59話 メンバー
湿気の高いこの時期に、2日常温の米は大変危ないです。
死にかけました。
「まだ痛む……」
マザードさんとの本気の打ち合いで負傷した首元を押さえながら廊下を歩く。
「にしても、たった半歩だけで勝敗がつくなんて……」
あれがマザードさんの本気、もしかしたらまだまだスピードもパワーも上がるのかもしれない。
「でも、少し何かを掴んだ気がするんだよね……」
首から手を離し、引き戸の取手に手をかける。
「失礼します」
「……あ、お疲れ様」
教室に入ると、教卓の前でフォルトが手を振って出迎えてくる。
「お疲れ、アリア先生は?」
「……えっと、準備室?」
夏休みに入る直前、アリア先生から週一でもいいから顔を出すように言われている為、今こうして魔術実習室に赴いている。
「前までは机なんて無かったのに、なんで出してるの?」
夏休みになるまで放課後ここで必修魔術以外の授業をさせて貰っていた。
その時は伽藍堂だったはず……
「……補習だよ、ほら」
フォルトが指差した先には部屋の隅でうずくまって死んでいるルトが消えかけている。
「……あぁ、そういえば補習組だったね」
「……昨日朝から夜まで、ひたすら座学……だったから」
2年生の魔術補習はルトたった1人。
その為マンツーマンで教えられているのだろう。
風が吹くだけで今にも飛んでいきそうだ。
「ルト、昨日で終わらなかったの?」
「……はいそうです。才能なくてごめんなさい」
あ、生きてた。
でも、目が死んでいる。
それと、ほんの少し顔色も悪いんじゃなかろうか。
「魔術のどこが不得意か教えてよ」
「……どこと言われてもですね、正直な所全てです」
全部って……。
私が分かるところは教えてあげようと思ったのに、何が分からないかが分からない状態なら私も助けてあげられない。
「全部って、詠唱は出来るんでしょ? 前水出せてたし」
「……そりゃぁ、詠唱は唱えるだけで手から出てくるもんじゃん。口で発っするだけで、体から物質が出てくるってさ、普通に考えてキモい」
死んだ目のまま口だけが動く。
今のルトの方が十分キモい。
「……そもそも、魔力ってなんだよ。目に見えないものに縋れって無理があるだろ」
「え? でもなんか体の全身から熱く感じ取れない?」
「取れる。だからキモい。言霊でも無ければ呪言でもない。目に見えないくせに熱は感じる。力むわけでも集中するわけでも無い。詠唱するだけで完結はキモい」
……あれ?
もしかしてルトってがむしゃらとか、猪突猛進タイプだと思ってたけど……。
「なんかさ、答えがここにあるから言う通りやれば良いよみたいなのって嫌いでキモい」
「ルトって、もしかして以外と合理的……?」
「合理的ってなんだよ、褒めんのなら教えろよ魔術を」
いや、素直に喜べよ。
褒めてあげてんだぞ、首痛めながら。
「……あ、たしかに……ルトは一年生の時からそうだったかも……」
教卓からフォルトが思い出したかのように手を叩く。
「初めて算術を習った日、1+1=2って先生から言われた時、ルト……質問したんだよ、『なんで2になるんだ』って」
「? 当たり前のことじゃ……1と1を合わせれば2なのは」
私が前世で初めて教わった時はそう言うもんなんだと脳にインプットされたけど……。
「うん、普通はね。そのあと先生が石ころで教えてくれたんだ。そしたらルト目を輝かせて『すげー!!』って初めて知ったみたいに驚いて」
「へー、あのルトも可愛かった時期があったんだ。今じゃこれなのに……」
「おい、一年前だぞ。何が今は可愛げのない面倒くせーうるさい奴だ。そんな短期間に変わるわけねーだろ」
言ってない、言ってない。
そこまで言ってない。
てか、いつの間にか生き返ってるし。
「でもね、ルトの何がすごいかって、理解してから速いんだよ。掛け算も引き算も割り算もすぐに理解して、他の人よりもすぐに覚えて、テストでずっと上位だったもん」
いや……それは嘘でしょ。
あのルトだよ?
「今、めちゃくちゃ失礼なこと考えてますよ、こいつ」
「ちょっと、人の思考を勝手に読み漁らないで」
まぁ、フォルトが言うなら嘘では無いと思うけど……。
理解すれば速いか、もしルトが魔術を理解出来るようになれば強いかもしれない。
剣術だって同じ話だし、現状クエン先生の授業は私よりも詳しい。
ま、テストでは勝ってますけどね。
「セリーヌさん、ちゃんと来てくれたですね」
部屋の中にアリア先生が戻ってくる。
「あ、お疲れ様です。約束なので」
「? 何を約束してたんだ?」
「ん? 週一でここに来る約束です」
アリア先生がルトに対して答える。
そっか、この中でルトだけ私がアリア先生に魔術を教えて貰ってること知らないんだ。
「週一って、お前まさか秘密の特訓でもしてんのか!」
「別に良いじゃん。私はあんたと違って努力家なの」
煽るように鼻を鳴らし、胸を張る。
「……セリーヌお前ってなんか……ニーナに似てきたよな」
「ルトさん。隅に居ないで早く座って再開して下さい」
「……はい」
アリア先生に怒られてシュンとしたルトが渋々席に戻る。
「魔力について先ほど教えた内容で理解は出来ましたか?」
「……は、はい」
少し言いづらそうに頷いているが、表情は全く理解していない様子だ。
「本当は?」
「全く分かりません」
その顔にアリア先生も気づいており、ため息を吐く。
「ため息やめて下さい。俺だって嫌なんですから、一日中魔力について教えられて……」
「教える立場も考えて下さい。私だって頑張って教えているつもりなんです」
「すみません……」
謝るルトの机に沢山の教材を勢いよく置く。
「……あの、これって?」
「魔力について書かれている本です」
「……いや、分厚いんですけど」
「ルトさんが分かるまで教えます」
「……はい」
いつも見ているうるさいルトの面影はなく、アリア先生の言うことを淡々と聞く。
「私は教師として10年ほど経ちますが、初めてです。ここまで分からないと言われるのは」
「ですよねー、劣等生って呼んでください」
「褒めては無いですよ」
黙々と本を読み、アリア先生が解説をする。
「まず、魔力は魔素を薄めたものですが、魔力とはなんですか?」
「えっと、空気中に含まれてる奴の薄い版ですよね」
「はい。無限のエネルギーとも言われその空気中に含まれる魔素を魔経で薄めると魔力になります。では、その魔素とはなんですか?」
「毒のやつですね」
「まぁ、合ってます。根本的な魔素の発生源は分かっていませんが、言い伝えでは神の忘れ物と言われています」
「いや、そこが分かんないんです」
そう言われてアリア先生が頭を掻く。
「ルト、酸素って知ってる?」
「そりゃぁ、植物が出してくれるやつだろ? 二酸化炭素だっけ? そいつを変えるって前教えてもらった」
「じゃあ、どっちが先にこの世界に生まれた?」
「は? どっちも合ったんだろ?」
この世界に科学は存在しない。
しないと言うより、魔術という非科学的なものがあるせいで進歩を阻んでいる。
でも、人間は酸素を吸って二酸化炭素を吐いていることや、植物がその逆を担っていること、ものを燃やせば二酸化炭素を発生させることは分かっている。
「ルトは多分神とかそう言う現実的なものじゃ無いあやふやで、証明出来ないものがわかんないんでしょ?」
「……そうだけど」
魔素は神からの贈り物だったり忘れ物だったり曖昧なことでよく誤魔化されている。
私だって理解は出来ない方ではあるが、前世での知識、ゲームやアニメで足りない部分を補完している。
「はるか昔、まだ生命が生まれる前なんて酸素なんてものなかったし、あるのは二酸化炭素とかのガスだけ。そこから植物が酸素を作った」
「え? そうなのか?」
「うん。ちなみになんで二酸化炭素を酸素に変えたと思う?」
憶測だ。
憶測だが、正解ではないが、ルトがこれで理解出来そうな気がした。
「魔素と酸素になんの関係があんだよ」
「酸素はね、単体で取り込むと毒なのよ。私たち生き物にとってね」
「は? マジで言ってんの?! それならやばくね!?」
「生物は子孫を残すため色んなことをやる。食べられたく無いから強くなるし、生きるためなら主食まで変える。なら私たちにとって毒になるものを作った方が生きやすくなる」
ルトは顎に手を置いて考える。
「ならもし、私たちに害のある魔素を作っている生物がいてもおかしく無いでしょ?」
「お、お、お、おおおお……おお!!」
ルトの目が輝き、完全に理解出来た顔をしている。
「それだ!! お前頭いいな!」
「憶測だけどね」
「それでもいい! 神よりマシだ!」
『一度理解すれば速い』
フォルトの話が合っているのなら、きっとルトは魔力について魔術についてすぐ伸びるだろう。
「……セリーヌさん。それは本当ですか──?」
「あ、いや……予想? です」
「予想だとしても価値がある憶測ですよ。それっぽく論文を出せば魔術界が一変するぐらいの……」
アリア先生も食いついてくる。
「セリーヌさん。時間ありますか?」
「え?」
「もう少しその話が聞きたいと思って……。魔素の発生源、植物同様に他の生物から作られていることを発見できれば……無限に魔力を作れる、いや魔素自体で魔術に──それなら魔術以外魔道具も魔法も、際限ないはず。そもそもブリアタリーの世界課題のポーションだって可能になるし、今まで分からなかった術式も解読可能になる。下手したら不死にも出来る可能性も秘めている──」
ま、まずい。
アリア先生の独り言が始まった。
どうにかして話を逸らさないと、なんかよく分からないことばかり言ってて巻き込まれそうだ。
「あ! そういえば今度の収穫祭でチーム戦するって話し!」
「ん? 豊作戦か?」
「ルトも出るから一応言っとく」
「え!? まじ!? 俺出れるの!?」
席から勢いよく立ち、私の顔を見る。
「うん。まぁ、でも推薦って話だからまだわかんないけどね」
「……でも出れるんじゃ無いかな……ルトは魔術以外は好成績だから……」
フォルトが口を挟む。
「豊作戦はテスト上位者で決まるんだけど……ルトは剣術2位の座学3位だから出られないほうが、おかしい」
「マジかー、俺の時代かー、」
「その理論だと、フォルトも出るんだよね」
フォルトは魔術専攻、必修共に1位。
魔術師からは1人が出場できる。
「アリア先生! フォルトと出ますよね!」
「魔素濃度の計測器……魔力に反応する魔石で作れる可能性も……え? 何か言いました?」
「フォルトって出ます? 豊作戦に」
「あぁ、そんな時期ですか、そうですね……贔屓目で見なくてもフォルトさんになりますね」
その言葉を聞いてルトが椅子の上に立つ
「来たー!! フォルト! 優勝するぞー!!」
「……え、あ、うん。頑張る」
「行儀悪いから座って」
「はい」
◇
「ただいまー」
「ん! おかえり」
気づけば夕方。
寮に戻ってくると、椅子に座って本を読んでいるニーナが返事を返す。
「珍し、本なんか呼んで……勉強?」
「ううん。最近流行ってる恋愛小説? ってやつらしい。先輩から半ば強引に渡された」
「面白い?」
「んー、暇つぶしにはなるかな……」
本を閉じ、目線を私に向ける。
「どうだった? 新しい剣」
「意外と違和感なく使える。てか、あの店剣術の先生も使ってるって言ってたよ」
「そりゃぁ、女性向けでそこらの店より品質がいいからね」
持っていた剣を机の上に置き、服を着替える。
「よく見つけたね。あんな路地に入ることなんて私なら無いのに」
「まぁ、うちは暇だから露店巡りしてるし、友達とかとも遊び行くからね」
「暇っていつも何してんの?」
そう質問すると、ニーナは顎に手を置き考える。
「んー、ブラブラと外歩いたり……図書館で面白そうな本読んだり……手芸とかも?」
ニーナっていつも暇な時何をしているんだろうと思っていたけど……多趣味なんだ。
「あ、そういえば豊作戦って知ってる?」
「そりゃもちろん。年1の大イベントだし」
「ニーナも出ない?」
その言葉はニーナの顔を不機嫌にさせた。
「……うぇ、セリーあんた出んの?」
「うん。剣術は2名出場できるらしくて、私とルトが出る。魔術はフォルトで、後のメンバーは弓と聖職者でしょ?」
あの後、アリア先生が言っていたが例年通りならこの前のテスト結果上位者で決まり、ロズとニーナで決定だと口にしていた。
だが、一つだけ例外があるようで、この推薦には出場者の意見が反映されるらしく、本人が辞退を選べば自身で蹴ることができる。
「嫌だって言ったら?」
「ニーナが教室に置き勉してることチクる」
私としてはニーナと一緒に出たい。
テレス先生が太鼓判を押してるらしいし、只者では無いことは知っている。
「なんで知ってんの!? うちの置き勉!」
「なんでって半年も隣にいれば嫌でもバレるよ。教室からロッカーが遠いからって机の引き出しに入れたまんまでしょ?」
「うぐっ……」
席順は特に決まっていないけど、必ずニーナは同じ席、窓際の列、後ろから二番目に座る。
一度も別席に座ったところを見たことがない。
さらにいえばロッカーに行くところも見たことないし、カバンは軽い。
「置き勉は反省文だよ? それでも辞退できる?」
「……クソ。何が望みだ!」
「え? 一緒に豊作戦に出ることだけだけど」
「嫌だ!」
涙目で私に訴えかけてくる。
机をドンドンと拳を握りしめて叩く。
「じゃぁ、反省文だ。何ページだろうね半年分なんて……」
「…………う、いくら」
「え?」
「いくらで口を固める……」
震える拳から伝わってくる必死さ。
「いや、お金じゃ無理です。豊作戦に出て──」
「じゃぁ、じゃぁ、掃除当番変わるから」
「どれだけ出たくないのよ」
「だってぇ……」
ニーナは小さな声で理由を話す。
「うちってみんなが思ってるよりインドア派で、ワイワイ系苦手なんよ。出来れば汗かきたくないし、人が多いの嫌いだし、それにチーム戦なんて向かない。迷惑かけたくない。なんなら無様な所をみんなに見せるなんて公開処刑もの無理」
「…………そんなこと?」
「そんなことって……そりゃぁ、セリーは実力もあって努力もしてる。そんな人からは理解されないのは当たり前……」
机に突っ伏して窓の外を見る。
「うちはできるだけ楽で簡単な道に行きたいから……セリーみたいに努力してる人たちの中に入るとは足を引っ張るだけで失礼じゃん」
「……無理。絶対無理だね」
「?」
私の言葉に理解出来ていないニーナはきょとんとした表情で顔を上げ私を見る。
「ニーナが目立ちたくない理由は分かった。努力したくないって事も分かった。めんどくさがりな性格も分かってる。でも私はニーナと出たい以上」
「理由になってない」
「理由なんていらないじゃん。だって主導権は私が持ってるんだし、半年分の反省文と、一日の豊作戦どっちが楽?」
ニーナの実力を知りたい。
魔術も簡単に扱えるニーナ。
テレス先生からの太鼓判。
先輩達も優秀と言ってる。
これだけ私の耳に届けば見たいに決まってる。
「……分かった。出るよ」
「本当?! やったー!!」
ニーナと半年同じ部屋で生活してきて分かったことがある。
ニーナは意外と押しに弱い。
弱いというか、口論とか喧嘩とかめんどくさいから、早く終わらせたい一心に渋々承諾してくれる。
「良かったー、ニーナじゃない神聖術の生徒あんまり話した事ないから気が楽ー」
「……もしかしてそれが本心じゃ──」
「ち、違うよ、一緒に出たかったのが本心」




