第30話:ビェトカの流儀-Trénink Přežití-
「で、なんでこんな事になったのよ!」
見渡す限りの水平線。
また遭難ですか?
いいえ違います。
だって、わたし達がいるのは確かな陸地。
背後の広がるのは熱帯雨林。
やっぱり遭難なんじゃないんですか?
いえ、これは――
「この島で1週間サバイバルですって!?」
「ワタシの強さの秘密! 負けない心意気! それを学ぶなら自然と戦うのが一番ってワケよ!」
ビェトカ先輩は言う。
「大丈夫だって。ワタシん時は永久凍土で1か月サバイバルだったし、この暖かい島で1週間なら死にはしないって!」
「んな無茶な!」
「じゃ、がんばってー!」
ビェトカ先輩の乗った船が遠ざかっていく。
その無責任な笑顔にわたし――はともかくとして、アマユキさんはどう見ても苛立っていた。
「アマユキさん、その、怒っても仕方ないですし……とりあえずやることやりましょう」
「やることやるったって……セッカ、サバイバルしたことある?」
「ないです……。アマユキさんは?」
「私だって無いわよ」
その言葉はなんだかわたしにとって驚きだった。
「何驚いてるのよ。私は、自分で言うのは嫌だけどこれでも"お嬢様"なのよ? ヴァールチュカはともかく、サバイバルなんて経験もなければ知識もないわ」
そう言われればそうかもしれない。
ヴァールチュカが強くて、そして自信にあふれた態度。
そこから何でもできる万能の人のようなイメージがあったけれど、アマユキさんにも知らないこと、できないことがある。
それは当たり前のことだった。
「ったく、こんな状況でどうすればいいってのよ」
「とりあえず、寝床の確保、しませんか? 体力がある内に……」
「寝床?」
「葉っぱとか、木の枝とか使って雨をしのげるようにするんです……。こういうところって、急に雨が降ってきたりしますから……」
「やたら具体的なプランが出たわね……。サバイバルの経験はないんじゃなかったかしら?」
「経験も、知識もないですけど……えっと、スズメ先輩がそういうテレビ番組が好きで、たまに一緒に見てるんです」
「なるほどね。ということは、少なくとも私よりはセッカの方が知識があるってわけね」
「と言っても、ウロ覚えですし……具体的なことは何も思い出せないんですけど……」
「ま、私よりマシね。そのセッカが寝床から作った方がいいって思うんでしょ? なら従うわよ」
と言うことでわたし達は寝床づくりを始めることにした。
今回突然始まったサバイバル生活。
スズメ先輩とビェトカ先輩から最低限の道具は貰っていた。
それがわたしの持つファイアースターター付きのナイフ。
これはスズメ先輩のナイフコレクションの内の1つだ。
そしてもう一つが――
「言い切れ味ね」
覆い茂る雑草を刈り取るアマユキさんの手に握られたマチェット。
これはビェトカ先輩が太鼓判を押す逸品だ。
「最低限の武器に、火を起こす道具もある……けどセッカ、食料から確保しなくていいの?」
「そこ、なんですよね……」
人が生きるには食べ物は必要不可欠。
そうなると食べ物から確保したいのは当然だった。
「ですけど、アマユキさん――その、食べ物を自分でとったことありますか?」
「無いわよ。セッカは?」
「わたしもです。家で作った野菜の収穫くらいなら、まぁ、あるんですけど……」
わたし達は2人とも狩猟の経験も知識もない。
植物を食べるにしても、食べられるものを探すというのはまた困難。
「この状況、先に食べ物を探しても無駄に体力を消費するだけだと思うんですよね……」
体力を消費したら、当然休憩するなりして回復を待たないといけない。
この晴れ晴れとした天候の中、木陰などで普通に休息を取れればそれでいい。
ただ――
「こういう所は急な雨とか降りやすくて……雨に濡れると余計に体力が持っていかれちゃったりするんです」
「体温も下がるものね」
「はい……食べ物も見つからない、雨で体力がなくなる、そんな状況でやっと寝床を作る――っていう状況最悪だと、その、わたしは思うので……」
「だから寝床からってワケね」
「はい」
ちなみにここまで全て自論だ。
真似をしたところで何の保証もできないです。
と言っても恵まれているこのマルクト共和国でサバイバルをしないといけない状況なんてほとんどないと思うけれど。
「ったく、サバイバルの基礎くらい抑えておくべきだったわ」
「まぁ……災害とかでそういう知識が生きることもある――んですかね?」
「少なくとも、私の人生には役立つ機会が1度あったわね。たった今」
「わたしもです」
冗談を言い合いながらも作業を続け、やがて一つの小さな小屋ができあがった。
「大き目の木の枝がたくさんあって幸いだったわね」
「あとは漂流物……ですね」
それは1本の棒を2本の太枝で橋渡しにしたものを骨組みに、集めた葉っぱを屋根代わりにした簡単なものだけど、初めてにしてはいい出来だと思う。
海岸にはどこからか流れ着いた雑多な物もいくつか打ち上げられていて、それもわたし達の小屋づくりに大きく貢献してくれた。
「次は食料ね」
アマユキさんの言葉にわたしは頷く。
食料は陸海空どこにでもある。
もしも食べられるものと食べられないものの区別がついて、なおかつそれを手に入れることができれば――だけれど。
「確か、森のちょっと進んだところに水場があったわね」
「そうですね。水の確保は、最優先ですね……」
小屋を作る材料集めをしているとき、わたし達は水の湧く場所を見つけていた。
偶然見つけた――とは思えない。
それは誰かが踏み固めたような道を進んだ先にあったからだ。
きっとビェトカ先輩の最低限の配慮なんだろう。
「一応コレでもイージーモードって訳ね」
それからわたし達は食料を探し求めて森の中を行くことになる。
「あれは……何かしらウサギ?」
「ウサギなら食べられそうですね。ウサギ美味しいかの山って言いますし……」
「…………少し勘違いがあるような気もするけど、そうね」
ということで早速わたし達は(多分)ウサギを捕えようと走る。
けれど、小さく軽快に走り回るウサギがそう簡単に捕まるはずもなく……。
「ぜぇぜぇ……全然捕まらないじゃないッ」
「さすがに、すばしっこいです……それに森の中で、動き慣れてないですし……」
不意にお腹の虫が鳴いた。
もうお腹はペコペコだ。
「セッカ、知ってる?」
「何を、ですか……?」
「どうして人間が、今の今まで厳しい自然の中で生き延びられたのか――という話よ」
アマユキさん、急にどうしたんだろう。
「道具を上手く扱えるから、じゃないですか?」
そう疑問に感じながらも、わたしは自分なりの答えを口にした。
「そうね。道具と頭――それもそう」
「ほかにもあるんですか……?」
「聞いた話によると、人の強みは肩にあるっていうわ」
「肩、ですか?」
「そ、物を持ちあげ、そして投げる肩。人じゃ爪や牙を持つ動物と正面から戦って勝つのは難しいわ。近づいても勝てない相手――どうすれば倒せると思う?」
「そもそも近づかなければいい……つまり、石とか槍とか、武器を投げて遠くから攻撃する?」
「そう言うこと。わたし達も人間らしく、肩と道具を使うわよ!」
そう言いながらアマユキさんが手にしたマチェットをそっと掲げる。
見据える先には一匹のウサギ。
「この構えは――――」
アマユキさんが口元を吊り上げる。
きっといつも、この技を使う時はそんな表情を浮かべているのかもしれない。
そう、この圧倒的な気力と共に繰り出されるのはアマユキさんの必殺技!
「くらいなさい。ロゼッタネビュラ!!」
身体全体をいっぱいにつかい、渾身の一撃が――放たれた!
「でもその技、見てる感じ肩っていうより腰使ってませんか……?」
「な、投げてるんだから肩も使ってるわよ!」
ロゼッタネビュラの一撃は見事ウサギに命中。
動かなくなったウサギ……流れる血。
「う……コレ、食べるんですか?」
「食べるしかないでしょ」
「食べるしか、ない、ですか……」
「食べ物探してこんな森うろついて、挙句殺しちゃったんだから後はちゃんと食べないと逆に失礼でしょ!」
アマユキさんの言うことは尤もだった。
反面、自分の勝手な都合で殺して、勝手な都合で消費して……それがなんだかもうしわけなかった。
「そう思うならなおさら食べなさい。身勝手なのが生き物。そうしないと生きられないのが自然。そんなもんでしょきっと」
「そう、なんですかね……」
「こんな小さい生き物だって死ぬ気で生きたがってる訳だし、それを食べるなら私たちだって死ぬ気で生きるしかないわよ。可哀そうだから食べないっていうものもアリだけど――その場合死ぬのは、」
「わたし達、ですか……」
「ま、幸い水はあるし、水だけあれば1週間ならギリギリ死にはしないんじゃないかしら? それでいいならそうする?」
「でも、ごはんは……食べたいです」
「じゃ、素直にウサギ食べるわよ」
「は、はいっ」
意外にも――というほどでもないけど、料理への造詣が深かったアマユキさんがウサギを捌き始める。
意外にもというのは、料理ができることはまだ分からなくもないけれど、生き物を捌くことができるというのは驚きだった。
「そう言えば、アマユキさんの作る料理――初めて食べました」
「そうだっけ」
「アマユキさん、食べには来ても作りはしないじゃないですか」
「……そうね」
ここ最近は頻度こそ減ったものの、今でもたまにブローウィングの部屋にご飯を食べにやってくる。
一応、先輩たちとの確執は解消されたようだけれど。
「わかったわ。今度はちゃんとした料理ってやつを食べさせてあげるわ」
「楽しみにしてます」
そんな感じでわたし達のサバイバルは順調に進んでいった。
食料が手に入らなくてひもじい思いをしたり、悪くなった水を飲んで少しお腹を下したり、激しい雨風から必死に小屋を守ろうとしたり……。
たった一週間――それだけの間にいろんなことがあった。
そして最終日。
「今日の昼頃――お迎えがくるんですね」
「それじゃあコレが最後の狩りね」
わたし達は朝ごはんを捕まえに、森へとくり出した。
「……」
「…………」
「………………」
「……………………」
いつもの水飲み場から少し奥に行ったところ。
わたし達はそこでそれを見た。
「あ、アマユキさん……アレ、なんなんですか?」
「……ブタ、でしょ」
「直立するブタ?」
「いや、牛かも」
「直立する牛?」
「ビッグフットって知ってる?」
「大発見じゃないですか」
豚のような鼻、牛のような角、全体的に肉付きのいい直立する生物。
ゲームやお話に出てくるオークにも似てるような気がするけど、多分違う。
直立していたかと思うと、その両腕――いや、両前足を地面につけ四つん這いになったからだ。
その身のこなしはまるでクマだ。
「ウゴァァァアアアアアア!!!!!」
「「ひいッ!!??」」
謎の鳴き声と共に、牛豚熊が地面を駆けた。
「逃げっ」
「られるわけないでしょ!!」
アマユキさんの判断は早かった。
マチェットを構えると、そのまま一気にロゼッタネビュラを放ったのだ。
「ウガォァ!!」
怯んだ隙にわたし達はその場を後にする。
けれど、相手の嗅覚は鋭かった。
それに好戦的だった。
牛豚熊は明らかにわたし達を追いかけて、木々の隙間を抜けてきたからだ。
「チッ、アレは本格的に痛い目に合わせるしかなさそうよ!」
「と言ってもあんな生き物……どうすれば」
「セッカ、熊の倒し方って知ってる?」
「アマユキさんは?」
「聞いた話によると、熊はバックを取れれば攻撃が届かないらしいわ」
「ソレ、テレビ情報ですかネット情報ですか」
「ネット」
「意外とそういうの見るんですね……」
とりあえず、どう考えても不可能だし役に立ちそうにない。
「そうだセッカ、人間の強みって知ってるかしら?」
「さっき言ってた肩ってヤツじゃないんですか……?」
「もう1つ思い出したのよ」
「もう1つ?」
「それは持久力! どれだけ獲物が逃げてもしつこく追いかける力! しつこく攻撃して相手のスタミナを削れるのなら……」
「もしかしてソレもネット情報……?」
「そ、そうよ。悪い!?」
もしかしてのもしかして。
今までの知識もネット知識だったのでは……?
いた、ウサギを捌くのは別として。
「セッカなら目を輝かせてすごいです! って言ってくれると思ったのに……」
「あははは……ですけど、相手はこっちを逃がす気がない。となれば――その手でいくしか、なさそうですね」
頭と道具、そして肩と持久力。
つまりは、今持てる全ての力を利用して生き抜く。
そこからわたし達の戦いが本格的に始まった。
漂流物にわたしのナイフを括り付け槍を作り、あちらこちらに落ちてる石や岩も全て武器にする。
それでもなお諦めない牛豚熊の執念は恐ろしいものがあった。
「並の動物なら、もう、引いていてもおかしくないんじゃ……ッ」
「少なくとも並の動物、ではなさそうですよ……」
「見た目からしてね!」
もしかしたらビェトカ先輩の仕組んだ何かなのではないか?
そう思ったけれど、それにしては野生的すぎるというか、殺す気がありすぎるというか……。
そもそも、コッチだってかなり手痛い攻撃をしている。
「もう本当、仕留めるしかないみたいね!!」
アマユキさんが即席の槍をわたしの手から取ると、構えた。
「普通の槍投げは得意じゃないけど……くらいなさい!」
「ウゴアァアアアアアア!!!」
槍の一撃は確かに命中。
けれどまだ――動いている!
「セッカ!」
わたしは咄嗟に岩を1つ手に取る。
重い――けど。
「海岸で拾った、ネットで、くるんで――」
そして、遠心力を利用して――――投げる!!
「ナイスセッカ!」
わたしの投げた石は、牛豚熊に刺さった槍をさらに後押し。
その一撃で確実に牛豚熊を仕留めた。
「うわ、この島ってプラセネクいんの!?」
「プラセネク、ですか?」
ビェトカ先輩は島に来てそうそうそんな声を上げた。
「まぁ、見た目の通り猪と熊が混じったような生き物なんだけど――コイツ、クッソ凶暴なんだよねぇ」
「確かにクッソ凶暴だったわね」
「元々は合成生物とかそんなのみたいでさ」
聞けば、それはとある国が使い捨ての兵士として作ったのが元だったらしい。
いろいろあってその一部が野生化したうちの1匹がこの島にいたあのプラセネクらしい。
「ただ、凶暴以外にも特徴があってね」
「特徴って?」
「美味しい」
「「美味しいって……」」
「ま、なんにせよ特訓の成果は思った以上だったわ! プラセネクの肉でパーッと修了祝いでもやろージャン!」
そう言いながら揚々と料理を始めるビェトカ先輩。
燃える炎を見ながら、この一週間のことが頭に浮かぶ。
ヴァールチュカの特訓としては意味があったのかは分からない。
アマユキさんへと視線を移す。
アマユキさんもこっちへと視線を向けてきた。
けど、きっと――無意味なものではななかったと思う。
「さ、食べるわよー!!」
焼き上がったプラセネクの肉を渡して来るビェトカ先輩。
食べたプラセネクの肉の味はそれはもう生臭くてひどいものだった。
「とりあえず、この先輩には近づかないことにするわ……」
怨みがましくアマユキさんが言った。




