14話 厄災
二百年前にたった一人で王国に戦争をしかけ、勇者と死闘を繰り広げた。当時の勇者九人と戦い、二人を殺して四人を再起不能にし、絶命することなく封印されるしかなかった程の力を持ったハーフエルフ。
封印されていた体から魂だけを抜かれ、アイニールの肉体に植え付けられた魔導兵器。そして使命を理解された上でルイスと戦い、魂を切り刻まれ消滅したはずの史上最悪の大罪人。
そして、ルイスにとって真の意味で理解者となったたった一人の半魔。
史上最強のハーフエルフ。
魂だけの思念体となっても歴代最強の勇者、ルイスを追い詰めたハーフエルフ。
誰かが呼んだ『厄災』と。
災いを冠する最強のハーフエルフ。
厄災のノヴァ。
「言葉を交わすのは初めてですねフリーシェ」
呆気にとられた様子でこちらを眺めるだけのフリーシェに微笑みかけたが、多すぎる情報量を受け入れられないのか無視されるだけだった。
さみしい思いをしつつも、笑いながら今度は別の二人に目を向ける。
「その子達を殺させませんよ。その子達が死ねば、ルイスが悲しみますから」
「君は何だい?」
「私ですか? 言ったでしょ『厄災のノヴァ』とね。噂くらいは聞いた事ありませんか?」
「……名前を訊きたいんじゃない、君は何だ? その禍々しい魔力、何なんだ?」
笑みを消して問いかけてくるメディックに微笑みながら、ノヴァは自分の体についていた傷を治療した。
魂の共有レベルが落ちても、アイニールに刻まれた傷はノヴァにも植え付けられる。
このままではアイニールに交代してもそのまま絶命してしまう。
「ただの精霊術師ですよ。もっとも、契約を交わした精霊は普通ではありませんがね」
悠然と歩みを進めるノヴァは、メディックとロメオの間をゆったりと通り過ぎ、メイアの傍で膝を折る。そして治癒魔法で腹の傷を治し、そのままリリックの方へ向かった。
「まったく、こんな事になるまで戦って。ルイスが知れば悲しみますよ」
少なくともルイスは、自分の命を削らせるために彼らを鍛えていたわけではない。それを生徒達も理解しているはずだ。だが、それでも止まれなかったのだろう。
それほどまでに、仲間を大切にしていたのだろう。
それは少なくとも、ノヴァは知らないことだった。
救うためで、寄り添うために命を削った事はない。
自分の使命のために戦ったノヴァには、羨ましい事だった。
「さてさて、お待たせしました。まさか治療を終えるまで待っていただけるとは思っていませんでしたよ」
リリックの治療を終えたノヴァは、ゆっくりと後ろを振り向く。
治癒魔法には繊細な魔力コントロールと、それなりに多い量の魔力を消費する。そのため、治療に意識のリソースを裂くくらいなら、それを放置するという判断だろう。
「君はハーフエルフだね? いや、この際それはどうでも良い。どうだい? 俺達と一緒に世界を変えてみないかい?」
「どういう意味です?」
「俺達の仲間にならないかって事だよ、俺達はもうすぐこの腐った世界を壊す。君も一緒に壊してみないかい? この人間達が蔓延る世界を、俺達の手で終わらせるんだ。そうすればそいつらは見逃してあげても良いよ」
見逃してあげてもいい。
その言葉を聞き、ノヴァは思わず声を殺して笑った。
だが世界を壊す。
自分と似た使命を持つハーフエルフの言葉だったが、意外にもノヴァの心は少しも動かされなかった。
そもそも、彼らとノヴァではその使命の重みが違う。
「解っていませんね。私の夢見る世界は半魔が虐げられず、痛みを分かち合い、真に人が平等な世界です。リリックを殺そうとしましたね? 半魔を殺して実現する世界など、私は要りません。私は虐げられている者を絶対に殺さない」
使命のために。
世界中の半魔を救うという使命のためだけに。
そのためだけに生きてきた。
一度その人生の幕を閉じ、二度目の世界を歩もうとその意思は揺るがなかった。
二百年という莫大な時間が経とうとも、その使命は変わらない。
自分へ立ち塞がる半魔でさえ、救おうとしたこの男の志は。
決して折れる事もなく。
永遠に屈する事もない。
ただ美しく貫かれた一本の、純白なまでに美しい。
叶わぬと知りつつも、決して諦めることのない。
たった一つの、夢だった。
「それに見逃すとおっしゃいましたか? クハハハハ、自惚れないでください。どれほど自分に自信があるのか知りませんが、私の実力を知って尚おっしゃっているのでしたら――」
魂をアイニールの肉体にいれられ、その魂を切り刻まれ欠片を繋げただけで成り立っている、全盛期からは比べ物にならないほどに弱ってしまった。
それでも、ノヴァは一寸たりとも疑わない。
負けるはずがない、と。
「——喰い殺しますよ?」
表情から笑みが消えた時、怒りに満ちたその表情。
死そのもののような。
死を冠するような。
全ての絶望を集約したような顔だった。
そして無数の棘が大地を覆う。
××××
まるで地獄の剣山を見ているようだった。
真紅に染まる無数の棘が、大地を覆いつくさんが如く現れる。
間違いなく勇者ではない。
だが、そんな事がありえるのか。
自分達以外で魔人化もせず、勇者クラスの力を持つ者なんて。
「——!」
跳躍で棘を交わしたリリックとロメオ、そして三体のゴーレムだったが、地面を覆う棘が変化している事に気付いた。
花。
まるで蕾が花開くように、棘の先からまた新しい棘が生えていた。
それが何度も続き、巨大な花のように棘が闘技場を覆いつくす。
「——狂い咲く棘の華」
ありえない速度で成長を続ける棘は、空中に回避したゴーレムを全て串刺しにし、そして回避できなかったロメオの全身に棘を刺した。肉体強度でいえばダブルシックス内でも上から数えた方がはやいロメオの肉体が、いとも簡単に傷付けられている。
「——グッ!」
だが無数の棘でもロメオの肉体を貫くまでにはいかず、皮膚を貫いてはいたが内臓にまでは棘が届いていないようだった。
「いてぇなクソが!」
怒りに口調を荒げながら魔弾を放ち、ロメオは闘技場を覆いつくす程広がっていた無数の棘を粉々にした。
そして地面を割って着地し、体中に力を籠める。
「ぶっ殺してやる!」
連続の張り手により加速した魔弾の雨がノヴァを襲う。
爆風が吹き荒れ、周囲の砂を巻き上げて砂幕を作り出した。
だが、
「派手な魔法がお好きなようですね」
並みの相手ならば、当たるだけで即死は免れないロメオの魔弾は、どれ一つとしてノヴァへ届いていなかった。少女の時は簡単に砕けた棘も、強度が上がっているのか一つとて折れることはない。
するとノヴァは掌から一本の棘を生やし、微笑みながら口を開く。
「私の魔法は相手に苦痛を植え付ける」
そして掌から射出された棘は、ロメオの腕を貫いた。
防御のために魔力を込めた腕を、いとも簡単に貫いていた。
「地面に棘を刺せば、地面から無数の棘を生やす事ができる。この棘で刺した場所に、また棘を生むのですよ。例えそれが――」
そう言って、ノヴァは親指と中指をくっつけ、
指を鳴らした。
「敵の体内であってもね」
その瞬間、音と呼応するようにロメオの体内から無数の棘が飛び出ていた。
皮膚を突き破り、体内に根を張って。
無数の棘が生えている。
「棘を刺した時点で、アナタの負けは確定しているのですよ」
「グオォオォ! クソがァ!」
叫びながら突進しようとするロメオだったが、既に次点の手は打たれていた。
楔。
例えるならまるで血でできた樹木。
体内から生える無数の棘はロメオの体を串刺しにし、やがて一つの棘でできた木が出来上がる。
「――狂い裂く棘の大樹!」
滴り落ちる血が、周囲を紅く染め上げた。
「世界は広いな、まさかこんな男がいるなんてね」
魔力量はメディックが勝っているはずだ。
魔人化した事によってステータスを上昇させたメディックと、幼気な少女に憑依しているハーフエルフでは、発揮できる力に雲泥の差があるはずだ。
にも関わらず、メディックは認めた。
目前に立つあの男は、紛れもない強者であると。
世界に三指としていない、強者であると。
観客席に着地したメディックは、殺意に目を灯し口角を上げる。
「面白い! 君となら最高の命のやり取りができそうだ!」
初めて、心の底から笑みが零れていた。
全力をぶつけられる相手。
それが目の前にいる。
何という行幸、何と言う吉日。
ただ任務のために来たはずが、これほどまでの上玉と相まみえる事ができるなんて。
「ニードル・グランデ」
渦のように広がる無数の棘が、闘技場の壁から現れる。
視界を覆う棘は蠢き、その形状を空へ昇るように変えていく。
それに対抗するように、メディックもまた跳躍した。
「さて、残るはアナタだけです。が――」
フェーズツーを起動し、魔人化を七〇パーセントにあげようとしたメディックへ、ノヴァは微笑みながら告げてきた。
その魔力、その術技。
全てを出し切る事ができる。
メディックの心にはその期待と。
敵しか見えていない。
だが、その一方で、
ノヴァの目には、既に戦意は無く。
そして――一人の少年しか映っていない。
メディックは知らなかった。
彼は決して半魔を殺さないと。
虐げられている者ならば、敵すら殺す事はないと。
「私の出番は終わりです」
メディックは知らなかった。
この場には、もう一人。
八王に見初められる程の少年がいる事を。
渦のように広がる棘が、その小娘を移動させるためだと気付いた時には、
「しまっ――!」
もう、遅かった。
全てを灼熱の海に落とすような、強大な魔力が。
そのフリーシェから溢れていた。
××××
“彼”は。
決して戦い向きの性格ではない。
臆病で、泣き虫で。
いつも誰かの陰に隠れて。
誰よりも弱くて。
それでいて、誰よりも――才能に恵まれていた。
不幸の底から救いあげられ、心を受け取り愛を知った。
だから彼は、勇者を目指した。
いつか、彼を救ってくれたあの人のようになるため。
あの人のように、誰かを救うために。
何度も夢に見た。
忌むべき炎だった。
両親を焼いてしまった炎だった。
自分を絶望の淵へ追いやった炎だった。
フリーシェが使える、たった一つの攻撃魔法。
ルイスでさえ、この魔法を使えるとは知らない。
使うつもりだってなかった。
使えるはずもなかった。
だってこの炎は、
この焔は、
これまで自分を苦しみ続けた炎なのだから。
それでも、
ただ一つ、友を守るという信念のためだけに。
彼は、燃える。
この炎さえなければ、自分は今も家族と幸せに暮らしていただろう。
父と母は、今も生きていたはずだ。
自分は今も、あの二人に愛されていたはずだ。
でも、過去は変えられないから。
乗り越えるしかないから。
あの人のように、耐えて前に進むしかないから。
痛みに耐えて、前に進むしかないから。
だから、前に進むため。
未来を守るため。
信念を通すため。
――身体を燃やせ。
――心を燃やせ。
――命を燃やせ。
ずっと憎かった炎を、燃やせ。
「これはまさか、炎王の――!?」
自分を孤独に追いやった炎で、孤独から救ってくれた者達を守る。
狼の時代。
古の神々と巨人が住まう最果ての時代。
そこに存在するのは煮えたぎる大地と、
地平線の果てを覆う、一つの炎だけだった。
古より紡がれし、最古の焔。
紅蓮の華。
灼熱の海。
煉獄の風。
炎王・イフリートの炎。
人の時代を迎える為に、希望の光となった炎。
闇を照らす、世界の光。
全ての始まりは、この炎だった。
(ずっと、この炎が憎かったよ!)
それでも、
それでも、
守り抜くんだ!
全てを溶かす程の情熱で、ただ一閃に燃えろ。
そして——天すらも貫く一筋の火が立ち昇る。
――太古の炎!




