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30話 もう一人の成功例、羅刹






「あっちゃぁ、見逃したかぁ。まぁどうせリリックが勝っただろうから別にいいか」

「なん……だと?」


 驚愕に声を上げる羅刹を無視して、ルイスは頭をかく。

 今のリリックの力量であるならば、大抵の相手には勝てるだろう。

 危ないのはドルトムント、そして目前にいる羅刹の二人。


「さてと」


 ルイスは顔を上げ、周囲を眺める。

 そこにあるのは無数の穴と斬撃の跡、そして散らばった手。


「腕を具現化させる――変わった魔法……と、いうよりコレは黒魔法だね。人間の身でありながら、君は何故魔物の力が使えるんだい?」


 黒魔法。

 魔物にしか使うことができない魔法であり、ルイスのような半魔も使う事ができる魔法だ。

 それはつまり、言い換えてみれば人間では使う事ができない魔法。


 羅刹と鉢合わせをした瞬間、彼は無数と呼べるほどの腕を具現化させルイスに襲い掛かってきた。拳を作って飛んでくるという単純なものから、掌に魔弾を貯めて放つものなど、多種多様な手段で攻撃を放った。


 しかし、順当なまでにルイスは傷一つ負っていない。

 それが羅刹には信じられないようだった。


「私を殺すって言ったけど、それはどういう意味かな?」


 矢継ぎ早に質問を投げるが、羅刹は額に一粒の汗を流す。


「ボクが生き続けるためには、お前のような魔物の力を持つ人間を食らわねばならないんだ」


 食う?

 その言葉の意味を分かりかねて、ルイスは首を捻った。


「ボクの本名はグレゴリ七号。培養器の中で生まれた……魔物の魂を持つ人間だ」

「魔物の魂? グレゴリ七号?」


 言っている意味があまり理解できず、ルイスはただ問い返した。


「ああ、それがボクの名前だ。魂魄学権威『アドミラル=ベルフェゴース』の実験によってボクは生まれた」


 アドミラル。

 その名前には覚えがあった。

 アイニールにノヴァの魂を埋め込んだ男の名前だ。


「ボクの体には魔物の魂が混じっている、その魂は俺の体を徐々に侵食し、やがてボクの全てを食らいつくす。それを防ぐためにはお前のような強い半魔の心臓を食わないとだめなんだ」


 心臓を喰らう。

 それはつまり、殺して食うという意味で間違いないだろう。


「う~ん、残念だけどそれは無理だね。私は死ぬわけにはいかないし、死にたくもない。何より君じゃ逆立ちしたって私には勝てないよ」


 それよりもルイスには問いたい事があった。

 だが今それを訊いて、すんなりと答えてくれる雰囲気ではない。


「まぁ戦いたいというのであれば、別に胸を貸してあげられないわけじゃないんだけどね。私に構っている暇はあるのかな? 君が今から戦う『ドルトムント=ラズグッド』は片手間で相手できるような兵士じゃないよ」


 二次試験でリリックに土を付けた男。

 あの男の力量を測ったルイスは、ただ驚愕の色を浮かべた。


「後進に一つアドバイスでもしておこうか。言論がどうであれ、強い奴はどうあっても強い。彼はおそらく今期の大聖祭に出場している少年兵の中で一番強いよ。もし君が彼に勝てたのなら、相手をしてあげてもいい」


 はっきりとした底はまだ見えていないが、あの青年の強さは計り知れない。

 馬鹿なようで馬鹿なのだろうが、それでも特筆するべき何かがある。


「約束だな?」

「ああ、約束だ。私は一度交わした約束を破る気はないよ」


 自分が約束を破られた側なのだから、破る側になんてなる気はない。

 なんにせよ、ルイスは羅刹に背を向けた。




  ××××




 第二試合を一瞬で終えはしたが、リリックもある程度の怪我はした。

 まるで剣山のようになっていたバイエルンを殴ったのだから、当然と言えば当然なのだがそれでも軽傷ですんだ。


 いや彼が出した剣は体を貫いており本来であれば重症のはずなのだが、なぜかリリックの傷はもうほとんどが塞がりかけていた。


「魔人化の影響か?」


 ルイスから魔人化の方法を教えられはしたが、その時の話は要領を得ないというか、どこかはぐらかすような物言いが多かった。

 あえて情報を制限したまま話すというか、全てを伝えたくなかったようだ。


「何にせよ、後二試合か……」


 これから医務室へ向かい、塞がり切っていない傷の手当を終えれば休まなくてはならない。

 今はもう歩くことすら億劫に思える程に消耗していた。

 これも魔人化の副作用だろう。


「素晴らしいな恋敵よ!」

「だから恋敵じゃねーって」


 聞き覚えのある声に目を向けると、そこに居たのはドルトムント=ラズグッドだった。

 相変わらず自分を恋敵と呼ぶあたり、まだフリーシェの事を諦めていないのかと不安になる。


「あれは魔人化だな、なるほど。前の手合わせでは手を抜いていたというわけだな」

「ちげーよ、この一週間で覚えたんだよ」


「いっしゅうかん? それってマジなのか?」

「マジもマジ、大マジだっての」


 やれやれと肩を落とし、リリックはその場に座り込んだ。

 疲労が蓄積された今、この男と話すのは心身共にやってられない。


「お前の相手、羅刹――だっけ? 勝てる見込みはあるのか?」

「さぁな、俺が見た限りで言えば。良いとこ五分だろうな」

「良いとこ五分――?」


 リリックも大聖祭の前に羅刹と会っていたが、あの時感じた彼の強さはそれほどまでに驚異的だとは思わなかった。自分を打ち負かしたドルトムントが羅刹に比べて劣っているとは到底思えない。


「お前にはリベンジしないといけないんでな、勝ってもらわないと俺が困る」

「ハッハッハ、返り討ちにしてくれる。だがまぁ、そうだな」


 そこで言葉を区切り、ドルトムントは一つだけ大きな深呼吸をした。


「我が恋敵よ、お前との因縁も浅からぬ仲だ。できれば決勝で再び拳を交えたいものだな!」

「因縁って、全部お前の一人相撲じゃねえか」


 フリーシェを男と知らずに求婚し、リリックとフリーシェが恋仲だと思って襲い掛かってきたという、なんというか救いようのない勘違いだった。


「ワッハッハ! しかしなんというかまぁ、フリーシェさんが男と知りながらも時々胸が苦しくなるのは気のせいだろうか」


「気のせいにしておけ、マジで。キモいから」

「なるほど、それならばそうしよう」


 ドルトムントが勝手にそっちの道に転がっていくのは気にしないが、相手がフリーシェとなるとリリックは止めなければならない。


「あ、一つ言い忘れていたのだが、リリーは本戦を辞退するそうだ。お前の力を見て勝てないと思ったらしいぞ」

「へぇ、じゃあ俺はもう決勝行きは確定か」


「そうだな。じゃあ行ってくるぞ」

「おう、まぁ……頑張れよ」


 最後にそう告げてドルトムントに背を向けた。先ほどまで愛想笑いも含めて上げていた口角はすでに落ち、呼吸を整えて一歩ずつ自分の控室に向かう。

 真剣な顔つき。


 次に会う時は、拳を交わさなければならない相手だ。

 だがその相手になるにはドルトムントはあまりにも強大で、その強さは空気を揺らしてリリックの肌を痛いほどに刺していた。


「はぁ……」


 一つだけ溜息を吐いて、やれやれ、と呟きながらリリックは控室に戻った。




  ××××




 羅刹が闘技場へ向かう通路を歩いていると、正面から担架に乗せられて運ばれるバイエルンの姿があった。


「ぢくじょう……いでぇ、いでぇよぉ!」


 一目みて解るほどに重症で、顔の骨が粉々になっていた。両腕の骨も折れて、皮膚を突き破っている。相手を嘗めてかかり、正しい力量を測れなかったのだから当然と言えば当然なのだが。


「無様だなバイエルン、大口をたたいてこの程度とは」


 すれ違う直前にそう告げると、聞こえたのかバイエルンは眼球だけを動かして羅刹を睨んできた。


「うるぜぇ、お前みたいなバケモンに俺の気持ちがわがっでだまるがぁ!」


 バケモノ。

 そういわれる事には慣れている羅刹だが、改めて言われると胸糞が悪くなる。


 自分だって好きでこんな力を手にしたわけではない。マッドサイエンティストの実験体にされて、唯一の成功例になっただけだ。


 羅刹は指先を動かすと、次の瞬間バイエルンは金切り声を上げた。むき出しになった骨に、魔法で少しだけ負荷を与えてやっただけだが、想像を絶する痛みだろう。


「クックック……」


 無意識に浮かべてしまう口元の笑みを掌で隠し、羅刹は前に足を踏み出す。

 なんにせよ、もう手加減の必要はない。


 ドルトムントという男だが、全力を出すに値する敵だ。四肢を引き千切ってもいい、肉を裂いてもいい、骨を圧し折ってもいい。どんな手を使おうが殺すべき相手に巡り合えたことに羅刹は肩を震わせる。


『第三試合、羅刹vsドルトムント! まもなく開始です!』


 実況の声に、戦いの火蓋が切られるのはもうすぐだと羅刹はまた微笑んだ。


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こちらが完結したのでよければ見てください。
ビカム・ヒーロー
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