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差し伸べた手 差し出された手 握られた手 握られた心



「えっと…次は魔法実技の授業ね。」


手帳を閉じて、思わず溜息を漏らす。


謹慎も五日目。

アヴァロン学園編入に浮かれていた気持ちも、騎士特待クラスとは接点のない魔法特待クラスで生活しているうちに落ち着いてきた。

それと同時に、「ルミリアとルミア」二人の二重生活が存外大変な事にやっと気付いた。


今はルミアが謹慎中だからなんとかなっているが、謹慎が明けたら忙殺されそうな勢いだ。


学園長の計らいか、騎士特待と魔法特待の必須授業は被らないように組まれている為、転移能力のおかげでその辺は何とかなりそうだが、参加必須の騎士道、魔法学、各実演実習の他にも、流行の新しいダンスの習得、近々同盟が組まれる国の礼儀作法、最近以前にも増して闇深くなってきた混沌の森の瘴気問題…と、スケジュールはビッシリ。

だがどれも手を抜けない大切な事だとわかっているから、なんとかするしかないのだけど…


「恋愛にかまけてる時間はないんだよねぇ…」


攻略対象者達はフィオナちゃんとの未来があるので考えてはいないけど、私だって今生では恋愛の一つもしてみたい。


勿論、公爵家令嬢として、結婚が政治だと理解した上での望みではあるのだけど。


「一度くらい…学園青春ラブストーリーを味わってみたい…」


攻略対象者達のような華やかな人達でなくていい。


愛し愛される優しくて誠実な人なら…


(誠実な人相手に、結婚は出来ないけど青春ラブストーリーの相手になって欲しいの!なんて言えないけどね〜。)


つまり、ルミリア・ランフォートとして生まれた時点で、ドキドキ青春ラブストーリーへの道は厳しいってこと。

でも可能性はゼロじゃない!

家柄や地位が申し分なく、ランフォート家やフェリス王国にとって有益な相手なら、誰も文句は言えない筈。

そんな相手とときめき青春ラブストーリーを過ごせたら、どんなに素敵だろう‼︎


「そんな人がいれば…の話だけど。」


実際いたとして、その人が私を恋愛感情を持って好きになってくれる可能性は…低いだろう。


フィオナちゃんみたいに可愛くて、清楚で可憐で華奢な女の子なら良かったが、現実は私よりミスティの方が女の子らしい気さえする。


「ルミリア様?また考え事ですか?」


「え、えぇ、次の魔法実技の事を考えていたの。」


「わかります!私もドキドキしてますから!水属性の魔法って凄く難しいって聞きますし、ちゃんと出来るか不安です。」


「ふふっ、フィオナさんなら大丈夫よ。それに、今日みえるサーシャ・エルメール先生は、魔力操作に長けた方で、教えるのがとても上手なの。」


サーシャ・エルメール先生には、十年前に一度授業を受けた事がある。

それまで息をするように使っていた魔法の理論を知る事はとても勉強になったし、魔力操作を習ったおかげで、無尽蔵の魔力を制御する事も出来た。


(魔力を制御…?そうだわ‼︎)


「ルミリア様⁉︎どちらに行かれるのですか?もう授業が始まってしまいますよ⁉︎」


「大丈夫、すぐに戻るわ!」


教室の扉を閉めると同時に転移する。

行き先は西棟、騎士特待クラス。

次は自習の時間だから、きっと教室に…いた!


「ミスティ!今すぐ一緒に来て欲しいの!」


「えっ⁉︎」


「今日の魔法実技の講師が、とても魔力操作に長けた方なの。きっと貴方の力になるわ。」


男だからと魔法系の授業を受けられないなんてナンセンスだ。

思いつきの行動だが、学園長なら理解してくれる。


「サーシャ先生ならきっと貴方を歓迎してくださるわ。さ、早く行きましょう。」


にっこり笑って手を差し伸べる。

…けれど、握り返してくれない。


「ミスティ?」


「あ、あ、あの、どうして…僕をご存じなのでしょう…か…」


「え?」


「え?」


ひ…冷や汗って、こういう時に出るものなのね。


明らかに戸惑った表情。

よくよく見渡せば、教室で自習をしている生徒達が見ている…

メッチャ見てる‼︎

怖くて見れないけど、攻略対象者もいる‼︎


(ま、不味いわ…ノックもなしに男子クラスに乱入し、ミスティアナを愛称で呼んだあげく、手を握ろうとするなんて…)


これでは礼儀知らずの痴女ではないか‼︎

不味い…ランフォート家令嬢だってバレたら…

このままじゃ家名に泥を…


「せ、説明が足りなくてごめんなさい。今ね、ルミアからテレパス(脳内通信)で、今日の魔法実技の授業にミスティ…アナ様をお誘いして欲しいと連絡があったの。始まる直前だから慌ててしまって、初対面なのにごめんなさい。」


「ルミア様が僕のことを?」


あれ?なんか目がキラキラしてる…


「え、えぇ。以前からミスティ…アナ様のことはルミアから聞いていたの。だから初対面って気がしなくて、つい愛称で…ごめんなさい。」


「あ、いいんです‼︎ミスティって呼んで下さい。あの、貴女はルミア様の…いえ、お名前をお伺いしても?」


「ご挨拶が遅れました。私はルミリア・ランフォート。ルミアのいとこですわ。」


「る、ルミリア様⁉︎」


教室中が騒つく。

けどグリフィスがランフォートと親戚だって、知ってる筈なのに、そんなに驚く事かしら?


「いけない。ミスティ、時間がないの。一緒に来て下さる?」


「は、はいっ‼︎あ、でででも、あの、手、手が」


「時間がないので失礼。では皆様、ご機嫌よう。」


スカートをふわりと上げて一礼し、ミスティの手を握り扉をでると、すぐに魔法特待クラスへと転移した。


「今の…今のが、ルミリア・ランフォート様⁉︎」


「噂に違わぬ美貌だった…」


「高貴な深窓の令嬢だと聞いていたが、なんと言うか…」


「親しみやすいと言うか…」


「愛らしいお方…だな…」


「不敬だぞ!最高権力を持つランフォート公爵家の令嬢に対して…」


「いや、しかし、侯爵家のミスティアナに対してのあの態度。権力を無闇に振りかざす方ではないようだ。」


「グリフィス家とランフォート家が縁者であるのは知っていたが…ルミアとルミリア嬢がテレパス(脳内通信)で通じ合う程の関係とは…まさか婚約者では⁉︎」


「ルミリア様の婚約者ともなれば、噂が立たない筈がない。」


「ルミア・グリフィスは攻撃魔法以外にも魔力を使いこなすのか。先日の精具顕現魔法といい…恐ろしい男だ。」


「美しきランフォート公爵家令嬢との縁を持ち、剣武の才と魔法の才を兼ね備えた男…【精霊王の愛し子】とは、なんとも世界に愛されているらしい。」


ルミリアの去った教室での呟きを、ルミリアが知る由も無い。













「ルミリア様〜、お久しぶりです〜。」


「サーシャ先生、本当にお久しぶりです。…相変わらずのご様子に、正直戸惑いを隠せませんわ。」


サーシャ・エルメール。

【ティターニアの寵児】である彼女は、類稀なる魔力所有者であり、優秀な魔力研究家でもある。


だが、その外見は優秀な経歴とはかけ離れたものだ。

なんと言うか…花の妖精…的な。

脳内お花畑的な、ゆるふわな雰囲気の美少女。

この表現が一番ぴったりかもしれない。


…これが私の戸惑いの原因である。

何故なら、十年前の家庭教師だった頃も、彼女は「脳内お花畑的な、ゆるふわな雰囲気の美少女」だったのだ。

膨大な魔力を持つ者は、老いが遅いとは聞くが…


(全然変わってないどころか、変わらなさ過ぎて胡散臭い…。まさか幻術?それとも生体操作魔法の応用?)


「ふふふ、ルミリア様〜、ミスティアナ君を連れて来て下さったのは構いませんが、余計な詮索はいけませんよ〜?謎は謎のままが素敵でしょ〜?」


魔法研究なんて謎の深淵の解明をしている人にだけは言われたくないが、これ以上は詮索すまい。


「先生なら分かって下さると思っていました。彼、ミスティアナ・オンディーヌは、水属性の強大な魔力を持っています。是非一緒に講義を受けさせて下さい。」


「もちろん、構いませんよ〜。」


思いの外あっさり受け入れられたミスティは、クラスの女子達から可愛い可愛いと囁かれながらも、サーシャ先生の指導により、格段に魔力操作が出来るようになっていった。


たった90分の授業。

それもクラス全体を指導しているのに、だ。

流石はランフォート公爵家が家庭教師に選んだだけの方。

優秀さは疑いようがない。


「あ、あの、今日は本当に、ありがとうございました!」


「いえいえ、ミスティアナ君はとっても優秀な生徒さんでしたよ〜。私から学園長の許可を得ておきますから、またいつでもいらして下さいね。」


「あ、ありがとうございます!よろしくお願いします!」


キラキラと輝くような笑顔に、ミスティが自信を得てきている事が伝わってくる。


(誘って良かった。フィオナちゃんとも仲良くなったみたいだし。)


「ふふふ、もっと正確な魔力操作が出来るようになればいいですね〜。強大な魔力は暴走すると大変ですから〜。」


チラリとサーシャ先生の視線を受けてドキリとする。


「うふふ、お馬鹿さんな暴走で学校設備の半壊とか、全然笑えませんからね〜。うふふふふふふ。」


めっちゃ笑顔ですけど⁉︎


十年前に家庭教師にきて下さったサーシャ先生。

彼女に習った魔力操作のおかげで、男体化と生体操作が格段に早くなった。


そう、サーシャ先生は、私がルミアである事を知っている、数少ない一人。


そして…


私は彼女が実は「鬼教官」なのを知っている、数少ない一人なのだ。


「うふふ、ルミリア様、卒業までの二年、よろしくお願いしますね。」


差し出された美少女に相応しい小さくて華奢な手は、握り返すのにかなり勇気がいった。


(よろしくしたくない‼︎あの悪夢再びとか、混沌の森の特級魔王獣討伐の方が楽だし‼︎)


引き攣りそうになる笑顔を必死に保ちつつ握手する私に、ミスティがキラキラした瞳を向けてくる。


「どうしたの?ミスティ。」


「ルミリア様とルミア様のおかげで、とても勉強になりました!本当にありがとうございます!」


「いいのよ。貴方を強引に連れて来てしまったけれど、喜んでもらえたなら嬉しいわ。」


「ね、ミスティアナ様、ルミリア様は本当に素敵な方なんです!女神様なんです!ね、ルミリア様!」


ギュッと右手を握られた先には、何故か興奮気味のフィオナちゃんが瞳をキラキラさせている。


「ね、と言われても…っ⁉︎」


「やっぱり女神様だったんですね!ルミア様とルミリア様は、僕の神様だったんだ!」


左手を握りながら妙な事を口走るミスティに、ちょっと引いてしまった。


「そんなわけないでしょ。」


「ミスティアナ様、ルミア様とはどんな方なんですか⁉︎ルミリア様に匹敵する方なんて想像出来ないです!」


「ルミア・グリフィス様は、ルミリア様の親戚にあたるグリフィス辺境侯爵家の方です。剣武の才と魔法の才に溢れた、強くて美しくて優しい素敵な方なんです!」


「グリフィス領最強騎士と名高いあのルミア・グリフィス様ですか⁉︎」


「はい!地位も名声もお持ちなのに、こんな僕にまで声をかけて下さる本当に優しい方なんです!今回の魔法実技に声をかけて下さったのも、謹慎中のルミア様がテレパス(脳内通信)でルミリア様に伝えて下さったんです!」


テレパス(脳内通信)⁉︎あの高難易度の⁉︎それにテレパスは術者と波長の合う者同士しか使えない、信頼の魔法…。つまりお二人は…」


「違うから。私達の名誉の為に言わせて頂くけれど、全然違うから。私とルミアは…小さな頃からずっと一緒だった姉弟みたいなものよ。お願いだから変な誤解をして、私のフラグを折るのはやめてね?」


「「フラグ?」」


「いえ、こちらの話しよ。それより手を…いいわ、もうこのまま送っていきましょう。」


左右の手を握り、サーシャ先生に一礼してから騎士特待クラスの前に転移する。


「え、え?い、今のが…転移魔法…?」


「フィオナさんは初めてだった?」


「勿論です‼︎こんな難易度の高い術…いくら魔力が高いと言われていても、修得出来る気がしません!」


「コツさへ掴めば簡単よ?それにとても便利だしね。」


「あの、送って下さってありがとうございます!」


「いいのよ。ミスティはこれから実習棟に移動でしょう?ついでに送っていくから、教本を持っていらっしゃい。」


「あ、はい!すぐに、わっ‼︎」


教室の扉を開いたと同時に、ミスティの身体が何かにぶつかりよろめく。


どうやら誰かにぶつかってしまったらしい。

と、思った瞬間、

頭が真っ白になった。


「すまない。ミスティアナ・オンディーヌ。怪我はないか?」


脳反射で震える甘いバリトンボイス。

心臓がバクバクと尋常じゃない音を立ててるんだろうけど、何も考えられない。


「貴女は…ルミリア・ランフォート嬢…」


バクンッ


あぁ、ヤバイ予感しかしない。

心臓病歴18年。

このままだと確実に心臓が破裂、もしくは停止する。


「す、すみません、ロクレーヌ様‼︎僕の不注意で、」


ロクレーヌ…


アレクティス・ロクレーヌ


【フェアリーガーデン☆恋する騎士との物語り】のオープニングでも真ん中に位置するメイン騎士様。


圧倒的な人気を誇る、騎士の中の騎士。

真面目で、誠実で、純粋で、情熱的で、理知的で、優しく、厳しく、美しい、銀髪碧眼の「白銀の騎士」。


前世で一番多く攻略した。

前世で一番多くスチルを眺めた。

前世で一番多くグッズを集めた。

前世で一番多くストーリーに涙した。

前世で一番…愛していた人。


だから意識して意識から外してきた。


クラスメイトになってしまった以上、避けては通れないとは分かっていても、それでも出来る限り意識しないように努めてきた。


だって…


「お初にお目にかかります。ルミリア・ランフォート嬢。私はアレクティス・ロクレーヌと申します。」


跪き手をとられ、見上げる瞳で見つめられ、ヒュッと息が詰まる。


輝く碧の瞳…


やっぱりだ。


やっぱり避けなきゃいけなかった。


分かっていたくせに、どうして私は…


グラリと視界が揺れ、身体が傾く。

痛いくらい脈打つ心臓と、詰めた息が苦しくて、発作にも似た感覚に、このまま倒れて死んでしまうのではないかと思ってしまう。


けれど、そんな考えは、あまりの衝撃に塗り潰された。


「ランフォート嬢!」


頬に触れた逞しい胸。

身体を抱き止めてくれた力強い腕。

握られたままの手に感じる大きな手の温もり。


(どうして…私は…)


リアルに感じた生身のアレクティス・ロクレーヌ。

彼は今目の前にいる。

スチルと同じ美しい表情で、逞しい身体で、私を見つめている。

けれど、彼が心を捧げるのはヒロインだけなのだ。

貴重な笑顔を見られるのも、この手にエスコートしてもらえるのも、ヒロインただ一人。


転生した事を理解した日、ちゃんと分かっていた。

私はヒロインじゃない。

それでも、あれ程愛したこの世界への転生を喜んだ。

モブの一人としてでも、恋する騎士の物語りを感じられるなら、どんなに幸せだろう…と。

ヒロインと騎士達の恋を見守りたい、と。


(どうして…私は…っ)


大きな手の温もりを感じるように、ギュッと握る。

大好きな碧の瞳を見つめる。


胸の中に溢れる「やっぱり大好き」だと思う純粋な気持ちが、涙となって瞳に膜を作る。


人の気持ちは、なんてままならないものだろう。

無理だと分かっているのに、ダメだと律しているのに、恋は想いを止められない。


それでも理性は働くのだから、自分が愚かだと分かっていても、少しだけ褒めてやりたい気分だった。


今、この一瞬だけ、彼の温もりと感触を甘受させてもらおう。


前世の私への、神様からの贈り物だと思おう。


この幸せを胸に、私は今生を生きていく。


「ラン…」


「ありがとう…ありがとうございます。アレクティス・ロクレーヌ様。」


心からの感謝を伝え、私は転移魔法でその場を去った。


転移先はランフォート家の自室。


ミスティやフィオナちゃんのことを考えている余裕はなかった。


この日、私は自室に結界を張り、誰に知られる事なく、大きな声を上げて泣いた。


前世の恋の終わりを泣いた。


この日、18年の生涯ただ一度の恋は終わりを告げた。











4/5




















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