18話 契約術師
クロード達の元へ戻ったルイスは事の顛末を伝えた。ノヴァが二〇〇年前に戦った理由も、どういった大儀を以て事に及んだのかも、そして自分を勧誘してきたことも、それら全てを包み隠さずに話した。
「そんなことが……」
クロードは口に手を当てながら青ざめていた。
「これで、契約での救いは不可能になったね……」
クロードがそう呟き、ルイスは静かに首を縦に振る。そして兵長も同じように神妙な顔をしたまま考え込んでいるようだった。
「あの、一つ良いですか?」
そんな空気の中、ベリアルが恥ずかしそうに手を挙げる。
苦笑いを浮かべ、申し訳なさそうな表情だ。
「その、先ほどから度々会話に出てくる『契約』とはどういった意味なのでしょうか?」
その問いを聞いた瞬間、ルイスとクロードは目を丸くし兵長は怒りに顔を歪めてベリアルに迫った。
「ベリアル! 精霊術師における『契約』の重要性、これは話したはずだが!」
「も、申し訳ございません。失念しております!」
兵長は溜息をつき、説明を始める。
「精霊術師というものはな、精霊との『契約』により力を得る者達の総称だ。彼らは一般の魔法使いとは一線を画す実力を持っており、精霊より受けた力を戦闘に扱うのだ。そして精霊術師の最たる特徴が、奴らはどこの誰でも、一度交わした契約は絶対に守るということだ」
「契約を守る、ですか?」
「ああ、精霊と契約をする際に、彼らはそれを誓う。もしそれを破れば奴らは力を失い、破った度合いによって相応の罰を受ける。ノヴァはこの学校に住む生徒に危害を加えないという契約を交わした。だがもしこれを破って生徒に危害を加えれば、奴は力を失って罰をうけるということだ」
兵長の説明を受けたベリアルは、首を大きく縦に振った。
先ほどまでの説明に補足を加えるのならば、精霊術師がその契約を自ら破ったと認識した場合に罰が下る。
実際ノヴァは『他人に危害を加えない』というクロードとの契約を、兵士を傷付けないとは言われていないという屁理屈で乗り切っている。
「と、俺が教えたはずなんだが? 貴様俺の講義を寝て過ごしていたのか?」
「い、いえ、そんな事はございません!」
ベリアルは額に汗をかきながら、必死に敬礼をしていた。
そんな様子を見ながら、クロードはゆっくりと口を開く。
「こうなった以上、ノヴァの魂を引きずり出すか、他人へ植え付けるといった方法が、一番現実的だろうね。まったく、難儀するよ」
額に手を当てて項垂れるクロードに、兵長は声をかける。
「もし人柱が必要というのでしたら、自分がなりましょう。むさくるしいおっさんではありますが、あのような少女の肉体よりは自分のほうがノヴァも自由を得られるでしょう」
兵長の急な物言いに、ルイスは唖然とした顔を浮かべる。
「なんだ半魔、俺の言ったことに不満でもあるのか?」
「いえ、アイニールのためにアナタがそこまでしてくれるとは、思っていなかったので」
「フン、下らんな。あんな子供が虐げられているのならば、それを助けるのが大人の役目であろうが、馬鹿者め」
兵長は不機嫌そうに腕を組み、ルイスを睨んだ。
それを見てクロードは声を殺して笑い、そしてルイスは頭を下げる。
「ありがとうございます、あの子の教師としてお礼を」
「そんなものは要らん、それよりノヴァを殺す方法に知恵をひねり出せ」
そして兵長は紅茶で唇を濡らす。
「そうですね……」
ルイスもそう応え、同じように紅茶を口に入れた。
しかしその目には覇気がなく、ただ虚空を見つめるだけだった。
××××
四人での話し合い、その間どれだけ知恵をひねってもノヴァを無力化する案はでず解散となった。
時間が解決してくれる問題でもないが、焦って事に及んでも良い結果になるとは限らない。そう結論付け、明日以降にまた話し合おうという事になっている。
「ふぅ……」
ルイスは一人溜息をつきながら、応接室にある椅子に背を預ける。
ノヴァが人間の全滅を願っているのなら、それを叶えるまで決して諦めないだろう。
だがそんな事をさせる訳にはいかない。
何があっても止める。
だが、自分にそれを止める資格はあるのかと同時に悩んだ。
この国に居る半魔が虐げられているのは事実であり、そんな彼らにとってノヴァは救世主と呼んでも良い。
そんな男を、半魔である自分が倒してしまって良いのだろうか。
「クソ、何でこんな事を考える」
らしくもない考えに、ルイスは頭を振った。
どんな大儀を持っていても、人を殺すのであればルイスは止めなくてはならない。
ただ、つい考えてしまう。
ノヴァともし違う形で出会っていたのならば、自分は彼の手を握らなかったのかと。
自分の何かが間違っていたのならば、これまでの何かが違っていたのならば、ノヴァに賛同していたかもしれない、そう考えてしまう。
考えてしまって、仕方がない。
「ルイス先生、大丈夫?」
応接室の扉が開かれ、メイアが顔を出す。
とても心配そうな表情を浮かべたまま、中に入ろうとしない。
「どうしたんだい、メイア?」
「うん、ちょっと心配になって」
ためらいがちにメイアは応接室に入り、ルイスの隣に腰掛ける。
そのまま顔を下げ、どう話を切り出すか迷うような素振りを見せた。
だが何かを決心したようで、メイアはゆっくりと顔をあげる。
「ルイス先生。あの人、誰なの?」
「アイニールの事かい?」
「ええ、地下牢にいるあの子。あの子は一体――何?」
『誰』ではなく『何』という物言いに、メイアは魔眼を使ってアイニールの本質を見たのだと理解した。
「私怖いわ、あんなのがいるなんて思いもしなかった」
肩を震わせながら、メイアは表情を曇らせる。
本気で怯え、そして不安に押しつぶされるかのように。
そんなメイアの背を、ルイスはさすった。
「大丈夫だよメイア、君達の安全は私が保証する。何があっても君達は守るから安心していい」
微笑みながらそう伝え、ルイスは力強くメイアの背に触れる。
だが、メイアはその手を振りほどき、そして両手でルイスの肩を掴んだ。
「私は自分が怖いんじゃないの! ルイス先生があの子に何かされないか心配なのよ!」
唐突に、大声を張り上げたメイアに、ルイスは虚を突かれた。
そんなルイスを無視して、メイアは話を続ける。
「あの子の中を見たわ、あの子はフリーシェみたいに何かが入っているんでしょ。とても可哀そうだと思うし、心配だと思う。けどそれ以上に私は先生が心配なのよ! あの子とルイス先生なら、私はルイス先生の方が大切だし、傷付いてほしくないの」
目尻に涙を浮かべるメイアは、ルイスの顔を見つめる。
「私の眼を知っていて、受け入れてくれたのはルイス先生だけなの。先生にもしもの事があったら、私はどうすればいいのよ。私だけじゃない、フリーシェも、リリックも……」
「メイア……」
「だからもしあの子と関わって、先生が危険な目に遭うのなら。お願いだから手を引いてほしいの」
ルイスは、ただ黙ってメイアの願いを聞いた。
自分の心配ではなく、ルイスを心配してくれていた事に、ルイスは正直驚いていた。
(そうか、そうなんだね……)
ルイスはメイアに向かい合い、その瞳をみつめた。
心配をかけたことを恥じ、同時に心に温かい物を感じる。
「ごめんねメイア、けどアイニールも私の生徒になるのさ。それにあの子には助けてと言われた。なら、私は助けたいと思う」
「どうして!」
「もし私があの子を見捨てたら、私は……いや、私の中にある何かが崩れてしまう気がするんだ。それが何なのかは解らない。けど私は教師としてアイニールを助けたいと思っている。助けを求められたからじゃないよ、私が助けたいから助けるんだ」
メイアは黙ってルイスの言葉に耳を傾ける。
「私は教師として、私の生徒であるならば平等に助けたい。生徒である時間も、実力や事情も関係なく、ただ平等に助けたいんだよ」
自分が不平等を受けてきたからこそ。
不平等を与えたくない。
「だから私はあの子を助ける。例えどれだけ危険な事であっても、私はあの子を見捨てないよ。君を置いて私は死なない。君達が勇者になる日まで、私は絶対に死なない」
――だから、心配しなくていい。
ルイスはメイアの肩に手を置いて、そう告げた。
涙に揺れる肩をルイスはゆっくりと撫でる。
「だけど……私はアイニールを助けられないかもしれない」
そしてルイスは胸の内を語る。
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