14話 王都
クロードが用意してくれた馬車に揺られ、ルイスは窓の外を眺めた。
晴れ渡る快晴だ。
もうすぐ十月になるのもあり、雲が少し遠くなっている気がする。
「ルイスにとってみれば、四年ぶりの王都じゃないのかい?」
対面に座るクロードがそんな事を言う。
「三年半だ、魔王討伐に出発して討伐に成功したのがちょうどその頃だったからね」
「そんなになるのか。会っておきたい人もいるんじゃないのかい?」
「そうだね、何人か顔を出しておかないといけない人もいるよ」
魔王討伐後、ルイスはそのままクロード領へ移動した。
だから王都を出てから、一度も会っていない人間も多々いる。
ガイリックの妻、戦場を共にしたかつての戦友、そして――、
「先生、あーん」
考え事をしていたルイスに、フリーシェがそんな事をいった。
よく見ると、手には一口サイズに切られたリンゴがつままれている。
「あー」
解りやすくそう答えてから、ルイスはそのリンゴを食べた。
「美味しい?」
「うん、ありがとう。フリーシェ」
「ねぇねぇ、もっと食べる?」
「いや、いいよ。ありがとう」
ルイスの返答に満足したのか、フリーシェは逆隣に座るアイニールと雑談を始めた。
彼らは今、王都に向かう馬車の中に居る。
特大型の馬車。
四匹の馬にひかせるほどの大型で、実際中は足を延ばせるくらいには広く、ルイスが立ち上がっても天井にかすりもしない。
外観の装飾もそれなりに凝っており、どれほど高値なのかまた考えてしまう。
「よく金があるもんだね」
「まぁ僕の地位は、一応辺境伯だからね」
「親の七光りめ」
「僕の力だってあるんだよ?」
クロードが唇を尖らせたのを見て、ルイスは肩をすくめて笑う。
そしてルイスは、馬車の中で楽しそうに笑っている四人の生徒達を眺めた。
王都に向かう理由は大聖祭に参加するため。
だが当の生徒達に緊張した様子は微塵もない。
「何人かは久しぶりの王都だから楽しみなんじゃないかな?」
心情を見透かしたように言ったクロードに、ルイスは首をかしげる。
「そうかもしれないね、ただ色々考えすぎないと良いけど」
生徒達は王都に良い思い出が無いはずだ。
リリックは言わずもがなだし、フリーシェは家族との思い出が蘇るだろう。
「そういった事がないようにするのが、君の役目じゃないのかい?」
「フッ、簡単に言ってくれるな」
「まぁベリアル君をサポートにつけるから、何かあれば彼を頼ると言い」
「……わかった」
ルイス達の乗る馬車の後ろには、合計五台の馬車が並んでいる。
それに乗っているのは全員クロードの部下だ。
他に二十名ほどいてクロードが王都へ行く以上、彼らも同伴しなければならないらしい。
「なんにせよ。君に頼んだ立場である以上は、僕も彼らを見届けるよ。彼らが優勝できる可能性はあるのかい?」
「ガイリックが大聖祭を勝ち抜いたときの総合値は50と少しだった。そこからは少し劣ってはいるが、それでも優勝候補に名を連ねる事はできるだろう」
可能性があるのはリリック、そしてアイニールの二人か。
残りの二人には厳しいだろうが、それでも同世代の他と比べられる良い機会になる。
「あとは彼らの頑張り次第さ」
呟いてからルイスは窓の外を眺める。
すると遠くに大規模な都市の陰が見えた。
「ルイス先生! 王都が見えたよ!」
窓から顔を出すメイアが嬉しそうな顔でそう叫ぶと、他の三人もつられて窓から顔を出す。
「そうだね、久しぶりの——」
窓から見える先は、まるで地平線を覆うほどに巨大な都市。
中央に行けば行くほど標高が大きくなるように設計された都市は、どこからであっても王の住まう城が一番高く見えるよう造られている。
そこを中心として棚田のように家々が連なり、巨大な城壁が三つそれぞれに分かれていた。
一番外側の壁外には、民家がまだらにあるだけ。
これがエルドリア王国内で最も大きく、そして最も多くの人が住まう都市。
そして王が住まう都市。
「エルドリア王国、王都だ」
××××
巨大な城壁の内部には縦長なアーチがあり、王都に入るためにはそこを通らなくてはならない。
全開にされた門の前には衛兵が数十名ほど駐屯し、王都へ入る馬車や行商人、旅人や冒険者などの検査をする関所のような事をしている。
そこを通り抜けて王都の中心部にまで移動し、王都上流街にあるクロードの別荘に足を踏み入れた。
クロード辺境地にある彼の屋敷に比べれば少し小さいが、それでも人が住まうには大きすぎる屋敷だ。
庭は手入れが施され、そこには屋敷のメイドや庭師が複数いた。
「さぁ客室は腐るほどある! どこでも好きな所を使っていいよ!」
屋敷の四階に案内したクロードは生徒達にそう叫んだ。
聞けば四階建て百室以上あるこの屋敷で、三階以上は全て客室用らしい。
いったい何人呼ぶために作ったのか不思議ではあったが、ルイスは訊くのをやめた。
「アイニール、私達は一緒の部屋ね!」
「いいですよメイア。あ、でも私は外が良く見える部屋が良いです」
「じゃあフリーシェは俺と一緒の部屋にするか? それとも別々にするか?」
「リリックと一緒の部屋にする!」
楽しそうにする生徒達を眺めながら、ルイスは近くにあった客室へ荷物を置いた。
大聖祭開始まであと五日。
ゆっくりする時間はあるのだが、先に仕事を片付けなければならない。
「ルイス、メイドを何人か彼らにつけるよ」
「ああ、頼むよ。私は少し出かけてくる」
「ついて早々にかい? 少しは休んだらどうだ?」
「高級馬車で十分休めたよ」
クロードにそう告げてから、どの客室にするか選んでいた生徒達に顔を向ける。
「皆、私は少し用事があるから。屋敷の人に迷惑をかけたらだめだよ」
「「「はーい!」」」
元気のいい返事が聞こえて満足し、ルイスは屋敷を後にした。
××××
王都というのは人の数が多い。
そうなれば様々な種類の人もいる。
人間、エルフ、ドワーフを筆頭に、半魔、ハーフエルフといった種族までがこの王都では見る事ができる。
そうすれば人の数が多い分、悪人の数が多くなるのは必然。
だからこそ、王都のそこら中では衛兵が駐在しパトロールを行っている。
王都に居る兵士の数は一万ほど。
膨大な広さを誇る王都であっても、この数であれば死角はほとんどない。
「さてさて」
ルイスは仮面をつけてハイネックのシャツを着た。
理由は単純。
肌を見せないため。
半魔が『表』を堂々と歩いていれば、人間達は良い顔をしない。
大通りに居れば表立って怪我をするような事はないだろうが、それでも少し人目の付かない場所にいくと悪人たちから絡まれて、最悪の場合は命を落とす。
それが一般的な半魔の在り方だ。
だから王都では、半魔が一人で出歩くことは避けるべきだと言われている。
理由は単純、一人なら危険だから。
半魔が一人で『裏』に居れば、危険だということを皆が知っている。
人間達が『表』で半魔を虐げないのは、半魔達による報復と人の目を恐れてだ。
現在の王都では、路地裏や貧民街といった多くの場所で半魔のコミュニティが形成されている。
それは人間達から、自分の身を守るために作り上げたものだ。
その群れの中で半魔達は暮らしている。
ルイスが歩き続ける事数十分。
彼は王都の中流街にある一軒の酒屋に来ていた。
今は昼間で店は開いていないが、それでも扉の鍵は開いている。
ルイスは店の中へと入り、カウンターで作業をしている人間の男を見つめた。
白髪を混ぜたオールバックの髪、顎髭を蓄え細い腕で樽を持ち上げている初老の男。
「表の看板が見えねえのかぃ? まだ店は出してねえよ」
男は鋭い眼光でこちらを睨み、呟くようにそういった。
「数時間後に出直しな、頓珍漢な恰好をした奴に出す酒はねえぞ」
「四年来の旧友であってもかい?」
ルイスはそう言って、つけていた仮面を外し素顔を見せた。
その瞬間、初老の男は持っていた樽を床に落とし、自分の目を何度かこする。
「ルイス……? お前ルイスか!」
「久しぶりだねマスター」
「帰ってきたのか! なんだお前、心配させやがって! ほら来い!」
マスターが嬉しそうにカウンターを乗り上げてルイスの元へ歩く。
そして力いっぱいに抱きしめてきた。
「ガイリックから聞いたぞ、辛かったろうに」
「まぁそれなりにね」
「でもお前は変わらねえな、昔のままだ」
「そういうマスターは少し……その……前髪が……」
「そこは触れなくていいんだよ、俺ァもう60手前だぜ?」
前髪が退がっているのではない、俺が前に進む速度に前髪が追い付けないだけだ。
それが彼の口癖だったが変わらないらしい。
「ほら飲んで行けよ、お前は酒が苦手だったが、再開の記念に一杯くらいはいいだろ?」
「今日はガイリックがどこに住んでいるのかを訊きにきただけだから、長居はできないよ。これから用事がある」
ガイリックが昔住んでいた家には誰もいなかった。
英雄になれたのだから、それなりに良い家に移り住んでいるのは当たり前であるが、その場所をルイスは知らなかった。
「ガイリックは王が建てた家を褒美として貰ったんだが、知ってるわけねえか。今地図を出してやるから待ってな」
そう言ってマスターはバックヤードに入ると、一枚の地図を持って戻ってきた。
「アイツは今上流街に住んでいるぜ。ちょうどここだな、赤色の新築豪邸があるだろうから、近くに行けばわかる」
「そうか、ありがとう。ところでケートは居ないのか?」
「あいつはもう辞めたよ、今はガイリックの嫁として子育てを頑張っているらしいぜ」
「あ~なるほど。わかった、ならケートにも挨拶したいしそろそろ行くよ」
「おう! 用事とやらが終われば、また来いよ!」
「わかった。じゃあまたね、マスター」
最後にそう言い残し、ルイスは酒屋を後にした。
ルイスが王都に住んでいたのは十年程。
ルイスは昔、傭兵として百人程度の半魔や、人間の荒くれ者達をまとめていた。
しかしその仲間がガイリックを残して全滅し、その際とある男に王都で兵士にならないかという誘いがあった。
そういった経緯があり、彼は十年程を王都で過ごしていた。
それだけ長い間住めば、人間の友人も多少なれできる。
マスターもその一人だ。
彼は半魔だろうが人間だろうが分け隔てなく『金を払うなら人殺しだって客だ』という理念のもとで店を構えている。
その理念が正しいのかどうかはさておき、彼の店は半魔達もよく寄る店だった。
そう言った理由もあり、ルイスはよくあの酒屋へ通っていた。
(あとは何人か……)
心の中でルイスはそう呟き、マスターが示してくれた地図の先へと足を進めた。
二章は全36話
三章は全29話です。
すでに書き終わっているので金曜・土曜日に更新します。




