20話 一次試験開始
≪リリック視点≫
ガイリックの姿を見て、リリックは口端を上げた。
ルイスから試験管だとは聞いていたが、やはり久しぶりに会うと嬉しい事には嬉しい。
「あの人、ガイリックさんだよね?」
泣き止んだフリーシェが、ガイリックの姿を見て言った。
目が少し腫れているが、もう涙は流していない。
「ルイスさんが言ってた通り、あの人が一次試験の試験管らしいな」
「あの人が出すテストに合格したら、二次試験に進めるってことだよね?」
「ああ、事前の説明ではな」
リリックとフリーシェは、そんな会話を交えながら壁から離れて会場の中央へ移動する。
するとドルトムントの近くに居たメイアとアイニールも寄ってきて、チームの全員が同じ場所に集まった。
そしてメイアがフリーシェの顔を覗き込む。
「フリーシェ、もう泣き止んだ?」
「うん、もう大丈夫」
「あれは面白かったですね、もう一度近付いてみませんか?」
「絶対にやめろ」
そんな会話を交えていると、檀上に立つガイリックと目が合った。
彼は一瞬だけ言葉を止め、こちらに向けてウィンクをする。
「僕達の事覚えてくれているみたいだね」
「三か月前に会ったきりなのにね」
「今度私のことを彼へ紹介していただけますか?」
「ああ、良いぜ。ルイスさんに頼んでみる」
四人の会話も終わり、ルイスの生徒を含めた少年兵の全員が檀上に傾注する。
「よしお前ら。大聖祭ってのは未来の勇者を決めるうえで、もっとも大切と言ってもいい催事だ。これに優勝すれば勇者の選定に挑戦できるし、優勝できる実力があるのなら勇者にはなれるだろう」
実際、ガイリックはこの大会で優勝している。
ルイスから教えてもらったことだ。
「だからこそ、ズルや卑怯な手で勝ち取ってもそれには何の意味もない。だからお前ら、正々堂々と己の身一つで勝ち抜け!」
そしてガイリックは背負ってた旗を隣にあった受けに突き刺し、こちらをながめて笑みを浮かべた。
「だがそれより一つ大事な事をお前達に話そうと思う。俺が思い、俺が感じたこの世界で一番大切なことだ」
ガイリックは先ほどとうってかわり、静かな口調で話す。
「お前らの中に半魔って存在に嫌悪感を抱く奴が多いと思う、それはこの国で常識のような事だしそれを今咎めるつもりはない。だがお前達の中にいる誰かが勇者になり、そして英雄になるのであれば、俺はお前達に覚えておいてほしいことがある」
ただ静かに、彼はリリックを見つめていた。
集まった少年兵の中で、たった一人の半魔であるリリックを。
「この世界を変えろ。俺達も変えるから、お前達も変えろ。大人数で寄ってたかって半魔に石を投げるなんざ、もっとも糞な行動だと知れ。迫害をお前達が消せとは言わない、だが迫害がどれほど醜いことなのか。それを理解しておけ」
――俺からは以上だ。
最後にそう付け加え、ガイリックは口を閉じた。
彼が話した短い演説に、少年兵達はただ困惑していた。
一体なぜ半魔について語ったのか、なぜ英雄であるガイリックがそんな事を言ったのか。
彼らはそれが理解できていないようだった。
「あの人、変わっていますね」
ふと隣にいたアイニールがそう呟き、リリックは目をやった。
そんな感想を抱くのは当然だろう。
普通なら、こんな場所でそんな事は言わない。
彼に何かがあったのか、それともずっと決めていたことなのか。
リリックには判断がつかなかったので、考えるのを止めてガイリックを見つめた。
「じゃあ小難しい話はこのくらいにしよう。これより一次試験について説明を始める!」
ガイリックがそう叫ぶと、会場に多くの衛兵が入ってきた。
彼らは少年兵を整列させ、均等に配置していく。
そして各自半径三メートルほど空けた状態になると、少年兵達は檀上を見上げた。
「一次試験、その説明はとてもシンプルだから三分もあれば終わる。今会場の中央にいる奴らは全員戦闘態勢に入れ、武器があるなら手に持っていいぞ」
ガイリックの言葉に、少年兵達は迷いながらも武器を手に取る。
まさかこの場で殺し合いのバトルロワイアルをするのでは、とリリックは考えたがどうやらそうではないらしい。
「一次試験の内容は『俺に攻撃されない事』だ」
「は?」
誰かがそんな声を出した。
それもそうだろう。
一次試験の内容が、ガイリックに攻撃されない事というのはよくわからない。
「頭の上にハテナマークを付けた奴が結構いるから、優しく説明してやる。俺は今からお前達をランダムな順番で一度ずつ攻撃する。それを防いでも良いし、躱してもいい。とにかく攻撃されなければ一次試験は合格だ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
不意にどこかの少年兵が、そんな声を上げた。
「攻撃されなければ良いって、そんな簡単な事でいいんですか? いくら勇者とは言っても、攻撃を避けるだけなら容易いと思うんですが」
簡単な事。
とくにその言葉に反応したガイリックは笑顔を浮かべる。
「あ~なるほど、そういう事か」
そしてガイリックは掌に拳を乗せて、ポンという音を出した。
「まぁお前らの中で、勇者の戦闘力を知ってる奴の方が少ないから仕方ねえか。いいか、勇者ってのはお前らが想像しているよりも何百倍も強い。だから――」
その瞬間――、
ガイリックの姿は檀上から消えた。
「――え?」
風の揺らぎだけを残し、ただ残像だけが少年兵達の目に入る。
少なくともリリックにはどうやったのか見えないし、分からなかった。
ガイリックはいつの間にか、先ほど話した少年兵の後ろに立っていたからだ。
「——こんな事もできる」
瞬間移動。
いや、そうではないだろう。
「メイア、見えたか?」
「うん、でもギリギリ。あの人凄い」
いつの間にか魔眼を発動させていたメイアが、額に汗をながしていた。
その様子を見て、リリックも疑いが確信に変わる。
「あんな速い移動術、見た事ねえよ」
そう。
ガイリックはただ移動しただけだ。
壇上から降りて床を走り、そして少年兵の後ろで止まる。
たったこれだけの事だろうが、誰もその姿を追う事はできていなかった。
あれは恐らく、ルイスよりも早い。
「俺ァ今世代勇者の中でも、速さに関しては一番でな。見て解った通り、俺はこの速度でお前達を攻撃する。それを防ぐか躱すだけで一次試験は突破だ」
端的な説明だった。
だがそれでも、その難易度の高さを誰もが理解した。
あの速度で移動するガイリックの攻撃を、防ぐか躱すなんて不可能に近いだろう。
「名付けて『六徳回避』だ。勇者を目指すんだったら、これくらいの事はしてもらわねえと話にならねえ。だからお前ら、頑張れよ」
いつの間にか檀上へ戻っていたガイリックは、笑顔でそう言った。
だが、その言葉を笑う者は誰一人としていない。
全員が息を飲み、ただ意識を高めていた。
「なるほど、コレが大聖祭か」
冷や汗を流したリリックは、思わず呟く。
王国で一番を決めるための祭り、楽観視していたわけではないがその道のりの険しさを改めて痛感した。
「じゃあ俺は攻撃に移るぜ、言い忘れていたがチームの誰か一人でも攻撃されなかった場合、残りのメンバーも全員一次試験突破だ。まぁそうでもしねえと、二次試験に人がいなくなるからな」
冗談でもハッタリでもないと、会場にいる全員が理解していた。
それを実現するだけの力が、彼にはあるのだから。
「ふぅ……」
リリックは魔力を体内で循環させ、身体機能を一気に上昇させる。
目にも魔力を集め、動体視力の底上げも行った。
そうでもしない限り、あの速度を捕らえる事はできない。
「じゃあ、このコインが床に落ちればスタートだ。皆準備はいいな?」
そう言ってガイリックは、手に持っていたコインを親指で弾く。
「…………」
まるで世界をコマ送りにしたかと思えるほどに、リリックは集中していた。
目は視覚情報の全てを逃がさないと思える程に見えていて、まるで体が羽のように軽い。
空を回るコインの柄まで見えていて、同時にガイリックが笑っている顔も見える。
それでも気は一切抜ける事はなく、むしろ集中の精度が増している気さえした。
「————!」
やがてコインはゆっくりと重力に従い落ちていく。
そして、床を打つコインの金属音が鳴り響——いた——瞬——間——。
ガイリックの姿が消えた。
(見える!)
彼が地面を蹴り、一瞬で後方にまで移動したのも。
そしてその道中に居た二列を攻撃していたのも。
そのほとんどが拳や平手打ち、だか攻撃された方はそれを認識すらできていない。
やがてガイリックが壁まで移動すると、今度は壁を地面にして跳躍する。
そして少年兵達の頭を蹴りながら移動し、前方に着地する。
流れるようにして移動し、そして彼と目が合った。
ガイリックは一直線に此方へ向かってくる。
その道中数人を叩き、そして目前に拳が迫った。
(回避――!)
顔を伏せるのでは間に合わない。
直観的にそう判断し、リリックは足の指で床を掴む。
そして脚力と動体の筋肉を全て駆動させ、自分を引きずり下ろした。
「やるな」
声がしたような気がしたが、それを聞き終える頃にはすべてが終わっていた。
わずか一秒。
それにも満たなかったかもしれない。
リリックが顔を上げると彼は既に檀上に居て、跳ねたコインをキャッチする。
その瞬間、周囲に居た少年兵達が一斉に呻きだした。
ガイリックの攻撃を、やっと認識したのだろう。
メイアも同じように、首を抑えていた。
「一次試験終了、俺から攻撃されなかったのは八人だ。今から名前を読み上げるぞ」
思い出したかのように汗をかくリリックを無視して、ガイリックは名前を読み上げる。
「ブラッド、ルーサントス、マクリース」
そこでいったん区切り、ガイリックは顔を上げて笑う。
その時リリックと目が合い、彼は嬉しそうに笑っていた。
「そして『羅刹』『ドルトムント』『バイエルン』『リリック』最後に『アイニール』以上八名とそのチームメイト以外は、後ろから出ていけ」
アイニール?
思わず聞き返しそうになり、周囲を見渡すと息を荒げながら地面に腰を下ろすアイニールの姿があった。
どこかを痛めた様子もない。
ということはつまり、彼女も同じように合格したということだ。
一方でフリーシェは、両手でおでこを抑えて涙を堪えている。
「リリック、アンタやるわね」
隣に居たメイアは、笑いながらそう言った。
魔眼はもう抑えているようで、いつもの顔に戻っている。
「お前避けられなかったのか?」
「見えても体が追い付かなかったのよ」
そんな会話を交わしている内に、不合格になった少年兵達が会場から姿を消す。
残ったのは合計二十一人。
およそ十五分の一しか残らなかった事になる。
「おめでとう、お前ら全員一次試験合格だ!」
ガイリックは最後に、満面の笑みを浮かべた。
ドルトムントを末弟と書いてましたが
すみません長男のミスです。




