19話 禁断の愛
リリックは、ただ率直な感想を述べた。
(これはどういう状況だ?)
ただ目の前に広がる光景を説明するのであれば、少年に求婚する大男という構図だ。
だから余計に混乱する。
「俺と、どうかお友達からでも!」
「ヒイィィィ! た、た、た助けてぇ、ルイス先生ぇ!」
「そんな怯えた顔をしないでください!」
「やだあぁぁ! こないでぇ!」
リリックに抱き着くフリーシェは、腕の力をより一層強めていた。
その顔は青ざめ、ただ涙を流しながら必死に男から逃げようとしている。
「リり、りり、リリックぅ! お願い助けてぇ!」
上目遣いで必死の形相のまま叫ぶフリーシェは、まるで天敵に遭遇した子猫のようだった。
実際それくらい男の事が怖いのだろう。
「とりあえず落ち着け、な?」
「どうか! どうか俺とお付き合いをォ!」
「オメーも黙ってろ! フリーシェが怖がってんだろうが!」
リリックが叫ぶと、流石に男も冷静さを取り戻したのか口を閉じた。
なんというパンチの効いた男だろうか。
色んな意味での恐ろしさを感じつつ、腹に顔を埋めるフリーシェの頭を撫でる。
「ひっぐ……ひっぐ……」
顔を押し付けても嗚咽は止まらず、フリーシェは肩を震わせていた。
そんな状況でありながらも、リリックは少しだけ笑いをかみ殺す。
いくらなんでも間抜けな状況すぎたからだ。
「ほらリリック、ちょっとフリーシェを連れて行ってあげて。ここじゃ落ち着かないでしょ」
「あ、ああ。それもそうだな」
メイアの機転で、リリックはフリーシェを連れて、男と反対の方へ歩みを進める。
その際フリーシェはずっと抱き着いたままで、歩きにくくて仕方がない。
「ほらフリーシェ、もう大丈夫だからよ」
「ひっぐ……ほんとぉ?」
「うん、大丈夫だから。とりあえず離れてくれ、周囲の目が痛い」
あんな求婚騒動があれば嫌でも周囲の目を引き、男から離れても人々の視線はこちらに向いていた。
「……わかった」
「うわぁ、俺の服が鼻水だらけじゃねえか……」
「怖かった、怖かったよぅ……」
「あーわかった、わかった。とりあえず鼻水拭こうぜ? な?」
リリックはポケットからハンカチを取り出し、フリーシェの鼻を拭く。
まるで赤子の世話でもしているような感覚だ。
「落ち着いたか?」
「…………うん」
根こそぎ元気を奪われたようだ。
虚ろな目でリリックの問いかけに頷く以外に何もしない。
「とりあえず水でも飲もうな?」
「…………うん」
ルイスの苦労を、改めて理解したような気がする。
そんな思いを胸に抱き、リリックはフリーシェを慰め続けた。
××××
≪メイア視点≫
メイアは仁王立ちで男の前に立ち、全力で睨みつけていた。
「ちょっとアンタ、いきなり何言い出すのよ! フリーシェが泣いちゃったじゃない! 告白するにしてももっとマシな方法があるでしょうが!」
「も、申し訳ないことをした。思わず一目惚れしてしまって」
「ほぼ初対面で告白とか、私はアナタの顔意外に興味ありませんって言ってるようなものよ! わかってる?」
「……申し開きの余地もない!」
男は自ら正座をし、メイアに向かって土下座をした。
床に頭をつけて、これまた綺麗な土下座だった。
「俺の名前は『ドルトムント=ラズグッド』あの子があまりにも美しかったから、思わず求婚してしまった! どうか赦してくれ」
男の土下座をみて、メイアは去っていったフリーシェの方に目をやる。
するとフリーシェの鼻水を拭くリリックの姿があった。
元気がなくなり、ただリリックにされるがまま鼻水を拭いている。
「まったく、あの子が怖がったじゃない。どうしてくれるのよ、あの子は人見知りなのよ」
「人見知り――?」
メイアの言葉に反応したドルトムントは、顎に指を添えて考え始める。
やがてブツブツと小声で話始め、その推理を語った。
「なるほどあの美貌であれば汚い大人達から数えきれないほど酷い目に遭わされ、その結果人間不信になって人見知りになったというのも頷ける。ならば俺の告白も実は自分をまどわすための戯言だと思い、泣いてしまったのか! すぐに謝りにいかなければ!」
「いや、ただ単にアンタを怖がって泣いただけだから」
随分と思い込みの激しい男のようだ。
隣にいるアイニールも、どういったリアクションを取ればいいのか迷っているようだ。
(これって、ストーカー予備軍よね?)
激しい思い込みに初対面で告白するような男だ。
もしここでフリーシェが男と言っても信じず、さらに悪化するかもしれない。
ならば、ここは嘘をつくべきだろう。
まったくない恋愛経験からそう結論付けたメイアは、土下座をするドルトムントの肩を叩く。
「残念ね、アンタがフリーシェをどれだけ愛しているわ分かったわ。でもアナタの恋は絶対に成就しないのよ!」
「なんだと、それはどういう意味だ!」
「あの子にはね、もう愛し合っている人が居るのよ」
「そ、そんな馬鹿な!」
「アンタもさっき見たでしょ。フリーシェはね……」
そこでいったん言葉を区切り、メイアはこれ以上ないドヤ顔を放った。
「リリックと一緒にお風呂に入るような仲なのよ! だからアナタに付け入る隙なんてまったくないわ!」
「なん……だとォ……」
ストーカーを作らない方法。
それは相手に恋は絶対に叶わないと分からせる事なのだ。
大昔、姉がそんな事を言っていたような気がする。
まぁ一緒に風呂に入るというのは嘘ではないので、多分問題ないだろう。
「メイア、いったいどうされたんですか? 正直に話せばよかったのに」
「馬鹿ね、こういった手合いの男は、本当の事を話しても信じないのよ」
「へぇ、なるほど。勉強になります」
小声でそうやり取りをしていたメイアとアイニールは、改めてドルトムントへ目線を戻した。
すると彼は、地面に四つん這いになって涙を流していた。
「そんな、初恋だったのに。初めて愛した人だったのに……」
そしてドルトムントはうわん、うわんと大声で泣き始めた。
見事なまでの男泣き。
見ている方が恥ずかしくなってくる。
「ちょっと、何泣いてるわけ? 同じチームとして恥ずかしいんだけど」
ふと声がして、メイアが顔を向けると一人の女がいた。
細い体にすらりと伸びる長い手足、色白な肌と涼し気な目が特徴的な女だ。
メイアより背は低いが、それでもアイニールを優に超える背の高さ。
「うるさいぞリリー、ロリコン女は黙ってろ」
「誰がロリコンだ! 誰が! アタシはね、可愛い子供にしか興味がないだけよ!」
リリー、それが女の名前だろう。
彼女は怒りながら、四つん這いになるドルトムントを何度も踏みつけていた。
「ッたく馬鹿じゃないの、あんな大声で告白して。見てる方が恥ずかしいつーの!」
そしてリリーの爪先がドルトムントの尻に突き刺さり、叫び声と共に彼は三メートル以上跳ねた。
「悪いわね、お嬢ちゃん達。ウチの馬鹿がアホな事しちゃって」
「ちゃんと告白のしかたを勉強させておきなさいよ、あんなやり方じゃどこ行っても断られるわよ」
「アタシもマジでそー思う」
そう言って笑ったリリーは、床に横たわるドルトムントを踏むながら手を差し出した。
「アタシはリリー、よろしく」
「私はメイア、こっちはアイニール」
「初めまして、どうぞよろしく」
自己紹介を交わした三人は、それぞれ固い握手を交わした。
その中でリリーはアイニールと握手をする際、とても力強く手を握りしめていた。
(ロリコン女って、そういう事?)
そんな疑問を胸に抱いたが、メイアは口に出さなかった。
「アンタ達って同じチームなの?」
メイアが問いを投げると、リリーは呆れた様子のまま頷いた。
「ええそうよ、この馬鹿とは幼馴染でまぁ腐れ縁みたいなもの。他にもう一人いて三人組のチームなの。あなたの出身はどこ?」
「生まれは王都だけど、出身ならクロード領よ。あっちにいる二人と合わせた四人チーム」
「クロード領……う~ん聞いたことないわね」
「まぁ田舎だし仕方ないわよ」
なんて会話を交わしながら、二人は雑談に華を咲かせる。
××××
二人が雑談をしている間、アイニールは涙を流しながら横たわるドルトムントを指で突き、死んでいるのか確かめていた。
「初恋だったのに……恋が実らないとは……」
「面白いですね、君は」
初恋が同性な男なうえ即効で玉砕するなど、そう見られるものではないだろう。
普通の人生経験がないアイニールでも、それくらいは解る。
「お前は誰だ?」
「フリーシェの仲間です、初めまして」
アイニールが微笑むと、ドルトムントは静かに瞳を見つめてくる。
涙を止めて、ただ不思議そうに何かを眺めていた。
「……なぁお前……混じってないか?」
「…………何がですか?」
「いや、だってお前——―」
ドルトムントが何かを続けようとした瞬間、突然会場が揺れて天井から何かが落ちてきた。
その何かは地面を跳ねると壁や天井を何度か跳躍し、やがて少年兵全員の視線を集めて檀上に着地する。
「よし時間だ! 静まれテメェら!」
その何かが旗を持った人であると、アイニールは遅れて気付く。
藍色の服を着て、短い髪をかき上げた男。
顔に刻まれた傷で、アイニールはその男が誰かを理解した。
前にメイアから話してもらった男と、風貌がそっくりだ。
「これより大聖祭一次試験を開始する。色々言いたい事はあるし、お前らも俺からの言葉が欲しいだろうが、まず最初は自己紹介からだ!」
そして男は『大聖祭』と書かれた旗を広げて、堂々とした佇まいでこちらを向く。
「俺は『六徳の勇者』ガイリック=ノブゴドロ、一次試験の試験管だ」
ルイスの弟子であり、そして自分達の兄弟子に当たる勇者。
この王国で、間違いなく五指に入る実力者。
ガイリックだった。
「ではこれより、一次試験の説明を始める!」
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