
声を出そうとしても、声が出ない。
必死に叫びたくても、口が動かない。
(リリック! リリック!)
アイニールの心の叫びは、リリックに届かない。
外には遠く、届かない。
リリックはただ頭から血を流し、気を失っていた。
周囲を見回しても、無事な人は誰も居ない。
誰一人として立ち上がれない。
そんな中、メディックが一歩ずつリリックへ近付く。
殺意を手に、魔力の波動を携え。
リリックの命を絶つために。
「い……やだ……!」
死なないでほしい。
死なないで。
死なないで。
おいていかないで。
どこにも行かないで。
私を一人にしないで。
誰か、誰でもいい!
助けて!
まだ皆と一緒に、やりたい事が沢山ある。
皆それぞれ夢があるのに、こんな所で終われない。
皆一緒に勇者になるって決めたのに。
皆でルイスの助けになるって決めたのに。
皆で一緒に!
(リリック! リリック!)
皆と一緒に生きていたい。
死んでほしくない。
だってアイニールにとって、彼らはやっとできた家族なのだから。
自分よりも大切な、家族なのだから。
もう二度と、あの孤独を味わいたくない。
(起きて! リリック!)
いつの間にかメディックの体が、リリックの目前に迫っていた。
手刀の形に腕を変え、その切っ先に魔力を灯す。
(逃げて! リリック!)
アイニールの頬を大粒の涙が流れる。
死なせたくないのに、助けたいのに。
自分の体は動かない。
自分の声は誰にも聞こえない。
誰にも届かない。
やがてリリックの首を撥ねるように、一閃の手刀が振り下ろされ――、
「誰でもいい! 誰かぁ! たすげてぇ!!」
その言葉を最後に——アイニールは意識を失い――、
「やれやれ、仕方のない子供達ですね」
その刹那、リリックを覆うように現れる無数の棘。
紅く染まった幾千の棘が、彼を守る盾のように地面から現れる。
「なんだ!?」
メディックの手刀は、その棘によって弾かれた。
周囲にこんな魔法を発動できる者などいないはず。
魔人化した今のメディックを止められるのは、勇者以外に居ないはず。
だが周囲に勇者の気配などない。
結界によって乖離されたこの空間に、勇者が現れる事などあるはずがない。
あるのは力尽きた少年兵達だけの――、
「まったく、君達はそれでもルイスの教え子ですか?」
――はずだった。
唐突に声が聞こえ、目を向けると藍色の髪をした少女が立っていた。
ロメオが倒した棘を使う少女だ。
もう戦うすべを失い、放っておけば死ぬだけの力尽きた少女だったはずだ。
だが、様子がおかしい。
そもそもロメオの攻撃を受けて、立てるはずがない。
先ほど何か叫んでいたが、立ち上がるほどの力は残っていないはずだ。
だがこの棘は、あの少女が放った魔法で間違いはない。
「……アイ……ニール?」
近くにいた高魔力を持つ小娘がそんな声を上げた。
そう、確かあの女はアイニールという名だった。
だが先ほどまでとは全く違う異様さが、彼女を覆うように包んでいる。
「……誰だ、お前?」
思わず問いかけた。
何が起こったかは分からない。
しかし、あの少女には確かに『何か』が起こったのだ。
だが魔人化したメディックの手刀を止められる程の変化とは一体。
「誰――ですか。そうですね、初めてお会いする方もいらっしゃいますし、自己紹介でもしましょうか」
その声を聞いた瞬間、メディックは全身を走る悪寒を自覚した。
違う。
あの少女は、異質だ。
メディックは全身に力を込め、出し惜しみを無くした。
自分の持つ全ての力を、全身に込める。
エルフの本能が告げている『あれ』は危険だと。
その予感を的中させるかのように、少女の姿が変わっていく。
背は伸びて骨は角ばり、髪の色が少しずつ濃くなっていく。
やがて、そこには一人の男がいた。
美しい顔立ちと、藍色の髪を結い上げた一人のハーフエルフ。
少女の姿が、一人の男へと変わった。
「私はハーフエルフ。人呼んで――」
そして男は、笑みを浮かべる。
「厄災のノヴァです」
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