8話 予言者
一五〇〇年前?
ルイスは思わず問い返していた。
「ああ、言葉通りの意味じゃよ。儂は文字通り千年を生きる龍なのじゃ」
そう言って、千年龍と名乗った少年は目を吊り上げ、歯を見せながら笑う。
幼さを感じる笑みだ。
実際少年の姿は千年以上を生きていると言われても信じられないくらいに幼くて、単なる小さな半魔の子供にしか見えない。
「そんな名乗りで理解できる奴がいるわけないじゃない」
「そうかの? 事実を申しただけなのじゃが」
「そんな風に不親切だから嫁も居ないんじゃないの?」
「失敬な。一五〇〇年前には居たぞ、今は土の中じゃが」
クヒヒ――と、笑う千年龍はメリッサから目を切ると、ルイスと生徒達に顔を向けてきた。リリックとアイニールは息を呑み、フリーシェはルイスの陰に隠れている。
そんな中でメイアだけが魔眼を発動して千年龍を眺めていた。
「ほう“特異点の観測者”か。これは珍しい、だが喜ぶべきではないのかもしれんな」
メイアと目を合わせる千年龍は、自分の顎を触りながら物思いにふける。
そんな彼を唖然とした表情で眺めていたルイス達は、どう言葉を切り出そうか迷っていた。
「あの人が未来を教えてくれるの」
ルイスの隣に立ったメリッサが、囁くようにそう言った。
薄い笑みを浮かべながら、楽しそうに。
「あの人はね、この世界で一番最初に勇者になった“人間”なの」
「人間? あの肌でか?」
赤と黒を混ぜ合わせたような褐色肌は、どうみても半魔の持つ肌のそれと同じだ。
ルイスと並んでも、文字通り遜色ない。
「その通りじゃよ、半魔の勇者」
千年龍の声にルイスが目を向けると、今度は鼻が触れるような距離に居た。
移動の音も、気配も感じない。
まるで虚ろのような気配が唐突に目の前へ現れた。
「今日は儂の話を聞きに来たのかね?」
「ええそうよ、未来を見てもらおうと思って。私とルイスが結婚しているかどうか」
「はぁ、だから何度も言っているだろう。儂の力はそんな都合の良いものではないと」
話を進める二人の間に、ルイスは割って入った。
そして千年龍の黒く染め上げられた瞳を見て、一瞬だけ怯む。
「あの、アナタは何者なんです? どうして私の二つ名を知っているのですか?」
「儂は何でも知っている、君がハーフエルフと戦い心を痛めたのすら知っているよ」
「ノヴァの事を――?」
「ああ、そうじゃ」
そして千年龍はまるで霧のように溶けて消えると、ルイスの背後にまた現れる。
「儂は一五〇〇年前に選ばれた勇者だ。世界を救い、人々から英雄として扱われたのじゃが、老衰には勝てんくてな。死にたくなかった儂は魔物と龍の魂を取り込み、不老不死を手に入れたのじゃよ」
「……今、何て?」
「簡単に言うと、長生きな勇者という事じゃよ。気にするほどでもない、単なる君の先輩じゃ」
そう言って笑った千年龍は、背景に溶けるとメイアの傍に現れた。さきほどから変わらない移動方法、ルイスがこれまで見てきた魔法とどれも違っている。空間転移の魔法とすらかけ離れていた。
一方で千年龍はメイアの瞳を覗き込み、悲しげな表情を浮かべる。
「それで、今日はどんな未来が知りたい?」
「俺が勇者になれるのか知りたい!」
千年龍の問いかけに一番早く反応したのはリリックだった。それを静止しようとしたルイスだったが、手を挙げようとして思い止まる。リリックの勇者になりたいという意気込みは他の生徒達に比べても相当な物だ。
焦るのも無理はないだろう。
「いや、そんな特定的な未来を見る事はできんよ。儂が見られるのは『相手が乗り越えねばならない壁』じゃ。君がどんな苦労をし、どんな苦難に立たされるのかを知る事ができる」
「つまり、俺が勇者になる為に乗り越えなくちゃならない壁を知れるのか?」
「いいや、それがどんな壁かは分からない。人として成長するための壁か、強くなるための壁か、それは解らんのじゃよ」
「それでも良い、教えてくれ!」
焦るリリックを見て、千年龍は肩を落とす。
しかし何かを決心したように千年龍はまた溶けると、リリックの目前に姿を現した。
『いずれ君は、力を託されるだろう』
『じゃが、それは君が扱うにはあまりにも大きい力だ』
『そんな中、君は何度も迷うだろう』
『力を持つにふさわしいのかどうか』
『だがそこで迷ってはいかんぞ』
『君に力を託した者は、君に世界を救ってほしいと願ったのだ』
『自分の無力さに打ちひしがれても、心を折ってはならない』
『歯を食いしばり、前を見ろ』
『それが、君が未来で立ち向かう壁だ』
千年龍は虚ろな雰囲気から姿を戻し、その口でリリックにそう伝えた。一度聞いただけでは散らかっているような言葉、実際リリックもそれがどういった意味なのか理解できていないようだった。
「どういう意味だ? 力を託されるって?」
「分からない、儂にはこれしか分からんよ」
「本当か? ヒントとかないのか?」
「ない、どうやっても見つからん」
千年龍は笑いながらリリックの肩を叩き、また消えた。
そして今度はルイスの目前に姿を現す。
「予言者――なんですか?」
「類似した能力じゃ、予言ではない」
ルイスの問いにそう答えた千年龍は、ルイスを見上げてまた笑う。
無邪気な子供のような笑みだが、身に纏う空気は子供とはかけ離れていた。
「儂が魔物の魂を取り入れてから、このような力が備わった。だが誰の未来でも、どんな未来でも見れるというわけではない。例えばそこに居るメイアやアイニールの未来は儂にも見えなかった」
「え? 私達の?」
不意に話題に上がった事へ、メイアは驚いているようだった。
今は魔眼も発動していないが、千年龍の事を読み取り終わったという事なのだろうか。
「フリーシェ、こちらへ来い。君にも予言を授けよう」
自己紹介もしていないのに、千年龍は生徒達の名前を的確に呼んでいる。
メリッサと口裏を合わせたとも思えない、その異様な雰囲気にルイスは面食らっていた。
「凄いでしょあの人、本物の予言者なんだよ」
「最初の勇者というのは本当なのか?」
「そうみたい。この世界で起こった事を、一五〇〇年前からずっと観察してるんだって。半魔が久しぶりに勇者に選ばれた事を、あの人ちょっと喜んでた」
「……そうか」
あっけない会話を繰り返しているうちに、千年龍はフリーシェの前に立って微笑む。
そしてその頭を撫でて、黒い瞳でフリーシェを見つめた。
『君の大切な人は遠い未来で道を踏み外す』
『その時君は問いを投げられるだろう』
『その答えによって世界の運命が決まる』
『最初の言葉を思い出せ』
『思い出深い、最初の言葉を』
ルイスにも千年龍の予言の意味が分からないし、言われたフリーシェ本人でさえ理解できていないようだった。
どうやら確定的な未来を語るのではなく、その周囲に応じた状況を語る魔法、といったところか。
「ルイスよ、少し話そうか。儂はずっと君と話したかったのじゃよ」
「私と?」
千年龍は一度だけ頷いてから、また目尻に皺を作って笑う。
「ノヴァの問いに対して君が出した答えを、儂は知りたい」
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