58話 半歩
頭で考えている動きを文字にすると自分でも理解出来なくなる。
もっと本を読まなくちゃ
「やる前に一つだけ、いいか?」
私から5メートルほど離れた位置にいるマザードは人差し指を立てる。
「昨日、セリーヌは確実に私の首を刎ねていた」
立てた人差し指を自身の首元に向ける。
「もうこれ以降手加減はしない。本気で行く」
腰につけた剣を引き抜いて私に向ける。
「……はい!」
私も同じように新しく買った黒色の剣を引き抜き、構える。
ゆっくりと私に向けていた剣先を動かし、両手で構え、ぴくりとも動かなくなるマザード。
……え、いつでもかかって来いって意味?
先行は譲ってくれるので合ってる?
じっと見つめ合う私たち、外周を走る足音と、その人たちの息遣いだけがよく聞こえる。
「……い、いきますよ……」
「あぁ、」
右足を半歩、前に出す。
──あれ!?
マザードさんの返答の後、ほんの1秒未満の出来事。
目の前に居たはずのマザードさんが消える。
予備動作がなかった。
一呼吸もなし、体の揺れすらも感じられなかった。
でも、確かに目の前にいた。
それなのに今、マザードさんの姿が視界の何処にも見当たらない。
──どこ……いや、後ろ!!
咄嗟に振り返り、剣を真横に振るう。
「居ないっ?!」
空を斬る音だけが聞こえ、視界端にすら誰も居ない。
正面、後ろ、横にすら居ないのなら何処にいるかは想定する事は簡単だ。
「上っ!!!」
「下だ」
見上げた空は快晴で眩しい日差しがギラギラと照らすだけ。
気づけば視界が歪む。
「え?」
空を見上げていたはずの景色は地面を見つめている。
──違う、私が倒れ込もうとしているんだ!
立て直すため、片手で地面を押し上げてその場から距離を取り、再び構える。
何が起こった?
正面も後ろも真上もいなかった。
考えろ、すぐに状況を整理しろ、そして対処しろ。
多分マザードさんは真後ろに潜り込み、足をかけるためにしゃがみ込んでいた。
振り返っても見えなかったのは私の目線よりさらに下に居たからだ。
目の前には確実にマザードさんがいる。
まだ視界に留まってる。
次はいつどのタイミングで消える?
目を凝らせ。
絶対にそらすな。
瞬きのその瞬間まで目を離すな。
──く、来る!
真正面への突進。
まだ消えない。
剣を振る動作──
両手で柄を握りしめ、振りかぶっている。
嘘……消えない!?
シンプルな大ぶりの攻撃?!
受け流す!!
すぐさま剣を構えて角度をつけ往なす。
「な……っ」
マザードさんは私がカウンターを読んでいたのか、往なすため角度を付けた剣が剣に当たるその数ミリで、両手で持っていたはずの剣の柄から右手を残したまま、左手を逆手持ちに切り替える。
逆……!?
今度は右手を離し、左手首のスナップだけで剣を半回転。
先ほどの攻撃とは全く真反対からの攻撃、一瞬で180度に変形した。
しゃがめしゃがめしゃがめ!!
間一髪、紙一重、ギリギリで回避。
いや、髪何本かは間に合わず、宙に舞っている。
急げ、この隙、この瞬間、チャンスなんだ!
しゃがみ込みからの剣を振り上げる。
しかし、そのチャンスはピンチへとすぐに変わる。
空中へ華麗に体を捻り飛ぶマザードさんの姿。
あの大振りのモーションからどうやって飛んだ?!
──そんな事は今、どうでもいい。
すぐに次の行動をしないとまた攻撃がやってくる。
後ろへ着地する瞬間、そこが最後のチャンス。
『振り上げるからの振り返りでこっちも大振る!」
マザードさんが宙に浮いている間、あの人は手出しは中々出せない。
今の状態、頭と足が逆の空中逆立ち状態なら横腹へ刺さる!!
「ふんっ!!」
勢いよく片手で振るった剣。
その剣に反応するようにマザードも剣で攻撃を受ける。
地に足が付いていないこの体勢で弾き切れる筈がない。
そう踏んだ脳の思考を上書きするように、私の持っていた剣が弾き返される。
「は?」
シンプルな力差。
私が剣を持ち始めてからここまでの日数はおよそ4年。
マザードさんの日数およそ20年以上。
数字にすれば当たり前で、納得が行く。
5倍以上年数はどれだけ努力しても埋まらない。
……でも、それでも、どうしても──
「クソっ!!」
弾かれたお陰で体勢が崩れている。
それた体、隙だらけの胸元、踏み込むマザードさんの右足。
あぁ、やられる。
どうやってもこの人には勝てない。
昨日のあれはまぐれだった。
しかも手加減されていた。
──悔しい。
……でも、心なしか高揚している自分がいる。
昨日のあの一瞬の出来事、私はガッカリしてしまったんだ。
マザードさんもこの程度なのか、私はもうこれ以上強くなれないんだ……。
そう思っていたんだ。
でも、今こうして私は負けている。
私が強くなったと思ったら、さらに強いマザードさんが目の前に壁となって立ちはだかる。
「私はまだ、強くなれる!!」
子供だから負けた力差。
それだけ聞くと時間が解決してくれそうな言葉ではある。
でも違う。
大人だからとか、子供だからとか、女だからとか、そんな事は不利ではない。むしろ有利に立てる使い方がある。
綺麗事なんていらない。
美しくない? それでいい。
負けること、逃げることは簡単だ。
でも、ここで立ち向かわなければ目的は消える。
故郷から船で出てくるあの景色、私がその時に決意したもの、腰に巻いた剣という名の正義は綺麗事なんかじゃ到底叶えられない。
泥臭くても、小汚くても、洒落ていなかろうが、私は強さにこだわる!!
マザードさんの攻撃、カウンターの一撃が私に向かう。
きっと、ここで寸止めされ、敗北する。
剣は弾かれてガードに間に合わない。
体勢は反ってるから回避が出来ない。
だからなんだ、甘えんな。
残ってるだろ?
もう一本の剣が。
練習試合でできない事は本番でも出来やしない。
練習試合の練習なんてものはもってのほか。
私は余っている左手をマザードさんへ差し出した。
「なっ!」
驚いた顔のマザード。
無防備の左手でガードしようとする行動に驚いたのか、笑っている私の表情に驚いているのか、それは私には分からない。
──来た!!
『剣聖の域』
剣が動く動作はないが、周りがゆっくりと時間が遅れておるかのように見える景色。
判断が速く相手の行動を予測する必要がなくなるこの状態。
ゆっくりと振り下ろされる剣は少しずつほんの少しずつ、スピードが落ちているかのように見える。
──やっぱり優しい。
ギリギリで止めるためスピードが落ちているように見える。
──でもガッカリだ。
本気で行くと言っておきながら、また手加減されている。
私は息をおもおっきり吸い込み叫ぶ。
「手加減なーし!!!」
その声はマザードさんの耳にしっかりと届いたのか、一瞬笑みを浮かべ振り下ろすスピードを上げる。
私だって左手を易々切り離すつもりは無い。
四年間、何度も握ってきた剣。
何処が硬くて何処が柔らかいかを知っている。
両刃の剣。その名の通り刀身両側に刃がついているもの。突きと切断が主な使い方。
その為刀身の中心にはフラーと言う溝が有り、突き刺した時血が抜けるようになっている。
そこは尖がなく、触れても何も問題はない。
左手での手首、マザードさんが狙う切断面。
ゆっくりだから難しい事はない。
タイミング、距離、触れる位置、そこを突く。
握りしめた左手の甲、剣は横からの力に簡単に揺らぐ。
真横から突風が吹いているだけで、素振りがやりずらいこともあった。
──経験上行ける。
手首に触れるコンマ数秒、完璧な位置、タイミングで左手首と肘と肩を動かす。
まるで虫を払うかの如く、マザードさんの剣筋を払いのける。
「──っ?!」
相手への間髪はいらない。
マザードさんも手加減を無くしてくれた。
なら、私も本気でやりにいかないと失礼だ。
払い除けたと同時に体を動かせ!
子供の利点は小ささだ!
身長差のある相手のため、私は常に斜め上を見ていた。
だからこそ下には情報がないと固定概念が生まれて最初の一歩目から出鼻を挫かれた。
なら──!!
往なされたマザードは私の左側の空気を斬り、体の重心は前へ押し出されている。
マザードさんの両足の股を抜けてすぐに振り向く。
相手もまた、すぐに体勢を戻し私を目で追い、振り返る。
しかし、そこには私は居ない。
私が上に目線が向いていたと同じく、マザードさんも下に視線が向いていた。
股をくぐり抜けた後、真上に飛んでいた私は空中からマザードさんの頭部を貫く勢いで、両手を握りしめ落ちてゆく。
「勝った」
──そう思うのも束の間だった。
落ちてゆく私と剣に注意していたはずもない、不意を突いていたはずであった。
確実に頂点ど真ん中に落ちる落下地点だった。
見向きもしなかったマザードさんは半歩後ろに下がり表情一つ変えず、真横を落ちてゆく私を見つめている。
一枚もニ枚も上手、いや……分厚い広辞苑ぐらいの差もあるマザードさんは冷静で、効率的に回避をし、逆手に持った剣の柄頭で私の右手の甲を突く。
「い゛……っ」
簡素な突きで抉られた甲。
痛みで不意に剣を離してしまう。
それを理解する前に、マザードの回し蹴りが私の首をへし折にくる。
「──っ!!」
受け身を取る隙も冷静さも無い。
ただ、私は物理法則に従って、サッカーボールのように、吹っ飛んだ。
◇
「参り……ました……」
地面に倒れたまま私は空を見上げて降参する。
「今までで、一番良かったな。合格だ」
「……え? 合格……?」
本気でやって一撃も与えられてない。
なんの合格なのだろうか?
「2度、私の不意を突いた。一度目は左手で往なした時、二度目は回り込んだあと、真上に飛んだことだ」
「……でも、避けられた……」
たった半歩、私の本気の攻撃をたった半歩で避け、やられた側も気持ちいいほどにかっこいい柄頭でのカウンターを決められた。
「そうか? 私の視界を凌駕するものはその年でそうそういないと思うが……」
あぁ、そういうことね。
マザードさんレベルじゃなくて、この年で出来ることに対して不意を突いたってことね。
「……なんで、避けられ……たんですか?」
「あぁ、別に避けようと思って下がったわけじゃ無いぞ」
「?」
あのタイミングで下がる意味に避ける以外の意味があったの?
「ほんの少しの位置をずらすだけで相手は『あれ? 想像と違う?」 ってなるからな。ただの相手への思考の数を増やすだけの行動だ」
「? よくわかりませんが……」
「セリーヌは私が下がった時、何を思った?」
何をって、そりゃぁ、なんで私の攻撃がわかるの? とか、このままじゃ地面を刺しちゃうとか考えてたけど……一番先に思ったのは……
「……やりずらいとは感じました」
「そういうことだ。たった半歩、一歩にも満たず、疲労もせず、これといった考えもないその行動で、相手を乱すことが出来る。結果的にセリーヌへのリズムを崩せただろう?」
「なるほどですね」
私は首元を押さえながらゆっくりと起き上がる。
「大丈夫か? 医療室に連れて行こうか?」
「……多分大丈夫だと思います。避けれなかったし、受け身も取れなかったんですけど、蹴られる直前、飛ぶと同時に頭が地面衝突しないように先に足を出してたのが幸いでした」
「そうか、良かった」
まぁ、首はすっごい痛いですけどね。
「あ、マザードさん」
「ん? なんだ」
「ありがとうございました」
首をゆっくり動かしながら私はマザードさんにお礼をしたが、何に対して礼を言われているかが分かっていないのか、マザードはポカンとしている。
「寸止めしようとした時、手加減するなと叫んでそれに答えてくれた事です」
「あぁ、そんなことか。別に気にするな、私も本気で行くとかいっていながら、あそこで試合を止めてしまうとこだったからな」
マザードの顔を見ながら会話をしていると、その後ろにいる生徒たちが立ち止まって口を開けてこちらを見ていた。
「ん? なんだ?」
マザードさんも私の視線が後ろを向いていることに気づき、振り返る。
「…………おい。何走るのをやめているんだ?」
「「「あ」」」
生徒たちは目を合わせて息のピッタリあった声を出す。
「あ、じゃ無いだろう。サボりは倍だな」
マザードさんは剣を鞘に収めてため息をつく。
「ま、待って下さい!! 違うんです!!」
「そうです。違うんです。2人の戦いがなんか凄くて!」
「見惚れちゃったって、言うか……なんというか」
慌てふためく生徒たちは両手をバタバタ振りながら言い訳を並べる。
「で、走らず突っ立って見ていたと……」
「す、すみません!!」
「すぐに走ります!!」
マザードさんの圧に負けて生徒はランニングを再開した。




