10話 宴会
≪Side メリッサ≫
メリッサは自分の部屋から酒瓶を数本抱えてルイスの部屋を訪れた。
「ルイスとお酒飲むのって初めてだー」
魔界に行くまでの道のりで同じ宿屋に泊まり、食事を共にした事は何度もあるが、ルイスはその時一切酒を飲まなかった。理由を聞いても苦手だからと言っていたが、ガイリックからは『ルイスは酒乱』とだけ知らされている。
「私だって千年龍の言葉が無ければ呑まないよ、酒は苦手だからね」
溜息をつきながらそう言ったルイスを見て、メリッサはニマリと笑う。
酒乱であれば尚の事良い、既成事実を作ってやる。
「ルイスさん、つまみ貰ってきたぞ~」
「わー、このお酒凄い高そう」
リリックが様々な料理を持って部屋に入り、そしてメイアはテーブルに置かれた酒瓶を見て嬉しそうに笑った。
それもそうだろう。
メリッサが持ってきた酒は、一人旅の悲しみを癒すためにコッソリともってきたものだ。
かなり値が張るので、メリッサにとってもかなり痛い。
「メリッサの物だよ、ちゃんとお礼言わないとね」
ルイスがそう言うと、メイアはハッとしたように顔を上げてモジモジとする。
そして小さく口を開き、頬を赤らめた。
「……がと、ござます」
まるで蚊の鳴くような声だ。
これは少し虐めてやらないと。
「なんて~? 聞こえないな~?」
「あ、ありがと!」
メリッサのワザとらしい問いに、メイアは怒ったように叫ぶ。
風呂場で会った時から思っていたが可愛らしい少女だ。だから少し虐めたくなるのだが。
「二人は少しだけにしておきなよ、まだ子供なんだし」
ルイスがそう言うが、リリックとメイアの二人は聞いていない。
酒瓶を開けてお互いのグラスに酒を注いでいる。
「飲み比べだメイア! 今日こそ決着付けてやる!」
「負けた方が相手を様付けで呼ぶことね! いいわね!」
「上等だこのやろう!」
そう言って二人は飲み比べを始めてしまった。
高い酒なのだからゆっくりと味わってほしいが、まぁ楽しいのであれば問題はないだろうとメリッサは笑う。
「あの子達って、いつもあんな感じなの?」
「まぁ、それなりにだね。いつも喧嘩ってわけじゃないけど。仲が良いほどなんとやらって感じかな?」
呆れたように笑うルイスを見て、メリッサも笑う。
この調子であればあの二人はすぐにでも潰れるだろう。
そうなれば、後はルイスと二人で語り合うだけだ。
××××
案の定二人は潰れ、今はベッドの上で寝息を立てている。
二人仲良くベッドで横に並び、メイアの寝相によるラリアットでリリックが苦しんでいるようだ。
「ねぇルイス、千年龍と何の話をしてたの?」
空になったグラスに酒を注ぎながら、メリッサはルイスの顔を見上げる。
解りにくいが頬が赤く染まり、瞼が半分落ちていた。
「まぁ色々だね。ちょっと最近思う事があったから、その憑き物を落としてもらったって言うか……」
それについて少し問いたくなったが、拒絶される気配を感じてメリッサは言葉を飲む。
久しぶりに会って思ったが、ルイスは少しだけ調子がおかしい。
事あるごとに何か悩んでいるようだった。
「まぁ適当に飲みましょ、私達も」
そう言ってメリッサはグラスに入った酒を一気に飲み干し、逆さにして机に立てる。
凄いでしょ。
目でそう語り掛けると、ルイスは笑いながら同じようにグラスの酒を飲み干した。
良い飲みっぷりだ。
「ねぇルイス、もしメイアに私と同じように好きだって言われたらどうするの?」
酒も周り、ルイスも少々思考能力が欠けているようだ。
今であれば、多分ルイスはどんな質問にも答えてくれるだろう。
「そうだねぇ」
ルイスは赤らめた顔を上げ、小さく笑った。
「私も好きだと答えるよ」
その答えを聞き、メリッサは一瞬だけたじろいだ。
しかしショックを受けるよりも先に、ルイスは言葉を続ける。
「そしてフリーシェも好きだと言うし、リリックもアイニールも好きだと答える」
生徒達が、全員好きだという事。
それはつまり――、
「家族……?」
メリッサの言葉に、ルイスは微笑んで頷いた。
そして空になったグラスに酒を注ぎ、話を続ける。
「だね、だから愛していると言った方がいいのかな」
好きではなく、愛。
あの子達をまるで自分の子供のように語るルイスを、メリッサは黙って見つめた。
生徒達と血の繋がりはないはずで、会ってそれほど時は経っていないはずだ。
なら、問うべきだろう。
「私と家族になる事はないの?」
メリッサが問いを投げると、ルイスは驚いたように顔を上げた。
そして無言のまま固まり、瞬きを数回挟む。
「私、ルイスが好きよ。最初はただ私より強かったから好きだと思っていた程度だけど、今は違うってはっきり言える。アナタが好き、アナタと未来を作りたいと思ってる」
ルイスには何度もあしらわれてきた。だから魔王と戦う時、帰ったら本気で答えてもらおうと思っていた。
自分の気持ちに。自分の愛を、しっかりとルイスに知ってもらいたい。
だがルイスが離れてしまった事でそれはできなくなってしまった。一刻も早く会いたかったが結局、時間がかかってしまったのが悔しい。
「メリッサ、私だって君が好きだよ」
その言葉を聞いた瞬間、メリッサは心の中でガッツポーズを取った。
酔っているとはいえ、ルイスはそんな嘘をつくはずがない。
そんな人が傷つく嘘をつくような男なら、自分は惚れていない。
「けど――メリッサは知らないだろうね」
ルイスは目を閉じ、何かを悩んでいるようだった。
それが何かは解らないが、酔った頭で考えているようだ。
「知らないって、何を?」
メリッサがそう訊くと、ルイスは悲しそうな顔を浮かべてこちらを見る。
今にも泣きそうな、表情だった。
これまで一度も見たことが無い顔。
「私には昔、妻がいた。子供も居たが、腹の中から出る事はなく二人とも死んだ」
メリッサは、息を呑んだ。
「え?」
そんな事知らなかった。
ルイスは今まで一度だって、そんな事を語った事がない。
それはつまり、人に語りたくない事だったのだろう。
「ごめんなさい……」
「もう十五年も昔の話だ。謝らなくていい」
ガイリックがあの手この手でルイスに近付けさせないようにしていた意味を理解し、メリッサは後悔の念に溺れた。
ルイスには最愛の人がいて、殺されたと言っていた。子供と一緒に。
どんな形であれ、そこに後悔がないはずがない。
「メリッサ、君の気持は嬉しいし君に好かれている自分をとても誇らしく思う」
様々な考えを巡らしていた事を見透かしたように、ルイスは笑いながら酒を飲む。
瞼が重いようで、必死に眠気と戦いながら話しているようだ。
「だが、君と私に子が生まれても、その子は半魔の肌を持っている。自分の子が迫害に苦しむと知っていれば、わざわざ産んでやるなんて事はしないほうがいい。だから私は君の気持ちに応えたくても、応えられないのさ」
拒絶すれば良いだけなんだけど、それも怖くてできない。
半魔である自分を愛してくれている人を失うのが――怖い。
ルイスはそう続けた。
「…………」
メリッサは、自分に魅力がないとは思ったことが無い。
ただルイスにとって、自分は好みではないと思っていた。
けど、確かに理由があった。
「半魔に迫害って……あのねぇ」
ルイスはきっとその問題が、メリッサの愛より軽いと思ってる。
実際そうだろうが、それでもメリッサは自分の愛が勝っていると確信していた。
「ルイス、ねぇルイス。一つだけ答えて」
「なんだい?」
「もし、私がこの世から迫害を消し去る事ができれば――アナタは私の気持ちを受け取ってくれる?」
ルイスは顔を上げ、驚いたように目を丸くしている。
そして、何かを思い出すかのように俯いた。
「迫害を消し去る――か。同じ事を言った友が居たよ」
友。
多分自分の知らない相手だ。
そしてルイスが暗い表情をしている原因だとも、なぜだか直観的に理解できた。
「答えはイエスさ」
ルイスは顔を上げ、瞳を覗き込んできた。
ルイスの持つ翡翠色の瞳は揺れ、潤んでいるようにも見える。
「迫害が無ければ、私の先を塞ぐ障害が無ければ、私は喜んで君の手を取るさ。言っただろ、君は私がこれまで会った中で一番美しいと。それに嘘や偽りなんてない。私の本心さ」
そして、ルイスは自分の声で続ける。
「私はメリッサが好きだよ」
ルイスが自分にそう言ってくれたのは初めてのことだ。
魔王を討伐するまでの旅でメリッサは何度もルイスに愛していると言ったが、彼は何も、そして何一つ応えてはくれなかった。
酔っているとはいえ、確かにルイスはそう言ってくれた。
「ルイス、どうせアナタは起きれば何も覚えていないんだから、これくらいは許してよね」
メリッサは立ち上がり、顔を近づける。
そして酔いで力のなくなったルイスへ唇を重ねた。
「覚悟してよね、ルイス」
酔いではない理由で、顔が赤くなっているのを感じる。
ルイスは何も言わず、唖然とした表情のままこちらを見つめている。
「一生懸けてでも振り向かせてやる」
××××
≪Side ルイス≫
肩を揺らされる気配に目が覚めたルイスは辺りを見回し、自分が机で眠っていた事に気付いた。背中にはメリッサの着ていたカーディガンがかけられている。
「うー、頭が痛い……」
まるで小人が脳内でタップダンスを踊っているような感覚、少し動くたびに脳が揺れるような感覚を覚える。
「水あるから、飲みなさい」
「ありがとうメリッサ……」
出された水を受け取り、それを一気に飲み干す。カラカラになった喉にはまるで焼け石に水だが、それでも頭痛が少しだけマシになった気がした。
グラスを置きメリッサを見上げると、彼女は満面の笑みで自分を見下ろしていた。
何かいいことでもあったのだろうか、これまで見た中で一番の笑みだ。
「どうしてそんなに笑っているんだ? 私の顔に何かついているか?」
ルイスの言葉にメリッサは眉をひそめると、口角を少し上げながらため息をつく。
「あら、昨日の告白を忘れたの?」
「こ、告白!?」
まったく記憶にない。
これだから酒は嫌なのだ。
酔っていつも記憶を忘れる。
「酷い人ね、笑っちゃうわ」
そう言って笑うメリッサは、後ろから抱きしめてきた。
椅子に座る自分を後ろからだき、背中に頬が触れる感覚がある。
「どうしたんだい、メリッサ?」
「ルイス」
困惑するルイスを無視して、メリッサは言葉を続けた。
「私達は仲間なんだから、少しでも苦しかったら頼ってね」
「…………」
千年龍の言葉だろうか。
彼は予言ではないと言っていた。
だが、メイアが言う言葉は彼と同じ言葉だ。
「わかった、頼るよ」
そう応えると、メリッサは満足したように笑った。
××××
メリッサはルイス達より二日程早く宿泊を開始していたようで、飲み会の翌朝には帰る準備をしていた。もう少しルイスも一緒に居たかったが、メリッサにはどうやらやる事があるらしい。
ルイス達はメリッサの見送りに宿屋の玄関に集まっていた。
「ルイス、知ってるかもしれないけど、一応伝えておくわ」
人見知りを解消し、それなりに親しくなったフリーシェの頭を撫でながら、メリッサはルイスを見上げた。
「もう少しで大聖祭が開かれるわよ。あの子達を参加させるの?」
「そうか、もうそんな時期か」
大聖祭。
この王国では指折りの祭りで、そして勇者になる上では欠かせない祭事だ。
「勿論だ、あの子達には王国で一番の少年兵になってもらうよ」
大聖祭が何の言葉か知らないアイニールやフリーシェは首を傾げているが、ルイスはまだそれについて教えるつもりはない。
「今回は私とガイリック、あとはジューナが試験官だから。王都に来たら顔出してよね」
そしてメリッサは荷物を床に置き、ひと呼吸おくとルイスに抱き着いてきた。
避ける訳にもいかず、ルイスは両腕でメリッサを抱きしめる。
「じゃあ、またね」
そしてメリッサはルイスの頬にキスをした。
後ろからメイアの視線が刺さるが、あえてそれを無視してルイスはメリッサに目を向ける。
「全く、どういうつもりだよ」
「マーキング、アンタは私のだから」
まるで子供のようにそう笑ったメリッサは、荷物を掴むと背を向けた。
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