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最終話:伝説の勇ニャ伝説-A Na Legenda-

「しっかし、相変わらず猫が多いわね。ブローウィングのベランダは」

ねこじゃらしを手に猫と戯れながらそんなことをアマユキさんは言った。

「そうですよね。なんかスズメ先輩が飼いならしてるみたいで」

「飼いならしてる訳じゃないですよー」

「どうせまた、スズメ先輩は猫の勇者だからステラソフィアの猫たちが集まってくるーとか言うんですよね……」

「何ソレ。今更だけどスズメ先輩ってかなり頭オカシイんじゃないの?」

それは正直わたしも思っていたけど敢えて口には出さないようにしていたことだ。

それをズバリと言ってしまうなんてアマユキさんはすごいと言うか酷いというか。

「私、猫ともお喋りできるんですよ! ねー、フニャちん」

「にゃあ」

「フニャトは何て言ったのよ?」

「”そうだな”だって」

「バカバカしい」

「そうだ。アマユキさんにも聞かせてあげてくださいよ」

「何を?」

「私が猫の勇者! 勇ニャになって大ニャ王ニャタンと戦った時のことですね! いいでしょう。アマユキちゃんにも私の活躍、存分に思い知らせてあげます!」

ということが昔あったなー。

なんて、そんな感傷に浸りながらわたしは仰向きに寝転がる。

なんでわたしはこうなってしまったんだろうか……。

「ちょっといいかしら?」

ふと人間が1人、わたしの顔を覗き込んでくる。

目の前にはよく見知った顔――アマユキさんだ。

「アンタ、セッカを見なかった? 赤い眼鏡掛けてて黒髪の、カナル式イヤホンみたいな髪型の女の子なんだけど」

アマユキさん、わたしのことをカナル式イヤホンみたいとか思ってたのかぁ。

というか、こんな真面目な表情で人の居場所を訪ねてくるなんてことがあるだろうか。

セッカはいます。

わたしです。

でも、わたしの声は届かない。

なぜなら……

「猫に聞いても無駄よね……」

そう、猫だから。

なぜだろう。

目が覚めるとわたしは猫になっていた。

「でもアンタ、面白い毛並みしてるわね。目の周りに模様があって眼鏡みたい。セッカといっしょね」

自分の顔は見えないけれど、眼鏡を掛けてるみたいな毛並みの猫ってなんなんだろう。

「ったく、セッカはどこにいったのかしら……」

最後にそう呟きながらアマユキさんは機甲科校舎の方へと向かっていった。

取り残されたわたしは当てもなく彷徨う。

気付けば機甲科ビオトープの奥。

猫たちの集会場のある場所に来ていた。

まぁ、猫になったわたしには行けるような場所といえばここくらいしかないし。

「でもマジかよ……ヤベーんじゃね?」

「けど、逆にチャンスとも言えるかも?」

「いやいやいやいやムリムリムリムリ」

猫たちが何やら話をしている。

どこか沈んだ空気、でもどこか浮足立った雰囲気、いろんな感情がないまぜになったような。

「なんだお前、見ない顔だな。新入りか?」

わたしに声をかけてきたのは黒猫たち。

「もしかしてアレか、勇ニャ様がいなくなるからって後釜狙いとか?」

「勇ニャ……?」

「なんだ。しらねーのか」

勇ニャ……その名前に聞いたことはあった。

スズメ先輩の言ってた猫の勇者。

だけど……

「新入りのお前にはきっちり教えとかねーとな。いいか、まずこのステラソフィアコミュニティには明確なリーダーがいる。それが勇ニャ様だ」

「悪の限りを尽くした大ニャ王ニャタンを倒したすっげーヤツなんだぜ! ただ……」

黒猫さん達の表情が沈む。

「いなくなっちまうんだよな。卒業、つったっけ?」

「そうそう。だから次の勇ニャを誰にしようかって話になってるんだ」

なるほど。

スズメ先輩は4年生。

つまりもう卒業してしまう。

「順当にいけば次の勇ニャはフニャトの旦那じゃね?」

「いや、あの猫はそういうの嫌がるタイプでしょ。同じ勇ニャの仲間(ニャールカ)だったゲルニャさんを推すね」

「いやいやいや、ワタシはやっぱり勇ニャスズメの頼れる相棒! 銀猫ニャトカを押すわね!」

「「それだけは絶対ないわー」」

「くたばれ」

目を回す黒猫さん達相手に勝ち誇るのは銀色の毛並みの猫。

わたしはその猫に見覚えがあった。

「ニャトカさん」

ブローウィングのベランダによく来る猫さん達の1匹だ。

スズメ先輩の飼い猫フニャトさん、そしてさっき名前の出たゲルニャさん。

そして――

「うん? 誰アンタ」

ここで「セッカです」なんて名乗っていいのか。

そう悩んでいると、

「に……げ、ろ」

一匹の大柄な猫が駆けこんできた。

鋭い眼光に息をのむような巨体の猫。

けれどその身体は傷つき、疲れ果てていた。

「ニャタン!」

ニャトカさんが声を上げる。

そうか、この猫さんがスズメ先輩の言っていた大ニャ王ニャタン!

けれどニャタンさんの様子は奇妙だ。

というより……にげろ?

「ニャァァアアアアアアアア!!!」

不意に響いた甲高い鳴き声。

見ると狂ったように暴れる猫の大群が現れた!

「あ、あれは……!?」

「ヤツらは……闇の猫の配下。ゾンビ猫たちだ……っ」

「闇の猫ってあの……」

「どの?」

「猫たちの伝説。常識ジャン! アンタ、それを知らないとか本当に猫?」

「そうか、お前は……なら勝てるかもしらんな。そこの新入り、名を名乗れ!」

「え、えっと、セッカです!」

「セッカ、手を貸せ!」

「え、あ、はい!?」

「そしてお前もだニャトカ!」

「ったくしょーがないわね。ド・ボイェ!」

数は多かったけれど3人――いや3匹? の力を合わせてなんとか撃退することができた。

「なーんだ、大したことなかったジャン。あんなのに負けたのアンタ」

「こうもあっさり退くとは……妙だな」

「わぁ、新しい猫さんですかー?」

緊迫した状況を打ち壊すように気楽な、どこかで聞いたことある声が聞こえた。

「眼鏡をかけてるみたいな毛並みの猫ですね。眼鏡猫さんかな?」

やっぱり眼鏡をかけてるように見えるんだ……。

「スズメ先輩」

「え?」

スズメ先輩の表情が真顔になる。

そして屈むとわたしの顔を覗き込んだ。

「もしかして……セッカちゃん?」

「えっと……そう、です」

「ほ、本当の本当にセッカちゃん!? どうして猫に!?」

「それが、よく分からないんですけど……目が覚めたら猫に……」

というか、スズメ先輩と話が通じている……?

勇ニャスズメとして大ニャ王ニャタンを倒した――だから猫と話すことができる。

そんな話を何度も聞いた。

「あの話、本当だったんですね……」

「これで信じざるを得なくなったでしょう!」

「なんでちょっと嬉しそうなんですか」

相変わらず意地の悪い先輩だ。

「やはり勇ニャスズメと同類か」

「ニャタンさん!? どうしたんですか、その傷は!?」

「勇ニャスズメ、聞け。ヤツが……目覚めた。古の、闇の猫が!」

万物の始め光があった。

そしてその光に照らされ、闇が生まれた。

光と闇は争い、光が勝利した。

闇は眠りについたがいまだ滅びず、反撃の機会を狙っているという。

それが光と闇の猫の伝説だ。

「闇の猫が、目覚めた」

スズメ先輩の表情に緊張が走る。

『その通りじゃ。勇ニャよ!』

「うわ出た詐欺師」

『詐欺を働いた覚えはない』

天に浮かび上がるどこかありがたいようなそうじゃないような猫の姿。

あからさま過ぎるとはいえ、もしかしてこの猫が。

「はい。私を猫に変えたクソみたいな光の猫です」

「恐らくはなのだが、セッカ、ヌシが猫になったのもコイツの仕業だろうな」

『何でこんなに風当たりが強いのじゃ!? 確かにワシのしたことじゃが……』

「ほらやっぱり」

ええ……。

『しかしだな勇ニャよ。闇の猫が目覚めた今、猫たちは新たな勇ニャを求めておるのじゃ。そなたももう卒業であろう?』

「だからセッカちゃんを猫にですか!? 大体、元人間じゃないとダメなんて決まりはないですよね?」

『じゃがほら、人間が跋扈するこの時代、元人間の方が何かと勝手がいいというか、ほら、人間の知性に猫の身体。物凄い力だと思わんかね?』

「それが理由なんですか?」

『それだけじゃないぞ。この子にはすごい光がある。ワシにはわかるんじゃ。それこそ闇をただ打ち倒すだけではない、やさしさで包み込めるような眩い光がの!』

「そこは私としても同意ですけど」

『つまりそういうことじゃ! 勇ニャスズメよ、次期勇ニャ候補セッカよ。そしてその仲間たちよ! 眠りから目覚めた闇の猫を倒すのじゃ!』

「えっと、光の猫さん。もしその闇の猫さんを倒せばわたしは人間に戻れるんですか……?」

スズメ先輩の時はニャタンを倒したら人間に戻れたと言っていた。

ならば、わたしも……。

『え? 人間に戻りたいの?』

「はい」

『無限に猫缶が食べられるとか、永遠に生きられるとか、猫世の総てを手に入れるとかそういうのはいいの?』

「いえ、特にそういうのは……」

『えっと、本当の本当に人間に戻っていいの?』

「くどい!!」

そう横槍をいれたのはスズメ先輩だった。

「コイツ、いつもコレなんですよ! セッカちゃんもはっきり言いなさい!」

「早く人間になりたい!」

『ちょっと違くね? あ、いや、まぁ、うん、仕方ない。闇の猫をなんとかしてくれればいいし……仕方あるまい! ではいけセッカよ!』

そんな雑な感じでわたし達の闇の猫クエストがはじまったのだった。

「倒すのはいいですけど、闇の猫さんってどこにいるんでしょうか……」

「力添えが必要のようだね、次期勇ニャ候補」

途方に暮れるわたし達に1匹の猫が話しかけてくる。

茶色い毛並みにどこか丸々した雰囲気が可愛い。

そしてこの猫も見覚えがあった。

「ゲルニャさん!」

ブローウィングによく来る猫の一匹。

ゲルニャさん。

たしかスズメ先輩の話では猫の世界に伝わる魔術――ニャ術を使う猫さんだとか。

「猫魔界に行くんだろう? 私も同行するぞ主人」

「フニャちん!」

やや大柄の三毛猫でスズメ先輩の飼い猫フニャトさんもやってきた。

わたしにスズメ先輩、ニャトカさん、ニャタンさん、ゲルニャさんにフニャトさん。

闇の猫を倒す為のパーティーが今、結成された!

「猫魔界への道は私のニャ術で開こう。猫魔界は本来、光の猫が闇の猫を眠らせる為の揺り籠として作ったもの……光の猫の力を受け継ぐ私ならば開ける」

「キャッツクレイドルってワケね」

「それはあやとりでは?」

「むしろ、光の猫さんに開けさせれば……」

「なんか色々事情があるとか言って面倒なことはやりませんからね。あの猫」

「猫魔界への道が開かれた。行くぞ」

そこは草原が風に揺れる、どこか綺麗さすら感じさせるところだった。

魔界というからどんなおどろおどろしい所かと思ったけれど……。

なんてのんきに観察している場合じゃ無い。

「ニャァァアアアアアアアアアアアア!!!!!」

狂ったような声が聞こえる。

出た、闇の猫の手下――猫ゾンビ!!

「さぁって滾って来たっしょ! ニャトカ、先陣を切らせてもらうわ!」

「ニャトカに続いてください! ここを一気に突破しますよ!」

飛び込むニャトカさんいスズメ先輩の号令。

襲い掛かる猫ゾンビたちをわたし達は撃退する。

「急造にしてはなかなかいい感じだな主人よ」

「セッカちゃんは柔軟に周りの状況に合わせられる子ですからね」

「しっかし変な感じ。セッカはまぁ、いいとして、元々闇の猫の配下だったニャタンと一緒に戦うなんてね」

「確かにそうだ。ニャタンよ我々に協力し闇の猫と戦う――何か理由があるのか?」。

「闇の猫の復活は猫界全体の脅威となる。勇ニャに敗れた我はもう用済みだ。ただの猫となった我が猫に仇なす闇の猫を驚異に思うのは不思議ではあるまい」

フニャトさんの問いかけにニャタンはそう答えた。

わたしにはその言葉は嘘だとは思えない。

――けれど、どこか不思議な含みのようなものがあったのも事実。

少なくとも、他の目的がニャタンさんにはありそうだった。

「まぁ……悪いことじゃないと思いますけど……」

「セッカちゃんがそう言うなら大丈夫だね」

小声でかわすスズメ先輩との会話。

とりあえずニャタンさんのことはお預けにしてくれるようだった。

「ねえ、アレ見てアレ!」

ニャトカさんが声を上げ何かを差す。

何か――なんていう必要はない。

パッと見てすぐわかった。

それは巨大な城――闇の瘴気を纏う闇の城だった。

「あからさまだけど……凄い闇の力を感じるな。きっとあそこにいるんだろう。闇の猫が」

ゲルニャさんが冷静に言う。

けれどその表情には揺らぎが見えた。

きっと光の猫の力を継ぐと言っていたゲルニャさんにはより強く感じられるのかもしれない。

闇の猫の力が。

「あの城に闇の猫さんが……」

目的地は分かった。

けれどわたしは気付いた。

「あそこまで行く方法がないですね……」

城はすぐ目の前なのは確かだ。

けれど大きな障害があった。

わたし達の立っているこの場所と、闇の城を隔てる大河。

流れも早く泳いでいくのも大変そう。

「城まで来たければ遠回りして来いということか」

「こんくらいならイケんじゃん? ワタシちょっと泳いでみる!」

「ニャトカさん!」

思い立ったら即実行。

ニャトカさんは流れに抗えず流される。

「助けてー!!!!」

だから止めたのに!

とはいえ、ニャトカさんを助ける為に川に飛び込む――なんてことをすればそれこそ被害が拡大するだけ。

ああ、無情にもニャトカさんは見捨てるしかないのか……!?

と思った時、ザブンと水の中に入る音がした。

誰!?

「あ、この川、人間には浅い」

スズメ先輩だった。

ニャトカさんの首根っこを掴み、高々と掲げる。

「た、助かったァ……」

スズメ先輩はそのまま向こう岸にニャトカさんを降ろした。

「みんなも来てください。私が向こう岸まで運びますよー」

なんかチートをしたような気分だけれど今は一刻を争う。

スズメ先輩に運んでもらいわたし達は無事に向こう岸――闇の城へたどり着くことができた。

『来たな、勇ニャよ』

城の前まで来たその時、おどろおどろしい声が響いた。

どこか邪悪さを感じさせる声。

まさかこの声が――

「闇の猫か……ッ」

『おおニャタンよ。勇ニャ側につくとは情けない』

「黙れ。我は貴様を許さん。猫の心の隙間につけこむ卑怯な貴様を」

『ほざくがいい。吾輩たちは待っているぞニャタン、そして勇ニャよ。城の最奥にて会おう』

「ゲスがッ」

城の門を開き、中へと入る。

「ニャァァアアアアアアアアア!!!!」

「手厚い歓迎ですね!」

「が、がんばりましょう!」

さすがは敵の本拠地。

数が多い。

けれど思ったよりは楽に先へと進めた。

それも――

「猫を攻撃するのは気が引けますが、仕方ないです!」

スズメ先輩がチート過ぎる。

そもそも大きさが違うのだから当然だけれど……。

「でもほら、今は四つん這いですし私も猫みたいなもんじゃないですか?」

「いや主人よ。それは主人が屈まないと城の中に入れないだけではないのか?」

それでもさすがに人間にはこの城は小さい。

本当、なんとか動き回れているという感じ。

例えるならなんだろう。

子ども向けの遊具に大人が無理矢理入っているような状況というか。

逆に言えば、狭苦しそうではあるけれどスズメ先輩が入れるということはわたし達猫にとってはかなり大きな建物だということがわかるだろう。

「でもさー、なんでこんだけ立派で巨大な城に来といてなんで地下にいかないといけないのよ」

「闇の瘴気は地下から来ている。そこが正解だとわたしのニャ術でも出ている」

「まぁ、分かるけどさァ。じゃあ上の方いらないジャン!」

身も蓋もないことを言うニャトカさんをよそに、どんどん地下へと潜っていった。

「いよいよだ。闇の力が濃い。きっとこの下で闇の猫が待っているはずだ」

様々なトラップ(全部スズメ先輩が払いのけてくれました)、大量の敵(全部スズメ先輩が追っ払ってくれました)、大量の謎解き(全部スズメ先輩が力押しで先に進ませてくれました)を超え何も怖いものがない!

そんな状況で目前になった最終決戦。

そこで今までありそうでなかった最大のトラブルが起こった!

「…………もう狭すぎて階段を下りられない!!!!」

ついに地下へと続く階段の大きさが人間のスズメ先輩では通れない大きさになってしまったのだ!

「人間である以上、ゆくゆくはこうなることは見えていた。戦力としては惜しいが勇ニャ殿にはここで待ってもらおう」

ニャタンの当然の判断にわたし達は頷く。

こればかりはどうしようもない。

「それにいつまでも勇ニャの力を頼る訳にもいかぬ。勇ニャ殿が去った後も、ステラソフィア・コミュニティーを守るのであらばな」

そうだ。

今までなんだかんだでスズメ先輩に頼りっぱなしだった。

けれどそれじゃあダメなんだ。

わたし達猫の未来の為にも!

…………いやわたし猫じゃないんだけど。

「セッカちゃんにこれを託します」

スズメ先輩がポケットから何かを取り出した。

それは一本の猫じゃらし。

黄金の穂を持つそれは――

「聖猫じゃらしエクスカリニャー。勇ニャの証の猫じゃらしです」

「わたしに、これを……?」

わたしの目の前にエクスカリニャーがそっと置かれる。

「セッカちゃん、闇の猫を倒してステラソフィアの猫たちを救って!」

「はいっ」

わたしはエクスカリニャーを持ち上げた。

光がエクスカリニャーから迸る。

「新たな勇ニャの誕生だ」

「まっ、認めてあげてもいーんジャン?」

「そうだな」

「新たなる勇ニャ、セッカよ。号令を」

「号令、ですか……?」

スズメ先輩がわたしに耳打ちしてくる。

そう、勇ニャの率いるチーム。

その名前は――

「ニャールカ、ド・ボイェ!!」

『来たな勇ニャよ』

周囲を震わす邪悪な声。

けれど、そこにいたのはその声とは似つかわしくない小さな少女だった。

それも人間の少女。

小学校低学年くらいだろうか?

「フィアルカ!」

ニャタンさんが声を上げる。

彼女とニャタンさんの関係って。

「アイツは――あの子は、我の飼い主だッ」

「えっ、ニャタンさんって飼い猫だったんですか!?」

ずっとアウトローな野良猫だと思っていた。

そしてそれはフニャトさんやニャトカさん、ゲルニャさんも同じだったみたいで驚いたような顔を浮かべている。

ついでにいうなら、階段の上から必死にこっちを覗き込んできているスズメ先輩も。

『その通り。そしてその身体は吾輩が頂いた』

そうか、ニャタンさんが闇の猫を倒そうとしていたのは自分の飼い主の身体を乗っ取られたから!

『勇ニャの力であればこの身体を取り返せるとでも思ったのだろう? 試してみるか、勇ニャよ!』

「セッカ!」

ニャトカさんが真っ直ぐにわたしに視線を向けてくる。

わかっている。

ニャタンさんの飼い主は、わたしが助ける!

「エクス、カリニャー!!」

『無駄だッ!』

効かないッ。

エクスカリニャーは確か、ありとあらゆる猫をじゃらし、浄化させる最強の猫じゃらし。

でも――そうか、フィアルカちゃんは猫じゃない。

だから猫じゃらしが効かないんだ!

『喰らえ、我が闇の力!』

黒いエネルギーがフィアルカちゃんの右手に集まり、破裂する。

「きゃぁあああああ」

激しい力が身体を揺らす。

物凄い力だ。

「だけど……負けられないです。人の身体を捕えて操る――そんな卑怯なことにはっ」

わたしはあの子を助けたい。

そして、ステラソフィアの猫たちを助けたい。

この子や猫たちのことは全然知らないけれど、それでも、そう強く思えた。

助けたい。

わたしは、助けたい。

その時、エクスカリニャーが光を放った。

「この光は……セッカちゃん、わたしのニャ術とエクスカリニャーを重ねるんだ」

ゲルニャさんが手のひらから光を放つ。

わたしはそれをエクスカリニャーで受け止めた。

光が更に強くなっていく。

「エクスカリニャァァアアアアアアア!!!!」

『無駄だ。無駄だ無駄だ無駄だァ!』

「わたしは、諦めませんっ」

そうは言うけれど、押されそうだ。

闇の猫の抵抗は強い。

押し返されないように必死で踏ん張るので精一杯。

「新たなる勇ニャセッカ――やはり、我の選択は間違いではなかった」

わたしの身体を支える一匹の猫。

ニャタンさんだ。

「ワタシらも加勢するわよ!」

ニャトカさんにフニャトさん、ゲルニャさん達もわたしの身体を支える。

みんなの力が、想いがわたしに伝わる。

『莫迦な、このッ、力はッ――!』

「エクスカリニャーは人間の身体には効かない。けれど、違う、わたしがじゃらすのは――――闇の猫――その、魂!!!!!」

『んにゃぁぁあああああああああん』

「セッカ――セッカ、どこ行ってたのよ!?」

わたしはアマユキさんの声で目を覚ました。

たしかわたしは猫になって、闇の猫と……。

「何バカなこと言ってんの!? どれだけ連絡しても探しても見つからないから心配したのよ!?」

夢だったんだろうか?

そう思ったけれど、わたしの右手には確かにソレがあった。

聖なる猫じゃらしエクスカリニャー。

「全く、まさかこんなところで猫と一緒にお昼寝してたなんて」

お昼寝。

確かに今の状況を見るとそんな感じだろう。

周囲ではわたしと同じように寝転がる猫猫猫スズメ先輩猫。

本当に、夢ではなかったようだった。

「ごめんなさいアマユキさん。心配かけたみたいで」

「まぁ、何事もなかったならいいのよ。スズメ先輩も一緒だったみたいだし……ったく」

その日から猫たちの間に新たな伝説が語り継がれることになる。

目覚めた闇の猫を打ち倒した新たなる勇ニャ、セッカの伝説が。


それから数日後。

「スズメ先輩、卒業したらどうするんですか?」

「まぁ、とりあえず士官学校でも行こうかな」

「軍人になるんですか!?」

そうは言いながらも、わたしは内心驚いていなかった。

あくまで情報として――とはいえ、スズメ先輩たちがわたしを助ける為にしてくれたことは知っていたからだ。

きっとこの先輩の戦いはまだ終わってないんだろう。

「後、アマユキちゃんにはコレ!」

「コレって……まさか」

アマユキさんはいつも通り、いや、いつもよりもどこか気だる気にスズメ先輩からソレを受け取った。

でもわたしにはわかっていた。

今のアマユキさんが抱いているのは戸惑いと喜び。

あれは必死で動揺を隠そうとしているんだ。

そしてアマユキさんがあれだけ動揺することと言えば……。

「謎のズメチンXのコスチューム……これを私に?」

「うん。私ももう卒業しちゃうし、でも捨てるのも勿体ないし、だったらアマユキちゃんが2代目ズメチンXとしてステラソフィアの平和を守ってくれたらいいなって」

「ステラソフィアの平和を守ったことないクセに」

「そんなことないですよー! まぁ、確かにズメチンXとしての活動はあまりないですけど」

「仕方ないわね。私がちゃんと語り継いであげるわよ。謎のズメチンX――その伝説をね」

アマユキちゃんのヒーロー趣味は意外だけど、あれだけ嬉しそうならまぁ、それはそれでいいかな。

「それで、ズメチンXには相棒が必要ってことでセッカちゃんにはコレ」

「……え?」

渡された袋の中には恥ずかしいドレスが。

これは、うん、どう考えても。

「やったじゃないセッカ。2代目マジカル☆ロリポップとして私の相棒ミレンカよろしくね」

ええ…………。

スズメ先輩は卒業しステラソフィアを去り、アオノ先輩がブローウィングのチームリーダーとなる。

そして春が来て、新入生が来る。

わたしも2年生になって――そうか、先輩になるんだ。

「ようこそ、チーム・ブローウィングへ!」

ステラソフィア・ドヴォイツェ完

挿絵(By みてみん)

次回作予告


報告

ŠÁRKA初代長官サエズリ・スズメ

「新世界計画」

何故、スヴェト教団起源派やその残党はそこまで執拗に「新世界」に拘るのか。

その疑問は兼ねてよりの課題であった。

「星が墜ちる日からの救済」

世界装騎ゲネシスの顕現に成功させたアスモダイの司祭オスターヴォッヘ・フォン・ドロテーアはそう言っていた。

そのワードが気になった私は今まで得たスヴェト教団のデータベースの解析を進めた結果、一つの結論に達した。

「新世界計画」とは「空」から来るであろう驚異に対抗する為の措置だったのではないか?

その疑惑が確信に変わったのはそれから十数年後。

インヴェイダーズと呼称する未知大陸との接触に成功し、その文化を学んだ時だ。

インヴェイダーズの伝承にある星が墜ちる日、空から来る者、大地を喰いつくす者――それこそがスヴェト教団の想定した「敵」なのではないかと。

残念なことに、私の意見は荒唐無稽な絵空事だと一蹴されてしまったが……。

だが、私はあきらめない。

同じ懸念を抱くインヴェイダーズと手を組み、秘密裏にこの計画を進める。

ŽIŽKA(ジシュカ)計画を。


次回、「ステラソフィア・インハリテッド-空からの「侵攻者」-」

4月7日日曜日21時より連載開始予定!


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