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11話 勇者の力


 王都北西部。

 民家の屋根に立つジューナを見上げるムスリムジョーは、体内にある魔力を練り上げる。


「フェーズワン、魔人化六〇パーセント!」


 魔人化によって上昇した膂力を存分に使い、ムスリムジョーは自身を縛っていた蔓の拘束から力づくで逃れる。


「ハッハァ! 勇者ってのも案外大した事なさそうだね!」


 地面を蹴ってジューナの隣にある民家の屋根に着地したムスリムジョーは、笑いながらそう言った。一方でジューナは無表情のままこちらを見下している。


「弱そうで貧相な女だし、ここでアンタを殺して素材にするってのもいいかもね♪」


 軽快に呟くムスリムジョーであったが、対面するジューナが言うほどに弱いわけではないと見抜いていた。タチャンクスやメディックから告げられていた事もあり、警戒心を解く事はない。


「弱そう。では本気を出すとしましょうか」


 ——来る!

 溢れる魔力がまるで風のように周囲を拭き荒らし、あちこちに魔力の余波でヒビが走る。これほどの魔力は、ムスリムジョーも見たことが無い。それ以上に、生身であったのなら立つことすら難しいだろう。


 そしてジューナの目前に、一つの魔法陣が現れた。


「上位精霊召喚——ドライアド」


 痩せこけた姿をした男、一見するとそうとしか見えない風貌と、薄い木の幕で体を覆った姿は、どこか懐かしいほどに神々しさを感じさせる。色白な肌と緑で覆われた目は、見られているだけで心の奥底まで見透かされているような感覚だった。


「中位精霊召喚――ジルフィード」


 ドライアドの周囲を囲うように、三体の女の姿をした精霊が現れる。ドライアドと似た姿であるが、魔力はそれほど強くは感じない。


 精霊術師に対抗するセオリーは、精霊を相手にするのではなく術師本人を相手にすることである。召喚と使役に魔力の大部分を裂き、その操作に意識を集中させるため術師本人がどうあっても弱点になる。


「私を狙っているようですが、甘いのではないかしら?」

「ん? どういう意味?」


「既に手中、という事よ」


 右足に違和感を受けて顔を下げると、いつの間にか足に蔓が巻き付いていた。


「植物は石畳だって割れるのよ。常識よね?」


 その瞬間、蔓に引かれるようにムスリムジョーの体は宙を舞い、遠心力を存分に発揮して地面に叩きつけられる。


「——グッ! くそ、こんなもの、」


 斬撃で蔓を切ろうとして、ムスリムジョーの体は再び宙を舞う。鞭の先につけられた羽のように不規則な軌道で民家に叩きつけられ、それを超えたかと思えば今度は地面に叩きつけられる。


 何度も、何度も、何度も、何度も。


 足首の皮膚は千切れ、血が脳に回って視界がレッドアウトを起こす。それでも尚攻撃は止まらず、ムスリムジョーの体は民家を三軒貫いた。


 顔を血に染めるムスリムジョーは、腕に魔力を通して蔓を切ろうとする。しかし渾身の力で放った斬撃は蔓を斬る事ができず、ほんの小さなささくれを作る程度だった。


「その程度の斬撃じゃ蔓は斬れないわよ。もっと魔力を込めなくちゃ」


 当人は一歩も動かず、ただ高見の見物を続けている。笑って馬鹿にするような表情で、見下しながら、その視線がムスリムジョーを怒りに染める。


「ガァアァアァァ!」


 ジューナへ向け怒り任せに放った六連続の斬撃だったが、それらは突然生えてきた木によって防がれる。普通の木なら何本だって一撃で切り倒せるムスリムジョーの斬撃だったが、ジューナを防ぐ木には薄皮を一枚剥ぐ程度でしかない。


 どれほどの強度を持つ木なのか。

 検討もつかない。


「ほら、頑張れ♡頑張れ♡頑張らないと死んじゃうわよ?」


 その瞬間、再び足に巻き付いた蔓がムスリムジョーの体を振り回し、何度も地面に叩きつける。いくら防御をしても、それを上回る攻撃力で、何度も地面が、壁が、ムスリムジョーを襲い掛かる。


 あの顔のまま。

 自分を馬鹿にする顔をしたまま。


 見下すような、あの視線のまま。

 それがムスリムジョーの心を抉った。

 フェーズツー、魔人化七〇パーセント。


「俺を馬鹿にしてんじゃねえぞこのクソアマァ!」


 叫びながら自分の足を切断し、ムスリムジョーは蔓から逃れた。そして片足のまま跳躍し、空からジューナを目標に定める。


 地から伸びる蔓ならば、空中に居れば良い。

 不意打ちを喰らう事はなくなる。


「——樹槍」


 精霊術師の弱点は術師本人。


 しかしそれは通常の話。


 救世を定められた勇者はその全てが規格外。


 魔力も、膂力も、俊敏性も、防御も、魔法も、そして速さも。


 ジューナの腕から根が生え、それが槍の形へと変わった。


 そしてそれを振りかぶり、一直線にムスリムジョーへ投げる。


 まるで音や光よりも早く見えた樹の槍は、残像だけを残してムスリムジョーの腹を貫いた。


「封印式・樹海仙景」


 突然、貫かれた腹から無数の芽が出て、それがみるみる成長していく。ムスリムジョーの体に根を張り、皮膚を突き破り、体から木々が生い茂る。

 やがてその樹は全てを覆い、そこに残ったのは大地に根を張る一本の巨大な樹だけだった。


「クソアマだなんて、失礼しちゃうわ」





 ××××








 王都西部。

 タチャンクスとメリッサの会敵を見ていたベリアルは、痛みに悲鳴を上げる体をおして剣を持って立ち上がる。液状化して物理攻撃が効かない以上、不覚をとればメリッサとて危ないかもしれない。


 ならせめて盾になるくらいはしないと。

 その思いで立ち上がったベリアルだったが、メリッサは首だけで振り向いて笑う。


「おいおい君、無理はしなくていいわよ。黙って寝てなさい」

「ですが、助勢は無理でもせめて盾にくらい!」


「あのねぇ、死に急いでどうすんのよ。弱い奴を守るのが勇者の仕事なのに、それを盾につかってどうするの?」

「ですが、その女には物理攻撃が効きません! いくら勇者様と言っても油断されては――」


 その瞬間、ベリアルの顔に影が落ち、眼球だけで向くとゴーレムがいた。

 先ほどゲイルやグレゴリアを呑んだ個体ではない。


 新手だった。


「破・閃撃!」


 ゴーレムの腕がベリアルを捕らえようとするその瞬間、メリッサが大槌を振るとその余波でゴーレムが粉々になった。いったい何をしたのか見当もつかず、ベリアルは開いた口が塞がらない。


「あっちにも二体いるのね」

「お待ちください、あのゴーレムは自分の仲間を呑んで――」


 先ほどの勢いで攻撃を放てば、飲まれたゲイルやグレゴリアもただでは済まない。

 しかし、メリッサはそれを無視して大槌を振った。


「破・閃撃!」


 先ほどとまったく変わらず振った大槌は、その余波でゴーレムを粉々にした。だが、先ほどとは違い、全身が粉々になったわけではなく、ゴーレムの頭と四肢の全てだけが粉々になる。


 それも二体同時に。

 何が起こったのかすら、想像もつかない。


「ほら、さっさと救出、救出!」

「は、はい!」


 大慌てでゲイルとグレゴリアをゴーレムの中から救出し、奥に埋まっていた他の仲間も救い出す。意識はないが、生きているようだ。呼吸もしっかりできている。


「さてと、じゃあアンタが相手ね。アンタ何者?」


 救出を続けるベリアルを無視して、メリッサはタチャンクスに向き合った。タチャンクスは先ほどから一歩も動いていない。ただ人型のまま佇んでいるだけだ。


「ダブルシックスよ、知らない?」

「知ってるけど、どうやって魔物を操ってるわけ? っていうか目的はなに?」


「うーん、それは別に答えても良いんだけど。事情を話せば私達のすることを見逃してくれるわけ?」

「いや、まったく」


「メリッサ殿!」


 二人の会話を遮るようにベリアルが大声を上げた。

 手も出さずに会話をするタチャンクスを不思議に思い凝視していると、右足の踵が液状化していることに気付いた。グレゴリアがやられた手、部分的に液状化して地面を通り、相手の足元で硬質化した刃を放つ攻撃。


 角度的に、メリッサからは見えていない。


「相手はもう攻撃体勢に入っています!」

「もう遅いわ! 串刺しになりなさ――」


 まるで世界を動かす時間の流れが、突然その速度を落としたような光景だった。

 それほどまでにメリッサの振りかぶる大槌の流れは緩やかで、同時に滑らかで、そして見取れる程に強く、美しかった。


「剛・迫撃!」


 大槌が地面を抉り、その衝撃が周囲を諸共に吹き飛ばす。

 タチャンクスが地面の下に潜らせていた液状化した体も、ゴーレムの死体もその全てが吹き飛ばされた。だが、それで攻撃が終わるはずもなく、足を広げて大槌を構えたメリッサは、軸足を大地にめり込ませて腕を振る。


 その瞬間起きた衝撃波が、タチャンクスの体を浮かせた。


「えっと、物理攻撃が効かないんだっけ?」


 そんな疑問を呟きながら、メリッサは大槌でタチャンクスの顔を潰した。

 タチャンクスの首から上がなくなり、同時に液状化した体が周囲に飛び散る。


「無駄よ、その程度の攻撃で私を傷付ける事は――」


 人型に戻りつつ話し出したタチャンクスだったが、メリッサが再び大槌を振り下ろして液状化した体がまた飛び散った。それを繰り返す事数回、タチャンクスの再生より早く振り下ろされる大槌の連撃が、彼女の体積をみるみる減らしていく。


「えっ、ちょっ、まっ――」


 お構いなしに四方八方から放つ大槌の攻撃で、タチャンクスの体はどんどん小さくなっていく。もはやそれまでとは比べ物にならないほど削られ、半分以上が吹き飛ばされていた。


「物理攻撃が効かないって、それって私の攻撃でもダメなのかしら?」

「嘘でしょこの女、間に合わな――」


 出鱈目。


 その言葉の意味を、ベリアルは初めて理解したのかもしれない。


 何もかもが無茶苦茶、セオリーなんてくそくらえ。

 そう叫ぶかのようにメリッサは大槌を構えた。


「破・撃・豪・昇龍脈!」


 下弦の月。


 それを連想させる弧を描きながら振るわれる大槌はタチャンクスの体を捕らえ、そのまま先にある民家や城壁ごと吹き飛ばす。まるで音速で飛ぶ巨大な大筒を放ったように、メリッサの先にある物が全て衝撃によって円形に削られた。


 衝撃と共に飛んで行ったタチャンクスの体は見えぬほどに遠くまで飛び、ほんの数秒で視界から消えてしまった。


「勇者ナメんじゃないわよ!」


 大口を開けて言葉を失っていたベリアルは、ただただ戦慄した。


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こちらが完結したのでよければ見てください。
ビカム・ヒーロー
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