4話 天体観測
のぼせてしまったフリーシェを床に寝ころばせ、その傍でルイスは葉を扇いでいた。
初めての温泉ではしゃぎすぎたのだろう、火照った体のまま泳ぎまわったせいだ。
「せんせぇ、もっと扇いでぇ……」
「はいはい、ほら涼しいだろう?」
「うん、きもちいー」
前髪を汗で額にくっつけたフリーシェは、寝ころびながら笑う。
浴衣の首もとを開け、鎖骨と紅潮した胸を曝け出していた。
「ほら、着崩れしちゃってるよ」
「暑いからいいの~」
「まったく、ご飯の時はちゃんと服を直しなよ」
ルイス達の部屋に食事が運ばれて来るまで一時間程度ある、それまで暇だからフリーシェの付きそいをして時間を潰そうと考えていた。
だが、それでも暇だ。
外に出かけるのも悪くないのだが、今はもう夕暮れ。
夕飯までの時間も短いから、外で出ても碌に散策もできないだろう。
「先生、やっほー」
明るい声がして、振り向くとメイアとアイニールが並んで部屋に入ってきた。
二人とも暑そうに手で自分を仰ぎながら部屋に座る。
「良い温泉だったね、体が温まったわ」
「それは良かったね、夕飯まであと一時間くらいあるよ」
「そうなの、じゃあ部屋でのんびりしてるわ」
そう言ってメイアは近くにあった椅子に座り、アイニールは近くへ寄ってきた。
そして汗をかくフリーシェを眺めながら微笑む。
「暑そうですね、フリーシェ」
「アイニールも扇いでぇ」
「いいですよ~」
そう言ってアイニールはルイスから扇を受け取り、フリーシェに風を送る。
気持ちよさそうな顔をするフリーシェを眺め、アイニールは楽しそうに笑った。
「そう言えばリリックは?」
テーブルに置いてあった菓子を食べながら、メイアはそんな事を言った。
「暇だから外で涼んでくるってさ」
「なるほど、私の鎖骨を見たから照れて逃げたのね」
「……そうだね」
適当に話を合わせ、扇ぎ役をアイニールに任せてメイアの対面に座る。
「こんな時間にお菓子なんて食べたら、夕飯が入らなくなるよ」
「甘いものは別腹だから大丈夫」
「太るよ?」
「胸に栄養が行くから大丈夫! ……多分」
口角を上げて静かに笑い、ルイスも同じように菓子に手を付けた。
砂糖を焼いたものらしいが、どういった菓子なのだろうか。
甘味の奥にほどよい苦みがある。
「そう言えばルイス先生、温泉ですっごい美人に会ったよ」
「へぇ、どんな美人?」
「背が高くて、筋肉質で、スタイルが凄かった」
「へぇ」
「興味ないの?」
メイアの言う通り興味はない。
別に美人を見かけたからといって騒ぐような年齢でもないのだ。
ましてこの宿屋は王国でも指折りの高級宿だそうだし、宿泊客もそれ相応の地位をもった人間となる。
そんな相手をナンパでもしようものなら、どんなトラブルになるかわかったものではない。
「あーあ、私もあの人みたいにスタイルが良かったらなぁ」
「メイアだって美人じゃないか、そんなネガティブにものを考えないでさ」
「うわー、先生うまいね」
「事実を言ったまでだよ」
「きゃー、先生流石ぁ」
両手で頬をおさえクネクネと照れ隠しをするように踊るメイアに笑いながら、ルイスはまた菓子に手をつけた。
「ねぇ先生、この宿屋って一体何なの?」
「ん? クロードに聞いた話によると、まぁ国で三本指に入るくらい有名な宿屋らしいよ。近くには観光名所もあるし」
中流層、または成り上がりの上流階級の人間は、近くにある宿屋を選ぶ。この宿屋には宿泊するのも相応の格が必要であり、古くからなる貴族や王族くらいしか宿泊する事ができない。
ルイス達も断られるのではないかと不安になったが、クロードが話をつけてくれたらしい。
宿屋の主も、クロードの知り合いならという事で許可をくれた。
実際に話した感覚でいえば、恐らくルイスが勇者であった事も知らないのだろう。
「観光名所って、確かベルムンドの滝よね? 明日行ってもいい?」
「そうだね、明日皆で行こうか」
「やったー、楽しみだなぁ」
嬉しそうに笑うメイアに微笑み、ルイスは夕飯を楽しみにした。
自分が用意しなくても夕飯が出るというのは、やはり楽でいい。
××××
食事を終えた面々は雑談に華を咲かせた後、宿屋のバルコニーから星を見に行こうという話になった。
まだ午後九時前後、寝るまでには少々時間が空きすぎているのでそれも良いだろうと全員が承諾した。
ルイスは宿屋の従業員に話をつけて紅茶と茶菓子を持ってきてもらうようにし、生徒達をバルコニーまで連れていく。
クロード領も田舎なので星の綺麗さは変わらないだろうが、こうして皆で同じ部屋で過ごすという初めての経験に気分が高まっているのだろう。
「先生、あれは何て名前の星座なの?」
フリーシェが指さす方向に目を向けて、ルイスは記憶の奥に眠っている名前を思い出そうと頑張った。
「あれは確か“時計座”だよ。十一月生まれの人の星座だ」
「じゃあ先生、その隣にあるのは?」
「あれは確か……そう“三日月座”だ。十月生まれの人の星座」
「ルイス先生って何でも知ってるのね」
メイアが感心したように声を出す。
元々ルイスは勇者になる前、そしてなってからもある程度本を読んでいた。少年時代、力をつけるために魔法に関する本を読み漁ったのが始まりだが、そこから数年は知力を身に着けるために様々な書物を読破した。
その記憶を引っ張り出しているにすぎない。
「本を読めば、ある程度は理解できるよ」
「うげー、私読書って苦手だわ」
「そうなのかい? そろそろ教科書を作ろうかと思っているんだけど、メイアは苦労しそうだね」
「先生に口頭で教えてもらうから、別にいいもーん」
楽しそうに笑うメイアは、隣に居たアイニールに抱き着いた。
やれやれ、と怒る気にもならないがメイアにはある程度のスパルタが必要だろう。
「じゃあ私は部屋に戻るよ、やり残した仕事がある」
「えー、旅行に来てまで仕事なの?」
不満そうにフリーシェが話すが、ルイスは微笑んでから頭を撫でた。
「すぐに終わるよ、明日一緒に観光地を巡りたいからね」
頭を撫で続けると、フリーシェは微笑みながら撫でられる感触を楽しんでいるようだった。
そして満足したのか、一度だけ頷いて手を振る。
「ルイスさん、俺も手伝おうか?」
「いや、大丈夫だよ。リリックも楽しんで」
「そうか、わかった」
問題はないだろうが、従業員に見張ってもらうように頼んでからルイスは部屋に足を向けた。
あけおめです!
今年もどうかよろしくお願いします。




