三十八 戦う決意
「どういうことですか?」
王室に入ってくるなり、ニールは声を荒げた。
「ニール・マティス」
「ニール」
父であるクリスナ、そして訓練兵だった時の教官であった国防大臣シーズ・ブレイブの二人はそんな彼の名を溜息交じりに呼び、お互いに顔を見合わせ苦笑する。
思わずライベルも釣られそうになったが、そのような場合ではないことを思い出し、顔を引き締める。
部屋に集まっているのはライベル、クリスナ、シーズ、ニールの四人だ。長方形の机にライベル、クリスナ、シーズが腰掛け、扉付近に立つニールを見上げている。
「シーズ。現状を説明してくれ」
ニールが空いた席に座ったのを確認して、ライベルはシーズに説明を求めた。
早馬からの報告を最初に聞いたのは、国防大臣のシーズだった。ニールがたまたま王宮に不在だったため、シーズが直接報告を受けた。彼は、すぐにライベルに知らせ、それからクリスナ、ニールを王室に招集することになったのだ。
「アヤーテに侵攻したエイゼンの兵力は今のところ八百程度です。軍を動かすのだから、国の総意に違いありませんが、サシュラ、ライーゼ、そしてケズンの三国とは何も交渉していないようです。そうなると、この出兵はおかしな点が多すぎます」
「三国と交渉せずに我が国への侵攻か。エイゼンは何を考えて……」
エイゼンがアヤーテの征服に成功しても、その後に残る道は背後の三国による侵略だ。アヤーテどころから自国も失うことになる可能性が高い。
そのような危険を冒してまで、何ゆえ攻めてくるのか。ライベルを始め、ニールには理解ができなかった。
「国の総意ではない、そういうことではないのですか?独断で行われている」
クリスナは顎鬚に手をやりながら、意見を述べる。
「そういうこと、そのようなことがありえるのか?軍を動かしているのだぞ」
「エイゼンの王太子シェトラ殿下は不思議な方だと聞いております。王もお手上げとか。勝手気ままに過ごしており、その行動は予測できないとも」
「なんだよ。それは。おかしな国だな。王がお手上げとかありえないぞ」
「ニール。お前はちょっと黙っていろ」
息子が茶々を入れるように言葉を挟み、クリスナはきつく注意する。シーズは、警備団団長いや現近衛兵団団長が不服そうだが、黙った様子を見て、彼が訓練兵時代に漏らした父親への愚痴を思い出す。
ライベルにとってこの親子のやり取りはいつものことなので、気にも留めず話を進めた。
「それではクリスナは、この侵攻がシェトラの独断だと思うのか?」
「はい。私はこの件はシェトラ殿下の一存で決めたものだと考えております。しかもこの時期に侵攻することから、エセルから情報が漏れている可能性もあります」
「エセルか……」
ライベルは、考えないようにしていた伯父のことを思い出し、唇を噛む。それに気が付きながらもクリスナは話を続ける。
「しかしながら、繰り返しますが、これはシェトラ殿下の意思であり、エイゼン王国の総意ではないでしょう。したがって、国境側の兵力がこれ以上増強されることはないはずです」
「私も国防大臣として、クリスナ様の意見に賛同しますな」
「俺は、軍をそう簡単に動かせるとは思わないので、賛同できない」
父親であるクリスナの命には従う。だが、ニールは自分の意見を明確に述べ、ライベルに判断を仰ぐ。
三者を眺めながら、ライベルは王太子のシェトラについて思いを馳せる。
白髪に赤い目、白蛇のような男だった。
外見の印象ばかりが残っているが、話した感じも好印象を持てなかった。ライベルが厳格なのに対して、シェトラはあまりにもふざけていた。ニールのように、立場を弁えて切り替えるのではなく、常に一定の態度で、ライベルに絡んできて、疎ましい。かといって時折刃物のように切れそうな視線を向けられ、まったく読めない男だった。
従者など態度から彼が好き勝手にしていることが窺え、クリスナの「勝手気ままに過ごしており、その行動は予測できないとも」との台詞には同意できる。
「……それでは援軍を送らず、このまま国境警備兵団に守らせるか?確か同勢力だったな」
ライベルはクリスナな予測を肯定した上で、そう問いかけた。
「確かに我が国境警備団の兵力は、砦に温存している兵力も加えても、同等の千五百あります。しかし私は援軍を送るべきだと思っております」
「それはなぜだ?」
「恐らく、エセルが待ち構えている可能性あるからです。増援を送り早く決着つけることが重要だと考えます」
「……この機会にエセルを捕らえるか」
「それなら俺が行く!近衛兵団団長として、最後までやり遂げることが大事だろ」
ニールは近衛兵を率いてエセルを追ったが、彼らが海に出たところでその姿を見失っていた。ニールはそれについて悔しい思いを抱えており、この機会にエセルを捕らえたかった。
「ニール。お前はだめだ。お前は王の側に仕え、守る勤めがある」
「そんなのほかの奴に」
「ニール・マティス」
言い募るニールにクリスナは怒声をこめて、その名を呼ぶ。
「ニール。俺が許そう。俺が行くからお前の役目はそれで果たせる」
「陛下?」
思わぬ言葉を吐かれ、クリスナは自分の耳がおかしくなったのかと、ライベルを凝視した。
「クリスナ、シーズ。俺が不在の際の王宮の警護は頼む。特にシズコのことを頼む。俺は、自分で決着を付けにいくつもりだ」
「ラ、陛下?」
ニールもライベルの言葉が信じられず、父親同様目を点にして、彼を見る。
「無謀です。陛下。私は国防大臣としてだけでなく、個人としても反対しますぞ。あなたは大事な方です。それなのに前線に立つなど。それこそエセルの思惑通りなのではないですか?」
シーズは背もたれに体を預け、腕を組み、厳しい視線を己の王に向けた。
「俺は、お前に賛成だ。ライベル。自分で自分の気持ちに決着をつけろ。俺が命がけでお前を守ってやる」
「ニール!」
愚息が何を言い出すのかと、クリスナは語気荒く彼の名を再度呼ぶ。
「クリスナ。頼む。俺は自分の過ちと向き合いたい。そうでないと、俺は善き王になれない気がするのだ」
ライベルは苦しげに顔を歪め、懇願する。
これは、王を戦場に借り出す罠かもしれない。
エセルかシェトラが考えた計画の一部の可能性もある。
しかし、クリスナはライベルの願いを退けることができなかった。
「わかりました。千五百の兵を集めましょう。国境側の現兵力を加え、三千。これだけの勢力であれば、すぐに決着がつくでしょう。ただし、ひとつだけ。エセルを見ても決して先走りしないように。それだけは守ってください」
「ありがとう。クリスナ」
ライベルは心底安堵したように微笑み、視線を国防大臣に向ける。
シーズはクリスナが折れた以上、自分の意見を通すべきではないと口を噤むしかなかった。
「我侭を通してすまない。シーズもありがとう。感謝している」
「俺は?」
「ニール。もちろんお前にも感謝している」
「そうか」
ライベルに素直にお礼を言われたことがないニールは、嬉しいような恥ずかしいようなこそばゆい気持ちになり、顔をそらした。
「それでは、陛下。クリスナ様。私は早急に兵を集めます。今の戦況がどうなっているかわかりませんから」
「そうだな。シーズ。よろしく頼む」
ライベルがそう言い、シーズは腰を上げた。
「ブレイブ閣下。俺も手伝いますよ。俺の方が詳しいので」
ニールが後を追うように腰をあげたが、いかんせん一言多かった。
「俺はまだ引退はしてないぞ。現役だ」
シーズは顔を顰めニールを睨み付ける。息子の至らなさにクリスナは溜息をつき、ライベルは失笑するしかなかった。




