第38話:激怒の名を持つ暴威-Jméno je Podstata-
「ありがとぉございます。セッカさん」
イー・トゥさんはそう言いながら、わたしに右手を差し出す。
その手を握り返しながらも、わたしはどこか複雑な気持ちだった。
「その、ごめんなさい。イー・トゥさん……」
「なにを謝ることがあるんですかぁ?」
「それは……」
きっと彼女も気づいたはずだ。
前の試合、リザベルさんが気づいたように。
「拳と拳をぶつければ、相手のことがわかるとぉコーチが言ってました。きっと、そぉいうことなんですね」
「えっと……違うと思うんですけど」
「それに、わたしはあなた達と戦えてよかったです」
イー・トゥさんの表情はとてもやさし気で、心からそう言っている。
「最後の相手があなた達で、とてもよかった」
後はもう、彼女達だけの問題だった。
イー・トゥさんとジン・ウーさん。
2人がどんな別れ方をするのか――それはわからない。
でもきっと、イー・トゥさんは最後まで笑っているんだろうと思った。
「何ボケーっとしてるのよセッカ」
「あ、アマユキさん」
「次の対戦相手が決まったわよ」
次の相手――それはわたし達から見れば準々決勝の相手となる。
そのドヴォイツェは――
「ドヴォイツェ・ノイエヴェルト。マルクト第1代表よ」
「ということは――マルクト共和国の、国家代表ですか?」
「そうよ」
わたし達が住むマルクト共和国。
その予選大会を勝ち抜き、国家の代表となったドヴォイツェ。
それはきっと、今までにも増して手ごわい相手だということを予感させる。
「というか……マルクト代表予選っていつのまに開催されてたんですか……?」
「私たちがステラソフィア代表戦に出る為に特訓してたでしょ。あの間にあったのよ」
「あの時に……」
アマユキさんの性格なら、マルクト予選に意地でも出ようとしそうだったけれどそんな素振りは見せなかった。
「スズメ先輩に止められたのよ。悔しかったけど……彼女の特訓内容も全然こなせていなかったし」
歯噛みをするアマユキさんだけど、以前と比べたらとても素直になった気がする。
「そんなことがあったんですね」
「そんなことがあったのよ」
ということで、わたし達が特訓している間に開かれたマルクト予選。
ドヴォイツェ・ノイエヴェルトはその予選大会での優勝者ということだ。
「だからと言って憶するわけにはいかないわ」
アマユキさんは言った。
「私たちはステラソフィア代表。ステラソフィアはマルクトでも最高クラスの騎使の集まりよ。その意味が分かるかしら?」
「格でいうなら、ステラソフィア代表のわたし達の方が上、ってことですか?」
「その通り。ステラソフィア代表として負けてられないわよ。特に同じマルクトの代表にはね」
そういうアマユキさんの気合は一入だ。
「さぁ、作戦会議するわよ」
そして、試合の日が来た。
『やってきました準々決勝! ステラソフィア代表ドヴォイツェ・スニェフルカとマルクト第1代表ドヴォイツェ・ノイエヴェルトの試合です!』
「よろしくお願いするわ」
「よろしくするね」
ドヴォイツェ・ノイエヴェルトの2人が挨拶に来る。
大人っぽい長身の女性オスターヴォッヘ・フォン・ドロテーア。
そして活発な雰囲気のある女性ローゼンハイム・イェニー。
この2人が対戦相手だ。
握手を交わし、配置につく。
そして試合が始まる。
『それでは今回も! アズルホログラム――スイッチョン!!』
アズルの光がフィールドを走り、そして風景を作り出す。
禿げた大地に、岩山が聳える荒野。
空は青く澄んでいるけれど、その遠くには不穏な黒雲が待ち構えていた。
『今回のステージはここ! 風荒ぶる荒野!! このステージ、普段は穏やかな青空が広がってますが――』
不意に厚い雲が空を覆う。
瞬間――強烈な竜巻が巻き上がった。
「と、こんな風にたまに竜巻が起きます。これをどう利用するかが勝利のポイント! ――なのかもしれないですねぇ」
「また厄介なギミックを……」
アマユキさんが呆れたような表情を浮かべる。
試合が進むごとにこういう変なギミックが増えていくのだろうか?
『それでは、試合開始!!』
試合開始の合図と同時に、わたし達は走り出す。
「アマユキさん、援護しますっ」
「ええ」
相手がどこにいるのかしっかり見据えて探す。
「雲の動きもちゃんと見てなさい」
「はいっ」
相手の装騎の姿は見えない。
雲は――――
「向こうの方で、竜巻が起きてますね」
それは相手がスタートしたであろう位置の辺り。
早速、竜巻が風を巻き上げていた。
周囲の大地を砕き、宙に巻き上げ――
「あれは……? ッ! アマユキさん!」
わたしは徹甲ライフル・ツィステンゼンガーで狙いを定める。
それは宙に巻き上げられた土や岩。
ううん、違う。
「まさか、竜巻に乗ってッ!?」
「行かせていただきますッ!!」
風に巻き上げられわたし達の所まで1騎の装騎が飛んできた。
あまりにも巨大な大剣イェーツォルンを持ち、その重量を支える為に背中から3本目の腕が伸びる奇妙な装騎。
ドロテーアさんの装騎ヘシュムだ!
「おやりになるわね!」
装騎スニーフとツキユキハナの間にその刃を突き立て、笑うような声を出す。
あまりにも大胆な奇襲攻撃。
マルクト第1代表であるというその強さを、初っ端から見せつけられたような気がした。
「けれど、単騎で乗り込んでくるなんて――オツムが足りないんじゃないの?」
装騎ツキユキハナがロゼッタハルバートを構える。
わたしも徹甲ライフル・ツィステンゼンガーの銃口を装騎ヘシュムへと向けた。
けれど――捉えられない!
突っ込んできたそのスピードと威力を利用し、前へ転がるようにその場を通り過ぎ去っていく。
そしてそのまま、地面に両足を付けブレーキをかけた。
「無茶な動きをッ」
あれだけ巨大な剣を持ち、そしてあれだけのスピードを出していた以上、両足で踏みとどまろうとすればそのダメージで動くことができなくなるはずだ。
だけど――
「P.R.I.S.M. Akt.1……」
装騎ヘシュムの両足にアズルが溜まり、
「ジッヒェルングスミッテル」
そのアズルで着地の衝撃、大剣の重さを支え切り、無事に地面へ立った。
大剣イェーツォルンのような重量級の武器を扱いながらも、脚部へのダメージを緩和するP.R.I.S.M.能力。
それがあるからこそ、ドロテーアさんは竜巻を利用した無茶苦茶な奇襲攻撃を狙ったのだ。
「けれど、初撃は凌いだわ!」
装騎ツキユキハナが装騎ヘシュムの懐へ飛び込む。
鋭く加えたロゼッタハルバートの一撃を、装騎ヘシュムは大剣イェーツォルンで受け止めた。
「ツィステンゼンガー!!」
その隙を狙い、撃ち放った徹甲ライフル・ツィステンゼンガーの銃撃。
「P.R.I.S.M. Akt.2――ウンシュターブリッヒリヒト!」
その一撃を、剣から放った光の束で打ち消した。
「いきなり2つもP.R.I.S.M.を見せてくれるなんて――なかなかに飛ばしてくれるじゃない!」
「何を憶することがあって? 最初で相手を圧倒する――それが私の戦い方よ」
確かに彼女の言う通り、圧倒されていることに気付く。
大胆かつ強烈、恐れを知らない一撃。
そしてわたし達は気付いていなかった。
彼女があれだけ大胆に攻撃を仕掛けてきた理由を。
「いえ、私たちの、かしら?」
そうだ、この戦いは2対2。
もう1人、イェニーさんの装騎が!
瞬間、激しい爆音と共に、身体が熱に、視界が煙に包まれた。
「セッカ、無事!?」
「アマユキさんは――!」
「問題ないわ」
わたしも戦闘には支障は無さそうだ。
けれど、ここで不意打ちをモロに受けてしまったのはつらい。
勿論、不意打ちを仕掛けて来たのは。
「バッチリ、だよね」
「グートよイェニー」
イェニーさんの装騎デミウルク。
基本的には平均的な中量装騎のような細身の体つきだけれど、両足にはしっかりとした装甲を纏いホバー移動をしている。
さらに左腕だけは大型で、まるで肩と腕が消しゴムみたいに見えた。
なんてバカな感想を抱いている間に、装騎デミウルクが左腕を掲げる。
瞬間、左腕と肩が開き中からロケット弾が顔をのぞかせた。
「発射っ!!」
さっきの奇襲はこのロケット弾による攻撃のもの!
「二度も食らって――」
「たまりません……っ!」
「P.R.I.S.M. Akt.1、風花開花!」
「P.R.I.S.M. Akt.2、風の壁!」
装騎ツキユキハナの放った暴風でロケット弾の軌道を逸らし、それでもわたし達を狙うロケットは風の壁に当てさせ、爆散させる。
「仲がいいですね、貴女たち!」
その隙に背後から閃く大剣イェーツォルンの一撃。
「このタイミングで攻撃してくるなんて、当然過ぎるわよ!」
それをロゼッタハルバートが受け止めた。
アマユキさんが装騎ヘシュムを抑えている間に――
「わたしは、装騎デミウルクを!」
相手の武装はロケット弾。
ならば、上手く距離を詰められれば。
「行きますっ、シューティングスター!!」
わたしは徹甲ライフル・ツィステンゼンガーを仕舞い、片手剣ヴィートルを抜き取る。
盾ドラクシュチートからのバーストで加速を付けて――一気に装騎デミウルクへと距離を詰めた。
「速いねっ!?」
驚きながらも、装騎デミウルグは両足のホバーで滑るように距離を取る。
「逃がしません、P.R.I.S.M. Akt.1 ロズム・ア・シュチェスチー!!」
「装騎が――吸い寄せられるっ」
「捉えましたっ。スターライト・ハートビート!!」
「ええいっ!」
わたしの放った一撃を、装騎デミウルクは左腕を盾にして防いだ。
確かにあの装甲が厚い左腕なら盾にはうってつけ。
「ですけど――これで武装は、もうっ」
装騎デミウルクは何も武装を持っていなかった。
もしも格闘戦闘を主とするスタイルだったとしても、ホバー用の巨大な両足と左腕のロケット弾倉は邪魔だろう。
「P.R.I.S.M. Akt.1!」
不意に右腕にアズルの輝きが灯った。
P.R.I.S.M.能力!
「ゼルトザーム・アウスレンダーっ」
アズルが集まり、何かを形作る。
それはどこかで見たような動き――――そうだ、
「アズルホログラム!?」
それはアズルホログラムと同じように見えた。
装騎デミウルクの右腕に形作られたのは剣。
腕の先から伸びる幅広の剣がそこにはあった。
装騎デミウルクの右腕と、わたしの片手剣ヴィートルがぶつかり合う。
まさか、彼女のP.R.I.S.M.はアズルホログラム技術を利用した疑似パーツ交換!?
「ですけど……壊れた左腕は換装しない? ううん、できない?」
恐らく、一度変化させたパーツはこれ以上変化させられないのだろう。
それに剣を扱うことへの不慣れさも見える。
これなら――
「押し切れる!」
「ゼルトザーム・アウスレンダーっ!!」
不意に纏ったアズルの光。
それは装騎デミウルクの頭にだ。
「まさか、頭部も!?」
そこに現れたのは額が突っ張った巨大な頭。
あれはまさか――銃口?
「アズル――ブラストォ!!」
「ドラクシュチート!!」
瞬間放たれたアズル砲。
わたしは咄嗟に盾ドラクシュチートでその攻撃を防ぐ。
「P.R.I.S.M. Akt.2! ブロウウィンド!!」
装騎スニーフの傍を一撃が過ぎていく。
それはアズルを吹き飛ばす風を纏ったロゼッタハルバートの一撃。
それが装騎デミウルクの頭部に突き刺さった瞬間――あの激しいアズル砲が嘘のように掻き消えた。
「アズルを纏って装騎のパーツを変化させる……面白いP.R.I.S.M.能力じゃない」
「アマユキさん!」
「けど――アズルで作られてる以上、私のブロウウィンドで吹き飛ばせるわ!」
見ると、装騎デミウルクの頭部は元の形に戻っている。
さすがはアマユキさん、的確な援護だった。
「そして、このまま!!」
装騎ツキユキハナのロゼッタハルバートが装騎デミウルクを叩き飛ばす。
そのダメージとブロウウィンドの効果で装騎デミウルクのP.R.I.S.M.能力で作られた装甲が掻き消えた。
「装騎ヘシュムは……」
「ヘシュムはデミウルクの攻撃を察知して回避行動を取ったのよ。私はその隙に、ね」
今の一撃は確かに強烈で、範囲も広かった。
もしわたしが防ぎ切れていなかったら、その一撃は装騎ヘシュムにも及んでいたのは見て分かる。
「なるほど――なんて、言ってる場合じゃ、ないですねっ」
わたしの目に、装騎ヘシュムの姿が見えた。
大剣イェーツォルンの先から巨大な光の刃を伸ばした勢いで、一気にわたし達の元に近づいてくる装騎ヘシュムが。
「ヴィートルっ……いえっ」
片手剣ヴィートルではあの大剣イェーツォルオンに打ち負けてしまう。
ならばまだ、
「ドラククシードロの方がっ!」
片手剣ヴィートルを盾ドラクシュチートに仕舞い、それをそのまま、持ち上げる。
一振りの巨大斧ドラククシードロで大剣イェーツォルンを迎え撃った。
「剣と盾を合わせて斧に――面白い武装をつかいますわね」
「くぅっ、やっぱり、一撃が重いっ」
けれどわたしはこういうパワー勝負には慣れていない。
本当なら、アマユキさんに任せたい、ところだけど。
「そう簡単に逃がしません。コスズメ・セッカさん……あぁ、お手合わせ、願うわねっ」
セッカが装騎ヘシュムと戦っている。
あれだけの迫力を醸し出す相手に臆せず立ち向かえるようになったなんて。
セッカの成長はとても喜ばしいことだ。
そう、とても……。
「とは言え、さすがにあの子の武装じゃ、ヘシュムの相手は……っ」
私が変わった方がいい。
それは分かっているけれど。
「あなたを、行かせはしないんだねっ」
装騎でデミウルクが私を阻む。
「それに……あなたとわたしは、相性良さげだね」
「相性がいい?」
「ゼルトザーム・アウスレンダー……」
装騎デミウルクの左腕が変化する。
現れたのは――碇?
船を止めるためのアンカーとにたような物が腕の先から飛び出ていた。
その見た目通り、装騎デミウルクが左腕を振り上げると――鎖に繋がれたアンカーが飛び出す。
その一撃が、装騎ツキユキハナの左腕を絡めとり装騎スニーフを援護しようとした私を阻んだ。
「わたしのP.R.I.S.M.は、一度発動すると解除できない……だから、状況に合わせて変化させるということが難しい。でも……」
「わたしのブロウウィンドみたいな強制解除させる技を受ければ別……って訳ね」
「はい。そして逃がさない。あなたにドロテーアの邪魔はさせないんだね」
更に右腕が変化していく。
しなやかながらも太く力強い鞭。
まるで生き物の尾のようだ。
その一撃が走った。
「くっ!」
ロゼッタハルバートで受け止めるが、片手で、それもこれだけの至近距離だと長柄武器は扱いづらい。
相手の鞭も有効的に使うには距離が近すぎるのは幸いか。
「もしかして、変化する武器も選べない……?」
それでも、銃器が出てこないところから、ある程度の範囲は絞れるらしい。
近距離か遠距離か、攻撃用か支援用か。
まぁなんにせよ、これで両手は塞がった。
頭部も警戒するべきだけど、下手な武装は――
「ゼルトザーム・アウスレンダーっ」
変化したのは頭――じゃあない、右脚!
それもこれは……
「迫撃砲!?」
「リスキーな武装……だけど、文句は言って、られないねっ」
きっと相手も躊躇しただろう。
それでも、強烈な砲撃が右脚から放たれた。