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三十七 侵攻するエイゼン

 睨み合いが続く国境戦線。

 アヤーテ三百年の歴史において、エイゼンとは何度か戦いを繰り返している。

 それは大概王が代替わりするときに、どちらかの王が領土拡大という野望と抱いて行われる。だが、アヤーテと異なり、その背後に、サシュラ、ライーゼ、そしてケズンを控えているエイゼンは油断するとその三国に付け入られる可能性があり、容易に戦争をしかけてくることはなかった。

 今回も所詮脅しに過ぎないと思いながらも、アヤーテ国境警備団団長ナイデラ・アサムは勤めを果たしていた。エイゼンの兵力増強に伴い、アヤーテ側も同じように兵士と軍備を増やされた。そのことに少し疑問を持っていたが、王令に従い増えた兵士達を再訓練させたりと、やることに不備はなかった。

 王宮内の不穏な動きが国境付近まで伝わってきて、兵士の士気に影響が出てくる。王を敬う者、王に不満を持つ者。互いに立場を確認し合い、小競り合いが増えた。

 その状況に陥り、ナイデラは嫌な予感を覚えた。

 仕上げは、外務大臣エセル・キシュンへの逮捕状だ。罪状は詳しく記されておらず、ただ王を裏切り逃走とだけ記載されていた。

 ナイデラが国境警備団に配属されて、十年。外務大臣であるエセルとも何度も言葉を交わしてきた。彼が何かを隠していることにはうすうすと感づいていたが、ナイデラは完全に武力型への兵士であり、深く考えず調査も行わなかった。

 それが仇となったのか、ナイデラはここにきて完全に気が付いた。

 エイゼンに通じたエセルがアヤーテ内部の対立を起こさせ、エイゼンが攻めやすいように不安定な状態を作り上げた。

 彼は危機感を最大限に覚え、国境の全兵士に警戒態勢を引かせる。それが結果的にエイゼン側に弓を引かせたのか、もしくはそのような計画だったのか。

 

 エセルがアヤーテから逃亡してから十日後、夜明けと共に、エイゼンの砦から一個大隊が隊列を組んで攻め込んできた。

 八百名の兵士。数十人の騎兵が先頭を駆り、数百の歩兵がそれに続いた

 アヤーテが把握していたエイゼンの国境警備隊の兵力は千五百。その半数以上が一気に投入された形だった。


 予測していたナイデラは慌てることなく対処。

 同勢力を持って対応し、両軍はお互い砦から同距離のところで戦いを始めることになった。

 指揮はナイデラ自らが取り、王宮にエイゼン侵攻の通知を早馬で送る。


 エイゼンが本格的に侵攻するためには、背後に控える三国へ既に何かしら停戦の条約を交わしていることが必然となる。アヤーテにかまけて、守りが疎かになると他国から攻め入る機会を与えるからだ。

 それらの情報はエセルが握りつぶしていたためか、報告はあがってきていない。


 これ以上の兵力が投入されるかどうかわからない状況だったが、ナイデラは援軍を求めた。

 同兵力であれば負けるつもりはない。しかし、万が一のことも考え、兵力は上回っていたほうがよかった。


 早馬が王宮に到着するまで三日。それから援軍が来るのは早くても二週間。

 それまでは相手側がいかなる攻撃をしてこようとも、負ける訳にはいかなかった。

 最後は砦内で篭城することも覚悟にいれ、彼はエイゼン軍に対峙した。




「はっつ」


 基本的な体力が落ちているという自覚がある静子は、朝食を終えるとパルと共に体を作ることから始めていた。公にやってしまうと、「異世界の娘」で次期王妃という立場上、おかしな目で見られる可能性もあったので、場所はニールが用意した近衛兵の訓練場だ。近衛兵が使わない時間に使えるように手配してあり、静子は思う存分暴れることができた。

 「異世界の娘」としておしとやかに優雅に、を心がける事は彼女にとっては大変な苦労であり、こうしてパルと体を動かすことで気持ちを晴らしていた。


「いきますよ」


 走りこみ。腕立て伏せ、腹筋をこなした後、パルから護身術の指導が始まる。

 実践的なものを、と請うと彼女は静子に武術の基本からではなく、護身術を教えることにしたようだ。

 襲われた時に撃退する方法で、静子は張り切って練習に挑む。

 これまで三度ほど襲われ抵抗ができなかった。自分のためにライベルの行動に制約がつく。それが嫌で、彼女はパルが教えることを必死に習った。


 パルに後ろから抱きしめられ、腕の自由を奪われる。静子は頭の中で教わったことを思い出しながら反撃する。膝を落とし、両手を水平に開いた後、彼女の手首を掴み、別の腕の肘を腕に押し付け、そのまま押し倒す。


「大丈夫?!」


 パルの体が思いっきり床に叩きつけられ、静子は心配になってしまった。


「大丈夫ですよ」


 打ち付けた体を少し擦りながらも彼女は軽く立ち上がる。


「シズコ様は筋がいいですね。完璧でした」


 パルに褒められ、静子は心配しながらも自身がうまくできたことに喜びを覚えた。

 ハイバンの仲間に拘束されたとき、彼女は何もできなかった。もし同じことがあったなら、撃退できそうだと、嬉しかったのだ。


 そうしてお茶の時間まで静子は練習場で過ごし、部屋に戻る。

 汗は拭いたが、体は汗ばんでおり、湯浴みをお願いしようかと思っていると、難しい顔をしたニールを見かける。

 エセルの事件から、彼は正式に近衛兵団団長に任命された。警備兵団団長は現在副団長が代行している。彼自身が、最後まで任命に頷かず、すべてが終わったら警備兵団に戻るつもりだったので、警備団団長は空職のままだ。副団長を始め警備兵団自体もニールを慕っているので、空職のことで不平を言うものはいなかった。


 彼は周りが見えていないようで、視線を前方に固定したまま王室を目指しているようだった。足も速く、あっという間にその背中は小さくなった。

 

「何かあったのかな」


 ニールの様子が明らかにいつもの状態ではなく、静子は心配になる。目的地も王室のようだったので、その心配はさらに深まる。


「私が見てきましょう。まずはお部屋に戻られてから」


 静子の部屋は王室の隣だ。

 パルの提案に頷き、彼女は足を速めた。


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