7話 原初の勇者
視界を覆う大瀑布を眺めながらルイスを含めた五人とメリッサは、飛んでくる飛沫に目を閉じた。
ベルムンドの滝。
エルドリア王国で一番大きな滝であり、その幅は二キロにも及ぶ。毎分何千トンもの水が流れ落ち、下へ落ちる滝の飛沫が地響きと共に空へと昇る、宗教的な側面もある観光名所だ。
「へぇ、これは驚いた」
ルイスは思わずそんな事を呟く。
噂程度には聞いていたが、実際目にするのは始めてだ。
これほどの自然を見るのは、ルイスのそれなりに長い人生でも初の出来事である。
「いつ見ても凄いわよね、音も振動も」
そんな事を呟きながら、メリッサはルイスと腕を組んでいた。
ルイスもそれなりに抵抗したのだがメリッサの剛腕には敵わず、なし崩し的に腕を組んでいるだけなのだが、メイアは良い顔をしていない。
「ひゃー、ルイス先生、凄いね!」
そんなルイスの思いとは裏腹に、フリーシェはリリックと共に楽しそうにしながら飛沫を味わう。
その後をアイニールが続き、手を引かれてメイアもあちらへ向かった。
「さてと、メリッサ。君は何でこんな所にいるんだ?」
子供達が去ったのをみて、ルイスはメイアに向かい合う。
「休暇よ、凱旋後の仕事も終わったからのんびりしてるの」
「へぇ、一人で?」
「フェリスの事も誘ったんだけど、あの子は仕事があるって」
「忙しそうだったか?」
「まぁね、あの子もジェイクの補佐で色々動き回っているみたいだし」
過去のパーティーメンバーの事を適当に話しつつ、ルイスは近くにあったベンチに腰掛けた。
それに続き、メリッサも腕を組みながら腰を下ろす。
「ルイスに言いたい事があったのよ、そういえば」
「言いたい事?」
自分の肩にもたれかかるメリッサを見て、ルイスは問い返した。
「アナタ、私達の事を気遣って追放を受け入れたって聞いたわよ」
その事か。
宿屋でジェイクから言われた言葉だ。
追放にはルイスも抵抗したが、ガイリックやメリッサを含めた他の仲間まで英雄として扱わないと言われたのならば、引き下がるしかなかった。
「ホント、がっかりしちゃったわ。ルイスって私達の事そんなに信用してないの?」
「信用って?」
「私達がルイスにだけ重荷を背負わせるなんて事するわけないじゃない。私は英雄になれなくても気にしなかったわよ」
そのまま話を聞けば、ジェイクはルイスが宿屋を去った後『ルイスは別件で離れた、王都で後に合流する』と伝えていたらしい。
ガイリックやメリッサも、まさかルイスを追放しているなんて考えも及ばず、そのまま凱旋へ参加し、魔王打倒の宴が終わった一週間後に事の真相を知らされたという。
メリッサもルイスがどこに居るのかとジェイクに迫らなければ、学校で先生をしていると知らさるのはもっと後になっていたかもしれなかったらしい。
それでもこの観光地で会ったのを考えれば、どこで先生をしているのかは知らされていなかったようだが。
「……メリッサはそうでも、他の皆は違うだろう。ガイリックには妻も子供もいるし他の皆もそうだ。私の事情で彼の生活を窮屈にさせる訳にはいかないだろ」
――でも、
ルイスはそこで言葉を区切り、改めてメリッサに向かい合う。
「ありがとう、メリッサ。そう言ってもらえれば嬉しいよ」
「それってプロポーズ?」
「違う」
「え~、絶対にプロポーズでしょ」
「ポジティブが過ぎるよ、曲解しすぎ。詩人じゃないんだから」
「ふーん、私ってそんなに魅力ないかな?」
呟くように、そして悲しそうに言ったメリッサに、ルイスは思わず向かい合った。
そして両肩を掴み、真剣な眼差しで見つめる。
「そんな事あるわけないだろ、君は私が出会ってきた中で最も美しい人間だ。そんな風に言わないでくれ。君に魅力がないはずがない。それでも私は君の好意には応えられないんだよ」
メリッサからの求婚を断るのには、理由があるのだ。
誰にも打ち明かしていない、ガイリック含めた数人しか知らない理由。
どうしようもない理由だから、言えないのだ。
そして、言いたくないのだ。
「君に魅力がないわけじゃないから、そこだけは勘違いしないでくれよ」
「そっか、嬉しい」
メリッサは頬を赤らめ、そして小さく呟いた。
「フリーシェ君が男だと知って、もしやルイスは男色系だと思ったんだけど、違うのよね?」
「ガイリックにも同じことを言われたよ……」
他の勇者と会うたびに同じ言葉を交わすのかと肩を落とすが、それもまた楽しみの一つだと思えば悪くない。
というよりはフリーシェの格好にも問題があるだろう。
クロードがフリーシェ用に持ってきた服はみな少女が着るような物か中性的な恰好ばかりだ。フリーシェも気に入っているようなのだが、あれでは少女に見られても仕方がない。
「あ、そうだ! ちょっと行ってみたい場所があるんだけど」
「行ってみたい場所?」
「ええ、あの子達も連れてね」
「一体どこに?」
首をかしげるルイスに応えず、メリッサは立ち上がって振り返る。
そして小さく笑った。
「滝の裏側『運命の泉』へ」
××××
右には水に撃たれて滑らかになった岩肌、そして左には轟音と共に落ちる水の壁。
ルイス達はメリッサ案内の元、滝の裏側に来ていた。
近くにあった洞窟に入り、そこから隠し通路を渡り、鉄の扉を十枚程通り抜けて今の場所に至る。
「運命の泉が本当にこんな所にあるのか?」
前を歩くメリッサに問うが、メリッサは頷くだけで何も答えない。
「ねぇ先生、運命の泉って何?」
後ろを歩くメイアが、ルイスの袖を掴んで顔を覗いてくる。
「運命の泉というのはね、その人の未来を知れる泉の事さ」
童話レベルでしか言い伝えられていない存在。
その泉を覗けば、泉に映った自分が避けるべき運命を教えてくれるという泉だ。
「そんな物が本当にあるの?」
「私も本で読んだ程度なんだが、メリッサは実在すると言っていた」
「本当に? ルイス先生の気を引きたいだけじゃないの?」
「そんなくだらない嘘をつく女性じゃないよ」
そんな会話を繰り返していると、一行は滝の裏側の中心にたどり着いた。
そこには大きな鉄の城門に似た物があり、しっかりと施錠されている。
メリッサは懐から何やら小さい宝玉を取り出すと、それを門に触れさせた。
すると扉が一人でに開き、中にある洞窟の姿を見せた。
「マキシモフ家が代々守ってきた場所でね。その血縁者と証を持つ者しか扉を開くことができないのよ」
得意気にそう語ったメリッサは、たじろぐルイス達を置いて一人で先に向かう。
こんな場所で放置されるわけにもいかず、ルイスと生徒達もその後に続いた。
「運命の泉を私に見せる理由はなんだ?」
「んー? あぁ、私とルイスが結婚してるって予言してもらおうかなって」
「……ここ王族特命の神秘部でしょ? そんな私的な使い方して平気なのか?」
「平気平気、どうせ使ったって怒られる程度でしょ」
あっけらかんとそう答えたメリッサに続く事数分、洞窟を進み続けた一行はちょっとした広場に出た。
見渡す限りの泉。
天井には緑に輝く無数の結晶、水は底にある宝石を映すほどに透明で波一つ立っていない。
ただ天井から一滴ずつ、雫が泉に落ちる音だけが洞窟に響く。
「ここが、運命の泉……?」
昔本で読んだ程度の記憶しかないが、そこに書いてあった通りとても美しい場所だった。
「凄い……」
隣で呟くような声が聞こえ、目を向けるとメイアが息を呑みその光景を眺めていた。
リリックを含めた生徒達も同じように、その光景を眺めている。
「本当に未来を教えてくれるのか……?」
そんな事を呟きながら、ルイスは泉を覗く。
落ちてくる雫の波で揺れるだけの水面、そこに映る自分の姿を眺めた。
「…………」
だがいくら待っても、泉に映る自分は動かない。
話すどころか、一切動かなかった。
「アハハ、ルイスって年の割に純情よね。泉に映った自分が話しかけてくるわけないんじゃない」
突然笑い出したメリッサに、ルイスは赤面しながら振り返る。
そして恥ずかしそうに睨みつけた。
「くぅ……私を騙したのか?」
「いいえ違う、アナタに会ってほしい人がいるからここへ連れてきたの」
「会ってほしい人?」
そう言ってメリッサは泉の方へ目を向けた。
何かを探すように、誰かを探すように。
「泉が答えてくれるというのも、単なる嘘なのよ。その嘘が童話として広がっただけで、真実は違うわ。この泉にいる人が答えてくれるの」
「——人?」
その瞬間、ルイスは背に汗を感じた。
何か邪な存在が、自分の背後に立っている。
人間の部分ではない、自分に流れる魔物の血が叫んでいた。
「儂のことだよ」
気配の揺らぎも感じなかった。
だが、声の主は確かに自分の後ろに立っている。
聞き覚えの無い、野太い声。
「君が『赫月の勇者』だね。初めまして」
ルイスはゆっくりと振り向き、声の主の姿を見た。
「君は――誰だ?」
褐色。
赤と黒を七対三で混ぜたような褐色の肌。
自分と同じ、半魔の肌。
背は小さく、年齢も幼いだろう。
リリックよりも年下に見える。
半裸の体に羽衣のような物を巻いている。
肋骨が浮き出るほどにやせた体と、塗りつぶしたような真っ黒な瞳。
「儂か?」
半魔にしか見えない少年は、ルイスに向かって微笑んできた。
柔く優しい笑みを浮かべたまま、その少年は話す。
「儂の名は千年龍」
そして、少年は嗤う。
「一五〇〇年前、この国で最初に選ばれた“勇者”だ」
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