第34話:楽しい拳法教室-Podezřelá Číňanka Zume-Čí-
機甲装騎国際大会女子ドヴォイツェ部門。
ドヴォイツェ・スニェフルカとドヴォイツェ・サムシングエルスの試合を見つめる2人の女性がいた。
「ふーん、アレがスズメの後輩達ね。良い騎使じゃない」
「でしょ! セッカちゃんもアマユキちゃんもどんどん強くなってますし私もその内抜かれるかも」
「そんな気ないくせに」
黒髪の女性の言葉にスズメはすました顔を見せる。
「まっ、確かにあんな後輩達を見たら私だって戦ってみたくなるわ」
「ねー! その為には決勝まで来てもらわないと!」
スズメの言葉に黒髪の女性は、口元に不敵な笑みを浮かべた。
「でも分かってる? スニェフルカの次の相手をーー」
黒髪の女性はSIDパッドにこの大会のトーナメント表を表示する。
そこには次にドヴォイツェ・スニェフルカと戦うドヴォイツェの名前が載っていた。
「えっと、華國招待枠ドヴォイツェ・キンウギョクト……これって」
「そう、私が選出した選りすぐりのドヴォイツェよ!」
「コスズメ・セッカさん、セイジョー・アマユキさん。よいヴァールチュカでした」
リザベルさんが手を差し出して来る。
わたしはその手を握り返した。
「ほら、ミーガンも。いい試合の後はお互いの健闘を称えるものよ」
「はっ」
リザベルさんに促され、ミーガンさんがアマユキさんと握手を交わす。
2人が言葉を交わす様子を確認し、リザベルさんはわたしの耳元に顔を近づけた。
「ところでセッカさん――試合中の"アレ"は……セッカさんのP.R.I.S.M.アクトですか?」
囁くような声。
"アレ"というのはきっと、試合中にわたしが見たイメージ。
何かの錯覚かと思っていた、それか夢でも見ていたのか、なんなのか。
けど、あのイメージは確かに見た――現実だったのだ。
それをリザベルさんの言葉で確信した。
「よく、分からない……んですけど、きっと違うと思います。異能でも、多分ないです」
「あの力――いえ、現象、ですかね。気を付けた方がいいですよ」
気を付けた方がいい――それはちょっとわかる。
リザベルさんの言葉から察するに、わたしの見たあのイメージ――それは相手からも"見られている"と感じるものらしい。
そしてそのイメージはきっと、相手が他人には見せられない過去を映しだすもの。
となれば、過去を覗き見られた相手はいい気分ではないだろう。
「いえ、そうではなくて……」
「え?」
「確かにセッカさんに見られたのはわたくしの秘密。ですけど、わたくしは嫌な気持ちではなかったです。どちらかと言うと、ずっとほかの誰かに知ってほしかったことをやっと打ち明けられたような――」
リザベルさんの表情はとても澄んでいた。
彼女の言う通り、わたしに心の中を覗かれたことで気分が害されたわけではないようだ。
「いえ、確かに気を悪くする方もいるでしょうけど……そうではないのです。わたくしが心配しているのはセッカさん、あなた自身のこと」
「わたし自身……?」
「上手く言葉にできないのですが、セッカさんがわたくしの中に入って来た時、セッカさんの暖かさともう一つ、何か嫌な感じがあったんです」
「嫌な感じ、ですか……?」
「ええ。何か引っ張られそうな、取り込まれそうな感覚――セッカさん、気を付けてください。あなたはあなたのままでいてください」
「それって、いったい……」
「わかりません。だからわたくしには気を付けて、としか言えないのですから」
わたしが試合中に遭遇した謎の現象。
リザベルさんが思った違和感。
それが何なのか――今のわたしには全くわからない。
この試合を勝ちぬけば何かがわかる――のか?
「あの、ということはリザベルさんって……」
「ふふ。最後のわがままでこの大会に参加させてもらいましたが――はい、あなたの"見た通り"です」
リザベルさんはブリタイキングダム北部の王家――そのお姫様。
「ほかのみなさんにはナイショですよ」
どこかイタズラっぽくリザベルさんは笑みを浮かべた。
「試合に勝ったからって浮かれてはいられないわ。セッカ、次の対戦相手は?」
「さっそくですね……。えっと、ドヴォイツェ・キンウギョクト……華國からの特別招待枠です」
華國。
それはわたし達の住むマルクト共和国から遥か東に位置する。
エヴロパに匹敵するほどの広大な土地。
そして高い技術を持つという東の大国だ。
「招待枠……つまり、華國との友好関係を示す為に招き入れた――言うなればお客様ってことね」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。まぁ、だからって遠慮する必要はサラサラないけどね」
相変わらず強きなアマユキさんだけど、どこか不安を覚えているような気がする。
「華國のドヴォイツェが相手となると国内では情報が手に入りづらい……対策を立てづらいわね」
アマユキさんの不安はそういうことだった。
そうか、他国でもせめて国交が頻繁にあり西欧情報通信網圏内の国々であれば多少の情報は集めやすい。
けれど、その圏外――全く文化も技術も異なる華國の情報となると手に入れるのは難しいのだ。
「とりあえず、キンウギョクトも1回戦は戦っているはず……その試合映像を入手できれば」
「そうですね。ちょっと探して――」
「アイヤー! キミタチ、もしかしてドヴォイツェ・スニェフルカアルかー!?」
急に声をかけてきたのは金髪の女性。
どこか珍しいワンピースだかドレスのような服を着ている。
後でアマユキさんに聞いたところ、それは華國の民族服の一種らしい。
「誰」
「ワタシ、華國流拳法の教室してマス。拳法家のズメ・チーいいマス。よろしくアルよ!」
「華國流拳法、ですか……」
「へぇ。拳法ってどんな拳法を教えてるのかしら?」
「どんな、でアルか?」
「なんか色々種類とか流派とかあるんでしょ? ショーリンケンとかタイキョクケンとか」
「ハドーケーンとかショーリューケーンとか?」
「それは違う」
アマユキさんの問いに、拳法家ズメ・チーさんはなぜか困ったような表情を浮かべる。
「そ、それよりもワタシ、スニェフルカのファンアルよー。よかったらゼヒ、ワタシの教室キてほしいアル!」
「教室、ですか……?」
「そうアル! 教え子たちもいるアル。きっと喜ぶアル!」
「そんなヒマないんだけど」
「U-15のかわいい教え子たちが待ってるアルよ~。ちょっとダケ、ちょっと覗いていくダケでいいアルから!」
やたら喰いついてくる拳法家ズメ・チーさん。
「怪しいわね……」
確かに怪しさはフルマックスだけど、どこか悪い人ではないような気がした。
「わかったわよ。セッカが言うなら――ちょっとだけよ」
と言うことで、拳法家ズメ・チーさんに案内されてやってきたのは、街の隅にある小さな道場。
軒先には「華國流拳法教室」と雑な筆書きで記されている。
「だから華國流拳法って何なのよ……」
「アレアル! 華國の様々な拳法を研究し編み出したズメ・チー流実用的拳法でアルよ!」
「今考えたんじゃないの?」
「し、失礼アル!」
「すみません。アマユキさんはちょっと厳しいところがあるので……」
道場の中に入ると、拳法家ズメ・チーさんの言う通り何人かの子どもたちが練習をしている様子があった。
「師範、おかえりなさい。師範の言いつけ通り、しっかりと練習は続けていますよ」
「オー、ナルル。ありがとうアル!」
「はじめまして、ドヴォイツェ・スニェフルカのお2人。わたしはナルルです。よろしくおねがいします」
恭しく頭を下げたナルルちゃんは、見たところ中学1、2年生くらいの女の子だ。
「にゃはははー! チョー楽しい! 拳法チョー楽しい! ね、ポレポレ!」
「う、うん。体動かすの、楽しいね」
「ったくオムもポーレもよくコンなことできるわネ! あーモウ、めんどうくさい!」
「ニユちゃん、右腕をもっと上げるアル!」
「ったくアンタ、後で覚えておきなさいヨ!?」
「お姉ちゃんの頼みとは言え、なんで僕まで……」
「ハイ、ナギくん。無駄口厳禁アルよ!」
「ういー」
結構個性的な子たちだ。
マジメな子にノリノリな子、一生懸命な子に見るからにやる気のない子。
「さて、せっかくでアルしキミたちも拳法、ちょっとやっていくアルよ!」
「は? そんなつもりはな――――」
咄嗟にアマユキさんが身をかわす。
何故なら、拳法家ズメ・チーさんが物凄いスピードで襲い掛かって来たからだ。
「急に何よ!!」
「ナカナカにいい動きアル! ハイヨー!」
拳法家ズメ・チーさんの放つ掌底打ちの連打。
それをアマユキさんは防ぎ、流し、必死で凌ぐ。
「セッカちゃんもうかうかしてられないアルよ!」
「っ……!?」
不意に両腕に走った衝撃。
それは拳法家ズメ・チーさんが投げたスーパーボールのようなものが当たった衝撃。
「アンタ、物投げるなんてソレでも拳法家!?」
「言ったアルよ! ズメ・チー流実用的拳法と! 実践では使えるものは使うアル。拳法家だからと拳法だけ使うようじゃ生き残れないアルよ!」
「ごもっともッ!」
アマユキさんは壁にかけられていた練習用の薙刀を手に取り、構える。
「武器ジョートーアル! さぁ、セッカちゃんも!」
「わ、わたしも!?」
拳法家ズメ・チーさんは不敵な笑みを浮かべながら、わたしに向かって何かを放り投げた。
「これは盾と、剣……」
木に何か動物の皮を張られた盾、そして竹で作られた剣。
「さぁ、2人で来るアル!」
「セッカ!」
「はいっ」
薙刀を構えたアマユキさんが拳法家ズメ・チーさんに向かって走る。
わたしもその後を追いかけた。
「ブルームローズ」
爆発的な加速から、薙刀の切っ先が拳法家ズメ・チーさんへ伸びる。
「いい動きアル!」
けれどアマユキさんの一撃はギリギリで拳法家ズメ・チーさんに当たらない。
ううん、違う。
拳法家ズメ・チーさんはわざとギリギリでアマユキさんの攻撃をさけたのだ。
そしてそのまま、アマユキさんに掌底打ち。
「最小限の動きから、最大限の隙を引き出し、強烈な一撃を加える! これぞズメ・チー流拳法アル!」
「アマユキさん! ……っ、いきますっ!」
どうやら拳法家ズメ・チーさんは本気。
アマユキさんばかりに戦わせるわけにもいかない。
わたしも、盾を構えながら走った。
「アイヨー!」
「きゃっ」
拳法家ズメ・チーさんは今度はボールを投げてわたしを迎え撃つ。
その軌道は的確にわたしの防御の隙をついてくる。
それだけじゃない。
「つぅッ……さっきから、関節ばっかり狙ってくる!?」
主な狙いは両腕の関節や、両足の関節、そして指の関節部だ。
わたしの身体の動きや向きから、的確に弱い部分を狙ってきていた。
スーパーボールのサイズは小さくそこまで重量があるものではいけれど、ここまで的確に狙われると。
「力が、入らなく……ッ」
「チッ、セッカ!!」
気を取り直したアマユキさんが再び拳法家ズメ・チーさんに向かっていく。
「フッ、迎撃ばかりじゃ飽きるアル。こんどはワタシの技、見せるアルよ!」
そういうと拳法家ズメ・チーさんも駆けた。
間合いは薙刀を使っているアマユキさんの方が圧倒的に長い。
「ローゼスペタル!」
アマユキさんの鋭い払いの一撃が入るかと思った瞬間、拳法家ズメ・チーさんは柔らかくその身をかわした。
その動きは柔軟にして俊敏。
まるで、吹き抜けるそよ風のような動き。
「なッ!?」
もしかしたら、アマユキさんからは拳法家ズメ・チーさんの姿が突如として掻き消えたように見えたかもしれない。
けど、違う。
「アマユキさん、横ッ!!」
わたしが叫んだ時には、拳法家ズメ・チーさんはとっくにアマユキさんの背後に。
「いつの、間に――」
パッと見、ただ2人がすれ違っただけのよう。
でも、それも違う。
「ひぁッ!?」
一拍遅れて、アマユキさんの身体が吹き飛んだ。
「拳打を受けた相手でさえ、そのダメージに気付けない程の柔軟な風のような一撃。その手にナイフでも持っていればそれは一撃で死を招くカマイタチにさえなりうる技術――どうですか? ……アル」
「カマイタチ……ッ。そよ風のように吹き抜け、首切り鎌のように刈り取るヒラサカ家の秘技。何で、アンタが!」
ヒラサカ――確か遥か東方に起源をもつ貴族の一族だったか。
特に機甲装騎を用いた戦闘を得意とし、古くはマルクトを守る為の戦士としてその名を上げたとか。
そして今の技がその、ヒラサカ家が得意とする技に似ているらしい。
「ワタシ、イロんなトコ旅してマス。イロんな技を取り込んでマス。これくらい朝飯前アル!」
そう言いながら、拳法家ズメ・チーさんは再び構える。
「この技はまだシンプルな方アル。この程度について来れないようじゃキンウギョクトには勝てないアルよ!」
「キンウギョクトに……?」
「もしかしてアンタ、キンウギョクトのことをなんか知ってるんじゃ」
拳法家ズメ・チーさんは華國流の拳法を使うという。
ドヴォイツェ・キンウギョクトも華國の代表。
「ワタシに勝てれば知ってることは教えるアル。まぁ、勝てればでアルけどネ」
「チッ、上等じゃない! やってやるわよ!!」
「わたしも、援護しますっ!!」
それからわたしとアマユキさんは何度も拳法家ズメ・チーさんに挑んだけれど、結局勝つことはできなかった。




