57話 お墨付き鍛冶屋
ホームベーカリーって神じゃね?
材料ぶち込んであと放置、気づけばパンが出来ている。
もう風呂場で発酵させなくていいんだ……
手ごねしなくていいんだ……
剣が折れた……。
両親の持っていた剣、形見である剣。
装飾も柄の色も気に入ってたのに……
「ただいま……」
「あ、おかえりー」
寮に戻ってきた私はいつも以上に落ち込んでいる。
「? なんかあったん? めっちゃ落ち込んでんじゃん」
その様子に気づいたのか、ニーナがベッドから立ち上がってこちらに近づく。
「いや……ごめん、あの……壊れちゃった」
「?」
私はポッケから砕けた緑色の石を取り出す。
「せっかく貰ったのに、剣に当たって……」
「あーあ、粉々じゃん」
「ごめん……わざとじゃ──」
手のひらに広がった聖星石の残骸の一欠片をニーナが掴んで観察する。
「別に良いよ。また作れば良いし、そんな事で落ち込んでんの?」
「うん。あと……剣も」
「剣?」
鞘に納めていた折れた剣を抜き、見せる。
「うわ……パッキリじゃん」
布で覆っていた折れた刃の方を机に置く。
「それって両親のって前に言ってなかった?」
「うん。形見……」
「形見ぃ?! 私の石よりよっぽど大事なもんじゃないの!?」
「……そう」
あまりにも元気がない私にニーナは額に手を当ててため息を吐く。
「はぁー、明日暇でしょ? 直しに行くよ」
「……え?」
「剣が無ければ素振りも出来ないじゃんか。それに予備の剣ぐらいは買っとかないと」
修理でこの剣は直せるのかな……
もう根本からポッキリと折れちゃってるんだよ?
新しいの買わないとダメだよね……
「セリーって、他の人よりも冷静で、大人なのに剣一つでそんなに落ち込むんだ。なんか可愛い」
「だって、大事な剣だし……ニーナから貰った聖星石も砕けたし……」
「大丈夫! 後は職人が直してくれるから」
ニーナが頭を撫でてくる。
「直るのかな……」
「セリー、職人舐めちゃいけないから」
◇
「セリー! 行くよ!」
「……う、うん」
いつものように早く起きて素振りをしようと、着替えて剣を持って気付いた朝。
あぁ、剣折れてるんだった──。
いつもの日課でもある素振り、毎日のルーティーン化してた素振り、それが無くなるだけでこんなにも気が落ち込むなんて……。
「何してるの、セリー。早く準備しなよ」
「……ごめん」
1日のリズムがズレる。
絶対にサボらず、欠かさず行ってきた素振り。
初めての感覚。サボっていないのにサボったみたいに罪悪感が押し寄せる。
「はぁーーー」
ニーナがでかいため息を吐き、頭を抱える。
「剣一本折れただけって言っちゃ失礼なんだろうけど……落ち込みすぎ」
「……ごめん」
「なんでそこで謝るん。これからうちのツテの所を紹介するんだから感謝して欲しいのに。ほら行くよ」
「うん」
◇
「ごめんくださーい」
リューベルの裏路地にある知る人ぞ知る鍛冶屋。
都市レベルになるとブランドの店がデパートのように集まった店があるにも関わらず、こんな辺鄙な立地に建っている。
「あれ? ニーナちゃんじゃない。久しぶりね」
カウンターに立っていたふくよかな女性が出迎えてくる。
「お久しぶりですレナさん。今日はこの子の剣の修理をお願いしたくて」
「修理ね。スペアの剣はどうする?」
「それもお願いします」
ニーナに催促されて折れた剣をカウンターに置く。
「……あらあら。ポッキリ折れちゃって」
「……直りますか?」
否定されるのを恐れながら小さな声で質問する。
「んー、剣身そのものの交換ならすぐ出来るけど……」
「レナさん。この剣この子の両親の形見なんですよ」
レナは頷く私を見て、顔を険しくする。
「なるほどね。なら出来るだけ同じ状態にしてあげるけど……ちょっと時間が掛かるわね」
「どれくらいですか」
「一週間だね」
「一週間……」
長いな……。
でも、直るんだったらそれでもいいか。
「その間別の剣を使うといいわよ。そっちに手頃の剣があるから好きなの選んで」
「わかりました」
ニーナに引っ張られてたくさんの剣が並んでいる棚に向かう。
「えっと、ニーナちゃんの連れの名前を聞いても?」
「……あ、セリーヌです」
「セリーヌちゃんね。セリーヌちゃんは修理する時に要望ってある?」
要望?
時間短縮とか?
「えっとね、剣の長さとか重さとか変更出来るけど……見た感じ少し大きい剣だから使いずらいとかあれば──」
「あ、今と同じ感じがいいです。出来るだけ重さも長さも変えたくなくて、今の状態に慣れてて急に変えちゃうと感覚が狂いそうで……」
レナは頷いて工房に向かう。
「よかったね、直りそうで」
「うん。よかった」
沢山ある剣を吟味しながらニーナが笑う。
「で、どれにする? スペアって言っても少しは良いもの選んだ方がいいと思うんだよね」
「重さとか長さとか出来るだけ近いものがいい」
さらに欲を言えばグリップ部分も握りやすく、滑らないもの、装飾がついて可愛いもの、今の鞘に治まる幅、柄頭が角ばってて鍔部分は返しがあるものがいい。
「うーん。これとか?」
一振りの剣を私に見せる。
「セリーが持ってるやつに似てるしこれじゃない?」
「それだとグリップ部分が短いし、柄が黒い」
「……じゃあこれは?」
「それは剣身が真っ直ぐじゃない剣先に向かって広がってる」
「……これ?」
「鍔が真っ直ぐ、幅広い」
「…………」
「グリップが細い、色が暗い」
「…………」
「装飾なしで可愛くない」
ニーナの手が止まり、私をじっと見つめる。
「セリーって注文多くない?」
「え? そうかな……」
「そうだよ。客目線のうちでも面倒い」
め、面倒い?!
「いや、まって。 こ、これとかいい感じだよ! ほら、今使ってる剣に似て長さも重さも持った感じ同じで、鍔も形状同じだし、グリップも握りやすい。ね! 注文多くない!」
「でも?」
ニーナに言われてまじまじと剣を見つめる。
「…………色が可愛くない」
「ほら!」
「いや待ってよ、今のはニーナが言わせたじゃん!」
「口に出ちゃってるって事はそう思ってるって事」
ハメられた……。
完全に罠にかかってしまった。
「スペアだし、色とか見た目の問題は些細な事! これにする!!」
「あ、いいんだ。本当にそれで……」
「うっ、」
ニーナの言葉に手が止まる。
「本当にそれで後悔しない? 本当にそれで一週間待つ? 本当に──」
「もうやめて! これに決めるって言ってるじゃん。惑わせないで」
「ごめんごめん、冗談。セリーがそれがいいって言うんだったら文句なし」
笑いながら両手をあげたニーナがカウンターに戻る。
「レナさん、決まりました」
「はーい。ちょっと待ってて」
工房の中の炉が炎炎と燃え、見るだけで汗が出そうな場所にいるレナはせっせと私の剣を分解していた。
「剣ってあんな風になってたんだ」
「毎日使って、毎日見てるはずなのに別物を見てるみたいだよね」
「うん」
カウンターに身を乗せてその様子を覗く。
「そう言えば、ニーナって鍛冶屋となんで繋がりあるの?」
「え?」
ニーナは聖職者であって、剣士ではない。
武器を買う理由もないし、鍛治師と繋がれる接点が見当たらない。
「聖職者にも錫杖とか権杖とか使うんだけど、手入れが面倒だからここに持っていているうちに顔馴染みした感じ?」
「へー、でもなんでこんな辺鄙に」
「うちも最初はデパートでやろうとしたんだけど、何処も取り扱ってないって門前払いで消去法?」
ニーナは武器が並んでいる棚のさらに奥を指さした。
「ほら、ここの店は置いてるじゃん錫杖」
「本当だ……」
「レナさんって元は聖職者志望の冒険者だったけど、作る方が向いてたらしいから鍛冶屋を開いたらしいのよ。だから錫杖も権杖も扱える。なんなら他の鍛冶屋より腕が立つし」
なるほどね。
だからここを進めたんだ。
「女性が鍛治師やるって結構大変そうだよね」
「わかるかい? 女ってだけで客が選ばない。本当に損する性別だよ」
分解を終えたレナがカウンターに戻ってくる。
「聖職者は女が多い、でも男もいる。それについては誰も文句を言わないくせに剣士に女が居るだけで後ろ指さしてくるもんさ。今は減ったけどね」
レナに剣を渡し、会計を始める。
「昔は酷かったからね。だから私はそんな女性たちのために鍛治師になったみたいなもんよ。セリーヌちゃんもいつか言われるかもね女のくせにとか」
「セリーはそんなこと言われても実力でねじ伏せるもんね」
「そんな野蛮な事はしないけど……」
料金を支払い剣を受け取る。
「修理代は後払いだから受け取る時にお願いね」
「わかりました。一週間後ですよね」
その言葉にレナは頷いて工房に戻る。
「また来ます」
「ご贔屓に」
私たちは鍛冶屋を後にして寮へ戻る。
◇
「うちはこのまま寮に帰るけど、セリーはどうする?」
「せっかく新調したから素振りしようかな」
鞘におさまった剣を触りながら、ソワソワとしていたのがバレていたのか、ニーナはやっぱりねと言って先に寮に戻って行く。
どうしようかな……、このままここで素振りしてもいいけど、どうせならマザードさん所に行こうかな。
まだ合格してない追試組との約束もあるし、打ち合いをまたしたい。
あの時の感覚、剣聖の域。
次あれが起こったらもう奇跡は起きないし、止められもしない。
「でも、試したい」
新しい剣を見つめ、私は訓練場へ向かった。
◇
「たるんでるぞ!! 休むな! 走れ!!」
訓練場ではいつも通り追試で走らされている生徒がいた。
昨日より人数が減ってるのを見る限り合格者がいたのだろう。
「マザードさん、今日もいいですか?」
「お、セリーヌ。今日は来ないと思っていたぞ」
マザードの視線は私の腰に向いている。
「新しくしたのか?」
「あ、いえ。変えの剣です。前の剣は修理に出しているので」
「そうか、その剣はレナの所のやつだな」
一目見るだけで製作者を見抜くマザードさんは流石と言うべきか、それともオタクと言うべきか。
「私も剣の調整はレナの所に出している。あそこは穴場でいい所だ。誰かの勧めか?」
あの辺鄙な鍛冶屋ってマザードさんが通っている所だったんだ。
「はい。ルームメイトの友達からです」
「ほう。もしかして神聖術専攻の人か?」
「はい。ニーナって言う子です」
「ニーナってあのニーナか。よくテレス先生が自慢してくる子の」
テレス先生って神聖術の先生だったよね?
「多分? この間のテストは一位でしたから」
ニーナって自慢されるほど優秀なんだな。
「自慢で思い出したが、セリーヌ。収穫祭の催しに出る気は無いか?」
「催し?」
演劇とか出店とかやるんだろうか。
「毎年ベルセンで2年生から学年対抗のチーム戦があるんだが、専攻の授業で上位者5名の推薦が出来るんだ」
「チーム戦ですか?」
「あぁ、今年の学年別生徒の出来を民衆に見せて、豊作の差を競うものだ。剣術は2名推薦出来る」
もしかして、それって上級生と戦える機会が与えられるってことでは?
「まぁ、必然的に目立ってしまうが、年上の先輩と戦える事はこの機会しか無い。セリーヌにもいい経験にはなるが、嫌なら──」
「出ます!!」
マザードさんの話を遮って、私は承諾する。
「本当か? ならそう言うふうに話を通しておく、でも後1人推薦しなければいけないんだが……いい奴が居なくてな」
「? ルトでいいんじゃないですか?」
その名前に少し怪訝な顔を浮かべるマザード。
何か納得いかない理由でもあるのだろうか。
「ルトってあの男だよな……うーん。あいつも筋は悪くないと思うが、なんと言うかどうもすぐに突っ走る癖があるからな……」
「でも私の次に素振りの合格してたじゃないですか?」
魔術の成績は悪いが、剣術は意外と優秀だと思う。
「あぁ、そうだな。やる気と根性は認めるんだが、死に急いで怪我でもされたら困るからな」
「マザードさんって案外生徒のこと見てて優しいですよね」
「そうか?」
マザードさん自身、自覚がないらしく首を捻って自身の行動を思い返す。
「私は私の師匠を模倣してやってるからな……今思えばあの時の師匠の行動は優しかった……のか?」
マザードさんの口から師匠の話を初めて聞いた。
どんな人だったんだろう。
あのマザードさんを育てた師匠……気になる。
「ルト……か、怪我で挫折と恐怖がつかなければいいんだがな」
「考えすぎだと思います。ルトはそんな簡単に挫折するようなやつではないです」
どっちかというと、挫折という単語すら知らなそうなバカだし、そんな難しい事考えれなそうだし。
「そうか。セリーヌがそう言うなら推薦に通しておこう」
そう言うとマザードは私から距離を取り、立ち止まる。
「やるんだろ? 新調した剣の試しを」
「……あ! はい!」




