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デスターン  作者: 春川立木
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75話 意志

朝、すぐに目を覚ます方法を教えてください。

およそ10回ものアラームに叩かれてます。

そろそろ近所迷惑になってそうです。

いや、近所名物かもしれません。

死んだ親父に挨拶を終えた俺らは家に戻ってきていた。


「今日、泊まってくの?」

「あー、今帰っても夜遅くなるからな、明日の朝帰るわ」

「なら、あんたの部屋に布団置いとく」


そう言って姉貴は廊下へ向かう。


「あ、そうだ。お父さんの部屋から好きに何か持ってていいから」

「まじ? なんでもいい?」

「どうせ捨てるものだらけだし、荷物減るのはこっちも嬉しいからね」


もったいねぇーな。

あの価値のあるものを捨てるなんて。


「じゃぁ、見てくるわ」


俺は席を立ち、親父の書斎へ向かう。


扉を開けると、消えないタバコの匂いが一瞬にして記憶を呼び起こす。


「懐かしい匂いだな」


黄ばんだ壁や床、ぎっしりと埋められた本棚、分類もされず乱雑に押し込まれた魔獣の剥製、どこで売ってるかもわからない道具の数々。


「汚ねぇな。こりゃぁ、捨てた方が早ぇーわ」


この机に向かって、眉間に皺を寄せよく何かを書いていた親父。

本棚に本を戻さないから姉貴からよく怒られていた親父。

剥製に頬擦りして、満足げの親父。

その剥製にタバコの火が移り火事になりかけた親父。

急いで消火しようと手元にあった酒をかけて大惨事になった親父。


「…………」


思い返せば変人だったな。


自慢できる父では無かったが、尊敬はしていた。

親父の膝に座って沢山の話を聞いた。

昔話から基本的な雑学まで、まだまだ聞きたいことも、教えてもらってないものも沢山ある。


「死ぬの早すぎだぜ」


机を撫で、本棚を横目に椅子に座る。


「あー、なんか実感湧いてきたな」


親父は本当に死んだ。

もうあの声は聞けない。


この万年筆も、インクも、灰皿もマッチも椅子ですら親父の匂いが付いている。


「ダメだな。どれか一つでも持っていったら、親父のことを思い出して前に進めなくなりそうだ」


ため息を吐き、天井を見つめる。


親父は最後俺がいなかったことを恨んでるだろうか。

俺が帰ってこなかったことに腹が立っていなかったか。


そんなことを考える。


リューベルへ向かう前夜、親父とした会話。


「お前は何になりたい? 俺の後を継ぎたいか?」


そう言っていた記憶が頭をよぎる。

当時は親父の仕事を手伝って、そのまま後を継ぐと思ってた。


でも、親父の意向でもっと広い世界を見てこいとリューベルに行かせられた。


親父は後を継いでほしくなかったのかもしれない。


「意志は変わらないけど、意思は変えられる……」


親父の口癖。

初めて聞いた時は何が違うのかわからなかった。

いや、最近までそれらが持つ意味が分からなかった。


豊作戦で、俺は何が出来て何が出来なかった?

言葉にすると難しく、頭ですら分かりそうで分からない。


親父に対して言った「継ぎたい」はきっと意思だった。

ただ頭で思っていたことを口に出しただけだった。


俺は何がしたいのか、何を求めているのか。

ワクワクするあの感覚、興奮はきっと俺が追い求めてきたものだった。


自身が壁をぶち破るあの感覚はきっと学者にはないものだった。


「冒険者か……」


俺はそう呟いて部屋を出た。








俺は結局、書斎からは何も持ち出さなかった。


数々の思い出が詰まった部屋に背を向け、居間へと戻る。


あれらは俺の弱点になる。

そう言い聞かせ、あの匂いを思い出の一つに、記憶の中で留めさせておくのが正解だと思った。


「あんた、卒業後って決めてんの?」


俺の部屋から出てきた姉貴がぶっきらぼうに質問をする。


「いや、特には……」


濁す──。


正直なところ、葛藤はある。

自分はセリーヌのような「強者」でも、ニーナのような「天才」でもない。ただの凡人だ。


それでも、何者かになりたいとは思ってる。

あの豊作戦で味わった、心臓が爆ぜるような高揚感。仲間と一直線に目標へ向かう空気感。自分たちの手で状況をこじ開けていくあの満足感。


ただの「誰か」で終わりたくないという熱が、胸の奥で燻っている。


「言っとくけど、うちもそんなに裕福じゃないから、あんたを一生養ってあげる余裕なんてないわよ」

「別に養ってもらおうとは思ってねーよ」


ルトは苦笑いして、居間の椅子にもたれかかる。


「せっかく高い金払って学校行ってんだから、いいとこの騎士団に入るとか、真面目にお父さんの後を継ぐとか……道は色々あるでしょ」


姉貴の言葉に、ルトは視線を飲みかけのカップの底に落とした。


騎士団。安定はしているだろう。親父の跡継ぎ。それは一度は志した道だ。


けれど、ふと学校を発つ直前にニーナから投げかけられた言葉が脳裏をよぎった。


『ルト! あんたがいない間、うちは強くなるから! 追い越されても知らないから」


いつもは楽をすることしか考えていないあいつが、あんな真剣な顔をして。


あいつらと一緒にいたい。けれど、守られるだけの存在ではいたくない。


「別に道は沢山あるよ。ナオはああ言ってるけど、ルトくんがやりたい事をやるのが一番嬉しいと思ってるから」


エルシアさんがキッチンにいる姉貴に聞こえない優しい声で肩を叩く。


「……冒険者」


エルシアさんの言葉で言う決心がついたわけじゃない。

言うつもりもなかった。


「え? あんた、冒険者になりたいの?」


不意に出た言葉。

本心だった。


姉貴が目を丸くする中、俺は続ける。


「あのワクワク感は、冒険者になればまた味わえる気がするんだ。それに、冒険者になったって学者にはなれるだろ? 自分の目で色んなものを見て、体験して、経験して……もっとこの世界を知りたい」


教科書の中の知識じゃない。あの日感じた未知の体感や、泥臭く勝利をもぎ取ろうとしたあの瞬間の「生」の感覚。


それを追い求める生き方を、今の自分は欲している。


姉貴は長く、重いため息をついた。

呆れたように天井を仰ぎ、そのまま無言で席を外した。

奥の部屋で何かを物色する音が聞こえ、数分後、彼女は二つの包みを持って戻ってきた。


『ドンッ』と無造作に机に置かれたのは、一振りの真剣と、厚みのある一冊の本。


「……本当、あの人はどこまであんたのことを知り尽くしてんのよ」


ナオは毒づきながら椅子に座り直した。


「預かってたのよ。お父さんからの伝言。『ルトが騎士団になりたいと言ったら剣を。学者になりたいと言ったら本を。もし、冒険者になりたいなんてバカなことを抜かしたら……その時は両方を渡せ』ってね」


俺は言葉を失った。親父は、俺が迷うことも、そして最後にこの答えに辿り着くことも、すべて分かっていたというのか。


姉貴は「これも」と言って、一通の手紙を添えた。使い古された封筒には、親父の癖のある字で『ルトへ』と書かれている。

ルトは震える指で封を切り、中身を開いた。


『ルト。

この手紙を読んでいるということは、お前は自分の道を見つけたんだろう。

才能がある奴は、勝手に進んでいく。だがお前のような真っ直ぐな奴は、いつも壁にぶつかって、悩み、立ち止まる。

それでいい。悩め、悩んだ分だけ、お前の出す答えには重みが出る。

お前がどの道を選んでも、俺はお前を誇りに思う。

だが一つだけ言っておく。

世界は広い。あまりにもな。そして打ちひしがれろ。

そして、自分を信じろ。

お前は俺の自慢の息子だから。


追伸

ここからは絶対にナオには見せるな。

書斎の三番目の棚の裏に、隠しておいたタバコが一箱ある。

ナオに見つかると、あの世にまで説教しに来そうだから、お前がこっそり処分しておいてくれ。頼んだぞ。』


最後の一節を読み、ルトは思わず吹き出した。

視界が少しだけ滲む。感動的な言葉の後に、これだ。


「……何よ。なんて書いてあんの」


不審がるナオから手紙を隠すように、ルトは素早く畳んだ。


「別に。……親父らしい、クソ真面目な説教だよ」


ルトは立ち上がった。胸の中にあった葛藤は、もう消えていた。


追い越すと言ったニーナに負けないように、目指すべきセリーヌに追いつくためにも、俺は前に進まなくてはいけない。


「姉貴。……いらないと思ったけど、やっぱり何か持ってくからもう一回書斎に行くわ」

「はぁ? 今さら?」


不機嫌そうな姉の声を背中に、ルトは書斎へと向かった。


親父の最後のお願いだし、真剣と親父の知識の対価だ。

姉貴にバレないように、ちゃんと処分はしておこう。







「嬉しそうだね」


書斎に向かったルトを、満足げに見送るナオにコーヒーを啜りながら笑う。


「別に、お父さんのお願いだったからなだけよ」

「へー、無理させないように遅らせて訃報を出すのも? 学費を自分の貯金から出すのも?」


エルシアは知っている。

ナオは、ツンデレだと言うことを。


「うるさいわね。あんたの晩飯だけ味付け甘くしてやるから」

「それは勘弁していただきたい」


笑いながらエルシアは謝る。







「おはよー」


ベルセンでは一限目が始まる。


「ルトは今日休みなの?」

「さぁ? まぁ、親父さんが死んでるから無理もないでしょ」


無理はないけど、昨日の様子がずっと気になっている。


ニーナの言葉にもスルーして、心ここに在らずみたいだった。


「うるさい声を聞かない朝がこんなにも心地いいなんて」


いつもより優雅な朝を噛み締めているニーナも少し無理をしているように見える。


「……大丈夫かな」

「大丈夫っしょ、あいつ意外と強いしね」

「でも、ルトが居ないとなんか寂しいかも」


ロズも感じているのであろう、この空気感。


私たちの真ん中にはルトが必要なのかもしれない。


「このままあいつが居ないまま、平和で静かな学園生活を謳歌してやろうかしら」

「すみませんねぇ! うるさくて平和とかけ離れたやつで!」

「ひっゃぁ!?」


背後から降ってきた聞き慣れた声に、ニーナが文字通り跳び上がる。


私もロズも目を開く。

そこには眠い目をこすりながらあくびをするルトが居たからだ。


「ル、ルト? 帰ってくるの早すぎない!?」

「あー、さっき帰ってきたんだよ。義兄に送ってもらってな」 

「そこまでして一限に間に合わせたかったの!?」


ルトの実家はそんなに近いわけじゃない。

6時間ぐらいはかかるはず、前にそう聞いてたし。


「だって、こいつが追い抜くとかほざいてたからな」

「ほざっ──!」


その言葉に突っかかるように、ニーナが立ち上がったが、少し考えて席に戻る。


「……今日は勘弁してあげる。うちだって大人にならないとね」

「ハッ! 何が大人だよ。そんな奴が裏で俺の悪口言うかよ」

「はぁ!? 帰ってきてから早々うるさすぎ! あんたこそ、昨日虚無ってたくせに!」


いつもの騒がしい朝が始まった。


「やっぱり朝はこうじゃないとね、フォルトもさ」

「……えっ?! あ、うん。そうだね」


ロズは嬉しそうにそう呟く。


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