7話 八王参戦
激化する戦闘。
初動を抑えたとはいっても、十倍以上の総数差はやはり前線の維持も難しく、所々で混戦になり始めていた。
「ゴーレムはデカい、一度中流街までおびき寄せて地の利を活かせ! 黒いゴーレムには一級レベルの冒険者であっても、必ず数人でかかれ!」
セバスの指揮に呼応して、冒険者連合は中流街で民家を使った戦闘に移行した。街に魔物を侵入させるリスクはあるが、ゴーレムとの交戦中に魔物の横槍が入りにくいのは利点だ。なにより固まっていればメリッサの邪魔になる。
「クソ、まだ終わらないのか!」
戦闘が始まって、かれこれもう一時間は経過していた。その間常に戦闘を行っていたセバスを含め、冒険者達も肩で息をしている。休む暇があれば変わっただろうが、押し寄せる魔物の数がそれを許してくれない。
「——セシル・フリーゼ!」
その瞬間、空から一陣の風が吹き下ろされ、かまいたちのような風の刃がゴーレムの体を粉々に切り裂いた。
「ジューナ様!」
空に浮かんでいたのは、精霊の肩にのるジューナだった。
「セバス、状況報告を」
「黒いゴーレムが相当厄介です。一体削るのに、こちらもかなりの戦力を削られています」
「では私は黒いゴーレムに集中するわ。セバスは冒険者達を集めて指揮をお願い、撃破数が少なくなっても問題ないから、戦力を失わないようにして」
「かしこまりました!」
セバスがそう応えると、同時に数体の精霊が近くに着地した。
セバス自身も初めて見る高位の精霊術に、思わず生唾を飲んだ。
「ではジューナ様、ご武運を!」
最後にそう言い残し、セバスは冒険者連合の指揮をとるために移動した。
××××
王都最北西より更に先、三キロ以上離れた場所でガイリックは切り株に腰を下ろした。
「あーくそ、疲れたな……昼飯抜いておけばよかった」
元々白兵戦特化ともいえる戦闘力を有するガイリックにとって、長距離を移動しつつ目標を撃破していくというのは予想以上に骨が折れる。痛む横腹を抑えつつ、ガイリックは溜息をついた。
いっそここでゲロッてしまおうか。
周囲にはゲートを守るために配置されていたであろうゴーレムの死体が、数十体あるだけで他には何もない。
『おいガイリック、サボりか?』
「うるせえぞジェイク。お前どこから見てんだよ、距離を考えろボケ」
天元の異名を持つジェイクは、神造武具を手に入れてから異様なまでの視力を得ていた。おそらくこの通信もこの位置からでは見えない場所で送っているのだろう。
『王城の上だ。それより西部、北西部のゲート破壊は終わったか?』
「ああ、問題はねえよ。その二方向に関して言えばこれ以上の戦力増加はねえ」
『わかった、体力が回復次第北部のゲートも頼む。それが終わればとりあえず帰還しろ』
「このまま後ろから魔物共を蹴散らす方が都合が良いだろ?」
『それは……そうだな、お前の判断に任せる。だが危なくなったらすぐに退け』
「危なくなったらか。危なくなる事があんのかねぇ」
ゴーレムの死体を足蹴にしつつ、ガイリックは溜息をついた。
『ガイリック、大聖祭会場に現れたあの男について、お前はどう思う?』
「どうって? まぁ異様な雰囲気だったな」
そう答えた後、通信結晶越しに矢を放つ音が聞こえた。
『あれがダブルシックスの戦闘員であるならば、黒いゴーレム以上の脅威になるだろう』
「ルイスが言ってたぜ。あの男は生身じゃなくて、分身に近い何かだったって」
『ああ、それは俺も気付いていた。もしあの男と似たレベルの敵が現れるようなら、それこそ俺達が対処しなくちゃならない。人対人ならば、お前の得意分野だろ?』
「はいはい、分かりましたよ。とりあえず北部のゲートを破壊しに行く。お前はナビを続けてくれ」
『——了解!』
通信を切り、ガイリックは槍を背負って北に目をやる。
ダブルシックスについては、ガイリックも王都が知る内のほとんどを知っている。そのため彼らがどのような手を使い、どのような目的を持っているのか。王都が出した予想ではあったが、そのほとんどを理解している。
「…………」
しかし大聖祭会場に現れ宣戦布告をし、そのまま自爆した男。
一見しただけな上、戦闘の様子も見ていないが、それでもあの男は並々ならないほどの実力を隠し持っていた。
勇者には遠く及ばないが、一級を凌ぐ力を持っている。
だが一級クラスの戦闘力を有するともなれば、兵士であろうと冒険者であろうとそこそこ名が知れる。にもかかわらず、部下や有望な者の顔をほとんど覚えているジェイクや、兵士の等級について最終的な決定権を持つ家の一つであるマキシモフ家のメリッサは知らなかったようだ。
秘密裏に強くなったテロリストか、あるいは他国から派遣された者なのか。
それは定かではないが、頭の隅に置いておくべきことだろう。
「ふぅ……」
休憩と水分補給を終えたガイリックは、再び大地を蹴って空を飛ぶ。
××××
戦闘準備を終えたメディックは、拠点の傍に設置していた転移魔法の準備を始める。
エルドリア王国ですら持っていない、瞬間移動を可能にする魔法。それは魔物が使う魔法であり、人間である王国の兵士達には使えない魔法。
「準備は良いな?」
振り返ってそう問いかけると『タチャンクス=アッシュ』『ムスリムジョー=ジャッカル』『ロメオ=カウボーイ』そして『デイビー=クロケット』が頷いた。
「デイビーはここに残って、蟲経由で俺達に戦況を伝えてね。それと本体の護衛も頼むよ」
「はいはい、おっけー」
「大聖祭会場まで行ったのに、自爆だけして帰って来るって何がしたかったんだテメェ」
「そんな事言うなよロメオ。それよりメディック、展開する蟲の数は五百で良いんだよね?」
「ああ、それ以上は無駄になる。お前は観測者の排除だけに専念してくれたらいいよ」
「りょーかい」
デイビーの返答を受け、メディックは前を向く。
本作戦の目的は八割方成功している。後の二割は自分達の仕事だ。
「じゃあ、戦線に出よう」
そしてメディックを筆頭に、タチャンクス、ムスリムジョー、ロメオは後に続く。
××××
王城から前線に現れたゴーレムを射貫き、ジェイクは一息ついた。
地平線を覆う程に多かった魔物だったが、ガイリックのおかげで既に後続はなく、まだ数万はいるだろうが終わりが見えてきた。
「叔父上、そろそろ終わりが見えてきた。ルイスを北部に投入してもいいと思うぞ」
『そうか解った、ならそう通達する』
「ああ、そうして――」
そうしてくれ――そう返答をしようとした瞬間、ジェイクの背を悪寒が駆けた。
直観、長らく指揮官としても兵士としても戦場を駆けてきた者にとって、最も重要なものは危機感地能力だ。魔物の多くはその生態が不明、それ故に初見殺しのような魔物が数多く存在する。
だからこそ、得体のしれない危機に対する感性を、勇者は皆高い水準で持っている。
「——なんだ!?」
その瞬間、ジェイクの周囲を囲うように無数の虫が現れた。
見た事もない虫、蠅のような形状をしているが、くちばしは鋭く、また大きさも三〇センチを優に超えている。
『どうした、ジェイク!』
ナルニアレイから通信が入るが、それに応えるよりも早く蠅達は一斉に魔弾のような物を射出した。
「——チッ」
王城の頂上にいたジェイクは、そこから飛び降りて体を横に空を見上げる。
魔界蟲、そのような名を冠する虫は存在する。魔界にのみ生息する虫であり、その多くは人間界に存在する虫を悪意と殺意でコーティングしたような形をしている。
人体を内側から食い荒らす百足、毒尾を三本連なせる巨大な蠍と様々だが、あの蠅はジェイクも見た事がなかった。
だが蠅型にはある程度、共通する特徴がある。
「——フン!」
落下する最中にジェイクは弓を引き、空中で矢を放つ。
不安定どころか、空中での射撃にもかかわらず、放たれた矢は五〇に分裂して蠅を撃ち落とした。
「叔父上、強襲に遭った。魔界蟲だ」
『——! 援護は必要か?』
「いやこの程度なら問題はない」
空中で身を捻って王城の壁に矢を放ち、それを足場に着地する。そして空を見上げると、蠅が一目散にこちらへ迫っていた。
明らかに統率された動き、平均的に知能の高くない魔界蟲だが、弓兵の弱点である近接へ持ち込んできた。
だが――、
「近距離では戦えないとでも思ったか?」
ジェイクは弦を引き絞り、向かってくる蠅を撃ち落とす。視界にあっただけで三百はくだらない数だったが、それでも負けるはずがない。
「叔父上、俺の穴埋めにルイスを派遣してくれ」
『ジェイク、それは無理だ』
「…………?」
『特級・八王が出現した』
その言葉と同時に、王都北東部で大規模な爆発が起きる。
視線を向けると、その先にあったのは目を疑うような光景だった。
××××
さかのぼる事数秒。
王都北東部。
ある程度の休憩を取り体力を回復させたルイスは、北部に向かおうとしていた。司令部からの報告では、魔物を生み出していたゲートの大半はもう破壊されたらしい。
「じゃあウォルフォート、もしまた魔物が現れたら北東と南東は任せたよ」
「ええ~南東はルイスの仕事じゃんか!」
「そう言わないでさ。後で何かお菓子を作ってあげるか――」
衝撃。
ルイスとウォルフォートの体にそれが届く前には、彼らはもうそちらに目を向けていた。
ここから数百メートル程度の距離で、何かが産まれた。
それもとてつもなく強大なものが。
「……ウォル」
「うん、わかってる」
ルイスはもう包帯の巻かれた剣である神造武具を具現化させ、それと同じようにウォルフォートも巨大な鎌を構えていた。身の丈を優に超える、片刃の鎌。
「ナルニアレイさん、緊急事態だ。私達は動けそうにない」
『どうした? 何があった?』
「わからないが、ヤバそうだ」
——地震、いや違う。
何かが着地した衝撃が、まるで大地の怒りの如く草原を揺らしただけだ。
やがてそれは草原の大地に立ち、巨大な二つの眼でこちらを見据えていた。
「ナルニアレイさん、特級だ」
『なんだと!?』
巨王・タイタン。
身の丈は五〇メートルを超える高さに、せり上がる肉を閉じ込めた巨腕。燃え上がるような赤い肌と、額から生える二本の角。魔界にすらこれほど高く太いものなどないだろう。
それほどまでの巨体を操る、魔王軍幹部。
巨王――タイタン。
巨人族の王。
この世界で最もデカい、人型の怪物。
「割に合わないね、これヤバくない?」
「気合を入れなよウォルフォート、全力で行くぞ!」
武器を手に持つ二人は、構えを取って巨王に向き合う。
「来い、巨王――タイタン‼」




