31話 融合体
憑依と融合、その違いについて分かるかな?
遠い昔の記憶、羅刹の奥底にはその問いかけが今にも根付いている。ガラス張りな正六面体の部屋の中央、体中に鎖と管を巻かれた状態で羅刹はその問いかけを頭の中で反芻していた。
「例えるなら、憑依とは外側からの乗っ取りだ。絵画を上から黒の絵具で塗りつぶすような、全てを『上書き』する。それが憑依なのさ。だから悪魔や魔物、あるいは精霊に憑依された者はやがて人間ではなくなる」
羅刹が呼吸するたびに、口に入れられた管が呼吸に混ざる水気で曇る。だがそれでも身動き一つとる事はできず、ただ話を聞くことだけしかできない。
「一方で融合とは何か――。これも例えるなら、青の絵具に赤の絵具を混ぜると、綺麗な紫色ができあがる。青に黄色を足せば今度は緑色になる。理解できるかね、グレゴリ七号。調和だよ」
興奮した様子で、白衣に身を包んだ男は続ける。
「異なる二つが完璧に調和する事で新しい物が生まれる。片方が大きすぎてもダメで、逆に片方が小さすぎてもダメ。完璧な融合によってこそ新しいモノが生まれる。だがここで一つ考えてみようじゃないか、絵具でできる事ならば、人であっても同じではないのか、と」
そして研究者、かつて自分を『アドミラル=ベルフェゴース』と名乗った男は続ける。痩せこけた頬に飛び出た眼球、ズレた眼鏡を鼻にかけるとオールバックにした白髪が特徴的な男だ。
「人間と魔物、あるいはエルフやドワーフ。相反する二つが完璧に調和し融合したのであれば、新しい何かが生まれる。青よりも美しい紫や、黄色よりも淡い緑のように。優れた何かが生まれるはずなんだ。だからグレゴリ七号、君は私にとっての希望なのだよ?」
がっかりさせないでくれ。
最後にそう言い残し、アドミラルは消えていった。
羅刹は、自分に魔物の魂を埋め込んだ理由は、何度も聞かされていた。これで何度目などと考えるのも億劫になるほどの回数を、あの男は語り掛けてきた。
親を殺し、投獄された自分は殺されても文句はない。
だがそれよりも酷く、惨く、自分自身を作り替えられるよりも殺された方がマシだとなんども思っていた。
××××
闘技場へ先に足を踏み入れたのはドルトムントだった。
拳を作った両腕を大きく掲げ、浴びせられる歓声に笑顔で応えている。
「うおおおぉぉぉぉ!」
雄叫びを上げると、それに応じて観客席からも歓声が上がる。ドルトムント=ラズグッド、ラズグッド家とは王国でも指折りの名家であり、一族の中から、これまで十四名もの勇者を輩出している。
故に英雄の血族として、ラズグッドという名だけでも人々の注目を浴びるに値する。ましてドルトムントの性格がそれに合わされば、わずか二十二歳という若さであっても人々から羨望の眼差しを受けるのも難しい事ではない。
『続きまして羅刹一級兵士の登場です』
実況の声と共に、ドルトムントの対面方向から現れたのは羅刹だった。ゆったりとした足取りで、闘技場の中央へやってくる。
『先ほどリリー三級兵士が棄権を申し出たため、この両者の内どちから一名が決勝にてリリック準二級兵士と雌雄を決することになりますッ!』
あれほど圧倒的な力を見せつけられれば棄権もしたくなるだろうと、ドルトムントは内心頷きつつ闘技場の中央で羅刹と向かい合った。
自分に比べて頭二つは小さい背丈、四肢の細さなどまるで小枝のようであるが、なぜか羅刹からは尋常じゃないほどの気配を感じていた。まるで人間ではない何かが中でうごめいているような、殻を食い破って出てきそうな。
何かを感じていた。
そういえば、とドルトムントは空を見上げて思い出す。
どこかで似たような感覚を得ていたような?
「——むっ?」
唐突に気配を感じ、ドルトムントは掌で向かってくるものを弾いた。
すると手の甲に鈍い痛みを感じ、目を向けると羅刹から放たれた魔眼が後ろの壁にめり込んでいた。
「羅刹選手、まだ試合開始前ですよ?」
立会人を務める聖域の勇者ジューナが、棘を感じさせる声で言った。だが羅刹にはその言葉が届いていないのか、フラフラとした立ち姿のまま反応もしない。
「問題ないですよ、ジューナ様。むしろ俺も今すぐに始めたい気分ですので」
「フッ、わかりました。では――」
鼻で一度だけ笑ったジューナは右手を天に向け、そしてそれを振り下ろした。
「試合開始ッ!」
その瞬間、周囲を囲うように現れたのは無数の腕だった。
「――す」
白、赤、黒、緑、色は様々、肉が削げ落ち骨で角ばった腕、異様なまでに爪が延びた腕、曲がってはいけない方向へ指が折れ曲がった腕、色違い形違いの腕が無数に宙を漂っている。
(——二十四)
一瞬で自分を囲う腕の数を確認し、ドルトムントは両腕に魔力を集中させる。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――喰い殺す!」
まるで人が変わったかのように羅刹の目は紅く輝き、大きく見開かれた。猫のような縦長の瞳孔が収縮し、ギョロギョロと眼球を動かしていた。
「殺す!」
変わりようにも驚いたが、それ以上に気配の変化にも驚かされる。
まるで別人、いや別種。
そう言い表す方が正しいのではないかと思えるほどの変化だった。
「殺すァ!」
羅刹が叫んだ瞬間、宙を彷徨っていた腕たちが一斉に指を此方へむける。
そして指先から放たれたのは、無数の魔弾。
否、ドルトムントが魔弾としか認識できなかっただけであり、その実それは触れれば腐敗し相手を腐り殺す黒の魔弾、相手に当たった瞬間氷漬けにする紅蓮の魔弾、触れた相手を毒漬けにする緑の魔弾。
色の違う腕が、それぞれ違う魔弾を放っていた。
「……吸収」
ドルトムントが魔法を発動させた瞬間、彼を目掛けて放たれた二十四発の魔弾が黒く塗りつぶされた右腕に吸い込まれた。
「反射!」
そして第二の呪文を放った瞬間、彼の左腕から吸収された魔弾が次々と現れた。
魔法の吸収、そして反射、それがドルトムントの持つ魔法である。例えばリリックと戦った時も、彼は自分の肉体へダメージが与えられる瞬間に右腕で吸収していた。そして肉弾戦の最中左腕で攻撃を与えたと同時に吸収した魔法を放つ。
単純ではあるが、それ故に強力な魔法。
吸収限界はあるが、それでも並みのレベルでは彼の限界を突破する事はできない。
彼を傷付けられるのは体術のみである。
「フッ、面白い」
ドルトムントは足を大きく開いて右手を空に掲げ拳を作る。そして全身全霊の力を以って振り下ろし、闘技場の地面を割った。かと思えば今度は左の拳を地面に打ち付け闘技場を粉々にしていく。
「ヌン! ヌン! ヌン!」
やがて岩のように割れた闘技場の中央で、ドルトムントは不敵に笑う。
「我が名はドルトムント=ラズグッド! 正々堂々、いざ勝負!」
××××
羅刹が知る限りの情報で言えば、自分に融合させられた魔物は『修羅童子』という名の魔物らしい。特級に分類されるほどの魔物であり、勇者の力すら凌ぐ力量。実際に修羅童子は、魔王軍幹部に名を連ね『炎王』『巨人王』に並び『獄王』の名を冠している。
修羅童子が最後に目撃されたのは、五〇年前に『炎王』イフリート、そして『蛇王』ムカデオロチと共に勇者に討伐された時だ。
その時に勇者が剥ぎ取った修羅童子の右副椀を使用し、羅刹の体に融合させた。
結果与えられたのは死が救済に思えるほどの激痛。目や耳、鼻といった顔中の穴から血を吹き出し、血反吐と共に痛みを紛らわすために頭を地面に打ち付ける。舌を噛み切ろうとも死ぬことはできず、痛みに耐えかねて自分の目を抉り出したこともあった。
そんな痛みが半年ほど続き、唐突に彼は適応した。
痛みもなく、苦しみもなく、ただ漠然とした力だけが彼の内側から溢れていた。
グレゴリ七号改め、初代人型魔導兵器、羅刹が誕生した瞬間だった。
「——黒手!」
羅刹が魔法を発動させると、宙にあった黒い腕から魔弾が放たれる。ダメージを与えた相手を腐敗させる魔法、魔力でガードされれば命中しても効果は薄いのだが、それでも継続的にダメージを与えられる。
「白手、紅蓮腕、緑手!」
続いて威力だけを高めた白手、相手を凍らせる紅蓮腕、毒を与える緑手を発動させてドルトムントを囲うように射出。
だが魔弾の数々は、粉々になって岩と化した闘技場の地面に防がれる。一体なぜ地面を砕いたのか疑問だったが、遮蔽物を作りたかったらしい。それに岩がそこら中に転がっているせいで視界も悪い。
羅刹は一歩後ろに下がり、放出した腕を再装填しようとして――大岩が頬をかすめて弾丸のように過ぎ去った。
「ヌゥン!」
唸り声か雄叫びかも分かりにくい声と共に、ドルトムントは転がっていた岩を手あたり次第にこちらへ投げていた。どんな力があれば百キロはくだらない大岩を投げられるのか疑問だが、羅刹は冷静に対処を開始する。
「赤腕!」
すると空中に現れたのは四本の赤色をした腕。それが羅刹の正面に並ぶとそれぞれが結界を展開した。半透明な赤い壁に岩が当たっては崩れ落ちる。
「白手、紅蓮腕!」
再装填を終えた腕を再び展開し、今度は二方向からの集中砲火でドルトムントに標準を合わせる。生半な魔法では、めくれ上がった岩盤に防がれるが火力を集中させれば何てことはない。
「ボクにィ! 喰わせろ!」
どんどん意識が遠くなっていく。魔法を発動するごとに、自分の中に居る魔物が暴れだして自我がゆっくりと薄れていった。それでも羅刹は一歩も揺るがず、ただひたすらに魔法を発動する。
特に目的はない。
自分を改造した男は何年も会っていない。
ただ魔導兵器として戦地で戦っていた羅刹は、流されるままに大聖祭に来た。
戦う理由も、勝ち上がる理由もないし、仮に優勝しても勇者になる気もない。
ただもしここで勝ち上がれたのならば、アドミラルに復讐できるかもしれない。
どうでも良い事だが、殺せるならば殺したい。
そんな些細な信念で、羅刹はまた魔法を発動させる。




